イクナイクナ1
「じゃーまた来年ー」
「待ってください勅使河原さん」
「どうしたの? 忘れ物?」
気軽に手を振って帰ろうとする勅使河原さんを、私は思わず呼び止めた。
「あの、この鬼に捕まると、命より大事なものを差し出さないと帰れないのでは?」
「そんなことないよー」
「え? でも、ここに攫われてた子がそうだって」
勅使河原さんが来る前に出会った男の子について説明すると、勅使河原さんは急にニヤニヤしはじめた。
「あーそうだったそうだった。ねえ早乙女さん、その子のことどう思った?」
「どう……って、特には。怖がってたので、無事に帰れてたらいいんですけど」
「そうじゃなくて、何か感じなかった?」
「いえ別に。もしかして、あの子も幽霊だったとか?」
姿の見えない鬼は、寂しいからと人を攫ってきては最終的に食べていたらしい。つまり、ここに攫われてきた人の幽霊やら怨霊やらがいても不思議ではないのだ。あの子もそうだったとして、自分が死んだことに気がついていなかったとしたら……と考えていると、勅使河原さんはアッサリ首を振った。
「違う違う。あのね、あれ、俺なの」
「……どういうことですか?」
「あの男の子の成長した姿が俺」
にこにこしている勅使河原さんが、自分のことを指さしている。
「流石にそれは無理がありますよ勅使河原さん。あの子が帰ったのって、勅使河原さんが来る直前ですよ。数秒で育ったんですか勅使河原さん」
「そうじゃなくてね早乙女さん。早乙女さんが時をかける少女になったんだよ」
「かけた覚えはないんですけど」
また勅使河原さんが荒唐無稽なことを言っている。
そう思っているのがバレたのか、勅使河原さんは「ウソじゃないからね」と説明し始めた。
「異空間は時間の流れが変って言ったでしょ? 早乙女さんはなんでかわかんないんだけど、昔の俺と会ってるんだよ」
「ちょっと信じられないですね」
「じゃあちょっとあっちに戻ろうか」
勅使河原さんの後ろについて、最初に行った部屋まで戻る。後ろから大きな足音もついてきていた。勅使河原さんは開けっぱなしの部屋の奥へと迷わず行くと、こちらを振り返る。
「その子はここで泣いてたでしょ? メガネをかけたひょろっちい男の子」
「はい」
勅使河原さんが立っている部屋の隅っこは、まさしくあの男の子が座り込んでいた場所だった。ちょっと驚いていると、勅使河原さんはさらに続ける。
「ここで泣いてた子を早乙女さんが引っ張って部屋の外まで連れてったよね」
「そうです」
「で、鬼が来て、差し出すものがない子供に代わってなんかスプレー渡したでしょー。今思うとあれ俺が清めたやつだったんだね。道理で鬼にクリティカルヒットしてたはずだ」
「あれやっぱり勅使河原さんのお祓いパワーのせいだったんですね……ていうか、なんでそんなに詳しくわかるんですか? 透視?」
「俺そんなに詳しく過去視できる能力ないよー」
勅使河原さんはたまに依頼者の過去や取り憑かれた経緯を当てることがあったけれど、それは取り憑いているモノから聞いたり推理しているだけだと言っていた。過去そのものを知る能力があるというのは聞いたことがない。それなのにしっかり言い当てるところを見ていると、やっぱり勅使河原さんがあの男の子だったのだろうか。私が知らないうちに、時を超えていたのだろうか。
「その男の子はねー。帰ったあと、助けてくれた女の人がどうなったか心配してたんだよね。村の人に言っても『他に攫われた人間はいない』って言われるし、該当するような女性の住人もいないし、そうこうしてるうちに帰ることになって泣きながら帰ったんだよ。復讐を誓ってね」
「え、復讐? 再会じゃなくて?」
「まあ再会も誓ってたんだけど、鬼に負けてるようじゃ助けられないから。ひ弱でビビりだった男の子は打倒鬼を掲げて特訓に励み、霊に対抗する手段をあれこれ身に付けて翌年リベンジに戻ってきたんだよ」
禁忌の時期に近寄ってはいけないというお堂に近寄ると、男の子はまたアッサリとここに戻ってこれたらしい。
「でもいざ来てみると女の人はいなくて。てっきり鬼が食べたんだと思ってめっちゃボコッちゃった」
「勘違いでボコッちゃったんですか……」
前科があるとはいえ、鬼にしてみたらとんだとばっちりである。
「あれ? っていうことは、私に最初に声掛けたとき、私のことわかってたんですか?」
「ううん、あれはホントにたまたまだよー。まさか生きて外で暮らしてるだなんて思ってなかったから。でも、子供の頃に龍憑いてる早乙女さんを見てたから、無意識に気になったのかもね」
勅使河原さんが気が付いたのは、今日ここに来て私と再会したときらしい。薄れかけた記憶の中の女性が、私とそっくりだったのだそうだ。
勅使河原さんが、そっと私の手を握る。
「子供の俺を早乙女さんが助けてくれなかったら今の俺はないし、俺が声をかけなかったら早乙女さんもここに来ずに昔の俺を助けられない……なんだか俺たち、う、運命的だね早乙女さん……」
「自分で言ってて照れないでくださいよ勅使河原さん」
あの男の子を助けなかったら、私の雇い主はおらず、貯金が底をついていたかもしれない。私があの子を助けたから勅使河原さんと出会えて、こうして旅行までしている。
確かに考えてみると運命的かもしれない。龍に憑かれて大変だった私を見兼ねて勅使河原さんが声を掛けてくれたのも、ただの偶然じゃない気がしてくる。
勅使河原さんの顔をじっと見る。度の入っていない丸メガネの向こう、目の形が確かにあの男の子と似ている気がした。泣いて私の後ろに隠れていた男の子が、この勅使河原さんになったのかと思うとなんだかとても不思議な感じだった。
「俺がこうして仕事できてるのも、早乙女さんのおかげだね。ありがとう」
「いえ、あの、私の方こそ勅使河原さんのおかげでお給料いただけてますし、今も助けてくれてありがとうございます」
「……」
「……」
妙に照れ臭い雰囲気を感じた直後、勅使河原さんは頭を抱えてうずくまった。
龍が噛んだらしかった。




