63、珍客
投稿遅くなり申し訳ありません。
今後の不定期投稿になると思います。
よろしくお願いします。
翌日通常業務に勤めていると昼休憩時間に葉山と数名の2年生、静波も来て保健室は相変わらず賑わっていた。
静波は葉山の影響もあり、ここ最近は見知らぬ上級生とも話が出来るようになっていた。
いい傾向に絵梨が微笑ましくその光景を見ていると、いきなり保健室の扉が乱暴に開けれた。
ガラッ!と開いた戸に驚き保健室にいた皆が驚き、入り口を見て皆が口を閉ざし驚き目を見開いた。
そこにはくたびれた背広を着た40代のリーゼント頭の男性が立っていたのである。
保健室にいたほとんどの者が悲鳴をあげて、その男性を押し除けて保健室から走って去って行く中、葉山と静波は絵梨のそばによって動かなかった。
絵梨は見知っている相手にため息を吐いて、声をかけた。
「何の用です。栗林刑事」
刑事!?と葉山と静波が驚愕顔になったが、絵梨は気にせず口を開いた。
「事件に何か進展でも?」
「あったらもう少し明るい顔してここに来るっちゅーの」
「古いですよ、その言い回し」
「おう、最近の若いもんには通じんな」
「姪御さんにもそんなこと言ってたら、空気扱いされますよ」
「もうされとるわ」
「ご愁傷様です」
「やかましわ!」
「あなたと漫才する気はないので、本題に入って頂けます?」
「相変わらず冷めてんな」
「あなたの顔を見て心躍ることもないので」
絵梨が真顔で言えば相手は「ひでーなお前」と呆れ顔で返事が返って来た。
「要件がないなら、退出してください。生徒が怯えるので。それとも言い合いをご所望で?それならあだ名で呼びましょうか。クリリン」
「そのあだ名で呼ぶな!お前といい恭二といい、ふざけんなよ!」
「柄悪すぎるので、言葉使いと声のボリュームを抑えて頂けますかクリリンさん」
「お前なぁ」
「それで、私に何か用ですか?」
絵梨の取り憑く島もないほどの対応に栗林はため息を吐きながら呟いた。
「用も何も今回は事件とは無関係だ。美帆に頼まれて来ただけだ」
その名前に反応した絵梨は、葉山と静波に教室に戻るように言ったが、2人は頑なにこの場から離れようとはしなかった。
絵梨は怪訝顔を2人に向けて、なんで?と首を傾げた。
「先生この人誰?」
葉山は警戒して口にし、静波も気になるようで何度も首を縦に振っていた。
絵梨は隠す必要もないか、と説明した。
「去年夏休み後に転校して行った篠原美帆さんの叔父さんよ」
篠原美帆。
昨年春から絵梨がこの学園に保健師として勤務した頃から、様子を見ていた生徒の1人だった。
痩せ細った体に、時折体を引きずって歩く姿や学費滞納に絵梨は違和感を覚え、恭二に私生活を調べてもらった結果。
彼女の両親はネグレクトだった。
子供に対して必要な世話や愛情を放棄し、心身の健全な成長を著しく損なわせる育児放棄(または育児怠慢)のこと。
父親に関しては時折不倫現場を誰もいない平日の昼間の自宅で逢引きしていたらしく、異変を感じた娘が問い正したところ暴力を受けていた。
目に見えない箇所に必要に殴る蹴るの暴行を受けていた彼女は日に日に元気がなくなり、授業を抜け出し校舎裏に逃げ込んでいた彼女を職権で保護し保健室に連れて来たのは、彼女を注視し始めて2ヶ月後のことだった。
彼女の怪我を宇崎系列の病院で診断書を出してもらいながら、彼女と信頼関係を築いて数ヶ月後、彼女の方から相談されたのだ。
宇崎の運営する児童養護施設に入施出来ないか、と。
17歳の少女が両親と離れる決断をさせるほど、篠原家は終わっていた。
夫婦の実家とは疎遠で典型的な各家族。共働きで忙しく、子供にお金だけ与え、愛情は与えて来なかった夫婦。
少しずつ歪さを帯びた家庭は、彼女が中学校進学と共に完全に夫婦関係は破綻したようだ。
夫婦ともに愛人がおり、子供の世話は向こうがしているだろうという思い込みから高校入学してすぐの頃から生活費すら入らなくなり、保護した時には彼女は慢性的な栄養失調になっていた。
学校に必要な申請をしないまま、彼女は隠れてバイトをしながらここ数年食費と学費を捻出していたようだった。
事の重大さに学園が把握し入施させようと動いていた時、彼女に叔父がいることが分かった。
それが昔から宇崎に出入りしていた栗林荘司、この人だ。
この男は恭二の父親である隆二の後輩に当たる人で、所謂昔の悪縁でもある人物だったが何故か警察官になった異色の人物だ。
