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カボチャ頭のランタン  作者: mm
06.On The Origin Of Species
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 大領主であるがゆえにネイリング領に隣接する領地は多く、接しておらずとも近しいと言える領地含めればその数は五十を下らない。そして近隣のみならず遠方からも貴族やその代理が、そして膨大な数の商人が、レティシアの帰還と万物流転の奪還の祝いの為、ネイリング城に押し寄せたのである。

 ランタンたちが離れに通されたのはそのためで、もちろん誰彼構わず入城を許可されるわけではないが日中のネイリング城は一種の公共施設のような有様なのである。

 そしてドゥアルテはその来客たちの対応に追われていた。

 夜通し行われる奉納の儀というものがどのような儀式であるかは知らないが、それを取り仕切ったドゥアルテは恐らく眠っていないはずだ。実際レティシアの目は少し充血していて、だがドゥアルテはまるで疲れた様子を見せず生気に溢れていた。

「待たせてしまって悪かったな」

 テーブル上には目眩がするほどの量の食事が隙間無く広げられていた。目を瞑ってフォークを突き立てても、確実に何かを突き刺すことができる。ややもすれば下品なほどであるが、竜種とそして探索者を祖に持つネイリング流の歓待である。これは豪快と評するべきだろう。

 昨日、これを前にしたら気持ちが折れていただろう。一晩経って食欲を復活させたリリオンは目を輝かせてごくりと喉を上下させた。

「だが面倒なことは先に片付けるに限る」

 訪れた膨大な来客への対応をすでに終わらせていた。

「違うか?」

「可能ならばそうありたいですよね。でも面倒事は次から次に起こりますし」

「はっはっはっ、然もありなん。互いに苦労するな」

「迷宮のことですよ、僕が言うのは。貴族さまの苦労はわかりません」

「ほうそうか、では貴族に――」

 ドゥアルテは何かを言いかけたが、妻のマルセラに止められた。

 ほっとしたランタンにマルセラが小さく笑いかける。

「まったくあなた、まだご挨拶も済んでいないのよ。昨日は大したお持てなしもできず申し訳なかったわね。レティの我が儘に付き合って下さってありがとう。この子を助けてくれて」

 マルセラは気さくに話しかけてきた。マルセラの出自は領地を持たぬ下級貴族である。良い縁談を待つばかりの人生を儚んで、女だてらに騎士職へ志願し、戦場働きによってドゥアルテに見初められた豪傑だった。顔貌は似ていないが、紛れもなくレティシアにはこの血が流れている。

 ネイリング夫人と呼ぼうかと思ったが、マルセラ自身に名で呼ぶようにと言われた。

「この子まで失っていたら、私たちはきっと進みだすことができなかったわ」

「いえ、僕らがお手伝いしなくてもレティならきっとどうにかしてたと思います」

 向こうの席にいるシーロがぴくりぴくりと表情を変えた。レティ呼ばわりは気に入らないが、手伝いがなくてもと言うのは同意である、と言うように。

「ランタンが居なければ、今の私はないよ」

 そしてレティシアの言葉に再び表情が変わった。その言葉が受け入れられないとでも言うような、衝撃を受けた顔だった。明緑の瞳が強くランタンを睨み付けた。

 シーロがリリオンを美しいと言ったのは、その言葉以上の意味はないのかもしれない。話から聞いていた通りにシーロは姉に対して並々ならぬ感情を抱いているようだった。それが話から聞いていた通りの愛情かは、判別が付かないが。

