3、日常に潜む影
「いつだったかなぁ、時期は覚えてないけどその日は体育の授業で木田先生がお休みでいなくて、急遽自由時間になったんだよね」
葉山は持っていた棒付き飴を舌を出して舐めながら更に口を開いた。
「早めにグラウンドに出てた私は、みんなで好きな球技で遊んだら良いかと思って体育館裏の倉庫に行って球技のボールが入っている籠を取りに行ったの。その時に外で誰かが走って近づいて来る気配がして、同じクラスの子が来たのかと思って倉庫の外を見てみたら彼女が血相を変えて来てたからどうしたんだろうって思ったのを覚えてるんだ〜。そしたら彼女の後を追って来た人がいて、えーっと誰だっけ。1年のなんて言うの先生だっけ。名前出て来ないな〜」
うーんと腕組みして考え込むがなかなか名前を思い出せないらしい。
そして出てきた言葉が意外な言葉だった。
「そうだ!学園一のモテ男!」
この学園の女生徒がはしゃぎながら話している『学園一のモテ男』と呼ばれる先生は確かに存在している。
その言葉で絵梨が思い浮かべるのは先ほど保健室前でうろついていた楢崎だった。
「楢崎先生?」
呆然と呟けば葉山はポン!と手で太鼓を打ち肯定して来た。
「そうそう!楢崎って名前の先生が、彼女を体育館裏にある大きなイチョウの木に囲い込んだんだよね」
言われた内容が内容だけに、絵梨は顔を強張らせて葉山を見た。
「囲い込んだ?」
「うーん言い方はあれだけど、表現は合ってるよ」
葉山は一度飴を口に含み、当時を思い出すように足元をブラブラと動かしながら言った。
「イチョウの木に彼女が背中をつけて怯えた表情を向けながらブルブル震えて身動きが取れないでいたところにあの先生、彼女が動けないのを良いことにそこから更に動けないように腕を伸ばしてイチョウの木に手をかけてたから」
それが本当なら楢崎の行動はアウトだ。
教師でありながら、生徒に至近距離で接するのは異性であるなら節度と距離感はこの学校でも郊外で行われるセミナーでも再三言っていることだ。
なのにその腕に彼女を囲い込んだ時点で厳罰注意案件だ。
「あまりに彼女が可哀想で思わず私、声かけたんだよね。そしたらあの先生、走ってその場を離れて行ったんだけど、彼女の顔色が悪いままだったからそのまま保健室に連れて行ったんだよね〜」
!!!
そう言われて絵梨も思い出した。
秋休み明けた、まだ日中暑い時期に葉山が学年の違う生徒を保健室に連れて来たことがあった。
『先生、この子気分悪そうだからここで休ませてあげて〜』
普段から保健室に、休憩時間の度に来ていた葉山はそれまでも何の抵抗もなく何人もの患者を連れて来ていた。
普段からそういった行動が多い葉山だけに気にも止めていなかったが、知崎静波も彼女が連れて来ていた一人だったようだ。
秋休み明けなら今から3ヶ月前と葉山が言った時期と彼女が通い始めた時期に矛盾が無くリンクしている。
「その時彼女に教えてあげたんだよね。もし困ったことが起きたら保健室に逃げ込んだら良いよって。先生、2年の生徒で私生活で困ってる子の問題解決するために夏前に人肌脱いだって噂で聞いてたから、彼女にそう助言しといたんだけど。ここにまだ来てるってことは・・・解決してないってこと?」
困惑顔の葉山に、絵梨は持っていた携帯用の灰皿でタバコを消しながら状況を説明する。
「彼女からは何の相談もされてない。ある意味同じ教員だから相談しにくかったのかもね」
絵梨の言葉に葉山も閉口した。
どうしたらよかったのか、と俯き飴を口に咥えた葉山の頭を撫でた。
「でも葉山さん、ナイス!」
え、と顔を上げた葉山に、絵梨は目元を緩ませた。
「知ったからには学校としても放って置くわけにはいかないからね。理事に相談しに行って来るわ」
「私、役にたった?」
「すこぶるね!」
保健室を出ようと向きを変えた絵梨に、葉山は声をかけた。
「じゃあ、たまには保健室で休んでいい!?」
「それとこれは別!」
保健室を走って退出する直前に絵梨は笑顔で葉山にそういうと廊下に出て理事長室へと急いだ。
校舎最上階にある理事長室にノックをし入室してきた絵梨を見て、理事長の宇崎真一は驚いた表情をした。
