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絶対皇帝の聖夜晩餐・前編(※一晩寝かせた黄金の雫と、デパ地下の職人技)

「完璧だ……。いや、これは想定を遥かに超える、奇跡の仕上がりと言ってもいい……っ!」


日曜日の夜、十九時ちょうど。


一ノ宮総本山の最奥にある、エアコンの効いた快適な総帥室のプライベートダイニングで、俺――白瀬しらせ ひじりは、目の前に美しく盛り付けられた一皿を見て、感動のあまり心の底から震えていた。


元デパ地下の食品フロア担当として、金曜日の夜からコツコツと仕込んできた「俺専用・最強の週末おつまみセット」が、ついにここに完全なる完成を迎えたのだ。


漆黒の高級磁器の皿の上に、美しく並べられた二種の芸術品たち。


一つは、一晩じっくり冷蔵庫で寝かせたことで、外側は美しい琥珀色のツヤを放ち、内側はしっとりと濃厚な旨味を凝縮した『黄金のスモークチーズ』


そしてもう一つは、サクラチップとピートの重厚な香りを纏い、ナイフを入れた瞬間に美しいピンク色の断面から溢れ出んばかりの肉汁を輝かせる『合鴨ロースのパストラミ』だ。


この鴨肉のパストラミ、実は夕方に燻製器から出した後、ただ切ったわけではない。


元デパ地下の職人オヤジの教え通り、アルミホイルに包んで一時間しっかり肉汁を落ち着かせ、さらに冷蔵庫で一時間冷やして脂を凝縮させてから、包丁を極限まで寝かせて「極薄のそぎ切り」にしたのだ。


薄くスライスされた鴨肉の上には、仕上げに粗挽きの黒胡椒がこれでもかと振られており、そのスパイシーな香りが、冷えた室内の空気を通じて食欲を狂おしいほどに刺激してくる。


さらに、スモークチーズも食べる三十分前に冷蔵庫から出し、あえて「常温」に戻しておいた。


こうすることで、冷えて固まっていたチーズの乳脂肪分がわずかに緩み、口に入れた瞬間にスモークの香りが何倍も強く開くようになる。これが、デパ地下で高級輸入チーズを売っていた俺の、絶対に譲れないこだわりだ。


グラスに注ぐのは、これまた厨房の冷蔵魔導具でキンキンに冷やしておいた炭酸水。


本当ならビールといきたいところだが、この世界にビールはないし、何より俺はアルコールが飲めない。


だが、この極上の炭酸水があれば十分だ。気分は完全に、前世で行きつけだった高級ワインバルの一等席である。


「よし……それじゃあ、いただきます」


誰にも邪魔されない、至高の引きこもりディナーの開幕だ。


まずは、フォークで『黄金のスモークチーズ』を一切れ、口に運ぶ。



――至福。


口に含んだ瞬間、上品なサクラチップの香ばしさと、ピートの重厚なスモーキーフレーバーが鼻腔をまっすぐに突き抜けた。そして奥歯で軽く噛みしめれば、ゴーダチーズの濃厚なコクとまろやかな塩気が、完璧に煙の風味と調和して舌の上でまったりと融けていく。


昨日、燻製が終わった直後の試食の時にあった、あの特有の「煙のトゲ」――ツンとした酸味や、舌を刺すような苦味は、一晩じっくりと冷蔵庫の暗闇で寝かせたことによって完全に消え去っていた。煙の成分がチーズの水分と完全に馴染み、驚くほど丸みのある、深く重厚なまろやかさへと進化を遂げていたのだ。


「うわぁ、これまじで美味いな……。あえて常温に戻したから、チーズのコクがダイレクトに伝わってくる。一晩寝かせるだけでここまで化けるとは、やっぱり燻製は奥が深すぎるぞ。あのトゲが取れる熟成期間こそが、燻製の本当の魔法なんだよな」


すかさず冷えた炭酸水をキュッと流し込む。シュワシュワとした炭酸の刺激が、舌に残ったチーズの濃厚な脂をさっぱりと洗い流し、口の中が瞬時にリセットされる。この無限ループ、永遠に続けていられる気がする。


続いて、お楽しみの『合鴨ロースのパストラミ』にフォークを伸ばす。


長官からせしめた最高級のブランド鴨肉を、ソミュール液の三温糖と数種のスパイスでじっくりと漬け込み、表面をしっかりと風乾させてから、70度の温燻でじっくりと二時間燻し、最高のタイミングで引き上げた逸品だ。


大きめの一枚を口に放り込む。


「――っ!!! ぶはっ、美味すぎる……!」


噛んだ瞬間、ジュワッ! と上質な鴨の脂の甘みが口いっぱいに広がり、後からソミュール液に仕込んだ醤油と白ワインのコク、そして表面にまぶした黒胡椒のピリッとした鮮烈な刺激が時間差で追いかけてくる。

サクラチップの強烈な燻煙が、鴨肉独特の野性味あふれるクセを完全に気品ある旨味へと昇華させており、極薄に切ったことで、噛めば噛むほど肉の繊維から濃密なエキスが溢れ出してくる。


「何これ、前世のデパ地下で売ってた一本三千円の高級パストラミより美味いじゃん……。肉の温度管理を70度キープで徹底したおかげで、パサつきが一切なくて信じられないくらいジューシーだ」


3

あまりの美味さに感動していると、俺の脳内に一つの「悪魔的なひらめき」がよぎった。


前世のデパ地下でも、常連のグルメなオヤジたちがよくやっていた、究極のおつまみペアリングだ。


贅沢にも、薄切りの鴨のパストラミで、黄金のスモークチーズをくるりと巻き、一緒に口へと放り込む。


――脳が爆発するかと思った。

鴨のジューシーな肉汁と、チーズのクリーミーな乳脂肪分が口の中で完全に合体し、そこにダブルのスモーク香が合わさることで、もはや宇宙規模の旨味のビッグバンが起きていた。黒胡椒のスパイスが、その濃厚なハーモニーを絶妙に引き締めている。


「これだよ、これ! 俺が求めていたのは、この『誰にも邪魔されない、最高のおつまみ引きこもりライフ』なんだよ……!」


俺が至高のペアリングに涙を流し、炭酸水を一気に煽った、まさにその瞬間だった。


その時、総本山の外では、とんでもない事態が発生していた。


総帥室の強力な換気扇から夜風に乗って排出された「鴨肉とチーズの暴力的かつ濃厚な燻製香」が、中庭を越えて、敷地を包囲・警備していた各クランの精鋭兵士たちの鼻腔を直撃したのだ。


「くっ……なんだこの匂いは……! 吸い込むだけで、胃袋が雑巾のように雑に絞られるような、狂おしいほどの空腹感が……!」

「だめ、抗えない……! 脳が、あの肉を喰らえと命じているわ……!」


十九時ちょうど。静寂を守るはずだった警備陣の腹の虫が、一斉に「グゥゥゥゥゥ!!」と地鳴りのような音を立てて鳴り響いた。あまりの幸福な香りと戦意喪失により、武器を地面に落とし、その場にへたり込む兵士が続出。一ノ宮総本山の外周は、ひじり君の「無意識の飯テロ」によって、完全に無力化されたのである。


そしてその匂いの源流を辿り、限界を迎えたクランの幹部たちが、総帥室のドアの前に殺到していた。


(後編へ続く!)

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