65、教訓
長らくお待たせして申し訳ありません(汗)
体調が思わしくないため、更新が遅くなりました。
その代わり今回は2話同時投稿いたします。
よろしくお願い致します!
その後、数日間は何事もなく時間が過ぎ週末になった。
静波と葉山との約束もあり、週末は知崎の本宅に向かった。
玄関先にお手伝いさんが迎えに出てくれており、すでに絵梨以外の人物は皆集まっていると告げられた。
バレンタインデー用のチョコ作りなので、先週通されたリビングダイニングに案内された。
途中長い廊下に飾られていた貴婦人の絵画が外されており、どこかに移動したようだと察したが人を待たせていると先を急いだ。
ダイニングの部屋に入ってすぐに目の前に現れた大きな壁に、その絵画が目に入り絵梨は驚いた。
貴婦人の放つオーラの色も質も変わっており、貴婦人の要望が叶った形になったのか満足感が部屋中に充満していた。
「先生、いらっしゃい!」
すでに台所でチョコ作りをしていた静波と葉山が笑顔で挨拶して来たので軽く手を上げておいた。
絵梨は貴婦人の絵画の前に歩み寄り見上げた。
「いらっしゃい、絵梨さん」
横から声が聞こえ、顔を向ければ義姉の絢音が笑顔で立っていた。
「お招きありがとうございます」
「気を遣わなくていいのよ。どうせ静波が強引に誘ったんだろうし、気楽にしてちょうだい」
「それでも面倒なことを回避出来る機会を得たことは幸いでした」
「そうね〜。安易に市販のものをあげたら要くん拗ねそうだものね」
いや、全くその通り・・・・と虚無顔になったが、目の前の絵画から気が溢れ始め、もう一度見上げた。
すると絵画の面からスーッと貴婦人が着ていたドレスと同じ色の服が立体的に出て来たかと思うと同時に人の四肢が現れた。
キラキラとした光を纏って現れたのはまさに絵画の中にいた貴婦人で、その表情は明るい。
絵梨と同じか少し小さい身長の彼女は絵梨の顔を見て、膝を曲げて優雅に体を沈める仕草をした。
姿勢を正した後もニコニコと笑い、そのキラキラさが絵梨の顔や頭に刺さる勢いだった。
「絵画をここに移動させたのですね」
絢音に声を掛ければ、義姉は笑って肯定した。
「挨拶できる位置に移動した方がいいと言っていたでしょう。最初は玄関に置こうかと思ったんだけど、お客様には関係ない話だし、プライベート空間に移動した方が彼女も落ち着くかと思って、家族会議の結果ここにしたの」
絢音の言葉に貴婦人はそのにこやかな表情を崩さずに黙って見つめていた。
「貴婦人は満足なようですよ」
「あら、やっぱりそうなのね」
含みのある言い方に絵梨は義姉を見た。
「何かありましたか?」
「家の中の雰囲気が変わったことと、仕事も順調に行き始めたとかで、お義父さんなんか露骨に絵画に話しかけてるわ」
お義父さんという単語の時に貴婦人から溢れるほどの光が放たれた。
わかりやすいな・・・。
「嬉しいみたいですよ」
「え?」
「お義父さんに話しかけられること。というより愚痴でも何でもこの家の人達から聞かせて欲しいようですね」
「あら。じゃあ私が夫の愚痴を言っても彼女は聞いてくれるのかしら」
絢音の言葉に貴婦人が両の拳を胸の前で構えて真剣な表情で頷く姿に、やけに可愛らしい仕草をする人だ。と笑みが溢れた。
「聞かせて欲しいそうです。ここでこのまま善良な扱いを受け続けていたら、彼女は付喪神となって願いを聞いてくれる存在になるかもしれません」
「付喪神?」
「ええ、長い年月を経た道具や器物に精霊や魂が宿った神霊のことです。元々貴婦人は人を呪うだけの邪の能力を持っていましたから、扱いが変わったことで邪から正の力に変わりこの家にご利益を与えてくれるようになるはずです」
