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暗渠行路~闇の誘い~後編

前回までのあらすじ


 高貴なるエラドリンは宇宙に対して反抗期である。


  ◆


 馬上の衛兵隊長はドワーフ軍曹を叱咤する。

「こんなところでよそ者と遊んでいる場合か!」

「し、しかし、地下水路に子供が迷い込んだとのことで、わしはそちらに向かおうと……」

「そんなガキなどどうでもいい」

 吐き捨てるような口調に、ドワーフは色を為す。

「どうでもいい、ですと!?」

 衛兵隊長は唇を捻じ曲げるのだ。

「ああ、どうでもいいだろう、そんな木端。何の得になる? それよりも、姫様がお屋敷からいなくなったのだ。あのバカ娘め……。婚姻を控えた大事な時期だというのにふらふらと出歩きおって! そっちを探す方がずっと大切だろうが!」

「なに!? 姫様が!?」

 ドワーフ軍曹は雷に打たれたかのようである。

「姫様って? ああ、地下水路に猫探しに入った女の子のことでしょ? おーけー。じゃあ、皆で探しに行こうぜ!」

 全然違ったようだ。彼等衛兵隊が捜索しているのは、現領主の姉で近々町長の息子と結婚することになっている者だという。

「姫様がいなくなったとあれば、わしはそちらを探さねばならん。だが……」

 ドワーフの軍曹は吾等を頼みにするのだ。

「頼む、地下水路に迷い込んだ女の子はお前達で助けてやってくれ」

「いいでしょう」

 高貴なるエラドリンの顔つきが引き締められる。善なる行いを果たすべし、との決意に満ち溢れていた。

「その代わりに、あなたはこの衛兵隊長をやってください。交換条件です」

「ん? よそ者、何か言ったか?」

「お前、本人の目の前で何言うとるんじゃあ!」

 ドワーフ軍曹の狼狽ぶりに、高貴なるエラドリンは訝しげでさえある。

「正直は、いけないのですか? おお、アヴァンドラー」

 高貴なるエラドリン、善神への嘆きと奇妙な礼拝を四方に繰り返す。これがエラドリン流の神への祈りらしい。

「いっつも思うけど、その名を借りた偽物でしょ? 君が信仰してるのって」

 敬虔なるグエドベの神学的な問いかけにも、高貴なるエラドリンはよどみない。

「ならば、私が神になるしかないな」

「神の名において何かやる時は、大抵自分の責任だから。君のそういう性格を直すにはどうしたらいいんだろうねえ」

「広い心で善に努めるぞ。アイム思いやりですから」

 また変なこと言いだしたよ、この人。

「子供好きだし。さあ、助けに行きましょう」

 高貴なるエラドリンが先導する形で、吾等は地下水路の入り口へと急ぐのだった。


  ◆


「水路に来たけど、実は水がない」

 そんなことはない。

 吾等はぽっかりと開いた入口の前に立つ。水路をざあざあと水が流るる。膝上くらいまでの深さか。水の中では少々歩きづらそうだ。では、水路の両脇にある、水に浸かっていない歩道を行けばよいか? けれど、そちらは人が一人通れるほどの幅しかないのだ。中々、展開の難しい場所であろう。大ネズミなどに遭遇した際、うまく連携がとれるだろうか。

 水路の奥を見通すも、暗闇に包まれ杳として知れぬ。

 どことなく鼻をつく匂いは、奥に行けばいくほど強まるであろう。

 吾は知らず、身震いした。思うよりも冷たい場所である。じとつく冷たさというべきか。吾がドラゴンボーンだからというわけではないが、あまり歓迎したくない場所と思われた。

