10話 俺は骨
脂汗が頬を伝う。喉の奥がカラカラして呑み込む唾が痛く感じる。握る拳は強さを増す一方だ。
カヤマさんの一言で、自分の奥底が見透かされた気がした。
何者だ?
……俺は何者なんだ?
ふと、以前の何でもない人間だった頃を思い出した。
駆け出しの商人時代。
ろくに食えなくて露頭をさまよった時期。
初めて商談が成立した日。
そしてルビィと出会ったあの時……。
あの日以降毎日は忙しく、同時に俺の日常は輝いていたと思う。
数日前にあんなことが起きてからも、俺は、俺としてちゃんと生きることができている。
今までの積み重ねがあって俺は今日まで生きてこれた。
どんな姿、形を変えても、俺は俺だ。
間違っても、泥水すすっても精いっぱい生きていくって、とうの昔に決めたんだ!
「っふーーーーーーーー……」
深呼吸する。この人に冗談や言い訳は通じない……と思う。
伝説は伊達じゃない。そもそもこんだけ俺を見てくれている人に嘘つくなんて、そんな根性で関わりたいと思わない!
「今から、俺は喋れなくなります」
「どういうことだ」
「見てればわかります」
「…………」
カヤマさんは何も言わなかった。ただ、こちらを見ていた。
「害は全くないです。喋れませんが意思疎通は出来ます。念のためすぐに戻ります。」
眉間のしわが増えるのがわかる。意味が分からないよな。逆なら俺もそうだ。でも決心した。
「いきます……!」
(筋肉生成、解除)
小さな粒子が霧散するかのように纏っていた肉体が消失していく。
骨だけの姿。
はじめて人前で見せる。……数秒経ち、嫌な想像をしてしまう。腹括ったけど、研究対象にされて監禁されたらどうしよう。こんな変な人間、世界から追われる身になったら……生きていけなくね?こわい……こわいよぉ……。
「………………」
なんか言って!
「…………骨?」
骨だよ!……いや、いったん戻ろう。
(筋肉生成、実行)
人化成功。元に戻った俺を見て安心とも奇妙とも言えない表情を見せるカヤマさん。
「……骨?」
「今は人間だよ!?」
なんだこのやり取り。でも向こうが混乱する気持ちもわかる。きちんと説明しよう。
「実は――――――」
―—————————
「……なるほど」
「……はい」
わかってもらえた?神妙な面持ちは継続している。今どう呑み込んでるの?教えて、不安だよ。
「確認だが、この姿は誰にも見せて、いや見られてないな?」
「それは……一応、細心の注意を払ってる」
「うん、はっきり言って異常だ。この世界で当該の事案を聞いたことも見たこともない」
「……ですよね」
「見られてないのは幸いだ。骨のままだと魔物と勘違いされて処罰されるのがオチだ。」
うぉっと。まぁ、そこは予想はしてたけど。
「いや、人間の状態でその能力を存分に奮えるとなると、世界がお前さんを奪い合う」
それは予想してなかった……。
「モル、お前さんはこの姿を、力を使って何がしたい?」
「なにって……」
「まだ事件が起きてから日が浅いのはわかる。だが、その力は世界の常識をいともたやすく変えてしまう。お前さん次第で、人を生かすも殺すもできるんだ」
「……俺は誰かを殺すつもりはないけど?」
「お前さんの意志は意味をなさない。利用するだけ利用していくのが世の常だ。」
「…………」
「だからもう一度聞く。お前は、何がしたい?」
……。
何がしたい、か。
……なにしたいんだろうなぁ。こういう質問って改めて聞かれると答えに詰まる。
この姿で何がしたいのかっていうのは特にない。
最初は怖かったけど、案外慣れていって、今ではけっこう便利だなとさえ思っている。
一生この姿のままでいたいと思ってるわけじゃないけど、この力を使って何かしていきたいとは考えてなかった。
でも現実を見ると、俺はとんでもない価値を作り出せる能力がある。
それが、良くも悪くも世界に影響を及ぼすことになる……。
俺は商人だ。
商売において、利益になる方を現実的に選んできた。
現実味のないこの話を、自分の現実に落とし込むには自分の利益を考えなきゃいけない。
……だとしたら、もう答えは決まってるな。
「俺は、この力をどうこうしようとは思っていない」
「でも、この力で世界を救えると言われて救おうとする勇気は、俺にはない」
「商人だからな。悪い方も考える。この力で誰かを傷つけるかもしれない」
「だけど、力のある人間がその責任から逃げて一人のうのうと暮らすのは違うだろ?」
「ひとりの人間が立ち止まって歩けなくなったときに手を差し伸べてやりたい。そんな世界が増えたらいいと思って商人を始めたんだ」
「俺は、そのためにこの力を使うよ」
「そうか、よくわかった」
カヤマは少しほほ笑んで、工房の奥から何かを持ってくる。
「これを使え」
大きめの魔鉱石。いったいなにに?
「お前は人間の状態をこれからも維持しなきゃならん。そのためには魔素が必要だろう?」
「俺はこう見えてけっこうな金持ちだ。魔鉱石も多く持っている。あの天然結晶に比べれば見劣りするが、少しでも人間でいる期間を長くするための協力は今後惜しまない」
「……カヤマさん」
「カヤマでいい。お前さんの心意気、しかと聞き届けた。試すような真似をして悪かった」
いや、そうなる反応が当たり前だと思うけど。でも
「これからしっかり働いてもらうからな。覚悟しろよ、カヤマ」
「……ふっ、報酬は弾んでもらうぜ」
言葉はいらない。男の友情。ともあれ一件落着。
「そうだ」
ん?
「お前さんの骨化の状態、あれを良く見せてくれ。骨化の吸収で、骨に魔素を蓄えているなら、かなりの高結晶化が起きているはずだからな」
……考えたことなかった。たしかに器に魔素が宿るみたいなことシステムも言ってた気がする。
「わかった。ちょっと話せなくなるけど思う存分調べてくれ」
コク、とうなずくカヤマ。骨化を行う俺。身体測定でもするかのようにまじまじ見られる。
はっっっっず。
「せんぱーーーーーーーーーーーいっ!」
急に勢いよくドアが開く。
ルビィが入ってくる。
驚きが強すぎて俺たちは黙りこけるしかなかった。
こちらが思考をする間もなく、ルビィの笑顔は固まる。
視線だけがゆっくりと、俺に向いた。
「え?…………せんぱい?」
【和冬のどうでもいい人生知識】
人の決意って、案外かっこいい場所で決まらない気がしています。
泥水すすった過去とか、誰かの一言とか、なんでもない毎日の積み重ねとか。
気づいたら「あ、これだ」って決まってるものかもしれません。
色んな繋がりが人生の妙で、凝縮した上澄みに真価が問われるのかもしれませんね。
骨だけに。