「さあ召し上がってちょうだい。現役の探索者を迎えるのは久し振りね。これで足りるかしら」

 リリオンが腰を浮かし、フォークとナイフを器用に使ってごっそりと肉の塊を自分の皿の上に確保した。それから目に付く様々な副菜を皿に押し込める。

「足りなければ用意させるから、遠慮はいらないよ」

 リリオンは旺盛な食欲を見せて頬一杯に大きく切り取った肉の塊を頬張った。切り取っても塊のままの肉が魔法のように消え去った。

「おいしい! 朝ご飯が少なかったからお腹ぺこぺこだったの」

「こらリリオン、失礼だよ」

 とは言え少なかったのは事実である。

 カップ一杯のホットチョコレートと二口三口で食べきってしまうパンが一つ、それと果物。それだけだった。リリオンはミシャのパンを丸ごと分けてもらっていた。チョコレートは甘く、必要な熱量を補給するには充分だったが、物理的な量としてはまったく足りない。

 リリオンは遠慮というものを知らぬようにがっついた。気持ちのいいほどの食べっぷりである。

 並の貴人なら眉を顰めそうな振る舞いだが、竜種に見初められた女性であるマルセラはその様子に感心している。隣のレティシアがまったく同じ顔をしていた。

「ささ、もっとお食べ。ランタンもな」

「ありがとう。レティも昨日はお疲れさま。大変だね」

「まあ貴族の勤めというやつだな」

 城下では今もお祭り騒ぎが続いている。通りや広場にはいつも以上に屋台が並び、大道芸人や役者たちが舞台を立てて劇を披露していた。ネイリング家から酒も振る舞われている。

 ネイリング家に伝わる万物流転の伝説はもちろん、ヴィクトルの存在もネイリング領全土に知られていた。

 ヴィクトルは次代の、そして領地の更なる発展と繁栄を約束する領主であると誰もが認識していた。ヴィクトルを失うということは、未来を失うことに近しい出来事であった。

 そして宝剣は礎である。ネイリングの広大な領地はこの剣によって切り拓かれた。初代はこれを以て戦火を刈り取り、領土を広げ、荒れた土地を拓き、迷宮を攻略した。

 宝剣が失われる間は領地に災いが起こるとも言われている。

 ランタンは伝説は逆転であると思う。宝剣が失われるということは次代の領主が迷宮に果てると言うことであり、つまりこれによって領地が不安定になる。つまり災いの本質は宝剣の喪失ではなく、世継ぎの喪失にある。が、そのようなことを口で言ってもどうにもならないし野暮であるし、薄々はわかっていることなのだ。

 領民の不安は、宝剣を取り戻すことで払われる。

 レティシアが一直線ではなく、わざわざ多くの街を経由してメリサンドに入ったり、各種式典を催したりするのは宝剣を、つまりは未来を取り戻したことを大々的に知らしめるためにあるのだった。