 高貴なるエラドリンが眉間にしわを寄せた。

「ここは自然が感じられない。入れません」

「この前、入れてたじゃん」

 グエドベは高貴なるエラドリンを励ますのだ。

「大丈夫。暗いからわからないけど、きっとこの水路奥行き5メートルだから」

 それはもう水路ではないのではないか。

「暗いので、先頭を行く者の頭に陽光棒を突き刺しておきましょう」

 それは吾のことであって、うわ、とてもまばゆい。

「これで狙われるのは決まったな」

 吾のことを何だと思っているのか。

 ともかく水路の奥へ進む準備は整う。整ったのであるが、高貴なるエラドリンは気乗りせぬ様子なのだ。

「自然が感じられないから帰りましょう」

 そう繰り返す。

「ヒューマノイドは皆、土に帰るべきです。つまり死ぬべき」

 何を言いたいのかよくわからぬが、つまり汚水に足を踏み入れたくないという趣旨のことを言っているのだと思われる。

 その後ろ向きともいえる姿勢に、運命も愛想を尽かしたのであろうか。吾等は水路の奥へと消えた少女の手掛かりを中々見つけられない。

「ガセネタ掴まされたんじゃね?」

「よかった。水路で迷子になった女の子はいなかったんだ……」

 そう思い始めた時、ようやく高貴なるエラドリンが気付いた。

「ここに濡れた足跡があります」

 それは小さく、どうみても子供のものだ。

「まだ、それほど時間は経っていないでしょう」

「……こっちの足跡は?」

 グエドベが示すは、その小さな足跡を踏みつけてある足跡だ。人のものと、ネズミのものが混じっている。どうやら、女の子の後を追っているものと思われた。

「……これ、もう駄目でしょ? 食われてんじゃん?」

 敬虔なるグエドベは心優しいので、魂の安寧なることを祈るのだった。

 その時だ。赤子の泣き声にも似た木霊が吾等の耳に届いたのは。

「にゃーん」

「カルロス・トバチーニ・ヘイスケか!」

 高貴なるエラドリンは躊躇ない。気配のする方向へと駆け寄ると、体が3つはあるかのような軽やかな動きで子猫を捕まえる。

「お前のご主人さまはどこだ?」

「にゃーん」

「……静かに。この先に何かいます」

 その指摘は正しい。吾等が水路の奥を見通すに、ほのかな明かりが浮かんでいる。そして、興奮したような声も。

「……バカ言ってんじゃねえ! こっちはガキに姿を見られてるんだ。始末しなきゃならねえ……!」

「……そんなことはやめてください。今、この街の者とのトラブルは無用です。この街を手に入れるのも、話し合いで何とかなりそうなのです。この街に損害を与えずに丸々手に入れられるかもしれないのですよ? なのに、住民を殺したりしたら……」

 甲高い男の声に、諌める女の声。

 甲高い声がひときわ大きくなった。

「ふざけるな! 俺が何のためにここに潜ったと思ってるんだ? それをなんだ? 今更中止するつもりか? 冗談じゃねえ! 俺はやるぜ! もう血風党なんて関係ねえ!」

 野太い声がそれを遮った。

「貴様、逆らうつもりか? これはマガンテ様の意向なんだぞ!」

 吾等は顔を見合わせる。血風党とな?

 チチチチ……。

 まるで鳥が囀るかのような音が響いた。

 野太い声が水路に木霊する。

「貴様、何を……!」

「来い! ネズミども! 食い殺せ!」

 あちこちからさざ波のような音が迫ってくる。そう、我々の傍の横道からも。

「……来るか」

 吾は剣を握りしめた。


  ◆


 状況はこうである。吾等の先に見えるは3人の人影。薄汚れた外套を纏った男と浅黒い肌に白髪の女、それに戦斧を抱えた戦士風の男である。薄汚れた外套の男に対して、残りの2人は水路を挟んで対峙していた。

 囀りを上げているのは外套の男だ。それに応えるように、水路のあちこちから水の跳ねる音や耳に刺さる鳴き声が近づいてくる。

 きい、とばかりに吾等の目の前を丸々と太った大ネズミが横切った。その後ろをもっと小さいネズミの大群が揺れ動く絨毯のように駆け抜けていく。もっ、と生臭い空気が押し寄せてきて辟易す。ネズミどもの向かう先は、吾等の先。3人の人影のある方向だ。

