鬼の監査官、悪魔のレシピに脳を焼かれて国を裏切る
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カレンさんのガサ入れを「本社の臨検」と勘違いしたひじり君、差し出したのは夜勤のお供である『悪魔の甘々コーヒー』。
異世界のディストピア社会を孤独に生き抜いてきたカレンさんの脳内で、とんでもないバグが発生します(笑)。
「監査官様、お味はいかがでしょうか……?」
ひじりは、手揉みをせんばかりの至高のビジネススマイルでカレンの顔色を窺っていた。
心臓はバックバクである。
前世のデパ地下時代、賞味期限の表記ミスで本社のエリアマネージャーに呼び出された時と同じくらいに冷や汗が止まらない。
(頼む……! 機嫌を直してくれ! そのコーヒーは、昔のブラック職場で徹夜明けの時に、同期の店長が『脳の疲労を強制リセットできる合法麻薬だ』って教えてくれた、砂糖とミルクを限界までぶち込んだ悪魔のレシピなんだ! 激務の中間管理職なら絶対に刺さるはず……!)
そんなひじりの祈りを知ってか知らずか、冷泉カレンは、紙コップを手に持ったまま完全に硬直していた。
(……な、何、これ……?)
カレンの脳内で、美味の衝撃波が怒涛の如く吹き荒れていた。
彼女は前職において、他のクランの過酷な現場を泥水をすするような思いで管理し、その鉄の手腕を買われて現在の特別監査室へと引き抜かれたエリート中のエリートだ。
出世と引き換えに、周囲からは「血も涙もない鬼の監査官」と恐れられ、相談できる部下もいなければ、弱音を吐ける上司もいない。常に孤独と、終わらない書類仕事による深刻な脳疲労に苛まれていた。
そんなカレンのボロボロの脳細胞に、ひじりの特製甘々コーヒーが「直接」染み渡っていく。
(甘い……。なのに、信じられないほど濃厚で奥深いコクがある。
この世界に存在するあらゆる高級な茶葉や、高価な魔力回復薬すら足元に及ばないわ。私の脳の疲労が、長年凍りついていた心の凝り固まりが、一瞬で溶かされていく……!)
カレンは、ハッと目の前の青年を見つめた。
スウェット姿で一見無防備に見えるが、その瞳はどこまでも深く、温かい。
(そうか……。この御方は、私がどれほどの重圧と孤独に耐え、どれほどの激務をこなしてきたかを……出会った瞬間に全て『視て』おられたのだわ。だからこそ、私を武装解除させるのではなく、まず一人の人間として、私の疲れを癒すためにこの『神の雫』を処方してくださった……!)
カレンの目から、一滴の涙がハラリとこぼれ落ちた。
それを見たひじりは、心臓が跳ね上がった。
(えっ!? 泣いた!? ヤバい、甘すぎて怒らせた!? 『私を糖尿病にさせる気か!』とか言われて営業停止(物理的な抹殺)にされるやつかこれ!?)
焦ったひじりは、前世のクレーマー対応マニュアルの最終奥義を発動した。
「あ、あの! もしお口に合いませんでしたら、すぐに別のものを……! 当店、いえ我がクランは、監査官様のような社会の規律を守る素晴らしいお役人様を、全面的にリスペクトし、応援したいと考えております! 決して敵対する意図などはございません!」
ひじりはさらに深く頭を下げた。
ただの「命乞い(クビ回避)」である。
だが、カレンにとってその言葉は、決定打となった。
「……リスペクト、ですって?」
誰からも嫌われ、疎まれる監査官という仕事を、この男は「社会の規律を守る素晴らしいお役人」と全肯定し、心からの敬意を払ってくれたのだ。
(ああ……間違いない。このお方は、人の心の渇きを癒す本物の『聖母』。この聖域をテロ組織などと疑った私は、なんて愚かだったのかしら……!)
「監査官様? 突入の合図を」
背後で控えていた部下の監査官が尋ねる。
カレンはスッと涙を拭うと、氷のような冷徹な声で言い放った。
「全員、武器を収めなさい。これより、本庁への報告書を作成するわ」
カレンはタブレット端末を取り出すと、猛烈なスピードでキーを叩き始めた。その内容は、ひじりが青ざめるほどの「大嘘(大絶賛)」だった。
『――18区、一ノ宮クランの臨検結果を報告する。
当クランにおける「聖母」の噂は、地域住民による過度な親愛の情が誇張されたものに過ぎず、テロの危険性は皆無。
それどころか、代表のひじり氏は、極めて高い知性と洗練されたマナーを有し、行政への絶対的な服従と協力を誓っている。
特筆すべきは、同氏が開発した疲労回復飲料(甘々コーヒー)の有用性であり、これは我が国の労働生産性を劇的に向上させる可能性を秘めている。
よって、一ノ宮クランは【国家推奨の最優良クラン】に指定し、今後一切の強制監査を免除すべきであると具申する――』
「よし、送信したわ」
「えっ、あ、ありがとうございます……?」
ひじりは、何が起きたのか分からなかったが、本社の偉い人が笑顔で「この店舗は素晴らしいから、本社の特別優待店に推薦しておくわね」と言ってくれたような気がして、とりあえずホッと胸を撫でおろした。
「ひじり様。私は一度本庁へ戻り、この聖域を守るための予算を毟り取ってまいります。……また、お茶を淹れていただけますか?」
「ええ、もちろん。いつでも歓迎いたしますよ(二度と来ないでほしいけど!)」
カレンは満足そうに微笑むと、黒塗りの装甲車に乗り込み、一ノ宮クランを後にした。
ロビーに残された一ノ宮の女たち、そしてジークリンデは、静かにひじりを見上げていた。
「恐るべきは聖母様……。国家の牙たる特別監査室すら、コーヒー一杯で手懐け、逆に国の予算を引っ張るパイプに変えてしまわれるとは……」
こうしてひじりは、ただクビを恐れてペコペコしただけで、国家権力を裏から操る『影の支配者』としての地位を着実に固めていくのだった。
日曜朝の更新でした!
鬼の監査官カレンさん、ひじり君の「プロ社畜ムーブ」に胃袋と承認欲求を完全に掴まれ、まさかの国家への虚偽報告(大絶賛)を提出してしまいました(笑)。
これで一ノ宮クランは国お墨付きの聖域に……!
次回は本日夜21時更新予定!
カレンさんが国に持ち帰った「甘々コーヒー」が、本庁のさらなる上層部で大バグを起こします!
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