「守ってくれると言っていたことね」
「そうです。ただしその取り扱い方をまた間違えれば悲劇を繰り返してしまいます。やってはいけないことリストのようなものを作っておくほうがいいでしょう」
「家訓のようなものではなく?」
「こうしなさい、あーしなさいと書いておくと逃げ道のようなものが必ず存在して破る者が出てきます。不幸を繰り返さないためにも最低限の禁句だけ簡素に伝える方が長い年月を経ても間違いは起きないでしょう」
知崎の長い歴史の中で馬鹿が生まれないとも限らないしね。
絵梨の表情である程度察した絢音が、なるほど・・・と顎に手を置いて思案した。
リビングにいた静波と葉山はなかなか来ない絵梨に痺れを切らしたのか、声をかけてきた。
絵梨は貴婦人に挨拶をした後、シンクに立ちエプロンをかけてから手を洗った。
板チョコを包丁で削りながら、女性陣だけで色んな話をして盛り上がった。
葉山の彼の話や要の話をするついでに静波の恋バナの話になり、母親の絢音がいたが運転手とはどうなったのか聞いたら意外な言葉が返ってきた。
「え!?偽装!」
ボールにお湯を張った上に一回り小さいボールを重ね刻んだチョコを入れて、木ベラでゆっくりかき混ぜながら絵梨は驚きの声を上げた。
「はい!ストーカー教師に諦めてもらおうと思って恋人のふりをしてもらってたんです」
え?でも2人共淡いピンク色を纏っていらっしゃいましたが?
唖然と静波を見たが彼女はあっけらかんと笑っていた。
それを肯定するように絢音も言葉を発した。
「本当だったら今頃彼は懲戒処分になっているでしょう」
絢音の言葉に葉山は、え!?と驚いた表情になったが、絵梨はなるほど。と顎に手を置いた。
娘が可愛い父親の耳に入ったらタダでは済まない、と・・・。
「それに彼には結婚を約束した彼女さんがいるんですよ」
・・・・・・。
??
「じゃあ静波ちゃんには淡い恋心はなかった、と?」
「優しい人だとは思いますよ。でも私はもう少しグイグイ引っ張ってくれるような包容力のある人が理想です」
彼は雇われた側の人間だ。
創業者の娘との関係性のためにどこか一線弾いていたから、強く出れなかっただろうし静波の琴線に触れなかったのか。
・・・・じゃあ、あのピンク色はなんだったんだ?
解せぬ・・・・。
それぞれがボール内でチョコを溶かし、その中に各々思う材料を投入していく。
絵梨は溶けたチョコの中にオレンジピール、生クリームを入れゆっくりと撹拌。
チョコ作りも佳境に入り、型にチョコを流しアザランなどでデコレーション後は冷やすだけになった。
学生2人はゲームをするために静波の部屋に移動して行った。
リビングソファに座ってコーヒーを頂いていた絵梨の表情を見て、絢音が声をかけて来たので思わず偽装と言われた関係を愚痴ってしまった。
虚を突かれ絢音が一瞬驚いたが、笑い声が響いた。
「絵梨ちゃんって恋愛事に疎いでしょう」
ギクっと肩が揺れる絵梨に絢音は微笑んだ。
「不器用な絵梨ちゃんに、要くんは確かに手に負えないわねぇ」
小さくなるしかない絵梨に絢音は言った。
「人の好意も人の数ほど存在すると思うわ。執着と言われる重い感情もあれば、希薄と言わざるおえないセフレのような関係もある。それに好意って何も恋愛に限った話ではないと思うのよ。親愛、友愛、敬愛たくさんあるわ。恋と愛は別物だから、そこの区別はなかなか見分けられないわ。ましてやそれが色で見極めるなんてもっと難しいと思うのよ」
つまり・・・あの感情は慈愛に近かったと?
