暗渠行路~闇の誘い~前編
吾は武と名誉を重んじるドラゴンボーンの戦士、へカチン。
高貴にして神秘なるエラドリンのレンジャーと神の御業を顕す敬虔なるエルフの僧侶グエドベ、怜悧なるヒューマンのウィザードであるペンテルらと共に旅をしている。
あてどない旅である。
◆
古の諸賢曰く、うまいものは人を黙らせる、という。
であるならば、今回。
地下へと赴いたその探索行の間中、怜悧なるウィザード、ペンテルがカニを食していたは明らかである。
なにしろ、今回の怜悧なるペンテルはほとんど喋らぬ。呪文を唱えるとき以外は極力無駄口を省く。その姿勢は一貫したものがあった。この集中力とも言えるひたむきさは、カニを食すときによくみられるそれである。
決して、ペンテルのプレイヤーが不在であった、というようなことではない。
ましてや「ウィザードなしで戦うの厳しくね? 死ぬんじゃね? 戦闘用のコマとしてあいつ必要じゃね?」という結論が導き出されたりもしない。
そのようなさもしい理由からペンテルが吾等が徒党に加わっていることを是とした、などとばかげた話ではないか。
なぜなら、吾等は熱い絆で結ばれた仲間である。仲間を便利なコマ扱いするわけがあろうはずもない。
というわけで、今回ペンテルはカニを食べていると了承されたし。
◆
さて、枯枝城のアンデッドどもを倒し、ゴッドクロスの一部を手に入れた吾等。
さらに、これまでの冒険の旅は吾等に新たな知見と力を与えてくれた。
体から湧き上がるは気のせいではない。強さを実感す。
吾等は足取りも軽やかに街へと戻るのであった。どのくらい軽やかかというと、スキップしながら帰るくらい。エラドリンでいえば、ひたすらフェイステップで帰るくらい。それを20キロ、半日かけて街へとたどり着く。
そうして帰り着いた吾等が逗留の場所、英雄クロムの店は相も変わらぬ。
酔客が賑やかし、英雄クロムは昔語りを披露する。燻製肉の匂い。煙がしみ込んで黒ずんだ店内。その片隅に、吾等は目的の男を目にした。
「箱を買え」
高貴なるエラドリンは常に率直なのだ。前置きなしは、最早エラドリンの流儀というもの。さて、そう告げられたティーフリングの商人は虚を突かれたのであろう。
「はい? ああ、これはこれは。あなた方でしたか」
ティーフリングの商人スリルは両手を広げて歓迎す。高貴なるエラドリンは鷹揚に答えると、
「これはインプが封じられていた箱です。買え」
「はあ。このボロ箱を……? はは、またまた御冗談を」
「冗談でこのようなことを言うと思いますか?」
高貴なるエラドリンは常に真顔だ。実のところ、吾は彼が笑っているところを見たことがないような気がする。神秘なるものは無闇に顔をほころばせたりせぬ、ということか。
「ふーむ……あなた方がどうしてもと仰るなら値段をつけないでもないですが……良いところ、銀貨2枚ですな」
インプが封じられていたのだから魔法の品かと思いきや、ただの箱であったようだ。残念至極といったところ。
「……ところで、いくらか儲けてこられたようですな? よろしければ、何か買っていきませんか?」
ティーフリングの商人はいそいそと品物を並べ出す。
「これなどは如何でしょう? タングルフットバッグと申しまして、敵に投げつけるとニカワのようなものが広がって固まり、その者の歩みを止めるという代物ですよ」
外皮の固い怪物などに対しては、剣や斧よりもこういった魔法の品物の方が当てやすく効果的な場合もあろう。
「それは幾らだ?」
「金貨25枚になりますが」
「高い。いらん」
高貴なるエラドリンが言下に切り捨てた。
「そうですか? では、こちらのドラゴンファイアー・タールなどは……」
「幾ら?」
「金貨30……」
「高い。いらん」
商人スリルは肩をすくめ、
「よござんす。では、私とカードで一勝負してみませんか? あなた方が勝ったらこちらの品物を差し上げましょう。その代わり負けたら……」
「いや、お断りする。善なる者は賭け事などに手を出してはいけませんから」
高貴なるエラドリンはスリルの申し出を断るのだった。堕落への囁きに耳を貸そうとはしない。見事な善であろう。
そして、高貴なるエラドリンは返す刀でこう言うのだった。
「ところで、この箱とその魔法の品を交換しませんか?」
銀貨2枚の値がついた箱である。
「はは、またまた御冗談を」
「冗談でこのようなことを言うとお思いですか?」
彼はいつも真顔だ。
ともかく、スリルの提示する品物は一回限りの魔法の品ばかりである。もっと恒久的に使える魔法の品、魔法の剣や魔法の鎧が欲しいところだ。切実に。特に吾。
「ゴッドクロスだかの他のパーツ、手に入れたいなあー」
「じゃ、この前のインプを呼びだしたらいいんじゃね?」
「おーけー。いんぷー!」
ゴゴゴゴゴ……。
「だーべーさー」
違うのが出てきた。
「帰らせる」
吾等は善なる一党なので、悪魔を呼びだしてマジックアイテム手に入れるとかそういうことはしないのであった。
「えーと……ともかくお買い上げは無し、ということですか?」
スリルが肩を落として、広げた商品を手仕舞う。敬虔なるグエドベはその彼に優しげな視線を送るのだった。
「今はいいや。もしかしたら、そっちからくれたくなるかもしれないし」
◆
商人との商談を終えた吾等は、さて寛ぐか、と店主に酒を頼む。が、その店主英雄クロムが吾等にもたらしたるは別のものであった。
「グエドベあてに言伝があったんだ。セイハニーンの司祭様が、寺院に来てくれ、だとよ」
この街のセイハニーンの司祭といえばデスメトーのことであろう。一体如何なる用なりや?
