7、白芭の能力
考えてもこの場で結論が出るわけもなくまずは腹ごしらえだと、全開の窓を閉めた後、冷え切った料理に手を付けた。
脳を酷使しすぎてお腹が空いた。
絵梨と要は冷めた食事をその後一心不乱に食べ続けた。
絵梨はこの問題を解決するには、白芭の第2の能力開花に必要な鍵を受け取らなければ話が進まないような気がしてきた。
白芭の本当の能力は未来視の予知夢。
これから起きることを夢でお告げがあり、それを相手に伝える役割を持った巫女の末裔と聞かされていた。
ただこの能力も万能ではなく、いくつかの選択の中ではこれが一番いいと夢で知らされるとかで、予言を求める人たちも長年の付き合いで曖昧な言い方は避け、これとこれならどちらがいいかと、二択ないし三択の中から最善の予言を求めると言う。
そしてもう一つ能力が、過去の出来事を見る回想夢。
未解決事件や事故、不安を抱えた人が駆け込む場所でもあった白芭家は連日人が途切れることなく訪れる場所だった。
そしてそんな白芭の女性が最もその能力を最大発揮出来る時期が結婚した直後と言われている。
〈鍵〉はその結婚相手が持っているとされ、〈鍵〉にもランクがあるとされている。
A、B、C、Dランクに分類され、歴代の当主達はAないしBランクの相手を当てがわれて来たという。
例外もあり、祖母のようにAAAの候補やAAなる候補者が存在する当主もごく稀に存在したらしい。
ただ祖母曰く、出来るならA、Bクラスがちょうどいいと言っていた。
能力が高くなるなら規格外の最高候補がいて、なんの不満があるのかと聞いた時の祖母の表情は複雑そうだった。
意味がわからん。
祖母が約5前に亡くなる直前「5年後の遺言は必ず聞くこと」とはっきり言って来たところを見ると、おそらくあの遺言書には私の夫候補者の名前が記載されていると見て間違いがないだろう。
絵梨自身は姉や両親のことがはっきりするまで結婚なんて考えられなかったのだが、先に遺言を聞いた方が事件の真相を早く知れる近道に思えてきた。
こうも間違った情報だけが拡散していて、2の足を踏み続けた9年を思い浮かべ、神妙な面持ちになった。
もう神頼みしかないのでは?
チートの能力が手に入るなら夫を手にするのもありだな。
そんな事を真剣に考えていると一階の階段からギュイっという明らかに足を踏み入れた音がして、ハッとした。
要も驚き廊下に出て階段下を見に行くと急いで室内に戻って来た。
「エリン!外に不審な人物が彷徨いているらしい!」
小声でありながらはっきりと言い切ったその言葉に窓の縁より下に身を屈め、そっと頭を出して外を伺えば黒づくめの男が数名、耳にはまっているインカムに手を置いて何か話しをしながらその辺を彷徨いていた。
絵梨は室内に身を隠し壁に背中をつけて自身のスマホを取り出し、宇崎真一に再度連絡を入れた。
数回の呼び出し音の後、真一が電話に出た。
『はい』
「何度もごめん。今私がいる場所は押さえてるのよね」
『わかっています。知崎要と一緒ですよね』
「そう、その場所に白芭関係者が能力使ってある程度私の場所を占ったのか、周辺を捜索し始めてるの。あいつらを一瞬でいいからここから引き離してくれない?」
『畏まりました。15分後に実行に移りますのでそれまで辛抱下さい』
「わかった。遅れるようなら再度連絡して」
『了解しました』
電話を切ると要を見上げた。
「要くん15分後にここを出る準備をお願い出来る?」
要は困惑顔をして口を開いた。
「流暢にしていて大丈夫なのか?」
「大丈夫。彼らは私の居場所を分かっているわけではない。ある程度の方角を聞かされ手探りで探しているだけだから」
「なぜ分かるんだ?」
絵梨が動かない以上、要も身動きを取れず、再度ちゃぶ台の前に座った要を見て絵梨は白芭の内情を聞かせた。
「おばあちゃんが亡くなって今現在白芭の中で能力を使えるのは一人だけ。分家筋のふた従姉妹の"白芭なぎさ"だけ。でも彼女は正統の予言師ではないからその精度は低い。おそらく墓地からこちらの方角と、直径何キロメートル以内に私がいると指示し捜索させているはず」
インカムで話をしている以上、誰かから情報を聞き指示されていなければできない。と、なればそれが可能なのは消去法で考えても彼女以外あり得なかった。
「つまり彼らは分散して君を探してはいるが、ここがバレたわけではないと?」
「そう、だからそれらしい人物を目撃させればあの集団は一気にそっちに移動せざるおえなくなる。その準備は頼んだから私たちはそれまでじっとしてましょう」
「肝が座りすぎてないか?」
