死に慣れた英雄
この世界では、死ぬほど強くなる者がいる。
死ぬことが当然で、死なずに生き残る者は異質であり、脅威でさえある。
生き延びることしかできない少年が、今日も前に進む。
だが、彼の前に立つのは――死に慣れた英雄。
強さと恐怖を知り尽くした者との出会いが、彼の運命を大きく揺さぶる。
遺跡の外に出ると、空気は異様に冷たかった。
遠くの森の向こう、薄い霧が揺れている。
生き延びた者の数は少ない。俺は、その中で唯一、死んでいない異物だった。
足音が近づく。慣れた呼吸と、落ち着きすぎた動き。
「……やっと出てきたか」
声の主は、背の高い男だった。
鎧は何度も修復された跡があり、剣は無数の戦場をくぐり抜けた傷で光っている。
目が、何百回も死んで生き返った者特有の、冷たい輝きを放っていた。
「英雄……?」
心の中で呟く。初めて、死に慣れた者を間近に見た瞬間だった。
男は俺を見下ろし、軽く笑った。
「お前、一度も死んでないそうじゃないか」
「雑魚か、臆病者か……どっちだ?」
俺は言葉に詰まる。
臆病だと見抜かれているのは間違いない。
でも雑魚ではない。今の俺は、死なずに生き延びることしかできない。
それが、唯一の武器なのだ。
「この世界で一番弱いのは、俺かもしれない」
胸の奥でそう呟く。
しかし男は舌打ちするだけで、言葉を続けた。
「弱い? いや、死ねない奴は一番やっかいだ」
瞬間、彼の剣が空を切った。
試すかのように、軽く振っただけの攻撃。
普通なら即死レベルだ。だが俺は、ほんの一瞬、後ろに跳んで避ける。
「ほう……動くな」
男の目に、少しだけ興味が宿る。
後から来た仲間たちは、彼を「英雄」と呼ぶ。
何百回も死に、死んでは戻り、戦場で最強と呼ばれる男。
でも、死なない俺を前に、彼は初めて予測不能な存在に出会ったのだ。
遺跡の霧が少し濃くなる。
俺と彼の間には、言葉以上の緊張が流れた。
死ぬことが前提の世界で、死なずに生きる異物と、死に慣れた英雄。
この出会いが、今後の運命を大きく変える——。
死に慣れた英雄は、死なない少年を前に初めて戸惑った。
そして少年も、英雄の圧倒的な力を前にして、自らの弱さを知る。
この出会いが、死を恐れる者と死を使いこなす者の間に、静かな戦いの火種を生む。
次の章では、死なずに生き延びる少年が、初めて自らの戦術を試す時が来る――。




