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お偉いさんの急な査定と、小市民の「マニュアル対応」

「――報告は以上です、バルトロメウス総長」


中央本庁、最高機密会議室。


 冷泉カレンは、いつになく真剣な表情で、デスクの向こうに座る冷徹な最高責任者、バルトロメウス総長へ端末の画面を差し出していた。


 画面に映っているのは、一ノ宮クランの職員が勝手に放流した、ひじりの『最敬礼お辞儀コーヒー動画』だ。


すでに再生数は数百万を超え、深夜の間に1,000万円もの広告分配金を叩き出した、今まさにネットを揺るがしている歴史的映像である。


「なるほど……これが18区の少年か」


 総長は、冷徹な漆黒の瞳で動画をじっと見つめた。


「恐ろしい男です」


 カレンは拳を握りしめ、熱を帯びた声で告げた。


「この世界で保護されている男性といえば、例外なく傲慢で、我ら女性を見下すのが常識。しかし彼は違います。この私に対し、微塵の傲慢さも見せず、どこまでも腰を低くし、完璧な礼節(最敬礼)を持って『お疲れ様です』と極上の癒やしを差し出してきた。……これは、既存の国家システムに対する、無言の『極上の皮肉』であり、同時に我らキャリアウーマンへの救済です」


カレンの脳内では、ひじりの派遣社員仕込みの「粗相のないためのビビり対応」が、【国家の男尊女卑システムに一石を投じる、高潔な聖人の思想】に完全変換されていた。


「一晩で1,000万の広告分配金か。フッ、全国の激務に喘ぐ女性たちが、彼のその『圧倒的な優しさ』に魂を救われ、進んで財布を差し出した結果というわけだな」


 総長は静かにパイプを置くと、冷徹な笑みを浮かべた。


「面白い。本庁としても、この『聖母』を無下に扱うわけにはいかん。カレン、その動画プラットフォームの運営に圧力をかけろ。彼の口座への振込手数料は国が全額負担し、この分配金に関する税金は【国家特例の非課税対象】として処理しろ。彼に『税務署の監査』などという不敬な真似は、絶対にさせるな」


「はっ! 直ちに特別処置をとります!」


カレンは深く一礼し、歓喜に震えながら会議室を後にした。


 本庁のトップたちは、良かれと思って、ひじりが最も恐れていた「税金の網」を国家権力で勝手に握りつぶした(超VIP保護した)のである。


――そんな国家中枢の動きなど、1ミリも知らないひじりは。


「終わった……本当に終わった……!」


一ノ宮クランの自室で、ひじりは頭を抱えてガタガタと震えていた。


 魔導端末で自分の噂(一晩で1,000万稼いだ謎の魔性男)を検索してしまい、完全にパニックに陥っていたのだ。


(ネットにまで金額が漏れてるじゃん!! 隠し撮りされて配信されてただけでも最悪なのに、一晩で1,000万なんて臨時の副収入、前世の感覚なら『絶対に裏で怪しい商売をやってる』って目を付けられて、税務署のガサ入れ(マルサ)が一発で飛んでくる案件だ……!!)


前世のデパ地下チーフ時代、帳簿の数字が1円ズレただけで、本社の冷徹な監査員からネチネチと数時間吊るし上げられたトラウマが、ひじりの脳裏をよぎる。


(お偉いさんの『急な査定』や『抜き打ち監査』ほど怖いものはない。もし国からの年間1,000万の手当が『お前、副業で稼いでるから支給停止な』ってカットされたら、俺は一ノ宮クランを追い出されて、この治安最悪の18区で野垂れ死ぬ……!)


生き残るためには、これ以上「怪しい男」だと思われてはならない。


 監査員のカレンさんや本庁のお偉いさんが、もし明日「抜き打ちの資産査定」に乗り込んできた時のために、徹底的に『私はただの無害で、真面目で、規律を遵守するしがないマスコット(派遣社員)です』というアピールをしなければならない。


(そうだ……前世の百貨店で、本社の偉い人が視察に来る前にやってた『アレ』をやろう。あれをやれば、どれだけ規律に厳しいお偉いさんでも、絶対に『よし、こいつは真面目にやってるな』って納得して、笑顔で帰ってくれるはずだ……!)


ひじりは、前世の社畜マニュアルの記憶をフル回転させ、クランの備品置き場へと猛ダッシュした。


彼が掴み取ったのは、バケツと、雑巾と、そして前世のデパ地下の食品売り場で毎朝義務付けられていた、徹底的な衛生管理のためのクレンザー(洗剤)


「これ以上目を付けられないために……まずはこのクランの共有スペースを、本社の衛生監査をクリアできるレベルまで、ピッカピカのチリ一つない状態に磨き上げてやる……!!」


小市民ひじり君の、生き残りをかけた必死の「お掃除アピール(保身ムーブ)」が始まる。


 しかし、それが「17区最強の女騎士」や、様子を伺いにきた「クランの女性職員たち」の目に、どう映るのか。


ひじりのピントのズレた猛烈な雑巾がけが、一ノ宮クランにさらなる驚愕と感動の嵐を巻き起こすことなど、彼はまだ知る由もなかった。

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