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最強の女騎士を激辛キムチで追い返そうとした結果

一晩で1,000万円。

だれかわからないけど、いつのまにか作られたチャンネルのせいで、俺の口座には、この世界の男性の平均年収と同等額の『広告収益』が叩き込まれていた。


(ダメだ、完全に終わった……! こんな怪しい臨時収入、前世のデパ地下時代なら一発で税務署のマルサが踏み込んでくる案件だ。下手をすれば『一ノ宮クランが男を使って脱税している』なんて言われて、俺は一発でクビ、最悪の場合は国家の手当すら打ち切られて路頭に迷う……!)


青ざめた顔で冷や汗を流しながら、ひじりは必死に思考を巡らせた。


 とにかく、これ以上目立ってはいけない。本庁の監査官たちに「やっぱりあのクランの男は怪しい」と目を付けられないためには、まずは身辺を「普通」に戻す必要がある。


そう、例えば――


 昨日からずーっと、俺の部屋の前の廊下で「護衛ボランティア」と称して直立不動で居座っている、あの17区最強の戦闘狂、ジークリンデさんのことだ。


(あんな物々しい女騎士が部屋の前にずっといたら、それだけで『一ノ宮クランが私設軍隊を組織している』って本庁に勘違いされるに決まってる! なんとかして、彼女を傷つけずに自主的に帰ってもらわないと……!)


とはいえ、相手は17区の若頭を窓から投げ捨てた本物のバケモノだ。


「帰ってください」と機嫌を損ねるようなことを言えば、次の瞬間には一ノ宮のオフィスごと消し飛ばされるかもしれない。


そこでひじりが目をつけたのが、前世のデパ地下の試食用に仕込んでおいた、冷蔵庫の奥に眠る『特製・激辛発酵キムチ』だった。


本場の唐辛子と魚醤をこれでもかとブチ込み、小市民のストレス発散用に激辛に仕上げた一品。前世の売り場でも「これは辛すぎて一般のお客様には出せないね」と社員からダメ出しを食らった、いわば曰く付きの試作品だ。


(この世界の食事は、基本的に素材の味を活かした薄味が主流だ。あんなお上品な女騎士さんに、この前世の社畜の怨念が詰まった激辛兵器を出せば……きっと『な、なんだこの刺激物は!?』と引いて、二度と俺の部屋に近づかなくなるはず……!)


これならおもてなしの体を崩さず、合法的に追い返せる。


 完璧な計画(※大いなる勘違い)に胸を張ったひじりは、小皿に真っ赤なキムチを盛り付け、震える手でドアを開けた。


「あの、ジークリンデさん……。いつも、その、お仕事(護衛)お疲れ様です。これ、ちょっと試作品なんですけど、お口に合えば……」


ドアを開けると、そこには相変わらずギチギチに甲冑を着込んだジークリンデが立っていた。


 彼女は、ひじりが出てきた瞬間、まるで神聖な儀式に臨むかのように背筋を伸ばし、その漆黒の瞳を爛々と輝かせた。


(……っ! 聖母様が、わざわざ私のために、またしても自室から出てきてくださった……!? しかも、スウェット姿で少し怯えたように身を縮めながら……なんと健気な……!)


ジークリンデの脳内では、すでに「世界に数%しかいない尊い男性が、自分のために手料理を持ってきてくれた」という事実だけで、脳内麻薬がドバドバと分泌されていた。


「はっ……! 聖母様のお手製料理、このジークリンデ、命に代えても頂戴いたします!」


ガシャイン! と甲冑を鳴らして深く頭を下げるジークリンデ


 ひじりは(うわ、やっぱり怖い……早く食べて帰ってくれ!)と怯えながら、真っ赤なキムチの小皿を差し出した。


ジークリンデは、見たこともない「真っ赤に染まった謎の発酵物」を前にして、一瞬だけ警戒の目を向けた。だが、そこから漂ってくるのは、食欲を暴力的に刺激する強烈なニンニクと、鼻に抜ける未知のスパイス(唐辛子)の香り。


「これは……随分と、刺激的な色合いですな」


「あ、はい。かなり辛いので、無理はしないでくださいね(よし、ビビってるな!)」


ジークリンデは意を決して、箸でその真っ赤な白菜を一つ掴み、口へと運んだ。


――その瞬間。

 彼女の脳内に、爆辞ばくじするような衝撃が走った。


「っ……!?!?!?!?ーーーッ!!」


ガタガタとジークリンデの巨躯が震え出す。


 口の中を襲うのは、これまでの人生で一度も経験したことのない、燃え盛るような『激痛(辛み)』。

 だが、その痛みの奥から、濃厚な魚介の旨味と、発酵した絶妙な酸味、そして白菜のみずみずしい甘みが、津波のように押し寄せてきた。


(な……何だこれは……ッ!? 痛い、美味い、熱い、美味い!! 脳の芯が、燃えるように熱くなっていく……!!)


この世界の男性が女性に振る舞う料理(そもそも滅多にないが)といえば、ただ高級な食材を並べただけのお上品なものばかり。


 だが、ひじりが差し出したのは、前世のデパ地下という競争社会の最前線で磨かれた、「一口で客の心を掴んで依存させる、計算され尽くした旨味の暴力」。


過酷な縦社会での戦いと、17区での張り詰めた日常で、心も体も冷え切っていたジークリンデにとって、その「燃え上がるような熱さと旨味」は、魂を直接カッ化させる最高の救い(エンタメ)だった。


「ひ、ひじり様……これは……これ、は……っ!」


ジークリンデの目から、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。あまりの辛さと美味さに、顔が真っ赤に染まっている。


「あ、やっぱり辛すぎましたよね!? ごめんなさい、すぐ下げますから!」

 ひじりは(ヤバい、怒らせた! 泣くほど怒ってる!)と慌てて小皿を回収しようとした。


だが、そのひじりの手を、ジークリンデがガシッと両手で掴んだ。


17区最強の豪腕が、小刻みに震えている。


「下げるなど、とんでもない……! 私は、私は今まで、これほどまでに『生きてる実感』を味わえる料理を食べたことがありません……! この冷え切った戦場(18区)で、私の心と体を芯から温めようとしてくださる、ひじり様のその『熱いお心遣い』……っ! 感服いたしました……!!」


「え? いや、ただのキムチ……」


「このジークリンデ、生涯を賭けて、ひじり様とこの『赤い聖餐』をお守りすることを誓います!!」


ボロンボロンと涙を流しながら、今度は廊下でガチの騎士の跪き(膝をつく礼)を捧げるジークリンデ。


ひじりは、掴まれた手を引き剥がすこともできず、ただただ(なんでだよぉおおおお!! 辛い嫌がらせのつもりだったのに、なんで忠誠度がさらに上がってんだよぉおおお!!)と、心の底から絶望の悲鳴をあげるのだった。

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