62、先人の教え
その日の夜、早めに寝室に入りベットに要と2人で腰掛け、お互い電子書籍を読んでいる時、絵梨は昼間のその先の出来事が頭が過った。
恭二は父親の痕跡が辿れると思っていたが、透視出来なかったことに憤慨し理事長室を出て行った。
響子はその後を追って行ったが、真一は深いため息を吐いた。
『あの2人の関係性が不安定の今、面倒なことになりましたね』
真一のその先の視線で、あの2人とは恭二夫婦のことだと察した絵梨もため息をついた。
『他に捜索させる部隊はなかったの?』
恭二に知られたことへの苦言を言えば、真一は弱り顔になった。
『宇崎の本業の仕事の方もありますから、回せるところがなかったのが現実です。すみません、もう少し配慮するべきでした』
そこまで言われたら、こっちも罪悪感しか生まれない。
『いいえ。こっちこそ色々と無理言ってごめん』
俯く絵梨に、さらに弱目になった真一は気持ちを切り替えて、先ほど出て行った扉を見つめた。
『何事もなく・・・とはいかないでしょうね』
その言葉の意図が理解しきれなかった絵梨は怪訝顔になった。
『・・・・どう言う意味?』
『これは何も恭二に限った話ではありません。エリン、あなたにも当てはまることです』
机の上で肘をつき指を交差させて真剣な表情になった真一は、一つ一つ重たい言葉を紡いだ。
『まず恭二ですが、呪縛があるとはいえマリンのことですでに失態を犯し、我が子に悲しい思いをさせています。響子さんに至っては初恋に囚われたままの夫と知りながらそれでも支え続けていますが、これまでにも喉に小骨は刺さっていたことでしょう。しかし今回マリンの部屋で起こった出来事の一件で、小骨どころか今度は太刀で背中を切られたように感じているでしょう』
響子本人が先の出来事に“水に流す“と言ったが、傷ついた心が癒やされたわけではない。と言っていることに気がついた絵梨は顔を強張らせた。
『人には愛したい者と愛されたい者が存在しますが、それは常に、とは異なります。本質はそうであっても心の中では時々でも良いから報われたいと思う気持ちが存在します』
真一が何が言いたいのか、分かって来た絵梨は黙ってその話を聞いた。
『追われる者が気づかず陥る過ちのことです。追って来る者がずっと自分に着いて来てくれると確信しているようですが、その考えは愚かな考え方です』
真一の言葉だからこそ、絵梨は口を挟めず神妙な表情で真一を見つめた。
『人生の積み重ねの中で追われている者が“時折“でいい。少しでも後ろを振り返り笑うなり手を差し伸べ、相手を気遣い思いやりのある行動を取っていれば、最悪な未来を回避出来るものを。己の自己中心的な思い込みを信じきり一心不乱に目の前のことを邁進して行った結果、数年後振り返った時には追っていた者の姿がなかった。なんて、そこら中に転がっている話です』
悲痛な面持ちで頷く真一の心境を理解できる絵梨も下を俯いた。
『追ってる者の気持ちは無限ではありません。お互い対等な関係でありながら、そのバランスが最初から偏ったところからスタートさせたパートナー同士が陥りやすい先の出来事に対し、ずっと同じ関係、などあり得ません」
真一が何が言いたいのか、わかった。
絵梨は前髪を上げながら、息を吐いた。
宇崎真一の両親は、まさにそのパワーバランスが偏った夫婦だった。
真一の父である族長は宇崎を率いる立場上、矢面に立ちトップとして行動している以上仕方ない部分はあれど、家庭を顧みることがなかった。
それが後々、家庭間で大きな歪みを生じさせた。
真一の母親である宇崎麻里香は、大変古風な人柄だった。
族長を陰日向と支え続けてきたおかげで、宇崎の更なる発展があったと言ってもいい。
仲嶺のため、宇崎のためと邁進する夫を常に長年サポートして来た。
だが昔から彼女なりに思うところがありながら、黙って付き従い、寄り添って来たのだろう。
真一が成人した頃から考えに耽る彼女を見ていた絵梨も、どこか歪みが起きたことに一抹の不安が過ったことがある。
それが現実になったのは、恭二が宇崎を追放された時だった。(らしい)
意見の食い違い。
夫婦であるならどこの家庭でも起きることだろう。
