かげのおり27
「勅使河原さん、もしかして、怪我するって最初からわかってたんですか?」
私が尋ねると、勅使河原さんは少し目を見開いた。
それまで普段通りだった勅使河原さんが、廃墟となった家に入った途端に顔色が悪くなり、そしてしきりに後頭部を触っていた。今思うと、さすっていたところは怪我をしたのと同じ位置な気がする。たまたま怪我をするところがあらかじめ痛むなんてことがあるだろうか。
それにあのとき、勅使河原さんは私に「怖い目に遭う」と言っていた。
勅使河原さんは私が幽霊の類が見えないタイプだと知っている。もし怨霊が沢山いる場所だとしても「いっぱいいるよ」と言うだけで「怖いよ」とは言わないのだ。龍が付いているらしい私は、どれだけ強い怨霊やら怨念やらで溢れた場所でも怖がったことがなかった。なのにどうしてあのときだけ、まるで私を帰らせようとするかのようなことを言ったのか。それはやっぱり、霊関係ではない怖い出来事があると予想していたからではないだろうか。
勅使河原さんはじっと私を見つめたあと、長く息を吐いた。
「早乙女さん、例えばさ、……未来が見えるようになったらどうする?」
「未来……」
想像してみる。超能力的なものが開花して、未来のことがわかるようになったら。
「まず……宝くじを買いますね。数字当てるやつ」
「真剣な顔で言ったね。ていうか早乙女さんは龍が味方してくれるから今でも当てられると思うよ。ジャンボのやつ」
「なんかそういう呪われそうなものはちょっと」
自分以外の、しかも見えてすらいない存在の能力を利用するのはなんか無理。そう私が言うと、にわかに頭痛が襲ってきた。こうやってかじられるのも理由のひとつだ。宝くじ、間違って買ったらはずれた上にかじられそうでイヤ。
「呪われそうって……でもまあ、未来が見えるのも呪われてるようなもんだよ」
「そうですか? 便利そうですけど」
「イヤな未来が見えたって結果が変えられるわけないなら、見たいと思う?」
「……それは困りますね」
私はちょっと考えてから首を振った。
もし私に未来が見えたとして、謎の理由でクビになるところとか、就職の面接に全滅するところとかが見えたとしたら、しかもそれがどう頑張っても変えられないなら、行動する前から消極的になりそうだ。
勅使河原さんも、そうだったのだろうか。
深刻な怪我にはならなかったけれど、角材で後頭部を殴られて痛くないわけがない。そんなことをされるとわかっていて、それを回避できないなんて、私だったらつらすぎる。
あのとき青い顔で私に笑いかけていた勅使河原さんがどういう気持ちで家の中に入っていたのかを考えるだけでも胸が痛んだ。
「勅使河原さん、」
「それだけじゃないよ。周囲の人間がどう行動するかわかったら、ああコイツいつか借金頼んでくるんだな、とか、笑ってるけどあとで悪口言うんだよな、とか思っちゃうんだよ。ああこいつ死ぬんだなあとか」
目を伏せて言った勅使河原さんは笑っていたけれど、本当にそういうことがあったんだな、と思ってしまうような声だった。
「そういうの思うような人間がいたらさ、周りの人間はやっぱ気持ち悪いと思うんだよね」
「そんなことないですよ!」
勅使河原さんが寂しそうに言うのがつらくて思わず声を上げたけれど、思った以上に大きな声になってしまって私は我に返った。
「たぶん」
「たぶんって」
「だって、他の人のことはわからないし……未来の私がどう思うかもわからないですけど……」
もしかしたら勅使河原さんは、同じように打ち明けて、私と同じような反応をする人をいっぱい見てきたかもしれない。そんなことは関係ない、今まで通り過ごそう、と言われてきたのかもしれない。
そしてそういう人があとから気味悪がったり、離れていったりしたのかもしれない。
「でも、今私は、勅使河原さんのこと気持ち悪いと思わないです。悩まないで、ていったら無理かもしれないですけど、何か力になれるならなりたいって思います。心から」
もしかしたら私だって、いつか未来が見える勅使河原さんのことをイヤだと思うかもしれない。
でも今の私は、勅使河原さんに寄り添ってあげたいと思う。いつか気持ちが変わるとしても、今のこの気持ちだって本当だ。
否定されると分かっていたら今の気持ちだって嘘に見えてしまうかもしれないけれど、私にとってこれが正直な気持ちだということは伝えたかった。
ちゃぶ台越しに勅使河原さんの手を握ると、勅使河原さんはぱちぱちと2度瞬いた。それから緩んだように笑顔になる。
「ありがとう、早乙女さん」
「もしまた痛いこととか怖いこととか見えたら、ひとりで抱えずに私にも言ってください。ヘルメットとか用意できるかもしれないし」
「頼もしい。でもまあ、見えたのは久々ってかもう10年ぶりくらいだったし、元々見えるのもかなり短い出来事しか見えないから大丈夫」
「あ、じゃあピンチのときに発動する感じなんですか?」
「いやどうだろう、子供の頃は正月飾りの橙が落ちるとことか見てたし」
「平和な予知ですね」
子供の頃の勅使河原さんは、霊やら未来やら色々見ていたのだろうか。大変なことも多かったんだろうけれど、今くらいののんびりした性格で想像するとちょっと微笑ましい。




