表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/19

『風の頁をめくる音』

くうを伝うかすかな響きに、

湊のまぶたがふるえた。


それは、耳に届いた音ではない。

けれど、どこか懐かしい風が、頬を撫でた気がした。


──しずかに、頁がめくられてゆく。


夢の奥底で見た葉脈の記憶。

名も知らぬ森の木洩れ陽。誰かの声。

いや、声にならない想念の粒。


そのひとつひとつが、

からだの奥深くで幾重にも折り重なっていた

“記憶”の頁をそっと撫でて、

やさしく、風のように通り抜けていった。



──爽やかな空気の流れを感じながら

重たく沈んでいた意識が、ゆるやかに浮上していく。


湊はゆっくりとリビングを見まわした。

天井。カーテン越しの朝光。

まだ薄青く湿った空気が、室内にしっとりと漂っている。


昨夜のことは、まるで遠い旅の記録のように曖昧だった。

けれど、確かにあの葉に触れた。

そして、“なにか”が、身体の奥にしみこんだ──。


指先が、まだ微かに痺れている。

まるで、あの“灰”に残された温度が、消えきらずにいるようだった。



制服に着替え、髪を整え、顔を洗っても、

この感覚は、どこか皮膚の内側に残っていた。


朝食のパンにかぶりつきながら、チヒロが話しかけてくる。


「湊。なんか最近、ちょっと変わったよね。……顔つきとかさ」


「えっ、そう?」


「うん。……でも、悪い意味じゃない。なんか……大人になった感じ」


「……そっか」


湊は笑ってみせたけれど、

その笑みが、どこか遠い場所から浮かび上がってきたように感じた。


それは、自分でも知らない“何か”が、

ゆっくりと目を醒まそうとしている気配だった。



通学路の坂道で、蝉の声が降ってくる。

昨日までと同じ風景。


けれど──見えるもの、聞こえるもの、

肌に触れる空気が、ほんのわずかに“違って”感じられる。


電柱の影。


舗装の裂け目に咲く名もない草の葉。

ふと見上げた空に舞う、朝の鳥たちの軌跡。


──まるで、世界そのものが“語りかけて”くるような。


湊は立ち止まり、深く息を吸った。


ひとつ、確かなことがあった。

あの夜から、自分はもう──ただの“ひとり”ではなくなった。


つながっている。


目に見えない“なにか”と、たしかに。


そう思った瞬間──右の胸ポケットの中で、

ジップ袋に入れた“灰”が、かすかに、熱をもったように感じられた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