幼い頃に隆二に会いに仲嶺邸に来る栗林に、見た目の怖さよりも隆二とのやり取りを見て恭二と一緒にイジることしかして来なかった絵梨は現在も栗林に恐怖を感じていない。
篠原美帆の母方の叔父が栗林と知ってからは、施設入所よりも身内に現状を報告し、宇崎は親族に引き取ってもらう方向に舵を切った。
栗林は若い頃に結婚し子供が1人いたが、犯罪組織から報復に合い家族をいっぺんに失った孤独な人物だ。
あれから寂しい人生を歩んでいた人物だが、正義感に溢れる人だと知っているからこそ宇崎は彼に賭けた。
真一が栗林を呼び出し、現状報告を行った。
姪の現状とその両親の愚行の数数に激怒した栗林はその日の夜、篠原夫婦を呼び出した。
刑事である栗林の呼び出しを蹴るほどの無知さはなかったようで、夫婦それぞれ愛人との時間を切り上げ数ヶ月ぶりに自宅に戻って来て娘の現状を知った。
痩せ細り血の気を失った我が子を見て、夫婦はお互いを罵り始めたが栗林は一刀両断したらしい。
生活費、学費すら払っていなかった夫婦は顔面蒼白になったが、後の祭りである。
栗林はその場に顔馴染みの弁護士を同伴させており、養子縁組に必要な書類を用意していた。
母親は最後まで渋っていたらしいが、母親の愛人が娘の前に現れては悪さをしようとした証拠とその時に抵抗した際に暴力を振るわれ打撲痕の証拠写真を見せて黙らせた。(宇崎提供)
虐待やネグレクトの事実を世間に公表しない代わりに夫婦に書面捺印させその場で完遂させた。
この時点で篠原美帆は栗林美帆に改名した。
新保護者の意向で現在は私立から公立に学校を(学費面で)変えて通っているが、彼女から来るメールの内容から快適な生活が出来ていることは聞いている。
刑事で多忙な保護者は滅多に自宅に帰って来ず、思春期の少女も一人暮らしには慣れており、叔父が常識人なだけにお金を定期的に入れてくれるだけマシとのことだ。
バイト代も自分の趣味や友達との交際費に全て回せ、自由な時間が増えたことは彼女にとっては天国と感じられるようだった。
しっかりした子で、バイト代の半分は貯金に回して、将来の夢のために使うのだと息巻いていた。
クリスマスも楽しい時間を高校の友達を過ごしたとメール報告を受けて安堵したところだった。
葉山はその名前の生徒を知っており、驚いてくたびれた背広の男性を見た。
「この凶悪クリリンが、篠原さんのおじさん?」
「誰がクリリンじゃ」
腕組みして反論する栗林に、言い足りなかったのか葉山はさらに指差し吠えた。
「この反社みたいな人が!?」
「誰が反社じゃ!?」
栗林の激に、葉山は冷静に腕組みして突っ込んだ。
「その見た目と言葉使い」
その対応に栗林はヘナヘナと座り込み弱目になった。
「最近の学生は皆こんなんか?」
どうやら姪にも同じ対応を取られるらしい。
「まぁ、今どきその頭髪の人はそういないですよね」
リーゼント頭を見ながら絵梨が言い「やめれば?」とさらに助言したが全否定された。
あっそ・・・。
軽快なやり取りに2人の生徒の態度は軟化してきたが、絵梨は篠原美帆に頼まれたという言葉に警戒した。
「美帆さんに何かあったんですか?」
「あ?いいや。年末まで頻繁にやり取りしていた保健師が今年に入ってほとんど返事が返って来ないことに心配になって、様子を見て来て欲しいって頼まれたんだよ」
クリスマス後に返信した後、例の報道と年明け〈鍵〉受け取りで絵梨がバタバタしていて返信出来ていなかったことで、生徒の方が心配になったようだ。
「そうですか。確かに忙しくなって返信が疎かになっていたかもしれませんね」
「その忙しい理由を聞いてもいいか?」
「プライベートなことなんで、それ以上踏み込んでこないでください」
ピシャリとシャットアウトしたが、昔馴染みなこともありさらに踏み込んできた。
「事件を担当していた俺にも言えないことか?」
・・・・・・・。
「完全プライベートなことです」
絵梨は突っぱねて言ったが、静波はそこは曖昧にはしないほうがいいと思ったのか絵梨の左手を持ち上げて言った。
「理由はこれです」
持ち上げた左手の薬指に指輪がギラっと主張し、嫌でも目に入る。
「結婚したのか!?お前!」
「婚約だ!バカクリリン!」
「婚約程度でなんで忙しくなるんだよ?!」
「挨拶回りや諸々だ!」
「一般的な婚約とは違うってことか?なんだデキ婚か?」
「相変わらずデリカシーないな!まだ出来てないわ!」
「まだ!?ってことはやることはやってるってことだろう!?どこの誰だ!」
「親戚のおじさんみたいに首突っ込むのやめてもらえます!」
「親戚みたいなもんだろうが!」
どこがだ!