 レティシアは宝剣を持ち帰ったが、これをドゥアルテに返した。

 ランタンは少し迷ったがレティシアか、あるいはドゥアルテに視線を彷徨わせながら尋ねる。

「レティが宝剣を持って帰ってきましたけど、これってドゥアルテさんの後を継ぐことになるんですか?」

「私は継がないよ」

「――姉さま、どうしてですか!?」

 レティシアは一呼吸の間も置かずに告げる。シーロは息を飲んでから、裏切られたような悲痛さで言葉を絞り出した。

「万物流転は姉さまの手に戻ってきたじゃないですか」

「今はもう宝物庫の台座の上さ」

「そういうことを言っているんじゃないです! ヴィクトル兄さまだって、きっと姉さまが後を継ぐことをお望みです。だからきっと万物流転は姉さまのところに出現したんだ」

「……たしかに兄さまは神さまみたいなお人だったけれどね。他人に何かをさせようとする人ではなかっただろう。それに迷宮で兄さまのようなものを見たよ」

「それは本当ですか!?」

「座れ、食事中だぞ」

 シーロが椅子を蹴って立ち上がった。

 今までで最も大きな反応だった。次兄のファビアンが冷静にそれを咎める。

「ようなもの、だ。もっとも私やリリララも心乱されたがな。万物流転を渡すまいとするように。だがランタンによって焼却された」

「……えっと、すみません」

「謝って済むか! 兄さまだぞ!」

「お兄さんみたいな人、でもなかったか。なんかうぞうぞした肉の塊ですよ、僕が焼いたの」

 噛み付きそうな目で睨んでくるシーロに肩を竦め、ランタンは他人事のように食事を続けた。話にならないとでも言うようにシーロは姉に語りかける。

「姉さま、どうしてです。俺はヴィクトル兄さまのように、姉さまを支えたく思っています。姉さまならばきっと素晴らしい領主に成れるはずだ」

「そこだよ、シーロ。私たち家族はヴィクトル兄さまに寄りかかりすぎていた。シーロの気持ちはうれしいよ。でもお前はお前だよ。私が私であるように、誰の代わりにも成れない。そもそも私は家を継ぎたくて万物流転を持ち帰ったわけではない。お父さまもまだ現役だし、ファビアン兄さまもおられる。それにシーロも。私よりもよっぽど領主の器だと思うな」

 これ美味しいな、とランタンはリリオンの皿に川魚の香草焼きを取り分けながら口を挟んだ。リリオンはそれを食べると目を輝かせる。そして隣のミシャに取り分ける。

「で結局、跡継ぎにならないのならレティの用事はこれでお終い?」

「いや、まだある。陛下にもご心配をお掛けしたので顔を見せに行かねばならんし、姫さまとも会う約束をしている。三人を王都観光に連れて行かなければならないしな」

「王都にも美味しいものあるかな。あ、これもおいしいよ、ランタン。ほら、ミシャさんにもあげるね」

 ミシャは体調が戻っていないことに加えて、完全に目の前の光景に圧倒されており、食は進んでいないようだった。

 何せドゥアルテ・オリーリー・ネイリングである。国の重鎮である。

 ネイリング城に訪れた貴族や商人は、彼と二言三言会話を交わす為だけに山のような祝いの品を持ってきたのだ。そんな彼と卓を囲んでの食事など、竜種と卓を囲むことと同じぐらいに現実感に欠ける。

 少しでも不審な行いをすれば拷問に掛けられた挙げ句、歴史上から抹殺されてもおかしくない。それぐらいの存在である。

 ミシャはぼうっとしながら皿の上に移された鶏肉を口に運んだ。おいしい、と呟く。

 ネイリング領で鶏は縁起の良い食べ物だった。

 ネイリング領で多く育てられている鶏は優美な姿をしている。

 真紅の鶏冠に、青や緑の光沢を持つ羽、連接する長い尾羽とがっしりとした筋肉質の身体。それは一見すると小さな竜種に見え、これが雲を越えて飛ぶと竜種になるという逸話もある。竜種などは一生に一度食べる機会があるかないか、そうそう食べられる物ではないので祝い事ではこれを鶏で代用する。

「鰻も縁起物なんですよね」

 これは無足の竜種に姿が似ているからである。

「でもなら、なんで蛇じゃないんですかね」

 鰻は丸ごと燻製にされていた。これを手で千切って食べるのだ。蛙の干物ぐらい見た目は悪いが味は良い。だがこんな面倒をせず開いて白焼きにして欲しいとランタンは思う。

「蛇には毒があるからな」

 ファビアンが当たり前のことのように告げた。

「でも竜種にも有毒種がいますよね」

「ああ、それが蛇の所為だといわれている。四肢も翼もない蛇は、それを持つ竜種を妬んでこれに噛み付いた。毒を有する竜種は蛇の毒によって知性を失った悪しき竜種であり、また竜種の血によって発狂した蛇の成れの果てである。そう言う話だ」

