項羽とルフィーーリンレイの友
フウカは、放り出された。男の方を見ると、犬が足に噛みついている。柴犬のようだ。リードが付いていたので、散歩の途中だったのだろう。男は振りほどこうとするが、離さない。
前でも騒ぎになっていた。一匹の雄鹿と鷲らしき鳥が、襲い掛かっていたのだ。角で腹を一撃し、頭上から急降下して突く。あり得ない光景に、混乱しているらしい。
「コウウ、ルフィ!」
リンコが、立ち上がっていた。両目は閉じられているが、視線は暴漢たちに向けられていた。如意棒を構える。混乱の最中 に走り込んだ。棒がうなる。打撃は正確で、視えているかのようだ。スピードも、先ほどとは段違いに速い。「目にも留まらぬ早業」とは、このことだろう。左右前後に動き、回転し、跳び、次々と打ち倒していく。
呆然と 眺めていたフウカが気を取り直して立ち上がったときには、すでに終わっていた。リンコは、倒れた男たちを見下ろしている。鳥が肩に留まり、シカは慕わし気に身を摺り寄せていた。
「リン!」
フウカは、呼び掛ける。
リンコは、顔を向け笑顔を見せた。目は、まだつぶっている。
近くの水場でハンカチを濡らし、リンコのところへ駆け寄った。そっと彼女の目を拭う。そして、手渡した。
「大丈夫だ」
顔をゴシゴシとこすった後、力強く言った。見開かれた目は、何事もなかったような静寂さをたたえている。
「リン……?」
フウカが、つぶやくように言った。どこか雰囲気が違って見えたのだ。歴戦の勇者のような風格が感じられた。
「ああ、リン、レイだ。お初にお目に掛かる」
穏やかな語り口だ。
「助けていただきまして、ありがとうございました。
リンレイさんのことは、カイトさんからうかがってます」
敬語で話す。相手の姿がリンコなので、ちょっと変な感じではあるが、高貴な方であることは知っていたので、かしこまった言葉遣いとなった。
「はは、リンレイでいいよ。カイトの旅仲間だからな。それよりこの場を離れよう。面倒なことになりそうだ」
確かにそうだ。やがて警察も駆け付けるだろう。
「コウウ(項羽)、もうしばらく身を潜めておれ。改めて迎えに行く」
肩から腕に移った小型のワシに向かって言い、嘴にチュッと口づけしてから放った。次いでシカの身体を抱きしめ、頭を撫でた。
「よく来てくれた。嬉しいぞ。お前も、お世話になっているところへ戻れ」
そう言って、軽く尻を叩いた。
二匹と意思疎通ができるようだ。
シカはなごり惜しそうに何度も振り向きつつ、森の中へ消えていった。
柴犬は上体を上げ、おとなしく「お座り」していた。
「ファル、ありがとう。助かったわ」
腰のベルトに結んだ「仔犬のお護り」を握り締めながら、柴犬に礼を言った。
フウカの脳裏で白い仔犬が、「ワン」と返事をした。
こちらは、じきに飼い主が追ってくるだろう。
二人は服装を整え、何食わぬ顔で歩き出した。息せき切って走って来る男の人の姿が見え、すれ違う。サイレンの音が聞こえてきた。
「今夜は、このままお世話になって良いか? 現世は久しぶりなので、少し楽しみたい」
「いいと思うよ」
リンコも異論はないだろう。
夕食は「もつ鍋」であった。もちろん赤味噌仕立てだ。ニラと白菜、豆腐が入っている。寒い夜には、ありがたい。リンコ(リンレイ)も、ニコニコしながら口に運んでいた。
食後になって滝子へ出来事を報告した。
滝子は顔をしかめ、ため息をついた。
「心配はしていたけど……やっぱりね。でも、無事で良かった。
ところでリンコさん、お友たちには会えた?」
何か意味ありげな様子で尋ねた。
「はぁ……、運よく――」
リンコ(リンレイ)は、どう答えていいか迷っていたようだが、それだけ答えた。
(ママは、何を知っているのだろう?)
フウカは、疑問に思った。
リンコの部屋で、あの鳥と鹿の話を聞いた。
鳥は「カンムリワシ」で沖縄に棲んでおり、幼鳥の頃からの知り合いだという。前の「旅」における戦いでも、一族のワシを率いて活躍してくれたとのことだ。シカも同じく幼馴染で、共に育った盟友であるらしい。リンレイは、このルフィに騎乗して戦場を駆けた。
「……でも、そんなに強そうには見えなかったよ。チンピラ相手だったから混乱はさせらたけど、本格的な戦いになったら立ち向かえるの?」
フウカには、心もとなく見えた。
「大丈夫だ。吾らの主戦場は、霊界領域になるはずだ。そうでなければ敵も動けない。本来の姿ならば十分に闘える」
信頼が、うかがわれた。
「この弓は、吾の物と姉妹品だな。手にしっくりくる」
懐かしそうに銀の弓を眺め、布で拭いた。
フウカは、自室へ戻った。
ベットに腰掛けると、下腹をポンと叩いた。
「ねえ、あんた。どうして助けてくれなかったの?ホントに痛かったし、こわかったんだよ」
身体の中の居候に文句を言った。その男が、ものすごく強いことはわかっていた。だが、動かなかったのだ。これがマオなら、ただちに表に出てやっつけてくれていただろう。今、マオは、男に席を譲って外へ出ているらしい。




