8、白芭の予言師達のそれぞれの思惑
15分はあっという間に過ぎ、1本の電話が鳴った。
『お嬢、今から彼らを動かします。逃げるご準備を。それと今日は自宅には戻らないようにお願いします』
「自宅前に誰か張り付いているの?」
『いいえ、そうではありませんが少し情報操作をしておこうと思いまして』
「要は私が邪魔なのね」
『そういうことではありません』
焦った真一の言葉に絵梨は笑った。
「冗談よ。私がいない方が心配事が減って自由に相手を翻弄する術が打てるからでしょう。守りながらでは限界があるものね」
『・・・よろしくお願いします』
「そういう意味ではホテルは使用しない方がいいわよね」
『はい、大学時代のご友人の家にでも避難ください』
「了解。じゃあ作戦決行でよろしく!」
『ご武運を!』
電話を切った後、要は絵梨の腕を取り靴を持って先ほどとは違うルートで移動し、店主家族が住む住居スペースに入って行った。
住居玄関の壁から一つの鍵を取ると、外に出た要は自身の車とは違う車を解錠するとスライドドアの後部座席の戸を開けると絵梨をそこに乗せ車を走らせた。
商用車のバンの運転席に座って運転する知崎のボンに違和感しかないが、目眩しには仕方ないかと絵梨は思った。
「これって中華料理屋の車?」
「そうだ。それでどこに連れて行けばいい?」
「駅までお願いするわ、そこから友人宅に移動する」
「わかった。エリンは出来るだけそこで横になっていろ」
助かる〜と、寝心地は良くないが横になり移動してもらい、数分後駅前に車を停車させた要が唸り声を上げた。
「エリン、奴らが数人駅周辺に張り付いているぞ」
なんだって!?
体を起こして後部座席のスモークがかかった窓から外を覗けば、一定の距離を保って数名の黒づくめのサングラス姿の男たちが駅から外に向かって警戒するように周りを見回している光景が見えて、絵梨は焦った。
と、同時に駅を利用する人たちが遠巻きにチラチラと黒づくめの人たちを見ている異様な光景に、目立ちすぎだと呆れた。
「どうする?隣の駅まで行って見るか?」
「お願いするわ」
絵梨はそうは言ったものの、友人達も社会人で昼間の今に連絡しても仕事中では電話は繋がらないだろう。どこかで時間を潰そうかと思案したがその思考も止まった。
車が発車する中、自分のスマホが連続して震えたからだ。
「はい絵梨です」
『恭二だ』
「何?」
『お前今どこだ?』
「駅」
『やめとけ。周辺の駅は全て奴らに包囲されてる』
「それなら私はどうやって移動すればいいのよ。と、いうか誘導作戦はどうしたのよ」
『中華店周辺にいた者達は誘導に従って動いたが、用心深いのか駅にも人員を配置させたまま、そっちは動いてないようだ』
ふざけんなよ!白芭なぎさ!!!
「まじか」
『この際、一緒にいる人に住居も提供してもらったらどうだ』
「そこまで厚かましいお願いできるわけないでしょう」
『いや、お前自惚れるのも大概にしろ。お前が知崎さんの家に行ったからって何も起きるはずがないし、ただ寝泊まりして終わりだから警戒する心配はねーよ』
(怒)こいつ本当に失礼なやつだな。気にしているのはそこではない!
