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全てはここから始まった〜最後には根源、断ち切らせて頂きます〜  作者: 虹乃懸橋


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4、思わぬ所で思わぬ人物と邂逅


 翌日、恭二に車で9時ちょうどに墓地に案内された絵梨は、駐車場から街の高台にある霊園を車内から見上げた。

 数百と立ち並ぶ墓石の中の一つに姉は一人眠っている。

 墓地周辺は宇崎の手が回っている事もあり、いつもより静かだった。


 絵梨はハイネックの白のセーターにジーパン姿。斜めがめボディバックを胸に抱えた状態で車の助手席から降り立った。

 駐車場入り口には一般客の大きなバイクが一台止まっているだけで、平日ということもありお墓参りしている人も少ないようだ。


 暖かい車内から一気に極寒の寒空の下に降り立ち、白い息を吐きながらボディバックを背中側に回し後部座席の取っ手に手をかけた。

 座席上に置いてあった、色とりどりの墓花を纏めた2束を手にし車の戸を閉めた。

 後部席の窓ガラスに映る絵梨は安定の地味メイク姿だ。


 恭二が気を利かせて「1時間後に迎えに行く」と言い、車で走り去る頃には絵梨は切り花を持って墓地に繋がる階段を登っていた。

 墓地が連なる霊園は平地ではなく山の斜面を利用した地形で、見上げれば雛壇のように墓石が立ち並んでいた。


 その景観はそのまま階段を一直線に登れば下から見ればどこに人がいると分かるほど開けたものだが、絵梨は姉のお墓まで霊園の外周を回り込むように足を進めた。

 途中、手桶に水を汲み柄杓を一本入れると冬独特の燻んだ木の葉が生い茂る樹々の横を通って姉の墓石の方向へと移動して行った。


 この霊園は9年前に祖母の手が入っており姉のお墓へは、ある一定のルートを通ると下から人の姿が見られないように木々が配置されており、注意深く見なければ誰かいると分からない仕様になっている。記者達からの視線を遮れるようにと祖母が配慮したものだった。

 これまで絵梨はずっと姿を見られないように、祖母に教えられた一定のルートを通っていつも来ていた。


 姉のお墓が見え始め、一度足を止めた。

(また、誰かが姉さんのお墓に手を合わせに来た人がいる)