「……吾等は眼中にない、か」

「あの女……血風党の……?」

 見覚えがあった。蜘蛛の女王ロルスに使える邪悪の女神官。ドラウの確かフェイターンとかいう者であろう。

「巻き込まれることはない。見ていよう」

 ネズミ達はフェイターンら2人に群がらんとする。戦斧を振るう男が罵りの言葉を発した。

 と、ここでイニチアシブ順5の子猫が、

「にゃーん」

「! 猫だ!」

 薄汚れた外套の男が絶叫した。

「お、お前ら! 防げ!」

 そう喚くや踵を返す。慌ただしい足音を撒き散らして、その背がみるみる遠ざかって行った。その先は暗闇だ。地下水路の奥へと消える。

「あなた達は!?」

 ドラウの女神官フェイターンが吾等に気付き、その目を大きく見開くのがわかった。

 そして今や、ネズミ達も吾等に気付いたようである。赤く光る多数の眼が一斉にこちらに向けられた。

「戦いは避けられぬか」

 吾は呟く。殺到してくる大ネズミやネズミの大群。吾は大きく口を開いた。吾の噴き出す灼熱の炎に地下水路が赤く照らされ、ネズミどもの苦悶の声が木霊する。

「来い、ネズミども。数が頼みの弱敵など相手にもならぬわ」


  ◆


 吾のヒットポイントはもう6であった。

 数の暴力とは恐ろしいものである。

「ラットの大群が小群になった」

「わあ強そう(棒)」

 そのようなやり取りの後、吾等はネズミ達を駆逐した。残るはフェイターンとその仲間らしい戦斧を持った狂戦士である。

「おい、見られたぞ! こいつらもやっちまわないと……」

「いいえ、大丈夫です」

 狂戦士が斧を構えるのを、フェイターンは止めるのだ。

「彼等はわたし達と近いものを持っています。話せばきっとわかってくれるはず……そうですよね?」

「うん、そうそう」

「……なんでわたし達を囲むんですか?」

「話しやすいようにです」

 吾等はフェイターンを前後左右、いずれからも語りかけられるよう配置につく。

「で、お前達はこんなところで何をしてるんだ?」

「わたし達はあの男、チップスを止めに来たのです」

 フェイターンは語る。

 先程の薄汚れた外套の男はチップスなる者であり、フェイターンらと同じく血風党の者である。いや、者であったというべきか。

「彼はこの街に疫病を流行らせる準備をしていました。ネズミ達を操り、病を運ばせるのです。けれど、この街はまもなく戦わずして血風党のものとなるでしょう。疫病を流行らせて弱らせる必要はないのです。ゆえに、わたし達は計画の中止を伝えに来たのですが……。彼はそれを拒否しました。この街を死と病の支配する地獄に変えることを望んでいます」

 狂戦士の顔色が変わった。

「おい! 何べらべら喋ってんだ!?」

「あ……ごめんなさい……」

 狂戦士は唾を吐き捨てる。フェイターンの足下にかかった。

「これだからドラウは……今度は俺達を裏切るつもりか?」

「どうします? やってしまいますか?」

 狂戦士をちらりと窺いつつ、高貴なるエラドリンがフェイターンに囁く。いつでも両刀をすらりと抜ける態勢だ。

「いえ、喋り過ぎたわたしが悪いんです」

 しおれたフェイターンは、そこで仕切りなおすのだ。

「ともかく、あなた方もこの街で病が蔓延るのは防ぎたいでしょう? どうです? ここはわたし達と共同で、あの男を探し出しませんか」

 それに肩をすくめて応じるはグエドベだ。

「街を手に入れるって……この街をどうするつもりなわけ?」

「世直しです」

 フェイターンの答えは迷いない。

「この街の上の者達は無能です。何も対処できない。わたし達ならもっとうまくやれます」

 そう言われて、吾等は顔を見合わせる。確かにそういう面もあるやもしれぬ。しかし、邪悪な女神官の言葉をどう捉えたものだろう?