「御伽噺なんですね。でも鰻にも毒はありますよね」

「ほう、知らん話だな」

「血に毒があって、まあ加熱すれば平気なんじゃなかったかな。まあ僕の話は嘘かもしれないですけど」

「真偽はさておき、鰻を食べて毒を得た、では格好がつかん。御伽噺とはそういう物だ」

「確かに。蛇ってどことなく知的な感じもしますしね」

「そもそも結局、毒蛇はあぶないから近付くなという教訓だからな」

「鰻を生で食べちゃいけませんって教訓はいらないですかね」

「……これを生で」

 ミシャが鰻の燻製を見つめながらぽつりと呟いた。

 ミシャ以外の誰もが笑った。

「――いや、失礼。そう言えばランタンはどのような用事で? まさかレティの付き添いだけではあるまいな」

「きっかけはドゥアルテさんのお言葉と、レティからのお誘いですけど。本命の用事は起重機です」

 ミシャが反応した。鰻の燻製からようやく視線を上げた。

「それだけの為か?」

「ええ、まあ観光も楽しみでしたけど」

 ドゥアルテは何かを身構えたが、ランタンの答えに拍子抜けをしたようだった。ランタンはしかたなくと言う風を装いながらも、その自慢を隠しきれず滲ませながら続けた。

「探索者としては死活問題ですよ」

「お前の送り迎えをしたがる引き上げ屋は大勢居そうだが」

「僕が身を預けられる引き上げ屋は今のところ一人しかいないので」

 ドゥアルテはそうかと一言呟き、納得したように頷く。

「話は聞いている。酷い戦いだったようだな」

「不意打ちでしたからね」

 先日の迷宮崩壊事件はすでに全土に伝わっており、国の治安維持にかかわるドゥアルテは仔細を把握しているようだった。ランタンの活躍も、そして無謀にも最終目標に突っ込んでいった起重機のことも。

「しかし探索者が探索者ならば、引き上げ屋も引き上げ屋だな。疫病の大司祭相手に無茶をする」

「いえ、滅相もありませんです」

 ドゥアルテに見つめられ、ミシャの言葉遣いが変になっていた。

「なに謙遜するな。だからこそ探索者は引き上げ屋に頭が上がらんのだ。なあ、ランタン」

「ミシャがいなければ探索者になれていませんしね」

「はははっ、生みの親ともなれば尚更だな。それがランタンの生みの親ともなれば我らとしても大恩人に相違あるまい。拙い物は渡せんな」

 ミシャは緊張しすぎて咀嚼物を飲み込めずにいる。ランタンが机の下で、ミシャの脇腹に触れた。

「――っ」

 びくん、とミシャは震え、咀嚼物をごくんと飲み込んだ。リリオンより遥かに肉々しい感触にランタンはむしろ自分が照れてしまった。担ぐと触るでは大違いだ。

「近日中に用意させよう」

「あ、可能ならいくつか見て決めたいのでございます」

「うむ、それもよかろう」

 緊張が解れたのかミシャがドゥアルテに告げた。

 まだ口調はおかしなままだったが、ミシャは少し食欲を取り戻したようである。




 話は竜系迷宮の攻略には不思議と触れられず、ティルナバンでのレティシアの暮らしぶりや、ランタンのこれまでの探索の話、そして迷宮崩壊事件の話へと移っていった。

「どこも物騒だな」

「王都はドゥアルテさんが守っているから平和なんじゃないですか?」

「一人の人間が守れる範囲などたかが知れておる」

 ドゥアルテは疲労を思い出したように顔を顰めた。かつての戦国時代のように戦闘によって領地や財宝等を得ることが難しくなって以来、軍事費は縮小傾向にある。貴族は自分の身を守るための費用を惜しむことはないが、市井の治安維持のための予算を削ることに躊躇いはない。

 ドゥアルテは軍部の頂点だが、豪腕一振りで全てを決めることはできない。他の貴族との関係もあるが、それ以上に王家との関係性が難しい。現在の王家とネイリング家の関係は良好だが、歴史を紐解いても二つの大きな権力同士の友好が永遠だった例はない。

