ある婚約者の場合 後編
「先程の話ですが、私が影のフィクサーだと言うのは嘘ですよ。実権は宰相が握っていますから、私は次の宰相が育つまでの、繋ぎ役のようなものなのです」
微笑むユニアスはとても優しそうで、一瞬全身が凍えそうになった殺気は霧散していた。
そして覚悟を決めたように、自らの役割を語るのだ。
「代々ビータ伯爵家の当主に血縁がいないのは、わりと知られていることなのですが、理由は弱味になる者を作らない為でした。国の防衛のトップである近衛騎士団長と貿易の要である外務大臣、そして政治を動かす宰相でこの国は守られてきました。
本来なら国王が最大の重責を担うのところですが、戦時中に全ての権利を放棄した誓約を神殿に認めさせ、国事に関する権利全てを失っています。
大戦中、この国はほぼ負け戦が確定しており、戦後処理の際は責任者である国王が処刑されるか捕虜になる運命でした。国王はそれが嫌で、近衛騎士団長、外務大臣、宰相に責任を押し付けて、断罪を逃れようとしました。
彼らは命をかけて守ろうとした君主に、深い絶望を抱きました。
「たとえこの身が滅ぼうとも、尊い君主と祖国の為ならば命など惜しくない」
そう思って生きてきたのですから。
けれどそこに女神が現れ、神殿の誓約を見て一笑に付しました。
『馬鹿なことを考えたもの。それぞれの王国の誕生には、神の力が関与しておる。何もない場所で強靭な獣を押さえ込み、弱き人間が生きられるはずはなかろうに。この地も他国と同じように、神の恩恵を受けた者が人々を守り、その代表が国王と呼ばれてきたのじゃ。先祖達が神に懇願してまで得た国王と言う責任は、そなた一人の権限で放棄することはできん。
だからこその折衷案を出す。
これより国王には不死の祝福を与える。よっぽど死にたくないようだからな。刃物も毒も物理的な圧力も効かぬ体にした。ただし不老ではないので、肉体は日々変化していくだろう。近しい者が徐々にいなくなり、醜く老いて変わっていく変化で己の過ちを呪うと良い。
その代わり、政治的なことはこれまで通り、3者に任せるのを許そう。いや王族はこれより王族の神事以外に口出しをせぬよう。
今現在、国王の血を引く者には奇跡を与えよう。不死の祝福はあまりにも重きものだからな。英雄と聖女の力を王子と王女に贈ろう。国王と違い不死ではないから、治療をしながら敵と向き合うが良い。全ては二人の肩にかかっておる。聖女は腕が千切れ足が折れ、腹を突かれた者達の傷を血にまみれながら治し、勇者は剣を握りどんなに傷付けられても前へ進むことだ。国王は禁忌を犯した。償いは子であるお前達が償うしかない。目を逸らすことは許されないのだ』
これは物語のようで本当のことなのです。当時の国王は今も王宮の庭で、女神へ懇願し蝉へと姿を変え鳴いています。日々小さくなる体に、認識されなくなるまで縮むことを恐れたのでしょう。まだまだ許されていないのです」
その話を聞いて何も言えずにいたヴィリジアだが、ふと英雄と聖女になった王子と王女のことが気になった。
「あ、あの。結局戦時中の王子様と王女様はどうなったのですか?」
思わず聞いてしまう。
「お二人は立派に戦いましたよ。蝶よ花よと育てられた15歳と13歳兄妹は、敗戦すれば植民地になる背水の陣に立たされ、傷だらけで国を守りました。泣きながら、時に嘔吐し不眠となり、ふらついても聖女の力で無理矢理回復してね。そして侵略を免れ、今があるのです。
その時の国王は、自分の運命を忘れていました。不死の祝福のことを。
でも前線で指揮を取り、戦った二人は女神の言葉を忘れませんでした。戦後は王子が爵位を継ぎ、宰相達と相談して国を治めました。前国王になった者に従う者は、もう誰もいませんでした。ただ聡明な前王妃は、戦後の街作り支援の手伝いをする為に、頻繁に王宮に向かいます。主導ではなく手伝いを頼まれたので、神の言葉にそむくことにはならないようでした。
ここまでは多少脚色されていますが、国王の末路以外は歴史書に載っている部分が多いです。まだ確信部分が残っているのですが、最後まで聞いて頂けますか?」
ブロンソンとアカザ、ヴィリジアは頷き、「お願いします」と真剣な顔でユニアスを見つめた。「ありがとうございます。では続けますね」そう言ってユニアスは話し始めた。
「誰にも相手にされず、一人の取り残され孤独だった前国王は、姿を平民のようにやつして市井で恋人を作りました。美形だったことが役に立ったようです。
