クランの猛省
「――聖様。少々、お話よろしいでしょうか」
お忍びのファミチキ大作戦から帰還し、自室のベッドで情報端末の掲示板(5ちゃん風)を眺めていた俺の背中に、冷たい戦慄が走った。
ドアの前に立っていたのは、怜華さんだった。
いつも以上に背筋をピンと伸ばし、眼鏡の奥の瞳は深刻そのもの。その後ろには、借りてきた猫のようにシュンとうつむいたツグミが控えている。
(ま、まずい。まさか、さっきの外出がバレたのか……!?)
「あ、うん。どうしたの、二人とも?」
なるべく前世の営業スマイルを意識して、平静を装う。
怜華さんは一歩部屋に踏み込むと、胸元から一枚のプリントアウトされた書面を取り出した。
そこには、俺がさっきまで見ていた『第7特別保護区スレ』の画面コピーが、デカデカと印刷されていた。
「先ほど、我が第7区のコンビニにて、国家機密級の『極上のレディファーストを施す男装女子』が出没したという情報がネット上を駆け巡りました。……聖様、これに見覚えはございませんか?」
心臓がドキン、と跳ね上がる。
さすがは元国家近衛騎士団のエリート、情報網が早すぎる。
ここで下手に嘘をついて、後から防犯カメラの映像などで確定証拠を突きつけられたら、それこそ今後の自由が完全になくなる。
前世の派遣時代、トラブルが起きた時は「言い訳をせず、誠実に最速で謝る」のが一番の傷口を広げない方法だと叩き込まれた。
俺はベッドから立ち上がり、怜華さんとツグミの前に進み出ると、すっと頭を下げた。
「ごめんなさい。それ、俺なんだ。二人がいない隙を突いて、グレーのパーカーを被ってこっそり抜け出した。本当に申し訳ない」
「っ…………!!」
二人が息を呑む音が聞こえた。
俺は頭を下げたまま、必死に弁明を続ける。
「この世界の男の人が一人で外歩いちゃいけないのは知ってた。でも、どうしても……どうしても、その、コンビニのチキンが食べたくなっちゃって。二人に言ったら心配すると思って、男装女子のフリをすれば大丈夫かと安易に考えてしまったんだ。店員さんにも迷惑をかけたし、二人の管理責任にも関わるよね。本当に、二人の仕事を軽んじるような真似をして、すみませんでした」
前世のデパ地下で、他部署のミスを一緒に謝罪していた時並みの、魂の底からの謝罪(45度のお辞儀)。
だが、数秒経っても、二人からの怒声も落胆の声も聞こえてこない。
不思議に思ってゆっくり顔を上げると――俺は、その光景に息を呑んだ。
「ひ、聖様が……っ、聖様が、頭を下げて、おられる……っ!」
怜華さんは、まるで世界の終わりか、あるいは人類の救済を目撃したかのような顔で、ボロポロと涙を流していた。眼鏡が涙で曇るのも構わず、胸をかきむしるようにして喘いでいる。
「そんな……っ、私たちの至らなさのせいで、聖様にここまで深く心を痛めさせ、謝罪をさせてしまうなんて……っ! ああ、なんという不敬! なんという大罪を私たちは犯してしまったのでしょう……っ!」
「ひじりさまぁぁぁ……っ!!」
ツグミにいたっては、床に両膝と両手をつき、見事な土下座の姿勢で号泣し始めた。
「ツ、ツグミ!? 怜華さん!? いや、謝ってるのは俺の方なんだけど!?」
「違います、聖様!」
怜華さんが、激しい感情のままに一歩踏み込んで叫んだ。
「この世界の男性は、自らの非を認めることなど万に一つもございません! 自分の思い通りにいかないことがあれば、すべて周囲の女性の無能のせいにし、怒り散らすのが当然なのです! それなのに、聖様は……私たちの管理の目を盗んだという『些細な悪戯』に対して、私たちお世話係の立場(管理責任)にまで思いを馳せ、こんなにも美しく、誠実に頭を下げてくださった……っ!」
「私、私……聖様が『コンビニのチキン』なんていう、庶民のジャンクフードを欲しておられることすら気づけませんでしたぁぁ! 毎日宮廷料理ばかり押し付けて、聖様の真の御心を蔑ろにしていたなんて、お世話係失格ですぅぅ!」
ツグミが床を拳でバンバン叩きながら慟哭する。
……うん、やっぱりこの世界のブレーキ、完全に壊れてるわ。
「落ち着いて、二人とも! 料理は本当に毎日美味しいよ! ただ、ほら、たまにジャンクなものが恋しくなるのって人間の性っていうか、前世の癖みたいなもので……」
「前世の、癖……?」
怜華さんが涙を拭い、ハッとしたように俺を見た。
「そういえば、聖様は以前、前世の記憶のようなものがあると仰っていましたね。……なるほど、合点がいきました。聖様のあの神聖なまでの知性、息をするような他者への慈愛と気配り……。それらはすべて、前世という名の『徳の積み重ね』によって形成されたものだったのですね……!」
「え? いや、ただのしがない派遣労働者だったんだけど……」
「派遣……! 民草のために自らの身を粉にし、全方位に頭を下げ、あらゆる人々の心を救う、伝説の聖職者ですか……っ!」
「違う、全然違う。ただの現代日本の底辺労働環境の犠牲者だ」
俺の必死の訂正も、限界突破した彼女たちの耳には届かない。
「ツグミ、泣いている場合ではありません。直ちに動きなさい!」
怜華さんがキリッとした表情(涙目だけど)で指示を飛ばす。
「ハッ! 何をすればよろしいでしょうか、お姉様!」
「聖様が欲された『まーと・せぶんのほっとちきん』の流通経路、および調理法を完全に特定します。我がクランの総力を挙げて、あのジャンクな旨味を、最高級の衛生管理と究極の食材(ブランド地鶏)で完全再現した『聖母専用チキン』を開発するのです! 料理長を起こしなさい!」
「了解でありますッ!!」
ツグミが涙を拭い、弾かれたように部屋を飛び出していった。
「あの、怜華さん、普通の市販のチキンが良かったんだけど……」
「聖様、お気になさらないでください。聖様が外に出ずとも、この世界のすべてをこのクランに揃えてみせます。それが、私たちに与えられた唯一の救いですから……」
怜華さんは、聖画に描かれる聖母のような、神々しくもすべてを包み込むような微笑みを浮かべ、深く一礼して部屋を去っていった。
一人残された俺は、ベッドの上で呆然と立ち尽くす。
「……なんか、話がとんでもない方向に転がっていってる気がするんだけど」
ふと、情報端末を見ると、地元の掲示板はさらに信じられない速度で書き込みが増え続けていた。
『【悲報】第7区のマート・セブン、謎の国家特務機関っぽい黒塗りの高級車に包囲される』
『>>1 マジ!? あの男装女子の特定始まったか!?』
『厨房のフライヤーとか全部回収されてるらしいぞ。国家レベルの何かが動いてる……』
俺はそっと端末を裏返し、枕に顔を埋めた。
ただ、コンビニのチキンが食いたかっただけなのに。
前世の癖で、普通に「ごめんなさい」と言っただけなのに。
どうやら俺の「普通」は、この世界の女性たちをどこまでも狂わせてしまうらしい。
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