ただ宇崎に限ってはそのパワーバランスが族長に傾きすぎていたがために、彼女や真一の意見は却下された。
それどころか、族長含め一族の大半から非難を浴びさせられたと言う。
対等であるはずの夫婦として意見した彼女は、その時の夫の言動に完全に心が、彼に対する感情が砕け散った。
不満の積み重ね。
1つ1つは小さい物だったのだろう。
だが積み重なった不平不満で足元をぐら付かせていたところに、心無い言葉に彼女は完全にその土俵から突き落とされ・・・。
夫を見限った。
いつものやり取り、いつもの言動に族長は危機感を全く持っていなかった。
妻のその後の行動に、いつもとは違うものを感じて初めて気づいた族長だったが、その時にはすでに手遅れだった。
取り憑く島もないほど、心を閉ざした彼女は離婚を突きつけ家を出ようとしたが、宇崎の一族がそれを許さなかった。
その対応にも憤慨した彼女だったが、結局離婚には至らなかった。
現在彼女は宇崎の運営する児童養護施設に施設長として赴任し、そこで24時間体制で勤務している。
つまり別居婚状態でなんとか関係を維持している。
たまに顔を合わせることがあるが、息子が結婚したら離婚を強行し逃げると息巻いているのが現状だった。
真一が結婚しない理由はマリンや仲嶺の両親のことが解決していないから。と言うのは間違いではない。
けれど、本当の理由は母親をここに繋ぎ止めておきたいからなのかもしれない。
少なくとも、その時間を利用して両親の距離がまた縮まれば離婚回避につながると思っていると絵梨は見ていた。
族長が花凛を連れて児童養護施設に行く理由の1つには、施設の子ども達の警戒心を無くして交流しやすくすることもあるが、本音は甥でありながら母親代わりに育ててきた恭二の娘を本当の孫のように可愛がっている麻里香さんの警戒心を取りながら関係再構築しようとしているからに他ならない。
しかしそんな族長を『あざとい』と突っぱねる彼女の心の傷は思っていたよりも深い。
根深すぎる夫婦の溝を息子として肌で感じている真一だからこそ、出てきた言葉に絵梨は二の句が告げられなかった。
『生活をしていく上で、関係性は常に流動的です。結婚し、子供が産まれ、家を建て、誰もが時間の流れと同じだけ成長し続け生きていきます。世界情勢が移ろいで行くのと同じ様にそれぞれの関係性も変わります。そこに気が付かずに愚かにも前しか見ない、追われる者たちは傲慢なのでしょうかね』
真一の言葉が自分の父親に向けたものであると理解している絵梨でも、心当たりのある自分自身へ向けたもののように感じて考え込んだ。
恭二だけでなく、絵梨にも関係しいていると真一が言った意味を理解した。
『追う者であれ追われる者であれ同じ人間です。相手にも心があるのです。自分が正義と思わず、譲歩することも大事なのです』
真一は真剣な面持ちを絵梨に向けさらに言葉を続けた。
『一度心が離れてからでは遅いのです。急がば回れという諺があるように、白芭のことも大事ですが向き合うと決めた以上は、エリン。要とのことも、彼との時間や対話は大事にしなさい』
その大事さを息子の立場で充分理解している真一の言葉だからこそ、心に響く。
『肝に銘じます』
それ以外の言葉が見つからなかった。
『恭二もそのことに気づいてくれれば良いのですが・・・』
『呼んで来ようか?』
『今は叔父さんのことで聞く耳を持たないでしょう。どこかのタイミングで言うしかないでしょう』
反面教師とはよく言ったものだ。
正直耳が痛いと思いながら、先人の教えと心に留めて帰って来た。
要が〈鍵〉である以上、術者の絵梨から離れることはない。
だが、曽祖母の〈鍵〉のようによそ見する可能性もゼロではない以上、婚約者として要のことは真剣に向き合う必要はあると思い知らされた。
今後のことを考えて距離を縮めるつもりではあったが、確かに拗れたパートナー達をいくつか見てきた絵梨は危機感を持たなければいけないのだなと思い始めた。
気が早り白芭のことを早々に調べようと思っていたが、少し後回しにして心の距離が近づく努力をした方がいいな。
ただ・・・何をすればいい?