みんなが多忙の中で、前国王は密かに市井に下って多くの子種を撒き散らしました。不死の祝福は人間にとっては良くないものですが、祝福の一つです。その彼の強い力を継ぐ子供達も、時々稀な祝福を持って生まれきてました。前国王は持ち物を売って換金し、市井で暮らすことが多くなりました。
幽閉されているような暮らしは、次第に放置されていたようで、使用人はいつも前国王が不在にしていたことで、別の場所に移動したのだと思い離宮を離れていました。とにかく人手が足りない時期でしたから。
前国王はいつまでも我が儘で、さらに年を重ねて容貌が衰えると、誰にも相手にされなくなって城へと戻りました。ただ着ていた衣服は平民用のものでお金も使い果たしみすぼらしい状態でしたから、門番に止められ息子である国王が顔を合わせる有り様でした。長く引き留められ再び離宮へ案内されました。その後は腰痛が酷く、外出することもなくなります。寝たり起きたりを繰り返す日々は続き、その後に前王妃(彼の妻)が亡くなり、息子である国王は孫へと譲位し、嫁いでいた王女(彼の娘)は子(彼の孫)の結婚式に出たそうだと、世話をする従者から伝えられたのでした。
その後もベッド上での生活は続き、従者も何度か変わっていきました。
その後何年かが経ち、息子である前国王と王女(彼の娘)は亡くなり、孫はいつの間にか結婚しひ孫も気が付くと成人したと言われます。不死の祝福を受けた彼は、それでも生きていました。
「そう言えば、暫く鏡を見ていないな」
今までは体中が痛み、それどころではなかったのですが、最近は少し落ち着いたようでした。
従者に鏡を持たせ、中を覗くと奇妙な生き物を目にしました。シワと大きなシミだらけで髪が抜け落ち、歯の1本もない老人の姿。目も落ち窪んでいます。けれど鏡を覗いているのは彼自身なのでした。
「あ、あぁ、何でこんな。だって前は……」
以前に鏡を見たのはいつだっただろうと、頭を抱えて考えました。
ほんの束の間に妻、息子、娘は亡くなっていたことに気付きました。病気や事故ではなく、穏やかな老衰だったと。体が痛くて起き上がれぬ間に、葬儀はいつも終わっていました。
彼が思う以上に、時間は流れていたのです。
従者に聞くと、彼の妻が亡くなり50年は経つとのこと。
(老衰なら70代くらいか? 妻は俺より10歳年下で、当時俺が80歳として50年足すと……130歳! まさか嘘であろう。人間はそこまで生きられない。これが不死の祝福なのか。本当にかけられていたと言うのか…………)
彼の全身の痛みは、骨が弱り圧迫骨折していたり、肉体全体が水分を蓄えられず縮んでいたせいでした。不死は死なないだけで、病気にならないのではなく、病気になっても老化をしても死なないだけなのでした。
彼はそれを忘れていました。女神との約束だと言うのに、真剣に受け止めていなかったのです。
彼に付き添う者も、女神の祝福を知る宰相側の人間でした。下手に女性などが付けば、異形な姿に悲鳴をあげたかもしれません。
ただ彼はどんなに年齢を重ねても、難聴や老眼にもならず、感覚は若い時の儘だったようです。食事だけは摂取できなくなり、水だけを舐めているようでした。その後従者が何代も代わり体が縮んでいくことに気付き、漸く本当の反省をするようになったのでした。
さて置き。
戦後の混乱期で、彼が隠居して放置されていた期間、市井にばら蒔いた遺伝子は確実に生き残っていました。美形の遺伝子と共に、女神の奇跡を含んだ祝福として。件の彼の場合だけは歓迎されない祝福でしたが。
◇◇◇
ブロンソンとアカザ、ヴィリジアは、ユニアスの言葉を信じた。彼が嘘を言う必要もなく、自分達を助けてくれると言うのだから。
それにユニアスは、ヴィリジアの異母妹であるコニーと彼女の母であるマルシアを守ってくれているのだから。
「私がここまで話したのには事情があります。私やビータ伯爵家の仕事は王家の御落胤を調べ、有力なスキルや危険なスキルを持つ子供を保護することなのです。調査中に対象者がスキルの悪用で犯罪に走ることもあった為、ビータ伯爵家も武力保持を認められています。保護したスキルの中には、諜報・盗聴・鍵師などの特殊なものもあり、彼らは市井に潜みながら情報を集めて貰っています。
高位貴族の中には、ビータ伯爵家の存在を知って脅しをかけてくる者も過去に存在しました。忠誠を優先したことで、当時の伯爵の妻子はなぶられた後に殺されたのです。
