忠誠を誓った女騎士が居着いたと思ったら、国家権力が動き出していた件
――元主を窓から放り投げ、一ノ宮クランへと電撃移籍(?)を果たした17区の女傑、ジークリンデ。
彼女の行動は迅速だった。
「聖母様の盾となる」と宣言したその日のうちに、私物を全て一ノ宮クランへと運び込み、あろうことかひじりの部屋の前にガチガチの甲冑姿で直立不動していた。
「ジークリンデさん……だっけ? あの、なんで私の部屋の前にいるの?」
漫画を読み終え、トイレに行こうとドアを開けたひじりは、そこに立つ巨躯の女騎士にビクッと肩を震わせた。
「はっ! 聖母様! 私は貴方様の『専属近衛』にございます! 24時間体制で、貴方様の御身に近づく不逞の輩を排斥いたします!」
「いや、ここクランの中だし、みんな優しいから大丈夫だよ?」
「一ノ宮の者どもとて信用なりませぬ! 聖母様のあまりの尊さに、いつ理性を失って襲いかかってくるか分かったものではありません!」
ジークリンデの瞳はガチだった。
ひじりは(いや、襲いかかってくるの、どう見ても今一番殺気立ってる君の方なんだけど……)と冷や汗を流す。
だが、前世でデパ地下の惣菜コーナーをワンオペで回していたひじりにとって、「自分のテリトリーで他人がずっとイライラ・ピリピリしている状態」は非常に居心地が悪かった。
(ホテルの夜勤でもあったな……。ピリピリしてる新人には、とりあえず『休憩』を挟ませて胃袋を満たさせるのが一番手っ取り早いんだよな)
「まぁまぁ、そんなに力まないで。立ちっぱなしも疲れるでしょう。……これ、良かったらどうぞ」
ひじりは、部屋の冷蔵庫から「作り置きの麦茶」が入ったコップと、おやつ用にキープしていた【自家製ベーコンの切れ端】を小皿に乗せて差し出した。
デパ地下仕込みの、いわゆる「まぁまぁ、お茶でも飲んで落ち着いて」という近所のおじさんムーブである。
「なっ……!? 聖母様から、直接の施し……っ!?」
ジークリンデの手がガタガタと震える。
恐る恐るベーコンを口に運んだ瞬間、彼女の脳内に美味の衝撃波が走った。
(な、何だこの濃厚な旨味は……!? 噛むたびに溢れる肉汁と、鼻を抜ける芳醇な香木の香り……。まさか、聖母様は私のような粗暴な女のために、自ら『聖なる儀式(燻製)』を行ってくださったというのか……っ!)
「美味しいですか? 味が濃いから、麦茶によく合いますよ」
ひじりが優しく微笑むと、ジークリンデの目から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「うっ……うう……! 美味しゅうございます……! これほどの至高の肉、生涯食べたことがありません……! 私は、私はもう、この地を離れません……!」
「あ、うん。落ち着いたら、座って食べてね……(よし、大人しくなったな)」
こうして、17区最強の盾は、ひじりの部屋の前で麦茶をすすりながらベーコンを噛み締める「ただの忠犬」へと完全飼育されたのだった。
◇
一方、そんなひじりのあずかり知らぬところで、今回の「ジークリンデ引き抜き&17区若頭病院送り事件」は、周辺のクランに激震を走らせていた。
――18区の『一ノ宮クラン』に、ヤバい男がいる。
――その男は、一瞥しただけで他区の戦闘狂を従え、口にした者を狂わせる『禁忌の肉』を配り、クラン全体を完全な狂信者組織に変貌させているらしい。
この不穏な噂は、ついに18区の治安を統括する行政の上層部――【区役所・特別監査室】を動かすに至った。
「一ノ宮クランが、謎の『聖母』を擁立して私兵を募っている……? 完全にテロ組織の動きじゃない。生かしてはおけないわね」
冷徹な瞳で報告書を睨みつけるのは、国家から派遣されたエリート監査官、冷泉カレン。
彼女は「超一流企業のエリアマネージャー」を経験しており、徹底的な効率主義と、どんな不正も許さない鬼の監査で恐れられるキャリアウーマンだった。
「明日、私が直々に一ノ宮クランへ『ガサ入れ(特別監査)』に入るわ。もしその『聖母』とやらが社会のゴミなら、その場で私が社会的(物理的)に抹殺する」
カレンは冷たく言い放ち、同行する監査官たちに武装の準備を命じた。
エリアマネージャーにとって、本社の規律を乱す独立店舗の勝手な真似は、最も排除すべき対象なのだ。
そんな国家規模のピンチが迫っているとは露知らず。
ひじりは、部屋のベッドでゴロゴロしながら悩んでいた。
「あー……ジークリンデさんが部屋の前から動かないせいで、ゴミ出しに行くのがめちゃくちゃ気まずいな。明日の朝、誰か代わりにゴミ持ってってくれないかな……」
彼が心配しているのは、クランの存亡ではなく、明日の「燃えるゴミの日」のローテーションだけであった。
最強のプロ監査官カレン VS 元デパ地下チーフひじり。
18区の運命を揺るがす、究極の「ガサ入れ(クレーム対応)」の幕が、まもなく上がろうとしていた。
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