御新降り」の儀式――アマミコの降臨
11月下旬、沖縄で「御新降り」の儀式がおこなわれることなった。琉球王国の最高神女「聞得大君」(チフィジン、きこえおおきみ)の就任儀式である。琉球王国及び国王を霊的に守護する存在であった。
王国は「祭政一致」を称しており、大君は、「神権」を有していた。全国のノロ(巫女)を統括し、祭儀を催し託宣を通じて国に影響を与えていたのだ。
大君は、国王の近親女性から選ばれる。なぜなら南西諸島には、男兄弟を姉妹が霊的に守護するという考え方があった(日本古代においても同じ)からだ。
沖縄の神話において、この世を創ったのは「アマミコ(アマミキョ)」と呼ばれる神であったとされている。天帝の命によって下界を形作り、人々を生み出し、農業や漁業を教えるなどした。人々にとって直接的な守護神である。
諸説はあるが、聞得大君はアマミコの神威を体現する存在であったと言って良いであろう。その神威を受け継ぐ儀式が、「御新降り」である。
コロナ騒動によって陰りが見えた観光業界が、再度盛り上げるべく「観光イベント」の一つとして今回の儀式再現を企画したらしい。最初は思い付き程度の提案であったが、なぜか政府筋から援助の申し出があり、それを請け負うイベント会社も名乗りを上げた。あれよあれよという間に実現に向かって進んでいった。
初めての試みなので今年はシュミレーション、予行演習として関係者のみで実行してみることになった。
参加者の募集から装束・道具類の準備、各所との折衝まで請負業者がおこなってくれるとのことだった。観光協会としては、あまりの好条件に首をひねったが依頼することにした。
じつは、この企画は「霊的防衛協議会」が、裏で糸を引いていた。C国の某宗教団体が大魔導師の復活を実行しようとしているという情報を得たからであった。
源造は、カイトを呼び出して尋ねた。
「心当たりがあります」
即答した。
「おそらく以前の戦いで宿敵となった魔導師ではないしょうか。吊用之と言う方士です。強大な呪力を持っていて、我々では太刀打ちできないでしょう」
カイトと金竜のタッグが対決したときは、相手が怪物と一体化ししており、知能も低下し呪力も使えない状態だったため、何とか仕留めることができた。しかし、魔導師として復活したならは勝算が見込めないと語った。
「何か対抗手段はないのかね?」
「……」
カイトは、しばらく考え込んでいた。
「アマミコ様を招くことができれば、迎え撃つことができるかもしれません」
難しい顔をしながら、言葉を紡ぎ出した。そして、以前の「旅」におけるカイトやミカとの関係、呪術師との因縁について説明した。
その言葉を受けて、アマミコの招へい計画動き出した。
実行役は「霊学協会」傘下のイベント会社と沖縄の「アマミキョ奉賛会」が担った。奉賛会は現職のノロとユタ(沖縄の霊能力者)及び熱心な信者で構成されていた。宗教法人ではなく、連絡協議会のかたちを取っている。
儀式の次第は過去の記録が残されていたので、大方その内容に沿っておこなわれる(現代風に時短はなさてている)ことになった。
一同は復元された琉球御殿前に集まり、儀式をおこなった後、出立した。巫女たちは白衣のノロ衣装(上衣、裳、大内掛け)に身を包み、髪は後ろで束ね、クバの葉の扇を胸元で掲げ持つといったスタイルだ。その他のメンバーも琉球王朝時代の官服を着ている。聞得大君役の女性は、同じく琉球王朝時代の豪華な姫衣装で着飾り、白馬にまたがっていた。
本来の儀式であれば早朝に出発し、各地の拝所(聖地)に立ち寄ってウガン(拝み)をおこない、斎場御嶽まで歩き通すということになっていたが、今回は途中をバスや車で移動し、ポイント時点の前後だけ威容を整えることとした。
だが、各拝所での「水撫で」(整水を額に付ける)だけは、迎えた現地のノロが実際におこなった。その地の霊力を身に付ける(霊力を高める)という意味合いがあったからだ。
日没後に斎場御嶽の麓に到着した。祭場までは急な坂道となっているため、聞得大君役の女性は、輿に乗り換えた。参道は篝火で照らされ、その間を行列が静かに上っていく。
御嶽内には、「大庫理」、「寄満」、「三庫理」の拝所があり、順にウガンがおこなわれる。
白砂が敷きつめられ篝火に囲まれたウフグーイでは、本儀式がおこなわれる。久高島のノロが司祭を務めた。沖縄の古謡「クェーナ」が詠唱される中、頭上に冠が載せられた。
サングーイに到着したときには、真夜中の三時となっていた。サングーイにには、鍾乳石から滴り落ちる「聖なる水(ウビィー、御水)」が集められた壺があった。この水は、鍾乳石の根元にある「大きな岩の上に生えるクバの木」を伝って降りてくる。琉球の創世神「アマミキョ」は、このクバの木を伝って降臨するとされていた。
この場でもクェーナが詠唱されていた。聞得大君役の女性は、この聖なる水を額に付け、口に含む。一歩下がって跪き、手を合わせた。ウガンの言葉を口にする。
すると女性の身体が、ガクンと小さく跳ねた。真上から打たれたような感じだった。そのまま、上体が前に倒れる。
「……!」
声なき驚きが、参列者の間で広がった。
沈黙の中で女性がゆっくりと上体を起こす。
表情と態度が一変していた。全身から微かに光が発していた。威厳が、満ち満ちている。その威光を前にして、皆、一斉に平伏した。
「アマミキョ様で、ござりますか?」
いかにも恐れ多いといった口調で久高島のノロが少し顔を上げ、申し述べた。
目の前の女性は全体を見回した後、尋ねたノロに向かってうなずいた。
「時が来たのだな」
静かに、言葉を発した。