「……それに、前にもお話ししましたよね? あなた方も血風党に入党するべきです。あなた方が血風党に入ってくれれば、きっと大きな力になるでしょう」

「……今はそういう話は置いといて。実はこっちも人を探してる。この地下水路に迷い込んだ女の子がいるんだ。その子をまず助けなくちゃいけない」

「では、わたし達も一緒に探しましょう。その代わり、あなた方もチップスを探すのを手伝ってください。交換条件ということです」

 結局、吾等はフェイターンの申し出を受け入れる。子供に見られた、始末しなくては、とチップスは言っていた。その子供とは吾等の探している少女のことであろう。ならば、それを防がねばならぬ。チップスを見つけ出して倒すのは吾等にとっても必要なことと思えたからだ。

「……信用できねえ。お前ら、後ろから俺達をやるつもりじゃあるまいな?」

 狂戦士が疑い深げに暗い目を向けてくる。グエドベは明るく答えるのだ。

「そんな、後ろからと言わず」

 いつ、どちらが先に手を出すか。緊張感溢れる一党がここに出来上がった。


  ◆


「自然がないから全然見つからない」

 高貴なるエラドリンが眉をひそめるのだ。地下水路はレンジャーにとって得手にあらず。それでも、何も見つからぬというわけではない。

「誰かいる?」

 地下水路の先に揺れる明かり。それはちらちらと落ち着かなげだ。目を凝らせば、それが薄汚れた外套を纏っていることが分かる。柄にかかる手に力がこもった。

「奴か……?」

 だが、危ういところでとどまるのだ。先のチップスなる男にしては小さい。吾等の探している少女よりは大きいだろうが、小柄なことは間違いなかった。

 と、その外套姿も吾等に気付いたらしい。そのままつかつかと歩み寄ってくるではないか。そして、開口一番、

「ちょっと! 助けなさいよ!」

「はああああ?」

 高貴なるエラドリンの表情は狂人を見るそれである。

 粗末な外套を羽織ってはいるものの、近くで見るとその人物は貧困とは無縁とわかる。外套の下にのぞく身なりがそう語っていた。白い絹に散りばめられた金糸銀糸。宝飾品をまとい、庶民には手の届かぬような靴を履いている。まだあどけなさの残る顔ながら、すでに貴婦人めいた雰囲気が漂っていた。そう、このような場所には似つかわしくない少女だ。

 グエドベにはすぐに閃くものががあったらしい。

「おまえ、名前は?」

「……ミクシー」

 グエドベは鋭い眼差しで少女の真意を探る。

「本当はミリーっていうんじゃないか?」

「……はあ? 何言ってるの? バカじゃないの? 誰それ? 全然分かんない」

 ミリーとは何だ? と吾が首を傾げかけると、グエドベは小さく合図してくる。そしてフェイターンらを外した吾等に小声で囁くのだ。

「……この街の領主の姉の名前がミリーだった。たぶん、こいつ、それだよ」

「屋敷から抜け出したとかいうあれか」

「血風党の連中もいるのに、その正体知られたらややこしいことになりそうだ。ここはこのままミクシーで通しておこう」

 吾等が小声で囁き合うをミリーだかミクシーだかは睨むのだ。

「あなた達、ここから出る道はわかるの? なら、さっさと私をここから連れ出しなさいよ」

「なぜ、あなたはこんなところにいるのですか?」

 そう問われて、ミクシーはイライラと、

「一緒にいたくない奴と一緒にされそうだから逃げてきてやったのよ。あんな屑……。それが何? あなた達に何か関係あるの?」

 そして、見下したように吾等に言う。

「あなた達あれでしょ? 冒険者とかいうお金で動くいやしい連中なんでしょう? ならいいじゃない。私をここから出してくれたら、お礼があるわよ。だから、早くしなさいよ」