「運転手の彼は近年稀に見る真面目な良い子だと思うわ。そんな彼の仕事の姿勢はうちの男性陣達も認める所だし、そういう所を静波も認めて接していたし、責任感が強い人だから静波のために力になろうとあの子の願いも聞いてくれたんだと思うわ。そこに邪な感情がないから一心さんも許可を出したしね」
・・・・親公認の偽装恋人でしたか。
「そうじゃなければ、あの距離感を許してないわ」
一心だけでなく絢音も娘愛が半端ないな。
「ただうら若き乙女にしたら、その距離感にちょっとだけトキメいただけじゃないかしら」
静波は本気で恋したわけはない。と言いたいらしい。
その辺の機微には疎い絵梨は首を傾げるしかなかったが、絢音は絵梨の鼻に指でチョンと突ついた。
「深く考える必要はないわ。情の先に愛があり、愛の先に情が生まれる。卵が先か鶏が先かの議論と同じでどちらが先かなんて分からないほど定義は曖昧。いつの間にか好きになり燃え上がるような恋愛もあれば、いつ始まったのか分からないほど静かに育む愛もある。最近ではビジネスライクな淡々としたものや体だけの軽薄な関係もあって結婚が全てでは無い時代になっているでしょう」
コーヒーを一度口に含み、絢音は絵梨を見た。
「少し話は逸れたけれど、人の行為には千差万別あると言いたかったの」
絢音の言いたいことは理解できている。
絵梨の悩みポイントはそこでは無いのだ。
親愛、友愛、敬愛。確かに愛と名はつくが、そこに恋は含まない。
だから色での判別が難しいと言うのはその辺の話なのだ。
親愛、友愛を持つものは身近にいくらでもいる。
そう言った人たちの色はオレンジ色や黄緑色をしており、そこに恋心がないことはわかる色をしている。
その中で唯一、恋を含む絵梨の身近にいる関係の者が、恭二と響子の夫婦だ。
響子の恭二に向ける周波の色は赤色に近い濃いピンク色。
ただ恭二に関してはオレンジに近いピンク色なのだ。
その色味だけを見ても2人の関係がもろに色に反映されていると思わざるを得ない。
その恭二より淡いとはいえピンク色をしていた静波は、本当にちょっとときめいた程度であんな色を出すのだろうか?
まぁ、本人が違うと言っている以上絵梨が首を突っ込むのはお門違いなので追求する気はないが、後々後悔だけはしてほしくはないと感じた。
「で、ちなみに絵梨ちゃんは要くんのことはどう思ってるの?」
・・・・・・婚約した今のタイミングでそれを聞くのですか?
意図に戸惑い口を閉ざした絵梨に、絢音は眉を下げて言葉を続けた。
「家の事情もあって結ばれた関係って謂わば、政略に近いものがあるでしょう。しかも男性側からグイグイ来られたら女性側はちょっと、いいえ、かなり引くでしょう?」
その言い分に絵梨は察した。
「ご経験がお有りで?」
「そうなの。一心さんがそういうところがあったから最初は戸惑ったのよね〜」
・・・まじですか。
「私が最初無反応だったからか外堀から埋められて、気がついたら身動き取れなくなってたのよね〜」
同じような境遇に思わず身を乗り出して、その後の対応が気になり聞いてみた。
「嫌、ではなかったのですか?」
「もともと顔見知りだったし、嫌な感情は持っていなかったから。どうせ身動き取れないなら、なるようになれ。と思って身を任せたのよ。少なくとも彼が私を好きな気持ちは嘘ではなさそうだったから、『女は思われてなんぼ』ってうちのお祖母ちゃんも言ってたから」
絵梨は絢音の一挙手一投足を見て、それまでとは違う表情を浮かべた義姉に違和感を覚えた。
「それにうちの両親は最近で言うところの親ガチャでね。お金に汚い人たちで若い頃は苦労してたの。でも一心さんが盾になってくれてね。彼と婚約したことでひと騒動はあったけど、おかげでその人達と縁を切ることが出来て、それだけでもありがたいのに、生きる意味を見い出してくれたから、今では私の方が彼に夢中なのよ」
吊り橋効果、が働いたのかな?