「彼は姉の親友であって私の友人ではないからそんな厚かましいお願いは出来ないと言っているのよ!人の話聞いてる!あんた!」
『ここまで匿ってもらって今更だろうが。大丈夫!相手にも選ぶ権利はあるんだから信じて行って来い』
駄目だ、こいつ話にならない。
「ふざけんな!」と一方的に言って電話を切った絵梨だった。
「どうした?」
運転席で戸惑ったように言う要に、絵梨はバツが悪そうに答えた。
「・・・・宇崎の情報では誘導作戦は成功したけど、相手が用心深いのか駅に配置させている人員だけはそのまま待機させて動いていないようだってことらしいわ」
「他にも何か言われたんだろう、エリンは厚かましいとか言っていたが」
あ〜あ〜あ〜!そりゃ聞こえていますよね、私が言ったセリフなんだから。
ガックリと肩を落とした絵梨は、言われたことを話し始めた。
「ここまで匿ってもらった縁で一日泊めてもらえと言われたけど、そこまで厚顔無恥ではないからその辺に適当に降ろしてもらえたらどうにかするわ」
「適当って、大丈夫なのか!」
「それならどうすればいいのよ!ホテルも足が付くからダメって言われた挙句、公共の乗り物も乗れないなんて。それでもこれ以上要くんに迷惑かけるわけにはいかないじゃない!」
プチパニックになって愚痴を漏らせば、要は年上の男の余裕なのか、冷静に返答してきた。
「一日くらいならうちに空いた部屋があるから俺はエリンを泊めるのは問題ないぞ。心配なら一旦うちに来て、兄さん宅に連絡して今晩は静波のところで休むようにすればいい。どうする?そこはエリンに任せるよ」
経済雑誌でも週刊誌でも知崎グループの社長の弟ということで、その整った顔立ちもあり彼の情報は拡散されている。
その身持ちの固さで知られる人物で、有力企業間で結婚したい男性ランキングにいつも上位にいる男が、目の前にいる知崎要だった。
その本人からお許しが出て、絵梨は戸惑った。
ま、まじで?いや、しかしな。
保健師とはいえ生徒の自宅にお邪魔するのはありなのか?
どうなんだ。
と、頭を抱えて考え込んだ絵梨から次の言葉が出てこないことに、要は自分で判断して、まずは自宅を目指して車を移動させた。
真っ直ぐ移動すれば十分ほどで着く自宅も、あれでも情報拡散させた方がいいかと、要は遠回りして自宅に戻った。
「申し訳ありません」
30分後、結局絵梨は要の自宅に上がり込む羽目になっていた。
三人掛けソファにちんまりと座って目を泳がした。結局避難出来る所を見つける前に、要邸のマンションに着いてしまったと項垂れた。
「気にするな。夕方になったら静波に連絡してみるし、どうにかなるだろう。それより明日からの避難場所をどうするか決めておいた方がいいぞ」
ごもっともで。
絵梨は結局、今晩 知崎家にご厄介になったことを、恭二にだけは絶対に言いたくなかった。
そこで一本の電話をかけた。
この時ソファに座って要邸の壁に対面する形で座っていた絵梨は、テレビ台の上にかかっていた大きめの風景画に視線を奪われた。
絵画に興味もないし作者も誰かもわからないのに、それがやけに気になって耳にスマホを押しつけたまま目が離せなくなった。
その間、要は食事を用意しておこうと知り合いのお店に連絡して夕飯を注文しているようだった。
電話がつながり『はい♪』と幼く可愛らしい声が聞こえてきた。
「あ、花凛ちゃん。絵梨おばさんですぅ」
『えりちゃん!どうしたの?』
きゃっきゃと燥ぐ子供に絵梨は顔の相貌を崩した。
「お母さんそこにいる?」
『ママ?いるよ。ちょっとまってね』
「はーい」
素直に電話を替わる幼児の行動に可愛ええ。とさらに相貌を崩した絵梨に要は電話をしながら驚いていたが絵梨は気がついていない。