その後ビータ伯爵家は愛する者を持たないことにしました。二度と悲劇を繰り返さない為に。
私の前妻との結婚は、彼女の家が調査対象だった為です。お互いに愛はなく、彼女の生家には結納金を多額に渡していました。その後の資金の流れを調べる為の餌とも言えますが。
結果としてたいした悪事は犯しておらず、密輸疑惑は晴れました。
でも……。市井で役者の卵と偽ったオスカーと浮気し、彼と一緒にいた女性を傷付け彼を刺し殺したのは前妻でした。その後に彼女の生家は、急ぎ修道院へ押し込めたそうです。
アカザさんとヴィリジアさんの貴族の生活を終わらせたのは、私の前妻でした。本当に申し訳ないです。だからこそ助力したいと思います。それとできればなのですが、貴女方にはこの国に残って欲しいです。嫌なのであれば私の全力で逃亡を助けますので。
それとビータ伯爵家は愛する者を持たないと言いましたが、私はマルシアを愛してしまいました。最初は保護目的だったはずが、明るい彼女に惹かれてしまった。コニーも優しく人を思いやれる子です。大事にしたい気持ちは強くなるばかりなのです」
3人は顔を見合わせ、この国に残ることにした。人を愛することができる人なら、信じられると思って。
「ビータ伯爵様のことを、ユニアス様と呼ばせて頂きますね。ユニアス様はまだ何か話したいことがあるのですよね。謹んで聞かせて頂きます」
ブロンソンの言葉に、アカザとヴィリジアも頷いた。
「聞かせて下さい」
「きっと協力しますから」
ユニアスは静かに告げる。
「実は……ヴィリジアには英雄のスキルがあります。訓練を受ければ最強の騎士になれることでしょう」
「私は、騎士を目指した方が良いと言うことですか?」
「可能であれば。国防力が飛躍的に上がりますから。そうでなくても覚醒せぬまま子を生めば、スキルは引き渡されます。騎士と結ばれて下さると、大変ありがたいです」
「少し考えてみますね」
「はい。よろしくお願いします」
意外な展開にワクワクするヴィリジア。男に追われて逃げるどころか、最強になれるかもしれないのだ。けれど訓練を受けるなら親元を離れ、いつか戦争に行く日も来るかもしれないのだ。
(いろいろ相談しよう。私はこの街と家族が好きだから)
「そしてコニーは、聖女の力を宿しています。力を覚醒しなくても、存在だけで周囲の病を防ぎ癒しの空間を作れる子なのです。逆に覚醒すれば、生命力と引き替えに治癒などを行うことになり、寿命を縮めるので私は反対なのです」
スキルを管理する担当者とは思えない発言だが、平和な世に聖女の力は必要ないのかもしれない。聖女がいない期間の方が圧倒的に多いのだから、安易に頼ることは逆効果にも感じた。
そしてコニーには、スキルのことは伝えないと言う。
「コニーには、ただ元気に生きて欲しいのです。貴族でいても平民になっても良いから自由でいて欲しい。それが私の願いなのです」
コニーへの愛は本当なのだと、心から感じる言葉だった。
その後にブロンソンとアカザ、ヴィリジアと、マルシアとコニーはユニアスが間に入り対面することとなった。
最初は遠慮がちに、そして話すうちにどんどん意気投合して仲良くなっていった。
その勢いでラディク・バルバセ侯爵令息の節操のなさも浮き彫りとなった。
「本当に最悪だわ。年上好きかと思えば、美人顔が好きだなんて。フフッ♪ ブスですいませんね」
「コニーさんは可愛いわよ。私は美人より可愛いって呼ばれたかったわ。いつも年上に見られて、頼られるんだもの。でもコニーさんには頼られたいわ」
「じゃあ、お姉ちゃんって呼んで良いですか?」
照れながら呟くコニーに、ヴィリジアは抱きついた。
「勿論よ。今日は最高の日よ。嬉しいことばかりね」
「私も嬉しいです。お姉ちゃん」
姉妹を見つめる母達も、何だかホッコリした。
「オスカーはクズでしたが、良い子を残してくれたことには感謝ですわ」
「ええ、そうですね。こんな日が来るなんて、思いませんでした」
ビータ伯爵家で楽しげにお茶をする2組の母子とユニアス。ブロンソンはユニアスの伝手で仕事が増えて、目下大忙しだった。嬉しい悲鳴をあげている。
「ユニアス様、ありがとうございます!」
◇◇◇
その後。
