5、駆け引きと攻防
茂みから出た要は道路上でバイクをUターンさせ再度絵梨を乗せると、林道を下り霊園方向に向かいそのまま高台を下って行った。
墓地を通り過ぎる際、絵梨は姉の墓に向かって、また来るね。と言いながら通り過ぎ、バイクはその先にある市街地へと向かって行った。
20分ほど走らせた先にある大きな公園の奥まった先にある、ひっそりと存在していた駐車場にバイクは入って行った。
平日にも関わらずそこには人影は全くなく、高級国産車のコンパクトSUBが1台ひっそりと止まっていた。
要はその車の横にバイクを置くと持っていたスマートキーで車の施錠を解除していた。
彼は元々ここで乗り換える予定だったようだ。
ここまで連れて来てもらったことを素直に感謝し、要にヘルメットを返却するタイミングで「連れ出してくれて、ありがとうございます」と礼を言ってる途中で「それはいい」と言われて硬直した。
お礼を言った後はその場を離れようとしていた絵梨は、謝罪を拒否され警戒した。
離れるタイミングを失った絵梨は“しまった“と思った時にはすでに遅く、要がヘルメットに手をかけながら助手席に乗れと顎で指示され、助けてもらった以上拒否もできないと肩を落とした。
絵梨は嘆息後、素直に助手席に回り込んで車に乗った。
受け取ったヘルメットを座席下に入れ込んだ後、要も運転席に乗り込んで来た。
「マリンの妹、エリンだな」
エンジンをかけながら言う要を横目に、絵梨は手で制しボディバックからスマホを取り出し一本の電話をかけた。
電話の相手は理事長の宇崎真一だった。
『はい』
「私よ、今から送る住所にある公園の防犯カメラの私の情報を全て消しておいて。何者かが動いているわ」
絵梨は助手席のリクライニングを倒しながら話をした。
『誰かに声をかけられましたか?」
「集団でね。仲嶺絵梨かと問われたけど、なんとか巻いてきた。あ、それと住職が一枚噛んでそうだから後はあなたに任せるわ」
要はそんな会話を耳で聞きながら、いち早くここから離れた方がいいだろうと車を発進させた。
『請け賜りました』
「よろしくね」
そう言うとスマホを切った後で、要に「聞きたいことは落ち着ける場所に着いたら話す」と釘を刺してから、新一に指示した通りに公園の住所を理事専用のパソコンに送付した。
一通りの動作の後、絵梨はメガネを取りボディバックに納めると、束ねていた髪の毛を解き前髪をかき上げた。
公園前の信号で止まっていた要は助手席に乗った絵梨が、電話をする前とした後で様相があまりにも変わったことに驚いた。
「いつもそんな地味な格好をしているのか?」
「まあね。さっき見た通り、いまだに私を探そうとしている人がいるから素顔では動けないのよ」
姉さんに似ているから。
そう言わなくても要はその行動原理を理解して、黙って車を走らせた。
それほどに絵梨は姉の真梨によく似ていた。
途中、居ても立ってもいられなくなったのか、要が質問してきた。
「墓地で奴らに東北弁で話していたが、あれはどういうことだ?」
その言葉で庫裏にいたのは要だったか、と思いながら絵梨はリクライニングを下げた座席に身を横たえフロントガラスから微かに見える外に視線を向けた。
寒空の中、雲一つない快晴が広がっていた。
「友達に福島出身の子がいるのよ。地方の言葉って標準語より強烈だから耳に残っていて、真似る事は出来る。ただ本家本元が聞いたら微妙にイントネーションとか違うらしくてわざとらしいと感じるようだけど、彼らには通じたようで助かったわ」
絵梨がそう答えると要は「なるほど」と微妙な表情をしてハンドルを握っていた。
そこから15分ほど車を走られた要は、1軒の古びた町中華の店の裏手にある駐車場に車を停止させた。
車から降りた絵梨は、知崎のボンがなぜこんなところに?と疑問を持ったが、その店の中に向かって歩く彼に大人しく着いて行った。
店の裏口から入った要は厨房に一声かけると途中、靴を脱ぎそれを持って二2階に上がって行くので絵梨も同じように続いた。
もっと驚いたのはここは京都かと思わせるほどに、階段を登る度に踏み板がギュイギュイ音を立ててくるのを耳で拾い、絵梨は項垂れた。
「流石にウグイス張りのこの音はないでしょう。修理させたら?」
「何を言う。あえて修理させてないんだ」
なぜ?