「呼ばれたのはグエドベだけ? 差別だ!」
高貴なるエラドリンが眉根を寄せる。そして英雄クロムに訴えるのだ。
「エルフなどエラドリンの成り損ないだというのに!」
とんでもないこと言いだしたよ、この人。と思いきや。くるっと顔を転じたエラドリン、
「そんなことないよ」
今度は真顔でグエドベに告げるではないか。おわかりいただけますでしょうか? 今のは同一人物による発言です。
種族間に上下などない、という高貴なるエラドリンの崇高な意志が感じられる発言であろう。自らの発言を続く発言で否定する。これは彼の高度な話法であって、一般的には支離滅裂な発言に捉えられるかもしれないが、全然まったく少しもそんなことはないのである。
その証拠に敬虔なるグエドベは心打たれた様子で、
「……ああ、そうだな……」
よそよそしい態度をとった。
◆
吾等は早速セイハニーンの月の光寺院へと向かうこととした。
「呼ばれたのはグエドベだけだから、行かない」
向かわないのであった。
高貴なるエラドリンがそう宣したからだ。セイハニーンの僧侶グエドベは溜め息をつきつつ、
「もう大人げないな」
「子供だもん」
「おもちゃあげるから」
「子供扱いするな!」
「どっちだよ」
「思春期ですから。宇宙に、ユニバースに反抗してる」
ちょっと何言ってるか分からない。
敬虔なるグエドベは英雄クロムに向き直り、
「用事があるならお前から来い、って今度デスメトーに言っとけ」
ちょっと何言ってるか分からない。
◆
月の光寺院にたどり着いた吾等。司祭デスメトーよりお茶を振る舞われつつ、用件を聞く。
「先日、私が血風党の脅威を町長や領主様に訴えるつもりだと話したのを覚えておいでですか? そのことでなのですが……」
デスメトーの顔には疲労の色が濃いようである。
「町長が取り合ってくれないのです。血風党とやらが本当に脅威であるという証拠を示せ、と。ただの無責任な噂話にすぎないと思っておられるようで」
「それはおかしい。実際に、橋の上に立つミノタウロスのせいで商人達が困っているはずだ」
「そのミノタウロスが血風党とやらと関係があるのか? と。血風党などというありもしない脅威を作り上げているのではないか、とこう仰るのです。今のあの方はご子息の婚姻話にかかりきりで、他のことには何であろうと煩わされたくないのでしょう。目をつむり、耳を塞いでおられます。このままでは、街として血風党に対する備えができません。そこでお願いなのですが、血風党の脅威を示す、何か証拠を探してきては下さいませんでしょうか? 血風党が実際に脅威であると、町長に認めさせるに足る何かを……」
そのような漠としたものを求められても難しい話であろう。
「そんなの探すよりもねつ造の方が早い。俺達が血風党のふりして……」
「むしろ、町長が血風党」
「それだ」
「町長は駄目でも、領主様に話したら良いのでは?」
デスメトーは首を振る。
「領主様はまだ子供です。実際にこの街を取り仕切っているのは町長なのです。町長が動かなければ、街の衛兵達も出動したりしないでしょう」
「その領主を盛り立てる人達はいないの?」
「侍従長のクラフト殿や昔からこの街に住まう4つの名家、4名家の方々がいらっしゃいますが、いかんせん町長の権勢の前には……」
中々に難しいようだ。吾等はデスメトーと顔を見合わせ、押し黙るしかない。
「……ところで、また何か血風党に関するお話はありませんか?」
デスメトーは雰囲気を変えるかのように話題を移す。そういうことであれば、吾等にも提供できる話があった。枯枝城での出来事である。
「この街の北にある廃城で、血風党の手の者であるホブゴブリンを見ました」
「そいつ、汚え手で俺にお守りくれやがって……」
「いずれその者もアヴァンドラの加護を受けることでしょう。すなわち、死」
こうやって悪し様に言っておかねば、吾等がそのホブゴブリンと通じたと思われかねないのだから仕方ないのである。
デスメトーは吾等の話を聞き、首を捻る。
「そのような廃城に、その者達は何のために?」
「乳繰り合うため?」
