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絶対皇帝の兵器鋳造(※鴨肉はソミュール液に漬けると美味い)

「ふむ……非常に良い肉質だ。脂の乗り方も上品だし、これはただ焼くだけではもったいないな」


日曜日の早朝、午前5時。一ノ宮総本山の超近代的な厨房にて、俺――白瀬しらせ ひじりは、目の前に鎮座する見事な合鴨ロース肉をまな板の上に載せ、真剣な目で見つめていた。


本来なら、今の俺は全国23区を統べる絶対的な新総帥だ。


この世界での男は「生きてるだけで年収千万円」の超イージーモード。周囲の男たちは傲慢に育ち、料理を床に投げ捨て、女性たちを虫ケラのように扱うのが日常茶飯事。


だから俺も、お布団に引きこもって、上げ膳据え膳でダラダラ過ごしていればいいはずなのだ。


引きこもりたい。お布団で一生寝ていたい。


だが、元デパ地下の食品フロアを戦場にしてきた派遣労働者として、これほど素晴らしいブランド鴨肉を前にして「何もせず放置する」というのは、職人のプライドが全否定されるような激しい苦痛だった。


(よし……せっかく昨日、5区と11区の女王たちからサクラチップが3トンも届いてるんだ。この鴨肉も燻製、いわゆる『鴨のパストラミ(合鴨ロースのスモーク)』に仕上げてやろう。昨日作ったスモークチーズと一緒に並べたら、前世の高級ワインバルで一杯2千円は取れる最強のおつまみ皿が完成するぞ……!)


俺は腕まくりをすると、慣れた手つきで『ソミュール液(塩漬け液)』の調合を始めた。


スモークの味を決定づけるこの液体。水に対して塩が5%、三温糖を適量。そこに臭み消しのローリエ、黒胡椒をたっぷり。さらに、前世のデパ地下で頑固な仕込み職人のオヤジから盗み見た隠し味――「ほんの少々の醤油と白ワイン」をブレンドし、鍋でじっくりと一煮立ちさせる。


厨房の隅で、息を殺してその様子を見守っていたジークリンデが、震える手で通信インカムに囁いた。


「……カレン殿、大変です。総帥が、昨日国家(警備局長官)から差し押さえた鴨肉コアをまな板に拘束し、謎の『暗黒液体』を調合して流し込み始めました。液体からは、芳醇かつ脳を直接揺さぶるような危険なスパイスの魔力が漂っています……!」


『落ち着きなさいジークリンデ! 総帥の魔導錬金術を邪魔してはなりません! あれはきっと、我が一ノ宮に敵対する者を一瞬で無力化する、新たなる概念兵器の鋳造です……!』


(いや、ただの味付けのタレだからね!? 醤油入れたからちょっと黒いだけだからね!?)


そんな外の雑音などお構いなしに、俺は冷ましたソミュール液に鴨肉をガッチリと漬け込み、厨房の魔導具(真空パック機)で一気に圧着した。


「よし。これで数時間、肉の芯まで味を染み込ませる。お昼頃にはいい感じに脱水も進んで、最高の燻製タイミングになるはずだ」


一度部屋に戻って二度寝した俺は、午前11時、再び中庭の大型スモーカーの前に立っていた。


「よし、脱水と風乾は完璧だな。肉の表面がしっとりと飴色に乾いてる。これなら煙が最高に綺麗に乗るぞ」


朝に仕込んだスモークチーズは冷燻(25度以下)だったが、肉類は別だ。しっかりと熱を通して殺菌しつつ、肉汁を閉じ込める【温燻おんくん】、温度にして70度前後でじっくりと2時間燻す必要がある。


「カレンさん、火力を調整する。ここからは温度を70度に固定だ。高すぎれば肉の脂が落ちてパサパサになるし、低すぎれば生焼けになる。一瞬の油断も許されないぞ」


「は、はいっ! 70度の絶対温度ディバイン・テンパレイチャーですね! 直ちに中庭の結界維持班に伝達、空間の温度をコンマ1度単位で固定させます!」


(いや、ガスコンロのつまみをちょっと捻るだけなんだけどね!? 結界とかまじで大袈裟なんだよなぁ……)


サクラチップに再び火が灯り、今度は肉の脂が熱で燻されることで、朝のチーズの時よりも何倍も「暴力的で、ジューシーで、濃厚な肉の燻製香」が、一気に総本山の中庭から全域へと噴出した。


ゴク、と中庭を警備する100人の女性兵士たちの喉が、一斉に鳴った。


それは、ただの煙ではない。嗅いだだけで口の中に濃厚な鴨の旨味と、ピリッとした黒胡椒の刺激が広がり、脳が「今すぐそれを食わせろ!」と悲鳴を上げる、究極の精神破壊兵器(飯テロ)だった。


「な、なんという破壊力……。朝のチーズが『静』の領域なら、この肉の燻製は『動』の領域……! 嗅いでいるだけで、全身の魔力が激しく脈打って、戦意が完全に消失していくわ……っ!」

ジークリンデが剣の柄を握りしめながら、よだれを拭うことも忘れてその場に膝をつく。


俺はスモーカーの温度計を睨みつけながら、じっと煙の揺らめきを見つめていた。


「……よし。これで2時間燻した後、さらに1時間余熱で休ませる。すべての味が馴染み、完璧な【大団円(実食)】を迎えるのは――今日の夜、19時ちょうどだ」


「19時ちょうど……! ついに、世界が塗り替わる刻限リミットですね……!」


カレンが涙を流しながら、空を見上げて祈りを捧げた。


俺はただ「夕飯のビール(※ノンアル)の時間が19時だから」という理由で言っただけなのだが、総本山の全員が、その時刻に「新世界秩序」が発動すると確信し、緊張の面持ちで夜を待つのだった。

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