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憑かれた私と怪しい男  作者: 夏野 夜子
第3章 マヨイヨマイ

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ヨコセヨコセ8

「そろそろお腹空いたし帰るかー」


 飽きたし……と小声で呟いた勅使河原さんがぐっと伸びをすると、ドタドタと家を揺らす足音が遠ざかり、そしてまた戻ってきた。

 ちゃぶ台の上に突如お盆が出現する。お皿にはたくあんと、ほかほかしたおにぎりが載っていた。巻きたての海苔が美味しそうだ。


「早乙女さん、おにぎり食べる?」

「……食べません」

「正解〜」


 にやっとした勅使河原さんが何か試しているような目だったので遠慮すると、さすがだねーと褒められた。


「こういう異空間で出された食べ物は絶対に食べちゃダメだよ〜。美味しそうに見えると思うけど危ないからね」

「あの、なんかアレですよね。帰れなくなるやつ」

「そうそう、黄泉戸喫よもつへぐいになっちゃうからね。冥界に行ってもザクロ食べちゃだめだよー」

「冥界に行く予定はないので安心ですね」


 だんだんと足を踏み鳴らす鬼に、勅使河原さんは金属バットを揺らしつつ「食べないって言ってるでしょー」とやんわり脅していた。

 寂しがりの鬼は、勅使河原さんをここに留め置こうと毎年画策しているようだ。大きい体の、たぶんコワモテな鬼にもいつものペースを崩さないあたり、勅使河原さんはすごい。


「こういうとこってうっかり食べたくなるようなメニュー用意してきたりするから気をつけて。鬼がこっそりおやつ握らせたりしてきたらすぐ俺に言ってね」

「そういえば、向こうの建物でも食べ物を勧められましたよ」

「離れ?」

「はい。廊下みたいなのでここに繋がってる……あっちのほうかな?」


 私が斜め後ろの方を指すと、勅使河原さんはこてっと首を傾げた。それから空中を見上げ、だよね、と頷いている。


「ここに離れはないはずだけど……早乙女さん、どっから来たの?」

「えっ、あの、明るい方の家というか、外に出ようとすると雨がふるタイプの家といいますか」

「なにそれ教えて。ていうかそもそもどうやって来たの?」


 私はここに来た経緯を改めて話した。

 勅使河原さんがいなくなってから、村の人が迎えに来たこと。けれど到着したのは御荷古路おにごろ村ではなく小古路こごろ村というところだったこと。なんやかんやあったものの龍が屋根を飛ばしてことなきを得たこと。


「ええ?! あの小古路こごろ村にいたの?! あそこ怨霊でギューギューだったでしょ!」

「見えないので特にギューギューとは感じませんでしたよ」

「道理で早乙女さんの気配が探りにくいし変な感じがするはずだよ」

「気配とか探れるんですか勅使河原さん」

「それでそれで?」


 促され、続きを話す。

 男の子に寝るための部屋を案内されたけど、気が付いたら山道を歩いていたこと。そしたら家があって、近付いたら豪雨になったので雨宿りしたこと。家の中に入るとゲームの音が聞こえてきたこと。


「囲炉裏にあった鍋の中身が近付いてきたり、なんかお椀とか壺とか高そうなものがやたらとバッグやポケットに入りかけてしかたないので移動してきたらここに」

「なーるほど。早乙女さん、それはまよだね」

「蛾?!」

「いや虫じゃないから。家だから。落ち着いて。武器を置いて」


 勅使河原さんにもらったスプレー缶を反射的に構えてしまった。どうどうと馬みたいに宥められ、私はとりあえず座り直す。


「マヨイガ。知らない?」

「知らないです」


 勅使河原さんによると、迷い家は山の中にまれに現れる家らしい。


「東北あたりに伝わる話なんだけどね。その豪華な家にあるものを持って帰ると大きな富を得るっていう……何か持ってきた?」

「持ってきませんよ。誰もいないし、よそ様のおうちのものだし」

「あ、龍が残念そうな顔してる。持って帰らせようとしたんだねー」

「あのポケットに入れたりするやつ龍がやったの?! いくらお金が欲しくても窃盗とかいやだからやめて! ください!」


 勢いよく祈ると、ずっしり肩が重くなった。勅使河原さん曰く「しょんぼりした」らしい。


「迷い家に入れるってことは招かれたわけだから、持って帰っても大丈夫だったと思うけどねー」

「食べ物も勧められたんですけど」

「……それはちょっとアレだけど」

「ポケットにコイーンってなったんですけど」

「なにそれ」


 私がジャンプしたときにコイーンとなり、そのコイーンらしきコインがポケットに入っていたことを伝えると、勅使河原さんは笑い転げていた。ずっしりした重さが本物っぽかったので、私としては全然笑えないというのに。


「そもそも、なんでそんな家でゲームの音が聞こえてたんですか?」

「あーごめん、それ多分俺」

「えっ」

「早乙女さんにずっと呼びかけてたんだよね。そういうの感知できないってわかってたけど心配だったからさー。それが異界に入り込んだことでなんか微妙に感知できるようになって、ゲームっぽい音で聞こえたんじゃないかな」

「仕組みが謎すぎますね……」

「ここが近かったから、ゲームに残ってた気配と混線したのかもね」


 勅使河原さんの呼びかけが、ゲームBGMに。そして効果音へ。


「……つまり、コイーンってなって出てきたっぽいコインは、勅使河原さんのせいだったのでは?」

「いやーごめん、早乙女さんにはいい生活してほしいと思ってるからかなー」

「ごめんじゃないですよ。ていうかお給料もらってますしお家賃払えてるしもやしの頻度激減したしいい暮らししてますよ既に」

「早乙女さん、その生活水準、もうちょっと上げようか……」


 こつんと音がして、ちゃぶ台に、古めかしい小判が出現した。何かしらの気遣いなのか思惑なのかを感じたけれど、気のせいだと思うことにした。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 怖い話が苦手なのですが、主人公の早乙女さんが見えない性質なので怖い描写やグロい描写が少なく助かります。 夏野さまの他のお話同様、上質なユーモアにくるまれた話の展開がとてもほのぼのとしていて…
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