バルバセ侯爵家有責で、コニーとラディクの婚約は破棄された。ユニアスが婚約をさせたのは、バルバセ侯爵家の悪行を調査する為だった。大きな罪はなかったものの、平民に横柄な態度を取ったり、税金を薄く横領する余罪が発覚した。これはわりと多くあることなので、普通だと見逃されるところだった。
だが今回は婚約破棄のこともあったので言い訳もできず、貴族の義務まで含めて説教されて(責められて)罰金まで支払わされ、バルバセ侯爵はラディクに怒りつけた。
「ビータ伯爵家の財産を奪うつもりが、逆に脱税の罰金と婚約破棄の慰謝料まで払うことになったのは、全部お前のせいだ」
「脱税は俺のせいじゃないだろ。まさかコニーが婚約をなしにするとは思わなかったけどさ」
「口答えするとは、まだ立場が分かっていないようだな。もういい、お前はビータ伯爵に託すことにする。せいぜい長生きしろよ」
「え、えー、何ですか? その不穏な言葉は。俺をどうする気なんだ!」
言い争いをしている間にビータ伯爵家の馬車が門前に止まり、御者が「お迎えに上がりました。仕度は済んでおりますので、身一つで十分ですよ」と微笑み、金貨のたくさん入った袋を侯爵に手渡した。隣にいる侯爵夫人も、不機嫌さが吹き飛んでいた。
侯爵はふへっと口許を緩めて喜び、「どうぞ、お連れ下さい。さらば愚息よ、元気でな」っと背中を押した。前のめりで馬車に入ってしまい、さすがに焦るラディク。
「俺を売るのか。言うことを聞くから、助けてくれ~」
「元気でね、ラディク。家のことなら心配はいらないわ。ふふっ」
精一杯の声で助けを乞うけれど、無情にも猿ぐつわをされて馬車は動き出した。
10日かけて到着したのはアマゾネス(女性上位の戦闘部族)の集落だった。灼熱のジャングルは、ラディクの白い肌を赤くする。
「暑くて火傷しそうだ。喉が渇いたから水をくれ」
水を飲み干してから、暫くの時間が経過していた。馬車の中は蒸し暑く我慢の限界だった。
「こっちよ、着いてきて」
「ああ、頼む」
挨拶もそこそこに、ビキニのような衣装の筋肉ムキムキの女性に連れられ、ドーム状の木造と布の家に入れて行かれたラディク。ふと外を見れば、馬車が動いて走り去って行った。
「嘘っ、置いていかれた。俺一人でどうすれば良いんだ!」
「平気よ。ここに住めば良いのだから」
「じゃあ、ここが、アマゾネスの集落なのかい?」
「アマゾネスなんて、野蛮な言い方だわ。でも許してあげるわ。旦那様♡」
「え、え、えー!!! じゃあ、まあ、いただきます!」
いきなり口づけされ、押し倒されたラディク。気付けばそのまま、甘い一夜を過ごしていた。
そして翌朝、彼は村の異変に気付く。
子供から老人まで、女性しかいないことに。
「気付いちゃったのね。でも安心して良いわ。ジャングルの猛獣と戦うのは、私達の仕事だから。貴方の仕事は赤ちゃんを作ることよ。50人の女性に子種をお願い。全員孕んだら、第二子めも頼むわね」
「え、え、嘘でしょ? 毎晩するってこと?」
「貴方はね。金貨を渡した分、頑張ってよ。美形だし燃えちゃうわ。逆らったら罰を与えなくてはならないから、しないで頂戴。分かった?」
「う、うん。言うことは守るよ」
「聞き分けの良い子ね。大好きよ」
「ははっ、ありがとう」
ここでのラディクは男尊女卑発言もほぼなく(した都度、矯正され叩かれて躾られた)、100人以上の子に恵まれて、幸福に暮らしたと言う。彼が本当に望んでいたのは、優秀な兄と比べられず、愛されることだったのかもしれない。
その後コニーとヴィリジアは、ずっと一緒に育った本当の姉妹のように仲良く過ごしていた。
ヴィリジアは女性騎士を目指し、コニーは市井で調理の仕事に就いた。ビータ伯爵家は影を支える養子が継いで、滞りなくまわっている。
ユニアスは能力を二つ持っていた。
彼もまた、市井でスキル能力を覚醒した子供だったのだ。
一つ目は、能力者持ちのスキルを判定できること。そして二つ目は、姿を変えられる変身だった。
本当の彼は超絶美形の傾国と言われていた。諜報で能力を使い、有力情報を引き出した経歴もある。
ただマルシアと出会った時は、周囲を欺く方の人の良い普通のおじさん姿だった。オスカーの件で美形アレルギーを知り、正体を明かせていない。
でもマルシアが幸せなら、もうそれで良いと割りきっていた。
「愛する妻の幸福が、私の幸せなのだから」
過去の伯爵家のような惨劇を防ぐ為、ヴィリジアと組んだビータ伯爵家は、最強の戦力を作り上げていた。死角なしである。