 歩を再度進め、姉の墓石の前まで来ると花立左右にそれぞれ備えられた瑞々しい切り花に目をすがめた。

 絵梨は(同じ人だ)と感じた。


 頻繁に来ているのか、その人物はいつも同じ切り花を供えていた。

 カサブランカ、白い百合を左右に一本ずつ置いて行く人。


 姉は、百合の花が大好きだった。

 ただし絵梨が持ってきていたオリエンタルリリーのピンク色の百合を好んでいた。

 死者に捧げる花を意味する一本だけの白い百合。


 誰が備えているのか気にはなるが、わざわざお墓参りをしに来る人に悪い人はいないだろうと、今まで検索はしたことはなかった。

 今回も深く検索はするまいと荷物を下に置いた。


 この墓石の位置は背の高い男性が立っていても木々のおかげで道路下からは見えない構造になっていたが、それでも絵梨は万が一と、しゃがみ込んで姉に声をかけた。


「姉さん、また来たわ」

 木々が生い茂るその向こうでジャリッと砂利を踏む音が聞こえ、絵梨は庫裏(くり)にいるお坊さんがいるのかと気にも止めなかった。

 この木々の向こうには視覚を遮断する2m高さの塀が設けられており、その奥には住職の移住スペースである庫裏とお堂があった。


 姉のお墓も丁寧に管理してくれるお坊さんに頭が下がる思いの絵梨は、人の気配も気にせず姉の墓石に水をかけ柔らかいスポンジで表面の汚れを取り除いて行った。

 持参していたタオルでその水を丁寧に拭き取り、切花を添えた。持っていた鞄を前側に戻し線香と蝋燭を取り出し、ライターで蝋燭に火をつけ線香も灯した。


 もう一度しゃがみ込み手を合わせ姉に話しかけようと瞼を閉じた時、後ろから微かな足音と共に複数の人の気配がした。

 絵梨は後ろを取り囲まれ退路を断たれたことを背中で感じ焦った。

 それまでそいつらが来たことに全く気が付かなかった絵梨は背中に冷たい汗を流したが、ゆっくりと立ち上がり振り返った。


 そこには黒スーツに身を投じた四人の男が立っていた。

 その誰もが皆サングラスをかけ、いかにも怪しい姿に内心呆れた。


「仲嶺絵梨だな」

 そう言われたが絵梨は気にせず、そして訳がわからないと言わんばかりの表情をした。

「あんただちこそ、誰だが?」

 訛りのある方言で話しかければ、相手が驚いたようにたじろいだ。 


「お前こそ誰だ、仲嶺絵梨じゃないのか!?」

「オラは田中だ。家庭教師してぐれでだ真梨さんのお墓参りに来だだげだげど」

 そう言うと男達は絵梨の顔をまじまじと見て、一歩後ろに下がった。


 誰の指示かは知らないが手配書(姉の顔写真)とはあまりに違う様相に戸惑ったらしい。

 両者緊張は解けず一言も話せず向かい合っている中、庫裏に続く奥通路から人が出て来て、それまでの両者の均衡が崩れた。


「田中行くぞ」

 絵梨を呼ぶ声がしたからだ。 

 は?ここに知り合いはいないはずだが?と、声のする方へ顔を向けて絵梨は固まった。 


 そこには昨日顔を合わせた知崎静波の叔父、知崎 (かなめ)がライダースジャケットを羽織った出立で肩で息しながら立っていたからだ。

 なんであんたがここに?


 と顔に書いてあったのか困惑した絵梨に向かって彼は素早く移動し腕を掴むと、霊園の入り口に向かって駆け降りて行った。

 腕を掴まれていて引っ張られる形ではあるがその場から離れられたことに有難い、と絵梨は彼に着いて行った。

 絵梨が自分の意思で着いて来たことが分かると、彼は絵梨にだけ聞こえる声で呟いた。


「霊園を管理している坊さんが情報を流したようだ」

 要の言葉に絵梨は瞬時に理解すると驚きと共に悲しい気持ちになった。


 霊園を出た後、入り口に置いてあったバイクは彼のものだったようで、座席の下から一つヘルメットを取ると絵梨に向かって投げて来たのでそれを受け取り被った。

 要はハンドルに引っ掛けていたヘルメットを被るとバイクに跨り、それを見た絵梨も後方に跨り要の腰に腕を回した。


「少し飛ばすぞ」

 要がそう言うとバイクを霊園より更に高台の林道の方向に猛スピードでその場を走り出したが、黒尽くめの男達は絵梨の疑惑が晴れなかったのか追おうと、後方から車で着いて来るのがヘルメット越しに見えた。

 バックミラーでもそれを確認した要は舌打ちし、後方に顔を向けながら大声で喋った。


「もっと飛ばすぞ!」

 背中で頷いた動作を感じた要は、彼らを振り切るつもりで更にスピードを上げて走り始めた。



 絵梨が墓地に到着する15分前


 要は同級生で腐れ縁だった仲嶺真梨のお墓参りに1人で来ていた。

 毎年記者が張り付く前の命月にはお参りに来ていたが、今年は昨年末の報道の影響も考えてもっと早めに来ていた。


 幼馴染だった、お淑やかで思慮深かった彼女の起こしたあの事件は、要にとってもショックな出来事だった。

 そこに淡い感情があったわけではないが、事件を起こす少し前に彼女に言われた言葉が引っ掛かりその答え合わせをしたくて毎年彼女に手を合わせに来ていた。


『要くん。あなたは恋愛はいくらでもしていいけど、結婚は三十代になるまでは辞めておきなさいね』

『は?なんで俺の結婚云々の事をマリンに言われなきゃいけないんだ』

『幸せな結婚をしたかったら、それまで【待て】よ』

 そう言って婚約者のところに駆け寄っていた彼女は、その数週間後あのような事件を起こした。


 なぜあのような言葉を投げかけたのか。もうすぐ三十の王台に乗る要は困惑したまま、今年も彼女のお墓参りに死者に捧げる左右一本ずつの花を持って訪れていた。

 決まって彼女に投げかける言葉はいつも一緒だった。

(なぜ待てと言った?これから先に何があるというのか。教えてくれマリン)