「高慢は悪です」

 高貴なるエラドリンが短く呟いた。それに対して、ミクシーは笑うのだ。

「へえ? ところで、ねえ? あなた方エラドリンって虫とか蛙とか食べるんでしょう? 野蛮ね」

「あなたは首と胴体が離れる特技をお持ちと聞きましたが?」

 高貴なるエラドリンがいよいよ両刀を抜き放とうとした矢先、ころりと転がされたものがある。

「なに? お金? どう、これでいい?」

 ミクシーが上あごを突き上げるようにして挑んでくる。

「連れ出してくれたなら、もう一つあげるわ」

 それは闇の中でもキラリと輝く緑の宝石。

「エメラルドか?」

「ちょっと外まで行ってくる」

 高貴なるエラドリンは宝石を拾い上げると、涼やかな顔で吾等に告げるのだ。

「……あの」

 それまで遠慮がちに横で話を聞いていたフェイターンが、控えめに問いかけてくる。

「チップスをわたし達と一緒に探すという約束でしたよね……? それに、女の子も探さなくてはいけないのでは?」

「その通りです。さあ、急いで探しに行きましょう」

 高貴なるエラドリンは宝石を懐に仕舞い込むと、深く穏やかに呼びかけるのだった。すぐさま眉をつり上げたのはミクシーだ。

「ちょっと!? 外へ出る道は!?」

「お前には帰る道はない」

「なにそれ? とことん卑しい連中ね! 身分を弁えなさいよ! 私を誰だと思ってるわけ?」

「まあ待て」

 敬虔なるグエドベが微笑みながら、少女の頭を鷲掴みにす。そのまま万力のように締め上げるのだ。

「いたいいたいいたい!」

 グエドベそれには構わず、

「ちょっと静かにしようか、お姫様」

 そう囁く。言われたミクシーは急に静かになって、

「……なにそれ? なんのこと?」

「いいから黙って聞け。お前の正体がばれるとやばい。ややこしいことになる。だから空気読め」

「わ、私は姫とかじゃ……」

 全然空気読んでないのであった。

 グエドベ再び万力笑顔。

「いたいいたいいたい! な、なによ!? なんで!?」

「今我々は悪党の一味と一緒なんだよ」

「悪党ってあなた達のことでしょう?」

「我々は正義の一味です」

 高貴なるエラドリンが高らかに囁くのだ。

「行いが粗暴なだけで」

「とにかく、あんたは姫様でないってことでいいけど、邪悪な連中がすぐそばにいるってことを考えに入れておけ」

「……なによ、あなた達の方がよっぽど邪悪……」

「悔い改めなさい」

 高貴なるエラドリンは厳かに囁くのだ。それに対してミクシーは、ふん、と鼻で笑って見せた。

「……別に大丈夫でしょ? だって、あなた達正義の味方なんだから? 私に何かあったらあなた達が助ければいいじゃない。助けなさいよ」

「我々は正義の味方であって、お前の味方ではない」

 高貴なるエラドリンは明快なものだ。

「あなた達、絶対善人じゃないでしょう?」

「我々が善人でないと思うことが既に悪なんだよ」

 敬虔なるグエドベが教え諭すのだった。その舌の根も乾かぬうちに、

「大体、お前世間知らずすぎるだろ。俺達のこと善だと少しでも思うこと自体……。そもそも、どうしたいんだよ? こんなところに来て、どうしたかったわけ?」

「……この街から出たかったのよ。この地下水路には外へと通じる抜け道があるって聞いてたから……。ねえ、あなた達、その道知らないの? 知ってたらすぐ案内しなさい」

「それはできない。我々は迷子の女の子をまず探さないといけない」

「そんな子供、どうだっていいじゃない。私を先に街の外へ連れ出しなさいよ。そして、そうね……王都へ連れてって」

「子供が先だ」

「とにかく、そこまでしてお前がお前とそっくりのあの息子と結婚したくないというのはわかった」

 高貴なるエラドリンの言葉に、ミクシーは眼差しを鋭くする。

「はあ? そっくり? 誰が?」

「態度の悪さはそっくりです」

「ふざけんな! むかつく! あなた達といるとほんとむかつく! 付き合ってられないわ! もういい、私一人で行くから!」

