最悪の呪術師と怪物が復活――霊山の地下で
C国の「○山」jは、人の寿命を司る神の山として数千年前から崇敬されてきた。現代においても賑わっている。長命や無病息災を祈る人々のメッカとしてだ。
そんな霊験あらたかな山であるが、それゆえに地下には、地獄があるとされてきた。人の命を脅かす悪人の霊魂や魑魅魍魎を閉じ込めておくためである。
山のふもとにある屋敷で、ここ数日、人の出入りが激しくなった。だが、周辺には店舗や民家も多く、とくに目立つこともない。
この屋敷は、ある教団の本部となっていた。祀っているのは、魔王「蚩尤」――。中国の古代神話に登場する最悪の邪神だ。
頭部は牛で全身、金属で覆われている。八本の手に、剣や斧などの武器を持つ。
今から五千年以上前、「涿鹿の戦い」が、あった。皇祖「黄帝」は宿敵、シユウと対峙した。黄帝は「神軍」を率い、蚩尤もまた幾千万もの「魔族」を動員して熾烈な戦いを繰り広げた。血で血を洗う激闘の末、黄帝は、ようやく敵軍を屈服させ、天下統一を果たした。
シユウの名は、当時の人々にとって「恐怖」の代名詞であった。しかし、この教団では「黄帝に屈服した後、悔い改めて帝国の守護神となった」という説を唱え、祀っていたのだ。
併せて「四凶」も同様の解釈で祀っている。四凶とは、トウテツ、キュウキ、コントン、トウコツの四体。乱れた世の悪想念が凝り固まって形を成した怪物だ。教団では、シユウの眷属であるとされていた。
屋敷の下には地下道があり、山の下、つまり「地獄」近くにまで通じていた。その先には拝殿がり、祭壇中央にはシユウの像が据えられてあった。両脇には青銅製の四凶が並んでいた。薄暗い中、油皿の灯に照らされて怪しく浮き上がっている。
最前列の段には男の死体が横たわり、翡翠製の蝉をくわえていた。この措置は一般に死者の復活を願うために埋葬の際、施される。
祭壇の前には方士(道教の呪術者)が横一列に並び、後方に信者たちが座していた。部屋は、怪しげな香の臭いで満たされている。参加者たちは、酔ったような表情を見せていた。鉦が鳴らされ、太鼓が打たれる。読経のような調子で、呪言が詠唱された。
セミが、青白い光を放つ。しだいに広がり、男の全身を包んだ。すると、死体であるはずの身体が、ヒクヒクと動き出した。痙攣を起しているかのようだ。
次いで肉体が粘土を練るようにグニャグニャと変形していく。しばらくすると、別人の姿を現し始めた。細面、長い髪とアゴ髭、薄い唇。形が整うと手の指が開き、ゆっくりと腕が上がる。目が見開かれた。五十歳前後と推定される。
「おおおっー―!」
参集者たちが、声を挙げる。
すかさず側に控えていた介添え役が、上半身を起こすのを助け、衣服を着させる。唐時代の官服をまとい、冠を頭に載せた。
男は、そのまま壇に腰掛ける姿勢を取った。方士たちに倣って皆、一斉に平伏する。
「お帰りなさいませ。お待ち申し上げておりました」
最前列左に座していた白髪の方士が、感に耐えないといった様子で言上した。
「うむ、大儀であった」
男は、それだけ言うと辺りを見回した。
「どれだけ時を経ている?」
「一千年余りかと――」
「そうか」
それだけ言うと、少し考え込むような仕草をした。
蘇った男の名は、吊用之 。方士である。「尸解仙」(下級の仙人)であった。死を迎えたても、息を吹き返すことができる。
「宿敵が、再び現れました。カイトと金竜でございます」
「ほおっ……」
苦い表情となった。
かつて最終戦で怪物と融合した姿で戦い、金竜に騎乗したカイトに「七星剣」で脳天を貫かれた。その後、地獄に封印され、これまで復活することができなかったのだ。
「アマミコは?」
「まだ、復活しておらぬようです。ですが、斎場御嶽の巫女どもが動いているようですので、いずれ姿を現すでしょう」
「――それは、楽しみだ。今度こそ、思い知らせてやる」
吊は、ニヤリと笑った。
振り返って祭壇を見上げる。
「シユウらを呼び出す準備は、整っているな」
「もちろんでございます」
方士長らしい白髪の男が答えた。