「秘密の会話をするのに、誰かが2階に来たらすぐにわかるだろう。そのために放置させてる」
ふーん。
いまいち理解出来なかったが、常連になるつもりもない絵梨はその以降は黙って階段を登った。
階段の登り口に小さな下駄箱があり、そこに靴を置く要と同じように置いた絵梨は物珍しさに周囲をぐるっと見まわした。
「で、ここは知崎の誰のお店?」
2階の1番奥にある畳の部屋に通され、古いちゃぶ台と座布団が四つ置かれた部屋に通された絵梨は質問した。
要に奥の窓辺近くにあった座布団を指さされたため、指示された通りにそこに絵梨は座った。
「知崎に長年支えていた執事の実家だ。数年前に定年で退職した後に実家の飲食店を継いだんだ」
バイクグローブを外しながら要が言った。
知崎の執事。確か恭二が知崎静波関係で知崎情報を入手した資料の中に先々代社長の異母兄弟(愛人の子)が数年前まで執事をしていたと記載されていたと記憶しているが・・・。
その執事の実家ということか。
絵梨の向かい側に胡座をかいて座った要は、上着の内ポケットに入れていたスマホを取り出し、何か操作するとテーブルに伏せて置いた。
絵梨は手持ち無沙汰で室内を見回していると要は気にせず会話をし始めた。
「彼は路頭に迷ってもおかしくない出自だったのにじーさんに拾われたことに感謝していて、辞めた今でもうちに忠誠を誓ってくれているんだ。時々1人になりたい時などにここを利用させてもらってるんだ」
1人。
なるほど、そのためにあの踏み板を鳴らされると人が来たことがすぐにわかるように目印にしているのか。
「で、エリンで間違いないな」
「この顔で違うと言って逃げられるの?」
今更そこから会話を再開させるとは思ってなかった絵梨は失笑した。
「無理だな。俺からすると顔のほくろが有無だけで他は全く一緒だ」
「でしょうね」
歳は離れていたが顔が瓜2つの姉妹。
唯一見分ける術があるとするなら、口元右下のほくろの有無だけだ。
絵梨にはないが、姉には存在していた。
「不思議な感覚だ。マリンはすでにこの世にはいないはずなのに9年前と同じ姿が目の前にあって脳がバグった感じだ」
戸惑いの表情を向ける要の反応は、4年前宇崎に顔を出した時にも同じ反応をされた。
吐露した言葉も全く同じものだった。
居た堪れずちゃぶ台に肩肘をついて顎を乗せた状態で、開いていた窓の外へ顔を向けていたら、再度要が口を開いた。
「宇崎のところで働いているということは、仲嶺には顔を出しているのか?」
「出すわけないでしょう。うちを乗っ取った奴らに顔を見せて何になるのよ」
顔を動かさず瞳だけ要に向けて呟けば、要は確かにそうかと眉を下げた。
「さっき声をかけて来た奴らに見覚えは?」
「ないよ。ただ去年の年末の放送で白芭関係の人間が活発に動いているだろうから、その辺の誰かじゃないかな?」
瞳を閉じて可能性を口にすれば、要は鋭い視線を絵梨に向けた。
「随分落ち着いているんだな」
「そう見えているなら僥倖ね。白芭の人間ならジタバタするな。どっしり構えて何事も行動しろ。おばあちゃんにそう言われて育ったからね」
「その言い方からすると、ここを離れた後は白芭にいたのか?」
随分と踏み込んだ質問をしてくるな。と顔を向けたが、少しの間を置いて絵梨は意地悪な笑みを浮かべた。
「合ってるけど合ってない」
曖昧な回答をした絵梨に、要は怪訝な表情になったが2階の廊下の方からガコン!と結構大きな音が響いて絵梨は驚いた。
だが要はその音の正体を知っているようで、落ち着いた様子で立ち上がり廊下の方へ出て行ってしまった。
少しして良い匂いと共に戻って来た要の両手にはアルミの大きなトレイを下げており、その上には湯気が立ち込める出来立ての中華料理が乗っていた。
匂いに釣られてちゃぶ台真っ正面に体を向ければ、ちゃぶ台の上に三品ほどの料理が並べられた。