 ミクシーはけんけんと吠える。そして、さっさと水路の先を行ってしまうのだ。

 と、吾等の光が届くか届かぬかのところまでたどり着くと、くるりと振り返り、

「……ついてきなさいよ」

「はああああ?」

 高貴なるエラドリンのその表情は狂人を見るそれである。

「なに!? あなた達、お金いらないの? お金さえもらえれば何でも引き受ける下賤な連中のくせに!」

「お前の命と金、どちらが重い?」

 エラドリンはそう問いかけるのだ。まごついたようにミクシーは答える。

「え? そりゃあ、私の命……」

「答え、どっちも軽いです」

 ミクシーは溜め息をついた。

「……あなたの頭がおかしいのはよくわかったから。だから……その女の子とやらを助けたら、次は私を助けなさいよ」

「悪と悪の戦いは助ける価値がない」

 高貴なるエラドリンの言葉の意味はよくわからぬが、おそらく彼女に助力することに難色を示しているものと思われる。

「いざとなったら、ドラゴンボーンが苦痛の無いように噛み砕いて、全てのしがらみから助けてあげるよ」

 敬虔なるグエドベは吾の肩を叩いて言う。ドラゴンボーンを何だと思っているのか。

「いざとなったらドラゴンボーンを引っ捕まえて……」

「こいつがやりましたーって」

 吾等は熱き絆で結ばれた仲間である。


  ◆


 地下水路の奥から声がした。

「この足跡……。近くにいるだろう! ガキめ!」

「あの声、チップスです」

 フェイターンに言われるまでもない。吾等は声を辿って先を行く、

 見えた。

 それはチップスも同様だったらしく、

「くそ! もう追いついてきやがったのか!?」

 早速遁走を図るのだ。水路に掛けられていた渡し板を蹴落とし、吾等が後を追えぬようにする。さらに大ネズミが数匹、吾等の足を止めんと近寄ってきた。

「水路を飛び越えるか、水路の中に入らないと追いつけない……!」

「我々高貴な種族は汚水には入りません」

 エラドリンは拒否。

「逃がすか!」

 狂戦士が水路脇の歩道を一気に駆け抜け、チップスとの距離を少しでも縮めんとす。が、

「なにぃ!?」

 横穴の水路の奥から伸びてきた触手に一瞬でからめとられてしまった。しかも、そのまま闇の奥に引きずり込まれていく。

「あー!」

 狂戦士の悲鳴に対して、高貴なるエラドリンは冷たいほど落ち着いて呟くのだ。

「あれはアディアグ」

 それは汚水に住まう腐肉の塊のような怪物。その体に目はなく、ただ巨大な口が穿たれている。その口の中には摩り下ろすかのように多数の牙が生えているという。おぞましい臭気を撒き散らし、それ以上に厄介な触手を振りまわして獲物をその口へと運ぶのだ。

 その触手に捉えられた狂戦士が暗闇の奥から叫ぶ。

「たーすけてー!」

 がりごりぼりと濁った音がそれに重なった。

「狂戦士のくせに何言ってんだよ。助けてー、はないだろう」

「彼に任せよう」

「あの、ちょっと、助けてあげてください! 今は仲間でしょう?」

 フェイターンに言われるまでもない。吾等は善なる一党である。全員でまず大ネズミを始末することにした。

「ぎゃー! たーすけてー!」

「助けてあげてー」

 しょうがないので、全員でアディアグを攻撃する。

「おら、お前も攻撃しろ」

「え? なに?」

 ミクシーにも攻撃させる。

「武器っていっても……私、これしか持ってないし」

 ミクシーは懐から取り出したエメラルドを投げつけるのだ。

「エメラルドスプラッシュだ!」

「拾いに行く!」

 ミクシーのエメラルドスプラッシュは味方に対する強制移動効果を持つ。

 あとイニチアシブ値5の順番で子猫が、

「にゃーん」

 戦いは続く。

 アディアグは目の前の獲物、すなわち狂戦士に気を取られているようだ。ならばと、他の者は安全な遠距離から攻撃を集中する。ペンテルの魔法やグエドベの祈祷による攻撃が特に効いた。外皮の硬い相手も、魔法にはもろいところがあるということであろう。