 今年もこの先もあの世からその答えが聞けるわけではないのに、自分はこれからも毎年ここに来るのだろうか。

 そんなことを思いながらマリンの墓石から離れ、塀向こうにある住職がいる庫裏へと足を向けた。


 真梨のお墓の左横の塀向こうを歩いていると、塀と塀のつなぎ目が目に入った。ほんの少しの隙間から若い女性がマリンの墓石に近づいていることに気が付いた。

 すると塀の向こうから「姉さん」と言う言葉が聞こえて来て、衝撃を受けたように要は立ち止まった。


 瞬時にこの向こうにいるのは、ずっと姿を隠していたマリンの妹エリンだと確信した。

 いつもマリンのそばにいたエリン。

 姉によく似た彼女を随分前に一度だけ真正面から会い挨拶を交わしたことがあった。


 その頃はまだ彼女が小学生に上がる前の幼い頃で二十年近く前の出来事ではあったが、塀の向こうから聞こえて来た声はまさにマリンそのものだった。

 要は気になって塀をゆっくりと移動しわずかな隙間のある塀と塀の間からエリンと思われる彼女を垣間みようと覗き見て、驚愕の表情を浮かべた。


 そこには昨日姪の学校で会った保健室の先生がいたからだ。


 昨日の彼女との出会いは強烈で、忙しい兄に代わり姪を迎えに行った学校前で起きた出来事を思い出していた。

 学校正門前の歩道に生徒の人だかりがあり路駐とわかっていて車をその場で停車させた。

 只事ではない雰囲気に後部座席から出て道路に足を着けた時、学校の正門から飛び出て来た女性に目が行った。


 白衣を来ていることから医療従事者だと気づき、人だかりの中心に患者がいるようだと分かると目の前で起きていることを静観していた。

 下手をすると救急車の手配がいるかとスマホを握りしめたが、その女性はあっという間にその場を収め、何事もなかったように振り返ったのだ。


 地味な女性ではあったがどこか懐かしさを感じてその女性を見つめたが、見覚えがあるわけでもなくあの時は他人の空似か?と思ってその後気にも留めていなかった。

 が、先ほど声だけ聞いて分かった。


 マリンと似ているから懐かしさを感じたのかと妙に納得した要は、一生懸命姉の墓を掃除している彼女の邪魔をするのは無粋だと庫裏にいる住職を訪ねて行った。


 毎年幼馴染のお墓参りのついでに住職に声掛けと共に幾らかのお布施を渡していた要だったが、この日この時だけはなぜか違和感を覚え、注意深く住職を見やった。

 彼は挙動不審なまでに、オドオドと瞳を揺らし、忙しなく指を突つき足も貧乏ゆすりのようにガタガタと震わせていた。


 落ち着きのない住職に、何かおかしいと警戒し眉間に皺を寄せた時、塀の向こうが騒がしくなった。

 少し離れた場所だったが「仲嶺絵梨だな」と言う声が聞こえた時、目の前の住職の肩が大きく揺れた。

 その仕草でこの住職が彼女の情報を誰かに流した!と察した要は、その場を急いで離れポケットの中に仕舞っていたバイクグローブを身に着け、絵梨をそこから連れ出した。


 霊園入り口を絵梨と目指しながら早足で駆け下りている最中に、墓地内に幾つかの防犯カメラが設置されていることを目視で確認した。

 おそらくこれで監視していた住職は彼女が来たことを誰かに情報を渡したのだと確信し嫌悪感を露わにした。


 仏門に入った者として相応しい人物だと思っていた住職が、こんな非常な行動に出たと感じて自分の見る目がなかったと自身に苛立った。


 仲嶺絵梨はマリンの妹というだけでなく、昨年末の報道番組で他の一族からも追われる羽目になっている事を、(かなめ)は知っていた。

 報道各社なのか、白芭関係の人間かがこの件に関与していると知った以上、要は彼女を放置することは(はばか)られた。


 親友の妹だが、今は姪の恩人でもある彼女を放置すれば、少なくとも姪である静波には激怒されるだろう。

 そうなれば静波を溺愛している兄にも何を言われるかたまったものではない、と震えた。


 そんな思いから彼女をその場から引き離したが、奴らが思いの外しつこく追って来る。

 だが、この辺の地理に詳しい要は、クネクネと蛇行する林道の中、猛スピードで車を引き離し急な曲がり角で車に乗った人間の視界から一瞬姿を消した瞬間に、バイク一台分覆い隠せるほどの茂みにバイクごと突っ込み入り込んだ。


 要が前屈姿勢を取りエンジンをすぐに切ったと同時に、絵梨は勘が働いたのかバイクから飛び降りるとその場にしゃがみ込んだ。


 バイクを見失った車は、バイクがその先をさらにスピードを上げて逃げたと判断したのか、その場からさらにスピードを上げてその道なりを猛スピードで走って行った。

 その行動を茂みの中から、林道の先で車が消え去るのを冷静に見届けた2人だったが、その後の反応は全く別だった。


 要は安堵のあまり盛大なため息を吐いたが、絵梨は引き離した要の行動に称賛するように口笛を「ヒュー」と吹いたのだった。



 

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