『もしもし絵梨ちゃん?』
落ち着いた女性の声が聞こえて来て、絵梨は安心して肩の力を抜いた。
「ごめんね響子」
『そんなことより今どこにいるの?恭二くんも今バタバタしてて連絡取れなくてね。情報だけは入ってたから心配してたんだよ』
「宇崎の中はバタバタ?」
『そりゃもう、蜂の巣突いた勢いよ』
「ごめん、私のせいだね」
『そんな風に思わないで!今全力でうちが蹴散らしてるから!』
「ハハ、蹴散らすってすごい言い方ね」
椅子に座ったまま右手でスマホを耳に当て、左膝に膝をつけて、左手で顔を覆った。
『私も宇崎の一員だからね!大船に乗ったつもりでどっしり構えてて』
「ありがとう、響子」
流石に緊張の糸が切れて、絵梨は涙腺が緩んで来た。
「響子、私乗り越えられるかな」
『大丈夫よ!これまでも頑張って来れたんだから絵梨ちゃんなら乗り越えれるよ!今が踏ん張りどころなんだから、気を引き締めて!』
電話の相手は宇崎響子。
旧姓、井上響子。彼女は例の東北出身の大学時代からの親友である。
その出会いは大学時代、恭二を通じて知り合った人だ。あの日恭二と再会した後に、付き合っている彼女だと紹介されたのが響子だった。
その時すでに妊娠していた彼女はその後すぐに学生結婚して現在三歳の子供を持つ一児の母になっていた。
信じがたいがあのガサツな恭二の奥さんでもあった。
不思議な縁ではあったが、自分の出自や境遇をなんでも相談出来るただ1人の相手だった。
祖母とのやり取りのことも話していたこともあり、彼女が放つ言葉の端端には祖母から言われてきた言葉をよく隠喩して絵梨を激励してくれる唯一の存在だった。
不安で不安で仕方ない時にいつも励ましてくれる彼女の存在が絵梨を奮い立たせる原動力になっていた。
なんでこんな良い子があんな男の奥さんに収まっているのか、今だに信じられない絵梨だったが、あの恭二も響子には頭が上がらないのだ。
この際、恭子を味方につけて締められてしまえ。と、顔を天井に向けて告げ口をする。
「響子〜。さっき恭二に酷いこと言われたのよ」
『え!?そうなの!帰って来たらとっちめでぐれるわ!』
途中福島弁になった響子の言葉を聞いて、絵梨は涙腺が完全に崩壊した。
ボロボロと溢れる涙に静かに受け止め、絵梨はジッと天井を眺めた。
『今どこなの?』
その言葉に絵梨は静かに瞳を閉じて、視界を遮断した。
「知崎要邸。その後、姪の静波ちゃん宅に移動する」
たぶん。
連絡して断られたらこのままの可能性もあるが、そこは黙っておく。
『そうなのね。彼女今日、体調不良で休んでるから様子見てあげてね』
結局彼女は私の忠告通りに今日は学校を休んだようだ。
(自分の身辺のことより、やっぱり彼女の問題を解決する方が先ね)
そう思えたら、自然と涙も止まった。
瞼を上げて、前を見据えた。
「分かった、情報ありがとね」
『とんでもない。それより明日元気な姿を見せてくれたら私は十分よ』
「うん・・・それより恭子」
『なーに?』
「恭二の息の根、よろしく」
そう行って虚無顔で電話を切った絵梨は大きく息を吸って吐くと、喉が渇いたと立ち上がった。
「エリン大丈夫か?」
いつの間にか電話し終わっていた要は泣いていた絵梨を目撃して、どれだけずっと1人で耐えながら辛い時間を過ごして来たのだろうかと心が苦しくなった。
自分よりも幼く、小柄な彼女が慕っていた姉の起こした事件によって本来支え合えたはずの両親も亡くし、祖母や叔母の存在はあったにしろ孤独の中、心の行場を失い彷徨っている。
感情を爆発させて何もかもさらけ出し、憂いも悲しみも捨て去る勢いで醜聞も忘れて泣き叫べばいいのに。
ただ静かに泣く行動の表れは、周りに心配をかけたくない、あるいは心を開いていないからか?