 狂戦士が餌となって目を引きつけているあいだに、吾等は着実にアディアグの体を削っていく。1対多の戦い方としては非常にうまくいったのではないか。

 餌役の狂戦士は堪ったものではなかったかもしれないが、

「しょうがねーなー。じゃあ、狂戦士にヒーリングワード」

「全快だぜー!」

 がぶがぶ。

「たーすけてー!」

 こんな戦いも遂には決着がつく。べちゃり、と肉のつぶれる音がした。そうして腐肉漁りの怪物は穢れた水の底に沈むのだ。すぐに自らが腐肉となるであろう。

「誰が治してやったかちゃんと覚えとけよ」

 敬虔なるグエドベが狂戦士に労いの言葉をかけるのだった。

「……チップスは……影も形もないか……」

 もっとも、吾等はアディアグとの戦いにかまけてチップスを取り逃がしてしまう。


  ◆


 それからどれくらい経ったであろう。

 吾等はようやく迷子の少女を見つけることができた。泣きながら吾等に救いを求めてくる。

「勝手にこんなところに入ってはいけない」

「ごめんなさい……」

「素直になれば許す」

 高貴なるエラドリンは度量の広いところを見せる。

「素直が一番だぞ?」

 後ろを向いたグエドベの言葉に、

「はあ? バカじゃないの? 子供のくせにこんなところに入る方が悪いのよ」

「殺す」

 高貴なるエラドリンはさらりと言うのだった。

「じゃあ、女の子も見つけたし帰るかー」

「あ、あの! チップスを一緒に探すって約束でしたよね……?」

 ドラウの女神官は事の成り行きに何事か感じたらしい。それに対して高貴なるエラドリンは理に叶ったことを言うのだ。

「時間がない」

「交渉決裂ということで」

 グエドベが言い添えた。

「そんな! ちょっと待ってください。あなた方だって、チップスを野放しにしていては困るはずでしょう? 街に病気が……」

「しょうがないなあ。そこまで言うなら、ドラウの頼みだから断るよ」

 敬虔なるグエドベは笑顔で答えるのだ。

「大体、病気が流行っても、多分その時俺ら街にいないし……」

「と、ドラゴンボーンが言っていた。まったく善にあるまじき発言だ」

 濡れ衣過ぎる。


  ◆


 でも、やはり吾等は善なる一党であるから約束は守るのだ。

「向こうから何か聞こえますよ! 行きましょう、ね?」

 フェイターン達が勢い込んで行く先は水路の行き止まり。その奥で叫んでいるのはまさしくチップスだ。

「助けてくれー! 頼む!」

 そして、その場にいたのはチップスだけではない。緑色の芋虫のような怪物。

「今度はキャリオンクロウラーと来たか……」

 巨大な肢体を蠢かせ、無数の足でぞろぞろと這いすすむ。頭の先についた触手が獲物を探るように揺らいでいた。そんな怪物が、チップスの前に構えているのだ。

「……あんな怪物が街の地下にいるってどうしてだ? 何かおかしくね?」

「ともかく、倒そう」

 吾等が駆けだすのと対照的に、今度はフェイターン達の歩みが止まった。

「? どうした?」

「あのまま放っておけばいい。怪物があの間抜けを始末してくれる。俺たちゃ見てればいいのさ」

 狂戦士がそう答える。

「た、頼む……助けて! 何でも喋るから……!」

 チップスはキャリオンクロウラーの触手に晒されながら泣きわめく。

「あんな怪物を野放しにしていては街が危ない。だから倒す」

 高貴なるエラドリンの言葉に、フェイターンが顔を上げる。

「……あなたがそう言うなら」

「やるんなら勝手にやってくれ。俺はやらん」

 狂戦士は後ろにとどまったままだが、フェイターンは吾等と共に前に出てきた。

 やはり、まずは遠距離からの攻撃でキャリオンクロウラーの力を削ぎにかかる。

 形勢不利と見たキャリオンクロウラーはうねうねと後退し始める。脇道の水路の奥へと逃げ込もうというのだ。

「逃がすな!」