ケンキャベツが添えられた大ぶりな唐揚げと、大チャーハンと醤油ラーメン。それと小ぶりな取り平皿が4枚とお椀型が2枚置かれていた。
どこから出て来たのかとか問うと、食品エレベーターなるものがここにはあるらしい。
先ほど要がスマホ操作していたのは、オンラインで料理の注文していたようだ。
朝食を食べていなかった絵梨はその匂いに誘われソワソワした。
「これ食べていいの?」
「いくつか俺の質問に答えてくれるならな」
・・・出来るならあまり答えたくないが、食欲の前では抗えなかった絵梨は「答えられる範囲内でいいならね」と返答した。
「白芭関係は答えられないのか?」
さっきの質問に曖昧に答えたことを言っているのか。
絵梨はちゃぶ台から視線を外し、部屋奥の半分何もない空間の先にあった色褪せた押入れの襖を見ながらつぶやいた。
「知崎は仲嶺の敵ではないが味方でもない。その曖昧な関係性の人間に私が言ったことが後に露見しないとも言い切れない。私自身に敵が多い以上、注意するのは当然では?」
平皿を持ってチャーハンを取ろうとしていた要は冷静に絵梨を見てきた。
「少なくとも俺は敵になるつもりはない。マリンは親友だったし、君はその妹だ。それに今は静波の恩人でもある。そんな君に無態を働いたと知られたら俺は兄家族に何を言われるか・・・」
「恩人?」
要の言葉に反応して顔を向けて聞き返せば、彼はチャーハンを装いながら「昨日の帰り道に、姪にそう言われた」と言った。
小皿に装われたチャーハンを目の前に置かれ、絵梨は戸惑ったが「そう」と応えた。
彼女がそう思ってくれたことは大変嬉しいが、それとこれと別問題である。
「でも彼女が卒業した後は?」
言われた意味が理解できなかったのか、自分の食べる分を装っていた要は怪訝顔になり絵梨を見てきた、絵梨は続けて言った。
「今は恩を感じてここで聞いたことを黙ってくれるとは思う。でも彼女が卒業したら?一時のつながりで許して全て話したことが後に問題になることは十分に考えられる。白芭は特に秘密の多い一族なだけに慎重さが求められて来た。だからあの一族は噂だけが一人歩きしている」
〈白芭家〉
その謎多き一族は名の知れた名家の間では有名な一族だった。
神秘眼を持ち合わせた一族と言われ、名家と言われる者達はその噂を聞き付けて、助言を求め何年も前から予約して当主に会うこともあったという。
SNS上で騒がれていた“拝み屋“というフレーズは、完全な的外れというわけではないのだ。
その最後の当主にして一族始まって以来の神秘眼の持ち主として最も名を馳せたのは他でもない絵梨の祖母、白芭朋恵だった。
祖母はその強力な力で地位を確立し多方面で、“白芭の女帝“と言われていた。
「確かにそうだが、俺は君の力になりたいと思っただけだ。マリンの意味深な言葉の意味を知りたいと思っているからというのもあるが」
思いがけない言葉を聞いて絵梨はピクリを反応した。
「意味深な言葉?」
要から箸とスプーンを渡され、まだ湯気が出ているラーメンとお椀型の取り皿を目の前に置かれた。
これは自分でいる分を取れということか。と判断し絵梨は遠慮がちに麺を持ち上げて取り皿に取って行った。
「俺は、高校はアメリカに留学していて大学になって日本に帰って来た」
要もラーメンの麺を持ち上げて自分の取り皿に入れながら続けて口を開いた。
「学部も違っていたためにマリンが同じ大学にいることに気がついたのは大学3年になってすぐの頃だった。それから何度か顔を合わせても挨拶程度の付き合いしかしていなかったが、卒業する1ヶ月前にマリンにいきなり言われたんだ」
『要くん。あなたは恋愛はいくらでもしていいけど、結婚は30代になるまでは辞めておいた方がいいわ』
『は?なんで俺の結婚云々の事をマリンに言われなきゃいけなんだ』
