フウカが襲われた――リンコが舞う
o丈さん
空が白み始めた。巫女たちは、久高島が一望できる海に面した崖に設けられた拝所の前へ移動した。香炉の前には、アマミコが座した。
クェーナが詠唱される中、香がたかれ、アマミコの祈りが捧げられる。水平線辺りは明るくなり、黒々とした横一線が浮かび上がった。久高島の島影であった。この島は、ノロにとって最高の霊場がある場所である。
この拝所から見える島影は「ティダ(太陽)が穴」と見立てられ、そこから太陽が昇ってくるとされていた。その燃え立つような陽光が、崇拝の対象となっている。
陽が完全に姿を現した時点で、i祈りの時は終わった。
アマミコは、巫女たちの方へ向き直った。
「我らがシマ、アコナワ(沖縄)が再び大陸の不逞な輩によって汚されようとしている。
断じて許してはならぬ。だが、敵方には、強大な呪力を持つ術者と使役される妖異どもがいるようだ。全力を挙げて阻止しなければならぬ。吾は、その先陣に立つ。皆の者、心せよ」
おおよその事情は、降臨後の休憩時に主だった者たちから聴かされていた。
「承りました!」
ノロ頭の応答と共に皆は、緊張した面持ちで拝跪する。
麓の待機所に戻ると、寝ぼけ眼の観光協会関係者が、ボヤッと座っていた。夕食後に接待を受け、飲み過ぎたらしい。御嶽内での儀式は秘密を要するので部外者は参加できないと言われていた。よって、異論は出なかった。「すべて上手くいった」と報告され、うなずいた。
「この娘の身体をしばらく借り受けるが、支障ないか?」
「問題ございませぬ」
アマミコ役の女性は大学生で、ノロの修行をしている最中だという。冬休みも近く、学業に差し支えることは少ないと思われる。
行事のシュミレーションは問題なく終わったということで、後は翌年以降に予定される本番に向けて準備を進めることとなった。
12月に入った。年の瀬を迎え、世間はあわただしい雰囲気となっている。気の早い会社や団体は、忘年会をおこなっているようだ。
フウカとリンコは部活を終え、帰途についていた。部室と道場の大掃除があっため、空は、すでに暗くなっている。
繁華街を抜け、公園の近くに差し掛かった。人気がない。すると、チンピラ風の男たちがスッと姿を現した。昼酒で酔った風体であったが、少し様子が変だった。目がギラついている。
「よう、嬢ちゃんたち、こんな時間に歩いていると危ないだろ。俺たちが、送ってやるよ」
ニヤニヤしながらな八人の男が、近づいてきた。取り囲む。
(半グレか。面倒な……)
フウカは、思った。恐れては、いなかった。危ない目には、何度も逢っている。それに今はリンコが、一緒だ。
リンコは、黙ったまま荷物を置いた。フウカは、それを持って彼女の背後に回る。
「なんだ、やる気か?」
バカにしたようなセリフを吐きながら、一人が歩み出る。さらに接近して手を伸ばし、リンコの腕をつかもうとした。
その瞬間、男の身体が宙に浮いた。一回転して背中から地面に落ちた。リンコは足を一歩引いて斜に構え、相手の手首をつかみ、足を払ったのだ。動作にムダがなかった。
「なにしやがる! このアマめ」
取り囲んだ男が、罵声を浴びせた。古典的かつ陳腐なセリフだ。リンコは、表情一つ変えていない。
「やっちまえ!」
男たちが包囲を狭め、攻撃態勢を取った。やはり酔ってはいないようだ。急接近する。
リンコは左手のヒジをまげ、上腕部を目の前に立て、右手もまげて胸元で水平に構える。腰を少し落としている。眼光が、鋭い。
「このやろう!」
叫びながら、殴りかかってきた。二人、同時にだ。
リンコの片足が踏み出され両手が、左右に動く。
「うぐッ」
うめき声と共に襲ってきた男たちが身を折り、倒れ伏す。
残り五人との争いとなった。
リンコが、舞った。両手が瞬時に動き、風を切る。また二人が胸と腹を打たれ、ヒザをついた。
次いで彼女は、跳んだ。片足が高く上がり、フカートがヒラめく。太腿があらわになり、その白さが目立った。大きく回転して迫ってきた男の後頭部を打つ。ゴンッという音と共に男は、顔面を強く地に打ち付けた。
残ったのは、二人。目の前の惨劇を唖然とした表情で見ていた。
「ヒャ――!」
後退り、悲鳴を上げながら逃げ去った。
一連の騒動は、数分の内に終結した。あっけなかったと言ってよいだろう。
「ありきたりの強襲だったな」
手をパンパンと交互に打って、汚れを払うような仕草をした。
「すごい! リン、さすがだね」
フウカが前に出て、荷物を手渡す。
「おい、そこの奴! しっかり見届けたな、ちゃんと報告しておけよ」
リンコは、公園の木の陰に潜む人の気配に向かって告げた。