 吾は駆け寄って怪物をマークした。その分、毒の触手に晒されるが、奴の足を止めることにはなる。

 わっ、と一斉に攻撃。皆がキャリオンクロウラーに殺到する。子猫がにゃーんと鳴いて、おぞましい怪物はあえない最期を迎えることとなった。

「やったな」

 だが、そこに隙間ができていたのだ。

「あ!?」

 チップスが吾等を尻目に駆けだしていく。またもや逃げる気だ。キャリオンクロウラーに集中していた吾等は虚を突かれた。が、

「……そうはいくか」

 狂戦士がいた。ずっと後ろで待機していた彼が、すぐさまチップスの前に立ち塞がる。振るわれた戦斧で、鮮血が上がった。

「ぎゃあ! くそ、こうなったら……」

 チップスは血走った眼を走らせる。その目がミクシーに、戦いに巻き込まれぬよう後ろに控えさせていた彼女にとまった。チップスの顔に浮かぶは邪悪な笑い。ミクシーの顔が青ざめた。

 チップスが手を伸ばし、ミクシーの腕を取らんとす。

「てめえら! この女の命が惜しかったら俺をこのまま行かせろ!」

「……させるか!」

 地下水路に清浄なる炎がきらめいた。

 グエドベが間一髪でチップスに祈祷の力をぶつけたのだ。

 濁った喚き声を洩らしながらチップスは水路へと倒れこむ。跳ねる水音。

「ほ! やったな兄弟!」

 狂戦士がグエドベにハイタッチをしてくる。

「あ、あり……がとう……」

 ミクシーがぶっきらぼうにそうつぶやいた。


  ◆


「今回のことで意を強くしました。あなた方は血風党に入るべきです。あなた方の力は私達のところでこそ発揮されます」

「俺も悪くないと思うぜ。お前らには助けられたしな。めっちゃうまいもの食わしてやるからついてこい!」

 フェイターン達の言葉に、吾等は顔を見合わせる。

「あのさ……血風党って、なんかあんまり悪いことしてなくね?」

「ミノタウロスで道を塞ぐとかくらいか? 結局、この街に病気流行らせる計画も取りやめてるし……」

「……どうする?」

 とはいえ、吾等は迷子の少女と子猫を街に送り返さねばならぬ。

「……とりあえず、ここで別れよう。女の子を無事返したらまた考えるということで」

「ちょっと待ってよ!? 私を街の外へ連れて行くっていうのはどうなるの!? 私は嫌よ、街には帰らない」

「うるさい黙れ」

「いたいいたいいたい!」

 吾等はフェイターン達と別れ、地下水路から街へと帰還した。迷子の少女と子猫は無事親もとへ。ミクシー改めミリーはひとまず月の光寺院へと匿うこととなる。

 だが、吾等は彼等血風党の言い分に思い煩う。

 蜘蛛の女神ロルスを信仰しているのならば、教義としてエルフやエラドリンは折を見て殺すべき存在である。フェイターンらは結局吾等を罠にかけ殺すかもしれぬ。血風党に入るなど選択肢の1つ足りえるのか?


  ◆


 次回、いよいよ吾等が血風党に入党するか、あるいはその逆、血風党が吾等善の一党に入党するか?


  ◆


地下水路の迷子(技能チャレンジ)失敗してました。経験値0。


ダイアラット(経験値100)×3=300

ラットの大群(経験値125)×4=500

ジャイアントラット(経験値25)×6=150


アティアグ(経験値300)×1=300

ダイアラット(経験値100)×3=300


キャリオンクロウラー(経験値300)×1=300

チップス(経験値150)×1=150


クエスト(疫病から街を救え)達成による経験値500。



1人当たりの経験値は458(クエスト等の経験値は4人割。モンスターによる経験値は6人割で計算)



手に入れた財宝等

司祭デスメトーより、金貨40枚

ミクシー(ミリー)より、エメラルド1個

チップスの宝箱より、白金のブレスレット、金貨40枚、アメジスト3個


 とりあえずこんな感じで。

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