アルバイトのさだめ1
「5……4……3……2……1……」
ピロリロ、と明るい音が聞こえたと同時に、勅使河原さんはミトンを両手に装着した。
「できたよ早乙女さん!」
「いい匂いですね」
キツネ色に焼きあがったのはクロワッサンだ。鉄板からお皿へ移し、コーヒーを入れてテーブルにつく。
いただきます、と呟いて齧り付くと、果てしなく薄くてパリパリの生地が香ばしい。
「……!!」
「美味しいね早乙女さん!!」
朝ごはんにカフェのクロワッサンサンドを買うのがたまの贅沢、という話を勅使河原さんにしたら、勅使河原さんがどこからか冷凍のクロワッサン生地を入手してきた。早速早めに出勤し、説明書きを2人で読んで常温で少し解凍。予熱で温めたオーブンで待つこと25分。
焼きたてほわほわのクロワッサンは、冷たいエビやアボカドを挟んだものとはまったく違った美味しさだ。
「すごく美味しいですね。パン屋さんでも焼きたてで出てくるのってすごく美味しいですけど、ほんとのほんとに焼きたてだともっと美味しいですね」
「うんうん。このバターの香りが最高。カフェラテと合うなあ」
「勅使河原さん、買ってきてくれてありがとうございます。こんなのがあるって知りませんでした」
「俺もー。ファルディの人気商品だって。あそこコーヒーしか買ったことなかったけど、こういうのも売ってるんだね」
「私もお使いでしか行ったことなかったんで初めて知りました。冷凍食品も売ってるんですね」
勅使河原さんの事務所は高級マンションの一室なので、キッチン設備はすごい。ガスレンジだけでなく、クリスマスのチキンが丸々入りそうなオーブンと食洗機がカウンターと一体型になっている本格仕様だ。でも普段は飲み物の準備くらいでしか使われていないので、私がたまにお昼を作ったりしている。
オーブンの利用価値はあまり感じたことなかったけど、こんなに美味しいクロワッサンが食べられると思うと急に欲しくなってきた。うちに置いたら床が抜けそうだけど。
「あっ、オレンジジュースも合う。オレンジジュースとクロワッサン美味しいよ早乙女さん」
「甘いのと合わせるのもいいですね。勅使河原さん、またこれ焼いて食べませんか? 今度私も買ってきます」
「うん! 毎朝でもいいよ!」
「毎日クロワッサンはちょっと……私にはオシャレすぎますね」
「他のパンでもいいよ! ご飯でもいいよ!」
協議の結果、週2回ほど「クロワッサン朝食の会」が開催されることになった。
お給料がちゃんともらえて、こういうちょっとお高いものだって食べられて、今月は新しいカーテンも買った。
なんて幸せな生活だろう。
「ごちそうさまでした。美味しかった……今日はご依頼も入ってないし事務仕事も忙しくないし。ゆっくりできそうですね、勅使河原さん」
「あ、早乙女さんそれ。そういうこと言ってると忙しくなったりするらしいよ〜? 病院とかだと禁句なんだってさ」
「それって偶然なんじゃないですか? それに病院だったら急患だっているかもしれないけど、うちは基本飛び込みのお客様でも最初はご依頼内容の確認だけだし、忙しくなるなんてことは……」
食後のお茶を淹れながら笑っていると、テーブルに置かれたスマホが震え出した。
思わず勅使河原さんと顔を見合わせる。
表示されている番号は登録されていないもののようだ。
「……」
「……あー早乙女さんの言霊でジンクスきちゃったかもよ〜?」
「えぇ……」
ニヤッと笑った勅使河原さんがスマホを手に取り、通話ボタンを押した。




