かげのおり26
厚焼き卵と納豆とご飯。お金持ちな勅使河原さんにとっては地味なメニューだったけれど、満足してくれたようだ。おいしいおいしいと褒められておかわりまでされると、若干の申し訳なさは嬉しさへとアッサリ変わった。
「洗い物、ありがとうございます」
「こっちこそおいしい朝ごはんありがとう」
麦茶を注いで食後の一息。
ちらっと勅使河原さんを見るとちょうど目が合って、なんか恥ずかしかったのでコップを持ったら同じタイミングで飲むことになってしまった。
むずがゆい沈黙。
「……た、畳っていいね!」
「えっ、あ、いいですよね。古いですけど意外と過ごしやすくて」
「うんうん、冷房がひんやり感じるし、いいなー。次の事務所は和室あるとこにしようかなー」
「次の事務所? もしかして、事務所移転するんですか」
「うん。あの状態じゃしばらく動けないしねー」
あの状態ってなんだろう。
そう思うと、勅使河原さんは苦笑いした。
「しばらくお休みにしてたから早乙女さんは見てなかったね。今うちのマンション前、報道陣すごいんだよー」
「えっ! あ、事件の取材で」
「そうそう、ほら連続殺人犯が超有名MeTuber、しかも犯行現場が生配信ってことでねー。もうネットで大炎上しまくりなの」
「ニュースでやってましたもんね」
「そう。で、うちの事務所名も俺の顔も配信されちゃったから住所バレちゃってね」
浦上さんが逮捕されたことについては、スマホのニュースアプリでも大きく取り上げられていた。その記事では浦上さんが配信中に犯行したことと余罪についてメインに書かれていたけれど、配信した映像が拡散されて勅使河原さんの情報も出回っているのだろう。
勅使河原さんが休養するのに合わせてお休みをもらっていたので、事務所が騒動に巻き込まれているというのは全然気が付かなかった。キツネマスクを被っていた私は素性がバレていなかったからだ。
「うち部屋番号言わないと入れないじゃん? でも他の住人の後ろついて入ってきてるみたいでさー。もうピンポンしまくり電話鳴りまくり」
「大変じゃないですか。ここ来るときも追いかけられたりしませんでした?」
「それは大丈夫。尾行されたときのために残してあるヤバいスポット通ってきたし、途中から龍の尻尾がビタビタしてたから」
なぜ勅使河原さんは普段から尾行に備えてるんだろうか。ヤバいスポットって通ると何が起こるのだろうか。龍の尻尾がビタビタしている道路って通るとどうなるんだろうか。
ありがとねーと空中に向かってにこにこしている勅使河原さんは、相変わらず謎が多い。
個人的には勅使河原さんが付け足した「あと途中で車乗り換えてるから」の一言が一番気になった。この人何台外車持ってるんだろう。
「しばらくすればおさまるだろうけど、それまで出入りもできないような感じだからね。もういっそ1年くらい休むか引っ越すかしちゃうかーって。どう思う?」
「どっちも思い切った決断すぎて私には何も言えませんよそれ」
1年休業してもビクともしない生活基盤はおいといて、既に請けた仕事はこなさないといけない。依頼は1ヶ月2ヶ月先のものもあるし、定期的にお祓いをする仕事もあるのでやっぱり事務所を移転するしかないのだろう。
「お金持ちってこんな状況にも強いんですね……」
「早乙女さんにもお給料そこそこあげてると思うけど、引っ越しはしないの?」
「急に無職になるかもしれないので無駄遣いはできません」
「トラウマだねそれは。今度事務所の物件見るついでにちょっと見てみようよ。ここセキュリティが霊的なものしかないし」
勅使河原さんがふと口をつぐむ。それからちょっと頬を赤くした。
「物件一緒に見るってなんか恥ずかしいね!!」
「なんでそれ口に出すんですか」
「いやだって恥ずかしくない?」
「そう言われたら恥ずかしい気がしてくるじゃないですか」
恥ずかしい気がするのは勅使河原さんが変なこと言い出したせいだと思う。文句を言うと、勅使河原さんは無意味に帽子を脱いだり被ったりし始めた。後頭部を撫でているのを見て、私はふと思い出す。
事件が起こる前、具合の悪そうだった勅使河原さんがさすっていたのも後頭部だった。