「9年前にあの事件が起きて私の世界は一変したわ。それからは必死だったから自然とそうなっただけよ」
姿勢が悪い状態で壁に背をつけたままは、しんどくなってきたので、4つん這いで部屋の隅に移動し窓枠から離れた絵梨は、ほっと息を吐いた。
「苦労・・・したと言うことか?」
「苦労はしていない。でも考える時間は人一倍あったわね。でもそこに答えてくれる人がいるわけではなかったから、消化不良のままで落ち着かない人生だった」
要は自身も幼馴染の言葉に答えが分からず落ち着かない生活をしていて、絵梨の言葉の意味を理解すると共に、自分とは違う重みの違う現実に心痛した。
「だから今でも両親のことやエリンの事件のことを調べているのか」
「それもある。おばあちゃんが白芭を解体したとはいえ、今でも白芭関係で騒動に巻き込まれている以上、向き合わなければならない事案はいくらでもある。それと同時におばあちゃんがやり残したことを引き継ぐ役目も私には課せられている。そこを無視して生きていくことは出来ないと年末のテレビ番組を見て再認識した。それならジタバタしても仕方ないでしょう」
自分以上に悲痛な面持ちになった要を見て、絵梨も眉を下げた。
「不思議よね。あれから9年も経つのに私の中では時間は止まったままなのよ。それなのに私、あの当時の姉さんより年上になってるの。あなたではないけど、自分自身が一番バグってるのよ」
「悪い」
謝ってきた要に、そんなつもりで行ったわけではないのだがと絵梨は肩の力を抜いた。
要はそれ以上言葉が続かなくなり、立ち上がると絵梨がいる反対側の窓枠横の壁に身を顰めると外を見て目を眇めた。
まだ数名の男たちが近辺を捜索しており、バイクを中心に見て回っていることから、まだバイクで逃げたと思われていることに安堵した。
そこで疑問が生まれて絵梨に質問した。
「彼らはまだ逃げた人物が乗っていたバイクを中心に捜索しているようだが、白芭の人間でも精度の良し悪しがあるのか?」
「あるよ。正統な予言師は所謂本家筋を表している。おばあちゃんの孫である姉さんと私がそれに該当している。分家筋はそのおこぼれをもらっているにすぎない」
「正当性の有無はどうやって証明するんだ?」
一瞬躊躇った後、絵梨は口を開いた。
「・・・これは極秘情報だから他言無用でお願いしたいのだけど、白芭の血筋の女性にはその正当性を示す紋(痣)を“ある場所“に持って生まれると言われている。でも例外は必ずあって本家筋でもその紋を持って生まれない者も存在する・・・・私の母のようにね」
仲嶺美鈴。旧姓、天野美鈴。
白芭出身であることを隠し、父の姓を名乗っていたことで、その出自がはっきりしていないと言うことで、一時仲嶺でも不遇の扱いを受けていた人だ。
「仲嶺夫人が白芭の人間であると年末の報道でなんとなく分かっていたが、なぜ白芭姓を名乗っていなかったんだ?」
「単純な理由よ。女帝が産んだ子なのに紋を一切受け継がず生まれたがために、後継者問題で白芭内では相当揉めたと聞くわ。けれど流石は女帝と言うべきか予言師として分家筋を黙らせた」
『正当性は必ず将来証明される。この子(美鈴)が産む子が次期当主となり得る』
「その孫が成長するその時まで女帝は自分が当主としてその椅子を守り続けてみせると断言したことで、次期当主の座を乗っ取ろうとしていた分家の出鼻を挫いたのよ。でも諦めの悪い分家筋の猛追により命を狙われ始めた娘を不憫に思ったおばあちゃんは、娘に父方の姓を名乗らせ、ある家に娘を隠すように預けた」
「・・・もしかして」
「そう、私が預けられた叔母の実家に母は預けられ、叔母と母は姉妹のように一緒に暮らしてたんだそうよ」
『あなたが美鈴ちゃんの娘なのね』
そう言って絵梨を抱きしめて泣いた叔母は、昔一緒に暮らした美鈴を本当の妹のように可愛がり接していたそうだ。
故に母の最後の死に際を考え、初めて会った日。
叔母は言葉を失って泣きながら長い間絵梨を離さなかったほどだった。
「本来完全体の紋を持って生まれる者は一代に一人必ず存在すると言われていた。しかしその根幹を揺るがす事案が発生し母の代では誰として完全紋を持って産まれた者が存在しなかった。あの時代は半分の紋を持つ者と完全体でも薄い紋の持ち主しかいなかった。そういう紋を持つ者は分家筋に多く見られる出現紋だと聞いているわ。そう言う人が第2の能力解放を行なっても完全紋に比べて精度は落ちるし的中率も下がると言われている」
「そのふた従姉妹と言われる人は不完全な紋の持ち主ということか」
