死なない者の選択
守られることは、
生き延びることと同じではない。
生存が保証された瞬間、
人は初めて
「どう生きるか」を問われる。
眠れなかった。
正確には、眠っても“監視されている感覚”が消えなかった。
目を閉じても、背後に視線がある。
――観測者。
姿は見えない。
だが、いる。
「……なあ」
隣で見張りに立っていた英雄が、ぽつりと言った。
「お前、自分の命をどうしたい?」
即答できなかった。
生きたい。
それは、ずっと変わらない。
だが今は――
生かされている。
「分からない」
正直に言う。
英雄は苦く笑った。
「そうだよな。
選べないなら、選択じゃない」
その時だった。
視界の端が、微かに揺れた。
【例外通知】
直接、頭に響く声。
【誘導者にのみ提示】
【選択可能事象を検出】
鼓動が跳ねる。
「……何だ?」
誰にも聞こえていない。
俺だけだ。
【仮説】
【誘導者は“死なない”のではない】
【“死を拒否されている”可能性】
拒否。
世界に、か?
【検証案】
【自発的な逸脱行動を推奨】
映像が、脳裏に流れ込む。
――遺跡のさらに奥。
――観測が届きにくい空白領域。
――そこでなら、一瞬だけ
世界の制御が緩む。
息を呑む。
「……それ、成功したらどうなる」
【不明】
【失敗時の結果:誘導者の完全固定】
完全固定。
つまり、
もう“物”になる。
英雄が、俺の異変に気づいた。
「何を見てる」
俺は、しばらく黙ったあと、言った。
「……逃げ道だ」
英雄の目が、鋭くなる。
「生きるためのか」
「違う」
俺は、はっきり言った。
「選ぶためのだ」
沈黙。
英雄は、ゆっくり息を吐き、笑った。
「厄介だな、お前」
そして、剣を肩に担ぐ。
「行くなら、最後まで付き合う。
死に慣れた側の責任ってやつだ」
その瞬間。
【警告】
【同行者の意思を検出】
【影響範囲、拡大】
観測者の声に、
初めて――
揺らぎがあった。
【……再計算】
俺は確信する。
この世界は完璧じゃない。
死に戻りも、英雄も、観測者も。
全部、
前提の上に積み重なった仕組みだ。
そして前提は、
壊れる。
俺は立ち上がる。
死ぬためじゃない。
生きるためだけでもない。
――自分で選ぶために。
霧の奥、
誰も戻ったことのない区画へ。
観測者が、初めて追いつけない場所へ。
俺は、歩き出した。
彼は、
生きたいと願っただけだった。
だが世界は、
それを許さなかった。
ならば残る選択は一つ。
「生き方」を、
自分で決めること。
それは、
英雄でも、観測者でもない。
ただの人間が、
世界に対して行う
最初の反抗だ。
次に壊れるのは、
彼か。
世界か。
答えは、
まだ霧の中にある。
だが――
もう、戻れない。