 ドゥアルテは軍部に対する影響力を自ら削ぐ形で組織を編成しているが、それでもドゥアルテの周りに謀反を唆すような甘言は付きまとっている。


「王都で何かありましたか? お父さま」

「うむ、お前の耳にも入れておいた方がよいかもしれんな」

 ティルナバンで事件が起こったように、人が集まるところでは大なり小なり問題が発生するものである。そして権力はそれの呼び水として最も優れる物の一つであった。

「噂がな、出ておるのよ。王位継承権にかんする噂が」

「陛下の体調が優れないのですか?」

「いや、お歳だがまだぴんぴんしておる。だがだからこそかもしれんが、継承順位を変更しようと考えておられる、とそう言う噂だ。陛下は否定されたが、どうもその表現がな」

 王位継承順位は男女の区別なく、才能の多寡にかかわらず、生まれた順番によって定められている。長子優先というわけである。だがそれが指名制に変更されるという噂が流れたのだ。

 一向に現役から退かない王に長男陣営が痺れを切らしているとの噂や、それによる親子間での確執、兄弟間での権力闘争、市中宮中問わずしばしば発生する暗殺事件。

 そういったものが噂に真実味を与えている。

「ティルナバンの代行官を務めるブリューズ王子は、どうやらギルドの迷宮利権に手をつけようと考えておられるようだ。まさかあの事件の黒幕だとはいわないが、迷宮からもたらされる莫大な財を手土産にできれば陛下も噂を真実にするかもしれん」

「……これから何か変わりますか?」

「変わる。まだ要項を詰めてはおらんが、任意で迷宮を崩壊に導くことが可能となった今、少なくとも今までのように誰も彼も探索者にするわけにはいかんだろう」

「それはいいことだと思います」

 登録人数がどれ程いるかは知らないが、少なくともその内の半分ぐらいは悪党だろうとランタンは思っている。

 探索者という職業は貧者の受け皿であるが、真っ当な生き方をしてこられなかった彼らは迷宮によって得た力を悪しきことに使うのに躊躇いがない。命をかけて迷宮を攻略し大金を得るよりも、人を襲って楽に日銭を稼ぐことに罪悪感も恥も覚えないのだ。

「探索者の純度を高めるにはな。だが行き場を失った者たちのことを考えると頭が痛いのも事実だ。現状でも手が足らんというのに」

 ドゥアルテは忌々しげに呟いた。

「そう言えばベリレは、ランタンの目から見てどうだ」

「いい子ですよ。誠実で強くて優しくて。多少、暑苦しいけど」

「そろそろ頃合いではあるよな」

「騎士に取り立てるんですか」

 ランタンは不思議と胸が温かくなった。まるで自分のことのように喜ばしく思っている。

「エドガーさまにもお伺いを立てなければいけないが、そうだな」

「おお、すごい。それはいいですよ。あ、でも、そうするとベリレはこっちに残るって事ですか」

「そうだな、今は人手が――」

「いえ、私が貰っていきますよ。お父さま」

 レティシアがきっぱりと言い放った。ベリレがここにいなくて良かったと思う。もしベリレがこの発言を聞いたら喜びのあまりに死んでしまっただろう。ドゥアルテもあまりに堂々と宣言されたので、仕方がないというように肩を竦める。

「なんか贈ってあげようかな。でも剣も槍も持ってるしな」

 話題がベリレに向いている中、シーロがついにリリオンに話しかけた。ランタンは途端に気も漫ろになる。

 リリオンは急に話しかけられて戸惑っているようであり、またシーロも自ら話しかけた割にさしたる話題があるわけでもなさそうだった。リリオンの髪の長さや、肌の白さを褒めたり、年齢を聞いたり、出身を聞いたりした。