宇崎真一。
宇崎直系の跡取りで年齢は三十路になったばかりだが、敏腕で知られている。
姉、真梨のお目付役でもあった彼は、絵梨にとっても兄同然の人なだけに気安い間柄だった。
女性顔の優男。線が細く、彼もまた姉と同い年でありながら年齢より若く見える人だった。
「ここにわざわざ来られるのは2度目ですかね、お嬢」
「真兄、恭二はどこ?」
「ある生徒に関して調べてもらうために情報収集させていますが、何かありましたか?」
「その生徒のことで重要な情報提供があったのよ。すぐにあいつを呼び戻して」
「わかりました」
携帯で恭二に連絡している理事の横で積み上がった書類の中から自分が書いた日報をいくつか取り出した。
連絡が終わった理事に絵梨は「それと1年生の時間割、教えてくれる?」と指示を出した。
恭二が戻って来るまで、知崎静波の保健室に来るタイミングと時間割を照らし合わせて2つのことが判明した。
急いで戻って来た恭二は大学時代に再会した頃よりも少し柔らかい表情にはなっていたが、強面の顔つきは健在だった。
4年前大学で再会し姉の事件以降、彼の身に降りかかった悲劇を聞くまでなぜ彼があそこまで粗暴が悪い態度や言葉使いになったのかわからなかったが、事情を聞かされてからは絵梨は恭二に申し訳ない感情が芽生えていた。
姉の事件は仲嶺だけでなく宇崎にも影響を及ぼし、その余波を恭二ただ1人だけが負わされていた。
理不尽な状況を目の当たりにし、絵梨は居た堪れなくなったが、その時の彼女の言動で両者の確執を解き、今では和解し宇崎全員が同じ方向を向いて行動出来ている。
内部分裂しかけていた不協和音の一族の中、取りまとめる代表に就任した真一も従兄弟の恭二のことは密かに気にしていたらしい。
今では恭二も宇崎に戻り真一の補佐をするほど地位を確立していた。
相変わらず口は悪いが、そう言う意味でこの男は現在絵梨には頭が上がらない要因を抱えている。
が、遅い反抗期なのかいまだ二人は顔を合わせれば憎まれ口を叩く間柄だった。
絵梨は手元にある資料を前に恭二と理事と話し合いを行い、恭二には学園内での彼女周辺の状況確認、生徒間ではなく、ある特定の教師と彼女の間に切り替え動いてもらうことで一致した。
「しかしよく情報提供が入ったな」
知崎静波の事で昨日から生徒間でいじめが起きていないか、担任や副担任に状況確認していたらしい恭二は、まさか問題が生徒と教師間の事とは思ってもいなかったようで、ガシガシと頭をかいた。
「それもこれもお嬢の人徳の成せる技でしょうね。生徒からの情報が手に入ることは、なかなかないことですから」
宇崎二人の言葉に絵梨は淡々と答えた。
「人徳かは別として生徒の役に立っているなら言うことはないわ」
自分が困っていた時に手を差し伸べてくれた保健室の先生を浮かべながら言えば理事に微笑まれた。
「同じことをしても恭二ではこうは行きませんから」
「不本意ね。乱暴者と一緒にしないでくれる?」
「おい、二人して何ディスってんだ」
恭二の不平不満は無視して「後はよろしく」と言って絵梨は理事長室を出ようと取手を掴んだが、あることを思い出し振り返った。
「ああ、そうだ。私、明日休むわ」
「何用でだ」
機嫌が悪い恭二に聞かれたが、絵梨は気にせず予定を口にした。
「マリン姉さんのお墓参り」
その言葉に恭二も理事も顔を曇らせた。
マリンとは仲嶺真梨、姉のあだ名だった。
これからの時期は、週末は3年生の大学入試などで忙しくなり宇崎は身動きが取れにくい状況になることは今までの経験で知っている。
思い立ったら吉日と、絵梨は明日行こうと急に思い立った。
いつもなら命月に行っている墓参りを例の報道で絵梨が早めた理由を理解している2人は頷くだけだった。
「明日の9時から一時間だけ墓地周辺に一般客はともかくとして、記者がいるようなら遠ざけておいて」
絵梨の言葉に恭二は再度黙って頷いた。
それを見た絵梨は「よろしく」と告げ、その場を後にした。
明日、人生を揺るがす程の出来事が起きるとも知らずに。
次は本日12時に投稿予定です。