恋愛初心者の絵梨は戸惑ったが、そこはさすが〈鍵〉なんだろうな。
察したように要がスッと手を握って来た。
「エリンの心境が変わる何かがあったんだね」
「・・・・何か感じたの?」
「うん、心がこ〜暖かくなるようなくすぐったいような感じが自分の体を巡ってる」
術者の感情を敏感に感じ取れるのか。
「それじゃぁ、私が恐怖を感じたり憤慨したりしても要くんはわかるってこと?」
「全てが全て感じ取れているわけではないと思う。そこはチャンネルがまだきちんと繋がっていないのか、ここまで敏感には感じ取れない。感じとれるなら、エリンがそういう行為を忌避したいと思う感情を感じ取れるはずだし、そうなれば俺もセルフで多少は自制しようと思えるはずだからね」
少し突っ込みたい部分もあるが、確かにそうだ。
墓守の伊代も『術者と〈鍵〉はその熟練度によって信号が通る道の数が変わってきます』と言っていた。
「要くん」
「なんだい?」
「あなたは、私に何をされたら嬉しい?どう行動すれば愛情と感じられる?」
「どう言う意味?」
「愛情と感じる行動には人それぞれ受け取り方が変わるように、求めるものが自分と同じとは限らないそうよ」
「・・・・・え!?そうなの!!」
「人生問題カウンセラーの人が言うには、人の愛情表現は8種類あって、その1つで満足する人もいれば複数求める人もいて3つ4つ欲しいと思う人がいて、その愛情表現のパターンは300通りを超えるそうなの。パートナーと円滑な生活を望むのであれば、その相手が望む愛情表現がどれであるかをお互いが話し合い共有し、それを実行し合うことこそ継続的な幸せをもたらし衝突を最小限に抑えられると言われているの」
それをせず、独りよがりな愛情を相手に与えても、《報われない愛》となり、《愛のすれ違い》が起き悲劇を生む。
「女性と男性で価値観や考え方が違うように、求める愛情も千差万別。その証拠に男性は性生活に重きを置く人が多いけど、女性はそうでもない人が多いと言われている。その証拠に男性は愛情がなくても視覚や聴覚で刺激を受ければ反応してすぐに行動に移せる人は多いでしょう。男性はその事後で愛情が芽生えること多いと言われているけれど、女性は先に愛情を感じなければそういうことをしたいと思わない人の方がほとんどだと学会でも発表されている。動物で考えればわかりやすいけど、オスがメスに求愛行動を取ってメスが納得しなければカップル成立にならないのと同じで人間の女性の大半はそういう生き物なのよ。まぁ、最近は子宮でものを言う人がいるのは確かだけど、本質はそうだと言われている」
全てがそうであるわけではないだろう。
男性での最近は草食系と言われ、性欲はあまり必要としていない人はいるし、本当に心から好きになった人にしかその欲が湧かない誠実な人もいるだろう。
だから一概には言えない程、多様化されて来ている。
女性もそうだ。
女性でありながら性に奔放な人が増えてきて快楽だけを求める人がいるのは事実だ。
成人した人がそういう行動を取るのは自己責任だからそこはいい。
嘆かわしいのは、その奔放性を持つ年齢が年々若年化していることだ。
コロナが蔓延した頃から、学生の妊娠が増えたのもデーターで出ているほどだ。
SNSの普及で異性と簡単に繋がり、安易に考え会いに行き一線を簡単に超え、最悪望まぬ妊娠をする子がいる。
相手を知る前に体を開く女性が増えているのも数字に表れている。
時代背景もあれど、性の営みへのハードルが低くなっているからだ。
処女に拘らなくなっただけでなく、異性の中には処女を忌避するものがいるために、若い女性の間で早々に済ませようとする動きと、同級生達の会話に踊らされ自分もそうしなければと思い込む学生も一定数存在している。
そう言う相談をして来た学生には、周りに振り回されるのではなく、自分がどうしたのか。
一生に一度の大事なものをよく知りもしない人に簡単にあげていいものなのか、よく考えるように助言しているが、そのアドバイスを耳に出来るものがどれだけいるのか。
親にはできないセクシャルな話題だけに、心許せる友人にだけ共有せざるを得ない話題だけに、保健師に相談に来る生徒はそう多くないのが現状だ。
呪いの影響で自分が望んでそういう行為をしていないだけに説得力は無くなってしまったが、私はまだ恵まれているだろう。
少なくともその相手から結婚を望まれているから、不幸とは言えない。
だが、一夜の過ちで望まぬ妊娠をし誰にも相談できずに地獄を味わっている学生の報告は全国から報告が上がって来ている。
恭二のように責任を持とうとするパートナーがいるものがどれだけいるのか。
若い女性、特に学生はそこをちゃんと考えて欲しい。
飛躍しすぎるかもしれないが、浮気もそうだ。
バレなければ良いではなく、バレた時にどうなるのか。
そこまで考えて行動する必要があるのに、己の欲望だけを優先し行動する者が多すぎる。
そういう行動を取るもののほとんどは追われる者が多い傾向にあるが、追う者だって同じ“人“であり心があることを理解しなければ、身勝手な行動をし続ければ破滅を呼ぶ。
今一度何が1番大事な事であり存在かを思い出し、自らの行動を改める必要がある。
その上で愛情は《持っているだけ》ではダメで、《何らかの形で表すこと》が大事なのだ。
絵梨はこの夜、要と長い時間かけてお互いが何を愛情と思えるのか。
なにをすれば愛されていると思えるか?
新鮮な気持ちで吐露し合い、少しだけ相手のことを知ったように感じれた貴重な時間になった。
今回の話に出てきた8種類の愛情表現ですが、次回ストーリーからは離れた話にはなりますが、少しだけ記載させていただきます。
パートナーや夫婦で良好な関係を持ちたい方は、次回投稿を参考にしていただけたらと思います。




