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『朝の匂いと、沈黙の余韻』

静けさが、満ちていた。


光が差し込む前の、かすかに冷たい空気。

窓の隙間から漂ってくる、朝の匂い。


草の葉に残る露のように、まだ夢の輪郭が指先に残っている。



湊は、薄く目を開けた。


天井の模様。枕元の時計が、少しだけ進んだ時間を刻んでいる。

となりに、うつ伏せになったチヒロの髪が広がっていた。


その寝息は、静かだった。


けれど、湊にはわかっていた。

彼女は、目を閉じながら、同じように目覚めていたのだ。



言葉はなかった。


ただ、沈黙の中に“なにか”があった。


それは、夢に触れた者同士だけが知る、共犯のような沈黙。

互いに確認することもなく、確信だけがそこにあった。


湊は、ポケットに手をやった。


中にあるのは──葉、そして灰。

昨夜までの“現実”のしるし。


けれど今は、そのどれよりも、目の前に在る、彼女の存在が真実だった。



「……朝だね」


チヒロの声は、カーテン越しの光のように優しかった。

湊は、小さくうなずいた。


「うん。なんだか、変な夢だったよね」


チヒロは少しだけ笑って、目を細めた。

でもその笑みの奥には、何か確信めいたものがあった。


「──ううん。夢じゃない。きっと」


彼女の言葉には、なぜか重さがあった。

湊は問い返さなかった。ただ、黙って見つめた。


ふたりの間に言葉がなくても、今朝だけは、それで十分だった。



やがて、カーテンの隙間から、朝日が細く差し込んだ。


部屋の中の空気が、ゆっくりと色を変えていく。

それは、現実がふたりを呼び戻していく合図のようでもあった。


湊は、静かに立ち上がった。


チヒロもそれに続いて、ゆっくりと髪を整える。

言葉は少なかったけれど

──それでも、ふたりの間に流れていたものは確かだった。



そして──ふたりが部屋を出たとき、

窓の外では、銀色の葉がまた風に揺れていた。


それは、夜を越えた“記憶の残り香”のように、

朝の光の中で、ささやかに舞っていた。


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