「完全体でありながら薄い紋を持つ者。しかも年齢が私たちよりかなり上なのよ。記憶が正しければ彼女は今年44歳のはず」
「なぜ彼女のことをそんなに詳しいんだ。あちらは君のことを知らないんだろう?」
「これも特殊な話でね。さっき姉さんはイレギュラーで幼い頃に一時開花を済ませていたと言ったでしょう」
初恋どうこうの会話の前にそんな話を聞いた覚えがあった要は頷いた。
「当時20歳だった白芭なぎさは不完全なりにその当時成人した者の中で薄い完全紋を持っていたことで能力開花を許された数少ない分家筋の人間だった。その日第1の儀式が終わった直後すぐに第2の能力解放に必要な鍵をすぐに欲しいと彼女は女帝にせがんだ。その時、姉は当時6歳。ずっと姿を隠していた女帝の娘があのタイミングで姉の真梨を白芭に預けていた」
怪訝顔になった要に絵梨は、ニヤリと笑った。
「私はそれを聞いた時、母は紋を持って産まれなかったが、白芭の血筋だと本気で感心したわ。あの人は儀式を受けなくても、鋭い勘の持ち主だった。私が生まれるタイミングで母が姉を白芭に預けたのは意図的であったと思ってる」
古い天井を見ながら絵梨は目を眇めた。
「あの時白芭なぎさが時間を空けて第2の儀式を要求していれば、彼女の野望は叶っていたかもしれない。けれど焦ったことで予期せぬ事態が待っていた。第1の儀式後直ぐに第2の儀式に突入したことで白芭の屋敷の中は忙しなくなり、第1儀式で使用した呪具の片付けが出来なくなり、倉庫にお座なりに突っ込むだけになってしまった。“いつでも使用可能な状態“で放置されていたのよ」
そこまで聞いた要は小さく唸った。
「つまり幼かったマリンが誤ってその呪具を使って第1の儀式を行ってしまったということか?」
「ビンゴ。そう言うわけで分家筋の相手の年齢だけは知ってるけど、顔は見たことはないからお互い知らないけどね」
おばあちゃんは真梨の儀式は偶然に偶然が重なったと言っていたけれど、私はそう思わなかった。
事実あのタイミングで本家本元の後継者である真梨が第1の能力解放したことで、その能力値は若干6歳にして白芭なぎさの何倍もの大きさの能力値が示された。
真梨が成人するまでの間に本家を乗っ取ろうと画策していた分家は、その夢がその場で断たれたことを知り絶望したと言われている。
母の采配がなければ、おばあちゃん一強の時代も怪しかったのかもしれないのだ。
少なくとも分家に干渉され、姉も私も母同様に命が危ぶまれていたかもしれない現実もあったのだ。
当時20歳だった白芭なぎさは結局その場で鍵の選定をされ、すぐに結婚し翌年に1人娘を産んでいる。
その娘も薄い紋を持って産まれたが、9年前に白芭を解体すると決断をした祖母は、周りからどんなに頼み込まれても後継者指名をせず、以後年齢を理由に能力解放を分家筋には施さなかった。
分家筋は、なぎさの娘が成人したら絵梨のスペアの補助要員として能力解放をお願いしようとしていたらしいが、その前に白芭の女帝は病気で力尽きた。
その当時、絵梨が19歳。なぎさの娘はその時17歳と聞いている。
ただ彼らは知らされていない。
第1儀式を行える人物は当主だけではないということを。
現在その呪具を保管し管理している者が存在し、彼女が祖母からその呪具を預かり隠している。
絵梨が20歳になった日に、その女性は絵梨の前に姿を現し、祖母の命令通りに第1の儀式を行って帰って行った。
祖母が分家にも施しを考えていたのなら2年前になぎさの娘も儀式を受けていただろうが、行った形跡はないと宇崎から報告を受けている。
姉の死後、私を隠し白芭の内情を膠着状態を作り出した祖母も亡くなり、遺言公開までの5年間という空白時間を作り出した。
それが何を示すのか、私は遺言公開される前に何かを成さなければならないのだろう。と漠然に思っている。
母や姉のように勘が働けばいいが、絵梨は4年前に第1能力解放を行ったにも関わらず、その辺が皆無で何度ショックを受けたことか。
立派な完全体の紋を持っていても、〈鍵〉を受け取っていない今の状態では宝の持ち腐れであった。
分家筋の人間を不完全な能力持ちと言いながら、能力全解放していない自分はただの一般人に過ぎない。
今も対抗処置は、宇崎を使って情報操作で撹乱するくらいしか手がない絵梨にとっては不安が付き纏っているのは否めなかった。
いつ捕まるのか、怯えていないと言えば嘘になる。
第2の能力解放に必要な〈鍵〉。
その〈鍵〉を持っているという夫候補。
もういっそ!今すぐにでも現れくれ!と他力本願なことを考えた絵梨だった。
次は明日1話UP予定です。
よろしくお願いします。