「あの城を支配していたワイトを倒すためでしょう。ワイトが血風党に従わなかったからかと」
「……なるほど、そうなのかもしれませんね。いえ、今回も興味深いお話をありがとうございました。これは些少ですが……」
デスメトーは小さな革袋を渡してくる。中身は金貨が40枚であった。
「これからも、何か血風党に関する情報があればよろしくお願いいたします」
そう頭を下げるデスメトー。さらに、
「こちらも、あなた方が聞きたいことがあれば調べておきましょう」
その言葉に高貴なるエラドリンも頭を下げる。
「じゃあ、ゴッドクロスのありかを調べておけ」
謙虚なる態度は善なる者に自然と身についた衣服のようなものだ。
「人はどこからきてどこへ行くのか調べといて」
敬虔なるグエドベは神の道をより深めようというのだろう。神から示されし設問、人とは何であるのか? への答えを欲する。
「俺、セイハニーンとはマブだから」
そんなことも言った。
◆
月の光寺院を出た吾等は次なる一手を模索する。
血風党の動向を探るべきか。それとも、町長の動きが怪しいと踏んで、その背後を探ってみるべきか。血風党の脅威を町長の前でみせつけて、ぐうの音も出せないようにするにはどうすればよいか。
と、吾等の目の前をどたばたと駆けていく者がある。それは見知ったドワーフで、
「! おお、お前ら! 丁度よいところに!」
吾等を見て、その脚を止める。先日、吾等をイケメンドワーフ亭へと誘った衛兵隊のドワーフ軍曹ではないか。
「どうかしましたか?」
「大変なんじゃ。この前、お前さん方と一緒に子猫を探しに地下水路に行ったじゃろう? その猫がまた地下水路に入り込んだらしい。しかも、今度はあの女の子が自分で地下水路に探しに入ってしまったようなんじゃ。あそこは最近ジャイアントラットやらが急に増えてきて危険でな。早く連れ出さんと最悪の結果にもなりかねん」
「ほう」
「探すのを手伝ってくれんか?」
「報酬は?」
高貴なるエラドリンは至極当然といった感じである。
「おいおい……わしにできるのはイケメンドワーフ亭で一杯おごることぐらいじゃが……」
「なぜ? あなたの給料から払ってくだされば結構です」
「もういい! わし一人で行く!」
ドワーフの軍曹がぷりぷりしながら先へ急ごうとする。と、高貴なるエラドリンはその前に立ちふさがるではないか。そして、
「任せてください。人助けは基本です」
気高き申し出をするのだ。
「いつもブレるよね?」
敬虔なるグエドベは首を傾げる。高貴なるエラドリンへ問いかけるように。それに対する答えは明確だ。
「子は国の宝ですから!」
高貴なるエラドリンの眼差しは慈愛に満ちたものである。
そこへ、
「待て待てい!」
馬を駆りて叫びたる、その姿は身分ある者と見受けられた。後ろには衛兵達が隊列を組みて付き従う。一応、武辺の者であるようだ。吾には見覚えがある。確かこの街の衛兵隊長だ。
「……良い馬に乗っておるのう?」
高貴なるエラドリンが両刀をすらりと抜いた。何の前触れもなしに。
「こっちから先に絡んだ! 普通、こういうのって向こうが絡んでくるシーンだよね? むこうがいちゃもんつけてきて、さあどうしよう? ってシーンだよね? なのに、こっちから先に絡んじゃった」
すなわち吾等が話の主導権を握ったのだということを、グエドベは言うのであった。
「隊長? どうされましたか?」
ドワーフ軍曹は驚いた様子である。衛兵隊長は馬上から軍曹をじろりと見下す。
「何を油を売っている。非常呼集がかかっておる。貴様もついてこい」
「一体何が……?」
「無視ですか?」
そして、高貴なるエラドリンは軍曹に囁いた。
「……やっておきますか?」
「目がギラギラしてる。早く謝って! 危ないから」
衛兵隊長は、高貴なるエラドリンとグエドベの物言いにようやく気付いたかのようだ。高い位置から吾等を見下す。
「ふん、よそ者か」
「殺す」
無視したら怒るし、話しかけたら話しかけたで怒るし、高貴なるエラドリンは色々と難しいお年頃なのだった。
◆
とりあえずここまで