それより気になるフレーズに思わず問うた。
「生きる意味を見出した、とは?」
「お金に苦労していた学生時代は私、幾つものバイトを掛け持ちしていたの。でもそれで得た対価も親に毟り取られる日々に、投げやりになる自分と将来への不安。現状を打破するために努力した全てが無意味に打ち砕かれる現実に何度も挫折しかけ心が疲弊していた時に、いつの間にか側にいて物理的にも精神的にも支えてくれる彼に、心から感謝する気持ちが芽生え始めて結婚をした。それでも不安は常に付き纏っていて正直、その時は私なんかがここにいて良いのかしらってずっと思ってたの」
不安の付き纏い、か。
その気持ちは理解できると絵梨はその先の義姉の言葉を待った。
「結婚して二ヶ月が過ぎた頃に、不安は的中したの。有名企業の御曹司との結婚を聞きつけた両親がここに乗り込んで来て、案の定お金をせびりに来たわ。実家の事情を義父や夫には説明していたとはいえ多大な迷惑をかける事態に発展したんだけど、一心さんだけでなくお義父さんも私を守ってくれる姿を見たら涙が止まらなくなってね。世の中が冷たく暗いものだと思っていた世界が一気に暖かく明るくなった気がしたの。1人でいることが当たり前で苦労してきたけれど、周りにこんなにも寄り添い自分を理解してくれている人たちがいることに私自身が気付かなかっただけでたくさんいたんだって。自分の視野や度量の狭さで周りを見れていなかったことに気がついたの」
天井の照明を見上げ、眩しそうに目を細めた絢音だったが、その表情に憂いはない。
「悲劇のヒロインぶってたわけじゃないけど、世界に1人取り残されたように感じた世界は自分が勝手に作り上げたもので世の中捨てたもんじゃないだって。そう思えたその時に初めて一心さんと向きえてた気がしたわ。『ああ。私ここにいて良いんだ。私は1人じゃない』って思えたの。そんな時に静波がお腹にいることがわかって本当に嬉しくて泣いてしまったの」
不安をずっと背負い、血のつながった親という鎖に苦しめられた彼女はその鎖を壊し引き離してくれた義家族の存在に安心し彼女は現状を受け入れ関係を構築していったと言うことか。
憂が取れて初めて、向き合えた。
と言う言葉に絵梨はどことなく共感出来た。
「案外絵梨さんも同じ状況なのかしら」
疑問系ではない、断定に近い物言いに絵梨は表情を暗くした。
姉の事件、両親の死、一族の因縁の相手。
それらが解決することを夢見て行動している絵梨は確かに絢音とは違う悩みだが、婚約者と向き合えない向き合う余裕がない現状は似通っている。
ただ、、、、。
「彼のことは嫌いではありません。ただ、お恥ずかしい話。彼は姉の初恋の人だという認識で来た関係で異性として見ていなかったんです。今は、、、もちろん異性として理解しているし彼からの好意も感じていますが、その好意を今はまだ真正面から受け止められるだけの気持ちが育っていないというか、戸惑いの方が大きくてどうして良いのかわからないのが現状なんです」
「知崎の男性陣の愛情って一般的に見ても重い上に要くんはさらに重症だものね。戸惑うのは仕方ないけど、嫌悪はないのよね」
「・・・・健全であれば」
「なるほど、そっちが先だったか」
赤裸々にその辺の事情がバレて絵梨は真っ赤になったが、そこは大人なだけにスルーしてくれた。
「それなら、結婚までは清い交際でいるように釘を刺しておいてあげる」
願ってもない援護射撃に絵梨が呆然としていると絢音はイタズラっぽく笑った。
「ただし義姉として手助けしてあげられるのはここまでよ。結婚すれば彼の独壇場になるからそこは口は出せなくなるから、それまでに気持ちの整理はつけておく事。良いわね」
ウインクしながら人差し指を口元に持っていく絢音に、絵梨はそこは理解している。と「ありがとうございます」とお礼を言った。
「良いのよ〜。その分、静波の将来のお婿さんには素敵な人を占ってくれれば」
良い笑顔で親指と人差し指で丸を作りながら言う絢音に、「あ、はい」と言う以外なかった。
さすが知崎の社長夫人。
ただでは転ばん、、、、、、。
教訓;ただほど怖いものはない・・・。
もう1話投稿していますので、楽しんで頂けたら嬉しいです。
次話、彼の手がかりが見つかります・・・。