「恭二とは親戚みたいな関係かもしれませんが、私は違うでしょう」
「恭二とお前は兄妹みたいなもんだろう」
「こじ付けもいいところですね。私にすればあなたは姉の事件の担当刑事ってだけで、それ以上でも以下でもありません」
姉の事件を聞いて葉山と静波の顔が強張るが、絵梨は気にせず栗林に視線を向けた。
「事件に関しての進捗情報を持ち合わせていないなら、即刻退出して下さい」
「おい、出来たわけでないのならまさかと思うが、あの祖母さんが用意した婚約者と契ったのか?」
刑事の勘なのか鋭い眼光で言い放つ栗林に、絵梨は顔を顰めた。
それで察した栗林は、口元を緩め口角が上がった。
「それなら能力開花したんだな」
刑事としては失格な発言に絵梨は睨みつけた。
「自分の足で捜査しなさいよ」
「散々やった!それでもあの祖母さんが難航するほどの事件だぞ!神頼みも拝み屋頼みでもしなけりゃ前に進まねぇだろうが!」
「現場の鬼が聞いて呆れますね」
「なんとでも言え。俺も保もあの人の痕跡を今でも追ってるが、影一つ見つけ出せねぇ」
その言い分に絵梨は目元を引き吊り、鋭い視線を向けた。
「あなたたちは姉の事件を捜査する気はあるの?頭にあるのは彼のことばかりじゃない」
「お前らしくないな。あの人の先にお前の姉貴に繋がる出来事があるんだろうが。そこに突破口があるから俺らは必死に探してんだろう」
「ものは言い様だけど、彼があなたたちの恩人だからこじつけてるんじゃないの?」
「ふざけんな。俺も保も職務に誇りを持ってんだ。私情を優先なんてしねぇよ」
「どうだか」
「で、話をはぐらかしたようだが、能力開花は済ませたのか?」
無言で2人が睨み合いをしていたが、絵梨の方が先に視線を外した。
「期待に添えないようで悪いけど、探し出せなかったわ」
「・・・・どう言う意味だ?」
「恭二の依頼で彼のことで透視を行ったけど、見つけられなかったってことよ」
「そ、れは・・・」
「考えられるのは2つ。1つはすでに海外に逃げたか、もう1つは消されたか、よ」
顔面蒼白の栗林に、「詳しいことを聞きたいなら理事長に聞きに行きなさい」と言えば、力無くおぼつかない足取りで部屋を出て階段を登り始めた。
深いため息を吐いた絵梨は、自分も苛立ちから頭をガシガシとかいた。
あの時に痕跡だけでも見つけ出せずに落胆したのはそこにいた全ての人間だ。
当然絵梨だってショックだった。
こんな時に限って夢でのお告げを見ることはなく、能力開花したとはいえこの力が正直役に立っているかといえば、現状はNOだ。
思うように使えない能力に焦りがないと言えば嘘になる。
こんな調子で解明なんていつ終わるのやら・・・。
何が起こったのかイマイチ理解していない葉山と静波は所在なさげに立ち尽くしていたが、ここで午後の始業を告げる予備チャイムが鳴った。
そんな2人に気遣いできる精神状態ではなかった絵梨は、弱々しく教室に戻るように促した。
2人もこれ以上は踏み込めない、と一礼して保健室を出て行った。
ゆっくりと閉まる戸の後は、先ほどの賑やかさは一気になくなり静かになった。
その静けさが姉の事件に対して暗雲に一筋の光さえ差し込まない現状と重なり、絵梨は不安だけが募ったのだった。




