イクナイクナ3
「これで足りる? 味噌汁も持ってく?」
「いえ、充分です。ありがとうございます。お昼が楽しみです」
「また来年もおいでね、川も綺麗だしいいとこだから。怖いとこと思わんで」
「はい。本当にありがとうございました」
翌日。出発する前に村長の奥さんが昼食を持たせてくれた。大きめのタッパーにぎゅうぎゅうに詰められた手作りのおかずは、いかにも家庭料理といった感じでどれも美味しそうだ。アルミホイルに包まれた大きなおにぎりもずっしり重い。勅使河原さんへの気持ちがこもっているような、優しいお弁当だった。
勅使河原さんは、小古路村にいた男の子と何やら話をしていた。昨日のうちに連れてこられたらしいはじめくんも、村の人にあれこれと世話を焼かれ、美味しそうに朝食を食べていた。鬼のお屋敷での一件があったのでちょっと疑ってしまったけれど、丸一日経っても同じ姿なので、はじめくんは本物の子供なのだろう。
同じ「視える」同士なせいか、勅使河原さんははじめくんに色々と教えているようだ。大きな手が頭を撫でると、はじめくんはちょっと嬉しそうにしていた。大人っぽい印象はあるけれど、子供のような一面もあるみたいでよかった。
鬼殺しの村というイメージとはかなりかけ離れた御荷古路村は、ホッとする雰囲気の人たちが住んでいた。田舎とは縁もゆかりのない私でも、なんだか懐かしさを覚えてしまう。
「早乙女さん、そろそろ出発しようか」
「はい。お世話になりました」
「また来年ねえ」
「勇太くん、男見せるんだぞ!」
「いいから!」
子供の頃に鬼に攫われ、復讐を誓い戻ってきた勅使河原さんは、それ以降子供時代はほぼ毎年のようにここに遊びに来ていたらしい。村の人たちがみんな親戚の子供を見る目で勅使河原さんを見ているせいか、勅使河原さんも態度がちょっと子供っぽい感じでなんだか微笑ましかった。
助手席に乗り、車の窓を開けて挨拶する。手を振る御荷古路村の皆さんの背後に、朝なのに暗い影を背負うお堂が少しだけ見えている。ビビりつつも勅使河原さんを待ち侘びていた鬼も、手を振っているのかもしれない。そう思いながら、私は村の皆さんに手を振りかえした。
「楽しかったですね」
「一般的には結構ハードな体験だったと思うけど、早乙女さんが楽しめたんならよかった」
「今回は怖いものに遭遇しなかったので……」
「ああ、節足系は出てこなかったもんね」
怖いもの、でふと鬼のところで見た夢を思い出した。あの風景が脳裏によぎったけれど、私は口には出さずにいることにした。
勅使河原さんが言わないでいいって言ったのだから、きっとそうなのだろう。あれはただの夢だ。
「……早乙女さん」
「はい」
「龍が弁当めっちゃ見てるけど、もしかして早乙女さんお腹空いてる?」
「お腹はそこそこですけど、美味しそうだなって」
「ああ、わかる。手料理っていいよね。作ってもらうっていいよね。人に作ってもらう嬉しさってあるよね……ね、早乙女さん」
「はい。こういう手料理って食べる機会ほとんどないんで楽しみです」
「……俺も料理習おっかな!」
常備しているジュースのバラエティから考えて、勅使河原さんが料理を始めるといろんなスパイスを収集しそうな気がした。事務所に高機能な鍋とか揃え始めたら、ときどき使わせてもらおう。
「次はどこでしたっけ」
「市内だよ。近くに名所があるからついでに観光しようか」
ナビはスムーズに地図を表示して、車はどんどん進んでいく。
残りの日程も楽しく過ごせたらいいなと思いつつ、私はちょっと重い肩を揉んだのだった。