 聞かれたリリオンが言葉に詰まった。

「――迷宮」

 ランタンが咄嗟に口を出した。助け船を出されたような顔をしたのはリリオンだけではなく、シーロもだった。

 だがランタンと視線が絡むと、すぐにその表情を引っ込めて、ふんと鼻を鳴らす。

「お前には聞いてない。リリオンさんに聞いたんだ」

「そうだったんですか? 一人でお話しされているようだったから、つい」

 ランタンの眼差しが妖しげな光を帯びた。向けられる敵意が心地良いとでも言うようにランタンは笑う。

「カボチャ頭などと呼ばれるだけのことはあるな。姉さまたちを誑かし、迷宮から出てきたなどと嘯くようならこの場で斬られても文句は言わないな」

 剣呑な気配を発したシーロをレティシアが咎めようとしたが、ランタンは目線でそれを制した。

 そしてシーロから視線を逸らしリリオンに語りかける。

「なんかいいのないかな、ベリレに」

「えっと、えっと、じゃあこれは?」

 リリオンがランタンの皿に追加で用意された蒸し豚を取り分けた。リリオンはさっきから食べに食べているが、少しも苦しそうにはしなかった。リリオンは何でも美味しく食べられる少女であるが、量よりも質を求めるランタンと過ごしてきた為に、随分と舌が肥えたようだった。

 特にランタンの好みはよく知っている。

「あ、美味しい」

 豚は単純に白ワインで酒蒸しにして塩を振っただけである。臭みもなく、肉は柔らかい。

「脂がさっぱりしてる」

「ランタン好きでしょ!」

「それはよかった」

 ファビアンが満足気に頷いた。

 ファビアンは領内に対して様々な試みを行っており、その中の一つに家畜の品種改良がある。

 ファビアンは領民に対して品種改良を推進し、年に一度の品評会を開催して、これで優秀な成績を収めた品種の生産者及び出身地に対して褒美を与えている。褒美は減税や免税、あるいは金銭であったり、地位であったり、研究機関への就職斡旋であったり、王立学院への推薦状だったり様々だ。

 近年は飼育、繁殖の容易さ、病気への耐性、肉質や味の向上のみならず、農具の動力や輓獣としての能力に秀でた品種の開発や、そもそもの飼育方の改善、経験則でしかなかったの知識の体系化などにも波及して、成果が現れているらしい。

「すごいですね。そう言えば竜種の研究をなされているとか」

「ああ、裏の森があるだろう。あの一帯が昔からの研究施設だ」

「竜種って買えたりするんですか?」

「まあ相手は選ぶが、売買もしている。がベリレへの贈り物としてはどうかな」

 ファビアンはランタンの心を読んだように言う。

 竜種を買うことはできても、これを個人で飼育することは難しい。土地も必要だが竜種の餌を用意することが何よりも困難を極める。長距離飛行中は飲まず食わずの竜種だが、日頃は物凄く餌を必要とするのである。騎士の給金程度ではあっという間に破産である。

 竜場、飛行場に預けたとしても焼け石に水である。

「育てているのは全て人工繁殖なんですか?」

「まさか、まだ安定にはほど遠い。発情期に入っても交尾をしないことはざらにあるし、いざ卵を産んでも孵らないことの方が多くて参る。巣まで出向いて幼竜を捕まえたり卵を頂戴したり、迷宮から引っ張り出すこともある」

「迷宮出身のは、人に慣れますか?」

「慣れるのもいるし、慣れないのもいる。だが時間は掛かる。肝要なのは魔精だな。これもまだ未知のものだから堪らんよ。七回生まれ変わっても時間が足らん。数を増やすどころか、維持するのにも一苦労だ」

「へえ、じゃあシーロさんには気をつけないといけないですね。迷宮から出てきたものは斬るとか言ってますし」

「おい、シーロ、斬るなよ」

 ファビアンは怜悧な視線を弟に向けた。シーロは鼻白んだが、頭に血が上っているので立ち上がって言い返した。

「そいつの言うことを真に受けないで下さい! 斬りませんよ、ファビアン兄さま!」

 ファビアンは大げさな反応に大笑いし、冗談だ、と弟を宥める。

 そしてランタンは大げさに胸を撫で下ろした。

「ああよかった、斬られずに済みそうで」


愛よりも敵意が好きなのかも

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