「要くん、喉乾いちゃった」
先ほど泣いた事を誤魔化すように、無表情で言う絵梨に、要は小さくため息を吐いて彼女に従った。
冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったピッチャーを取り出しガラスカップに注いでいる間、絵梨は頬を濡らしている部分を服の袖でそっと拭った。
その間も絵梨は絵画に視線を向けて、心ここに在らずとどこを見ているのか分からないほど、ぼーっと見つめていた。
そんな彼女の鼻がほんのり赤くなっているのを見ながら、要は水が入ったカップを差し出した。
「困った時はお互い様だ。行くところがないならずっとここにいれば良い」
「その気持ちは嬉しいけど、私にはおばあちゃんが決めた許嫁がいるからね。要くんに甘えるわけにはいかな・・・い?」
それは前触れもなく突然だった。
ガラスコップを受け取ろうとして要の指先が触れた時、白芭の紋がある場所が異常なほどジリジリと痛みを伴うほどの熱を帯び始めたのだ。
次の瞬間、ドクン!と心臓が大きく跳ねてその衝撃は激痛と感じる程だった。
持っていたガラスコップから手を離し心臓辺りの服を乱暴に掴み、痛みで顔を歪めながら蹲ってしまった。
「エリン!」
崩れ落ちるように蹲る絵梨の体をこれ以上倒れないように腕を伸ばして支えた要は、それまで嗅いだ事のない甘い匂いが鼻に付き、目眩がして二人一緒にその場にしゃがみ込んでしまった。
「ハ!」
絵梨は心臓辺りの服を力一杯握り込み床を凝視して痛みの原因と紋の過剰反応に、これは何だ!と考えていた。
その横で要は何かに当てられたように頭がクラクラし、訳が分からず頭を支えるように抑えた。
エリンは大丈夫かと見やった要は、苦しそうに苦悶の表情を浮かべる彼女を見て、それまで色々考えていた思考が何も考えられなくなった。
そしてやけに彼女の右脇の下側が気になり、気を確かに持とうと頭を振りながら言葉を発した。
「エリン、ここに何かあるのか?」
ここと言いながら気になる部分を指差しながら言う要を、信じられないと言わんばかりの驚愕な表情を向けた絵梨は、みるみるうちに眉間に皺を寄せた。
指差された場所には白芭の紋があり、その言葉に反応するように紋がさらに熱を帯びる。
すると絵梨の視界の中で、自分の紋を中心に一気にオーロラ色の煙が霧散したように感じ、その現象に聞き及んでいた絵梨は本気で焦り震えた。
その昔、絵梨が中学に入ってすぐの頃に、姉に言われた言葉を思い出した。
『エリン、この紋は能力の象徴だけれど、それに必要な〈鍵〉の在処を教えてくれる優れたものなのよ』
姉の部屋に入り浸り夕食後デザート代わりに、一緒にポッキー食べながら談笑していた時の事だ。
『優れた?おばあちゃんは呪いだって言ってたよ』
床に置かれたフワフワクッションに胡座をかいて座っていた絵梨は、矛盾を突くような発言をした。
勉強机用の椅子に座っていた真梨はその言葉に悩むような仕草をしたが直ぐに苦笑いになった。
『うーん、お祖母様の話は参考にならないかな。強大な能力は時として凶器になり得るからお祖母様はそう言う言い方をしたんだろうけど、エリンはどちらのタイプかしらね?』
ポリポリとお菓子を口にした姉に絵梨は首を傾げた。
『マリンお姉ちゃんは違ったって事?』
『私の場合は幼い頃にその現象が起きたから淡い感情と同じように〈ああ、この人だ〉って分かるほど、紋が微かに熱くなった程度だったの。面白い現象がもう一つあってね。周囲が色づくのよ』
何それ、意味がわからんと顰めっ面になった絵梨を真梨は笑った。
『お祖母様の時はジリジリ熱くなって心臓もどうにかなりそうなほど苦しかったらしいけど、その現象の現れ方の違いは年齢によってなのか相性によって違うのかは分からないけど、とにかく紋が反応したなら、その相手がエリンの鍵を持っていると思って良いわよ』
『会えば分かるものなの?』
『ううん、素肌同士が触れないと分からないわ。握手なんかが一番ポピュラーかしら』
遠い昔、姉との会話を思い出した絵梨は戸惑った。
つまり目の前の男が、自分の鍵の持ち主で、そして姉が9年前に要に言った言葉の意味を知り、真っ青になった。
『要くん。あなたは恋愛はいくらでもしていいけど、結婚は30代になるまでは辞めておいた方がいいわ』
『幸せな結婚をしたかったら、それまで【待て】よ』
姉さんは彼が私の鍵の持ち主だとあの時、すでに知っていたと言うこと?!
絵梨はゼロ距離の要を恐る恐る見れば、彼自身も体に何か違和感を覚えているのか、歯を食いしばり頭を両手で掻き毟る勢いで抑えていた。
眉を下げた要は絵梨を見つめるとさらに苦悶の表情を強め、食いしばった歯はぎりっと音を立てるほどだった。
何かに耐えているかのようなその表情に絵梨は心配になった。
「大丈夫、要くん?」
すぐ横にある要の腕に触れたその瞬間、絵梨の視界が一転した。
床に押し倒され、気がついた時には要に荒々しく口付けされていた。
次回、R15指定でございます。




