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エリート監査官のガサ入れを、デパ地下仕込みの挨拶で迎撃した結果

――土曜日の夜、一ノ宮クランの前に、黒塗りの装甲車が数台滑り込んできた。


 車から降りてきたのは、行政の最高権力機関【特別監査室】の精鋭たち。


そして、その先頭に立つのは、冷徹な鬼の監査官、冷泉れいぜいカレンであった。


「各員、突入準備。抵抗する者は容赦なく拘束しなさい」


カレンの鋭い指示に、武装した監査官たちが一斉に一ノ宮クランの門を蹴破る。


大企業のエリアマネージャーとして、不採算店舗や規律の緩んだ現場をいくつも叩き潰してきたカレンにとって、この「宗教組織化している」と噂の一ノ宮クランなど、一刻も早くマニュアル通りに駆逐すべき『不良店舗』に過ぎなかった。


「動かないで! 特別監査室よ! 全員その場に跪きなさい!」


監査官たちの怒号が一ノ宮クランのロビーに響き渡る。


 当然、一ノ宮クランの女性構成員たちも一斉に武器を構え、ジークリンデを筆頭にガチガチの戦闘態勢に入った。


「国家の犬どもが、何の用だ。ここは聖母様のおわす聖域。一歩でも進めば、その首を撥ねるぞ」

「ふん、不法占拠に私兵の組織化……言い訳は本庁で聞くわ。その『聖母』とやらを今すぐここに連れてきなさい」


ロビーの空気が一触即発、いや、今すぐ血の海になってもおかしくないほどに張り詰めた。


その時である。


「あ、すみませーん。お待たせいたしました!」


緊迫した空気を完全に無視して、ロビーの奥からトコトコと歩いてくるスウェット姿の男がいた。ひじりである。


 彼は、ジークリンデたちが騒ぎ始めたのを見て、(あ、これ完全に『本社の偉い人が、店舗の視察(ガサ入れ)に来た時の空気』だわ)と一瞬で察知していた。


前世のデパ地下時代、売上の不振やスタッフのミスが重なった際、本社の冷酷無比なエリアマネージャー(通称:サドの女王)が、突然店舗に乗り込んできた時のトラウマが蘇る。


(ヤバいヤバいヤバい! 本社のエリアマネージャーだ! あの目は完全に、店舗の粗探しをして店長(俺)のクビを飛ばしにきた時の目だ!! ここで反抗的な態度を取ったら一発でクビ(物理)になる……!!)


ひじりの脳内の『生存本能マニュアル』が臨界点を突破した。


 彼は、銃口を向けられていることなど気にも留めず、カレンの前にスッと進み出ると、これ以上ないほど滑らかな動きで、深々とした、完璧な『直角お辞儀』を繰り出した。


「特別監査室の皆様、本日はお忙しい中、我が一ノ宮クランの臨検(視察)にお越しいただき、誠にありがとうございます! 店長……ではなく、代表のひじりでございます!」


凛とした、しかし一切の不快感を与えない、極上のハイトーン・ビジネスボイス。


 銃を構えていた監査官たちが、そのあまりにも場違いな「超一流の社会人ムーブ」に、思わず銃口を下げてポカンとした。


「……貴方が、噂の『聖母』?」


 カレンは眉をひそめ、ひじりを値踏みするように睨みつける。だが、ひじりは怯まない。前世のエリアマネージャー対応で培った「目は笑い、腰は低く、しかし堂々と」の精神である。


「はい。不行き届きな点が多く、皆様にご足労をおかけしてしまい、大変申し訳ございません。……それにしても監査官様、夜間の急な出動、本当にお疲れ様でございます」


ひじりは、カレンの目線を真っ直ぐに見つめ、優しく微笑んだ。


 前世の鉄則――『エリアマネージャーが来た時は、まず相手の激務を労え。彼女らも中間管理職でストレスが溜まっている。そこを優しく承認するのだ』。


「夜は冷え込みますからね。本庁の皆様も、さぞお疲れでしょう。……一ノ宮の皆、何を突っ立っているんだ! 本社……じゃなくて、特別監査室の皆様に、すぐにお座りいただける椅子と、温かいお茶をご用意して!」


ひじりの鋭い(風に見える)指示に、一ノ宮の女たちが「は、はっ!」と一斉に動き出した。


「な、何……?」

 カレンの冷徹な仮面が、わずかに揺らいだ。


カレンの視点から見れば、目の前の男は、武装した国家権力に包囲されているというのに、微塵の恐怖も、敵意も見せていない。それどころか、自分のこれまでの過酷な任務と孤独な立場を、全て見抜いたかのような『究極の慈愛の眼差し』で包み込んできている。


(この男……私に銃を向けられていながら、私の苦労を労った……? 組織のために心を鬼にし、誰からも嫌われる監査官という役目を負い続けてきた私を、これほど温かく迎えてくれる男が、かつていただろうか……?)


さらに、一ノ宮の女たちが恭しく差し出してきたのは、ひじりが「夜勤のお供」として愛飲していた【砂糖とミルクが黄金比率で配合された、超濃厚な甘々缶コーヒー(紙コップ移し替え)】だった。


「お口に合うか分かりませんが、糖分補給にどうぞ」

 ひじりが微笑む。


徹底的な効率主義の激務で、常に脳の疲労が限界だったカレン。彼女が思わずその温かいコップを口に含んだ瞬間――。


(あ、甘美……ッ!!! 何この、脳の細胞一つ一つに直接染み渡るような、完璧な糖分とミルクの抱擁は……!?)


ガサ入れにきたはずのエリート監査官の脳内で、何かが音を立てて崩壊し始めていた。

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