居候男に説教されたしまったフウカ
フウカの脳裏に浮かんだ居候男の態度は、ふざけたものだった。寝転んたまま大あくびをし、耳の穴をほじり、その指先をフッと吹いたのだ。
その上、ニヤッと笑ってほざいた。
「揉まれて、ちょっとは大きくなったんじゃないか?」
下品なおちょくりだ。
「バカバカ、セクハラ男!」
フウカは、真っ赤になって怒った。
男は身体を起して胡坐をかく。
「それはさておき、少しは頭を使え。俺が戦闘モードで表に出たら、お前の肉体なんて、バラバラになってしまうぞ」
「ウグッ」
確かにそうだ。
「それにな、この際だから言っておく。最近のお前は、甘え過ぎているぞ。
今日だってそうだ。勉強会なんてやって、日が暮れてしまった。また襲われかねないことはわかっていただろ。リンコも、『多人数だったら、かなわない』と言っていたのにな」
「だって、リンは、断らなかったよ」
「当たり前だ。お前は護衛対象で、その意思は尊重される。断れるわけないだろう。また、彼女は、新参者だ。慣れない人付き合いで、疲れただろうな」
「……わかった」
そう答えるしかなかった。完敗だ。
「わかればいいさ。俺も、見守りだけはしてやる」
そう言い残すと男は、脳裏から消えた。
朝方の那覇空港出発ロビーで、二人の女性が案内の電光掲示板を見上げていた。アマミコが憑依した女子大生、協会所属の付き添い女性である。これから愛知県の中部セントレア空港へ向かう。政府筋及び霊的防衛協議会の幹部と打ち合わせをするためだ。アマミコは、少し緊張しているらしい。現世に降り立ったばかりだ。現代のことがわからない。「本土へ飛んで欲しい」と言われ、「自分で飛んでいくのか?」と尋ねてしまったほどだ。
飛行機では、ずっと窓の外を見てていた。かつて宿敵と雲海の上で闘ったことはあるが、こうして安全な立場で眺めると、別の趣があった。美しい。
空港から名鉄電車に乗り換える。ここでも移り変わる外の景色に目をやっていた。
(この平穏な世を護りたいな)
そんな気持ちが、湧いてきた。
名古屋駅では、四人が迎えが来ていた。その内の一人が笑顔で近づいてくる。成長はしているが、懐かしい顔だ。カイトである。
「これはこれは、お美しいお嬢様。どちら様でいらっしゃいますか?」
「からかうな。痴れ者め」
冗談が言えるようになったことに成長を感じた。トカム(徳之島)に居た頃は、卑屈で覇気のないグジグジした少年だった。それが、「勇者様」と言われるほどの闊達な青年となっている。笑顔を返した。
近くの喫茶店「コ○ダ」に入って、六人掛けのボックス席に陣取る。
「お越しいただいて、ありがとうございます。梅宮新次郎と申します。霊学協会の事務局長を務めさせていただいております。この二人も、同僚です」
正面に座った眼鏡を掛けた小太りの男が、自己紹介をした。他の二人は秘書と運転手といったところだろう。梅宮の隣には、カイトが座っている。
「アマミコである。世話をかける」
それだけ言った。次いで横の付き添い女性が、沖縄での次第を報告した。
メニューが運ばれてきた。アマミコの前には、靴型ガラス容器に入ったメロンソーダと「ミニ・シロノ○ール」が置かれた。後のメンバーは全員、ホットコーヒーだった。
さっそくストローで飲んだ。
「不思議な飲み物だな。口の中で弾ける感じだ」
シロノワールにも、ビックリしたようだ。温かいデニッシュ生地の上に冷たいソフトクリームが渦巻いている。
「これは、美味だ。味わったことがない」
こちらも気に入ったらしい。
「お口に合ったようで幸いです。さて、今後の予定ですが、今,日はホテルでお休みいただいて、明日、関係者の方々とお会いいただきます。本日の夕食は、ご一緒させていただきます」
スケジュールの後は「霊的防衛協議会」の組織と、これまでの経緯について説明した。
カイトが、アマミコの生きた時代背景と立ち位置、宿敵との関係について概略を語った。むろん要点だけに絞られていたが列席していたメンバーは、一様に息を飲んで聴き入っていた。「信じられない!」といった顔になっている。壮大なドラマであったからだ。
ホテルに送り届けられた。二人部屋である。荷解きをし、シャワーを浴びた。付き添いの女性が手取り足取り教えてくれたので、困ることはなかった。
バスタオルを巻き、鏡の前に立つ。
(若いというのは、良いものだな)
映っているのは、二十歳の女子大生だ。胸をはだけてみた。笑みが、浮かぶ。
アマミコは、中年から初老の時期まで斎場御嶽の巫女組織で、統括を担ってきた。娘である聞得大君のサポートをしてきたのだ。実質的に琉球王国の祭祀を司ってきたと言ってよい。多忙な毎日を過ごし、自分の容姿を振り返っている余裕などなかった。気が付けば、初老を迎えていた。よって、束の間であっても若い自分を取り戻せたことは、嬉しかった。
だが、次の瞬間には、厳しい表情となった。頬を両手でパチンと叩く。
(気を引き締めなければ――)
これから、困難な状況が待ち受けているだろう。
手早く身支度を整え、外出の準備をする。