『幸せな結婚をしたかったら、それまで【待て】よ』
要は取り分けた自分の目の前にあるお椀型の皿にラーメンの汁をレンゲで入れながら、自分の思いを吐き出すように呟いた。
「その意味を知りたくて、彼女が亡くなってから毎年墓参りには行くが、当然答えてくれるわけもなく何の手がかりも見つけられないまま9年も経ってしまった」
それを聞いた絵梨は冷や汗を流しながら、目をすがめた。
「君ならその答えを持ち合わせているか?」
期待した目で見られたが、絵梨は苦笑いが漏れた。
「残念ながら今の私では無理ね」
「今?その言い方だとこの先は無理ではなくなるということか?」
どこまで話すべきか。
一瞬迷った後、絵梨はラーメンを一口啜ると要に質問した。
「白芭のことはどこまで知ってる?」
一般の人間が白芭と言う苗字を聞いても変わった苗字だねと言われるほど、白芭の家業を知るものは限られている。
だが知崎ほどの名家なら知っていてもおかしくはないと聞けば、要はすぐに答えた。
「長年神秘眼を持ち合わせた者が生まれ続けていて、それを生業としている一族。成功者の影には必ず白芭ありと言われていることは耳にしたことがある。うちも爺さんの時代までは白芭と連絡を取りたがっていたが、伝手がなく断念したと聞いている。年末の報道で君たち姉妹がその関係者であると聞いて本気で驚いたんだ」
父さんなんかリアタイでテレビを見ていて顎が外れるかと言わんばかりに口を開けて呆然としていた。と要がボソリと言ったことは絵梨には聞こえなかった。
やっぱり知っていたか。と絵梨は小さく息を吐いた。
「神秘眼は、白芭の血筋として誕生するだけでは能力は開花しない」
そう、白芭の女性には能力開花には2つの儀式が不可欠と言われている。
1つは成人の儀でその時の当主から儀式を受け祝福を授けられ一次開花を行うこと。
もう1つの儀式では、鍵となり得るものを受け取りその瞬間完全な能力開花となる。
「私は2つの儀式の内、最初の儀式は受けたけど、最終的な儀式に必要なものをまだ受け取っていない。そういう意味で私は白芭の能力は開花しきれていないのよ」
「と、いうことはマリンは開花していたということか?」
ラーメンを豪快に口に含んで聞いて来た要に、絵梨もチャーハンを口にし、咀嚼後口を開いた。
「白芭の中には一次開花で直感が働く者が一定数存在している。姉さんはそのタイプだった。直感型タイプは相手を見ただけで、この人が自分の結婚相手だとわかるほど鋭い人もいたらしいけど、姉はイレギュラーで幼い頃に一次開花を済ませていたから」
そこまで言って絵梨は、要をじっと見て続きを呟いた。
「そういう意味ではあなたが姉の結婚相手だと思っていたのに、違ったと知った時には大変驚いたわ」
チャーハンを口に入れようとしていた要はその動きを止めて絵梨を見て来た。
「・・・どういう意味だ?」
「だって姉さんの初恋の相手ってあなたじゃない」
そう言うと要は大きく目を見開き、次の瞬間グフっと一度笑いを堪えた後大笑いし始めた。
何が可笑しい。
半眼で見つめる絵梨をよそに、要は笑いすぎて目の端に浮かんだ涙をそっと拭うとニヤッと笑った。
「それは皆、マリンに一杯食わされたな」
今度は絵梨が目を見開き、身を乗り出した。
「どういうこと?」
「昔、マリンに言われたことがあるんだ。中学3年のバレンタインの日にチョコを持って来たマリンに、アメリカに留学することが決まっていた俺は本命なら受け取れないと言ったことがあるんだ。そうしたらあいつ、笑って義理だって言ったんだよ。周りもマリンが俺を好きだと言っていたからてっきりそうなんだと思っていたから俺自身も驚いてな。その時マリンが言ったんだ」
『もし私の初恋が要くんだと思ってる人がいるのだとしたら作戦勝ちね』
そう言ってあいつはイタズラっぽく笑ったんだ。




