『葉の裏にある声』
「……今日は、風がすこし冷たいね」
チヒロがつぶやいた。
校門の前、すれ違う生徒たちの声が、遠くに流れていく。
湊はうなずきながら、手のひらに包んだ“葉”を見つめた。
白く、かすかに光るそれは、まるでまだ語りかけてくるかのようで──
「帰り、ちょっとだけ寄り道しようか」
そう言ったチヒロの目に、少しだけ迷いがにじんでいた。
けれどそれは、風にふるえる一瞬の葉音のように、すぐに溶けていった。
*
ふたりは並んで歩いた。
路地の奥に、いつもの小道が現れる。
誰もいない、放課後の細い坂道。
湊はふと、ポケットからその葉を取り出した。
「……この葉、あのときのままなんだ」
呟くように言った言葉が、木々の隙間に吸い込まれていく。
「不思議だよね。あんなに光ってたのに……
枯れてもいないし、朽ちてもいない」
「むしろ、前より……生きてるみたい」
チヒロが立ち止まり、湊の手元をのぞき込んだ。
そのときだった。
ふいに、風が吹いた。
細い小径をすり抜ける風は、ふたりの間にそっと入り込み──
湊の手から、葉をさらっていった。
「あっ──」
葉はくるくると舞いながら、森の方へと吸い込まれていく。
ふたりは無言で、そのあとを追った。
*
林の奥へ進むと、風がやんだ。
落ち葉を踏む音だけが、ふたりの足音に混ざって響く。
──そこに、あった。
小さな切り株の上に、あの葉が静かに横たわっていた。
だが、湊が手を伸ばしたその瞬間──
声が、した。
「それは、記憶の鍵だ」
ふたりは思わず立ち止まった。
誰の声かはわからない。だが、それは確かに“ここ”に響いていた。
「君たちは、見てしまったのだ。
葉の裏に、言葉よりも深い、“音”のようなものを──」
葉がかすかに震える。
風ではない。呼吸のような、命のような、森そのもののざわめき。
湊は手を伸ばし、その葉にそっと触れた。
──すると。
景色が、すこしだけ、揺らいだ。
色が滲む。音がゆるむ。
そしてふたりの背後に、**“もうひとつの影”**が現れかけ──
「……湊」
紙織チヒロの声が、静かに空間を引き戻した。
揺らぎはすっとおさまり、葉は静かに湊の手のひらへ戻っていた。
*
帰り道、ふたりは言葉少なだった。
けれどそれは、怖さではなく、“これから何かが変わる”予感のようだった。
「ねぇ……湊」 チヒロがつぶやいた。
「私たち、きっと……もう戻れないんだろうね」
湊はうなずく代わりに、手のひらの葉を見つめた。
その葉の裏には、言葉にならない記憶が、まだ微かに温もりを残していた。




