2、姉の知己との出会い
加筆修正しました。
その翌日、長閑な日常の中、換気も兼ねて保健室の窓を開けて窓の外を見れば、本日は快晴。
朝は霜が降りていたが、昼間は気温が1月にしては高い方で暖かかった。
窓辺に近より勤務時間中ということもあり気が引けたが、肝心の保健室は絵梨以外は無人だったため、どうしてもタバコが吸いたくなりポケットに入れていたタバコを1本取り出しライターで火をつけた。※基本健康法などの影響で学校内は喫煙禁止です。(このお話はフィクションです)
窓枠に両膝をかけ、空に向かってフーッと息を吐けば真下から苦言が聞こえてきた。
「先生またタバコ吸ってる」
!!驚き窓の下を見やれば、昨日も保健室に来ていた1年生の知崎静波が体育座りをして座り込んでいた。
ゴホゴホっと絵梨が咳き込めば生徒から「ごめんなさい。大丈夫ですか?」と心配されたが、それどころじゃない。
「知崎さんどうしてここにいるの?今は5限目の時間でしょう?」
格好からすると体操着を着ているし、体育の授業のようだがなぜここに?
「・・・・気乗りしなくて」
俯く彼女に、さらに疑問をぶつけた。
「ここに来ることは言って来た?」
ただ頷く彼女に絵梨はさらに聞き出す。
「木田先生にはなんて言って来たの?」
「怪我したから行ってきますって・・・」
この子は・・・・しかしその表情は暗い。
基本彼女は勉強でも生活態度でも優秀な生徒で他の先生からの信頼度は絶大な生徒だった。故に現在仮病で保健室に来ても誰も疑わないほど真面目な生徒なのだ。
だからこそ3ヶ月くらい前から保健室に頻繁に来るようになった理由が、気になって仕方がなかった。
身体的不調というより精神的不調が見受けられ、前者の方なら対処はしやすいが後者は厄介だ。それ故、彼女の扱いを慎重にしていたのだが、昨晩恭二に彼女のことを調べさせて分かったことがある。
彼女は製薬会社で有名な知崎グループ社長の一人娘でそれはそれは大事に育てられたご令嬢だった。
世の中の人が聞けば誰でも知っている大手の製薬会社で、私も個人的に少しは知っていることがあった。
最も、私が知っているのは彼女の叔父。彼女の父の弟にあたる人物が、姉と幼馴染で小中学校が同じだったということ。
『要くん♪』
小学校時代そう言って頬を染めながら彼を呼んでいた姉の初恋の人。
彼女はそんな彼の、姪だった。
表面上では知崎一家は家庭円満で、家庭でのストレスが原因で保健室通いしているわけではなさそうだと、昨日真っ青な顔で報告してきた恭二は、理事長である従兄弟に追加の調査をするように指示を受けた。
家庭で起きたストレスが原因ではないなら、ここ。学校生活で何か問題を抱え保健室に来ているなら、学校側も無視は出来ない。
むしろ大事なお嬢さんを預かっている立場上、宇崎はその問題を解決する方向に持っていかなければ信用問題に関わる。
そう言って真っ青な顔色のまま走って情報収集に乗り出した恭二は、今日1度も顔を見ていない。
「体調悪いなら中に入って。それと辛いなら迎えの要請も出してくるから遠慮なく言ってね」
絵梨が知崎静波にそう言うと、彼女は俯きがちに頷いた。
直感で何かある。
そう感じた絵梨は、(恭二急いでよ!まじで!)とタバコを携帯灰皿で消しながら、ここにはいない幼馴染に檄を飛ばした。
彼女を保健室内で休憩させていると、体育の授業終わりに彼女の友達が彼女の制服と鞄を持って来てくれた。
担任の先生からは彼女の家庭に連絡を入れたが、すぐに迎えに行くことは難しいと言われたらしい。
そのため夕方まで「ここで休ませてあげて下さい」と言われたために絵梨は了承した。
毎日休憩時間になると何人かの生徒が雑談しに来るが、わざわざここに来て話をするのはなぜなのか。
謎だが、生徒に毛嫌いされてないだけいいかと放置している。
だが、同級生が来ても知崎さんは友達ではないと気づくとその殻に籠ったように、ベットの中に入って出て来ようとしなかった。
その姿が昔の自分と重なり彼女に感情移入してしまう原因なのかもと、絵梨は肩を落とした。
その日は授業が終わり放課後クラブが始まる時間になっても、彼女のお迎えはなかなか来なかった。
窓を開けて知崎さんと他愛もない話をしながら時間を潰していると、学校入り口付近が急に騒がしくなった。
騒動に気がつき何気に絵梨が窓辺に近づいた時、グラウンドでクラブの練習をしていたバスケットクラブの生徒が1人血相を変えて保健室の窓に「先生!」と飛びついてきた。
「助けてあげて!正門前で小学生の男の子が苦しそうに蹲ってるの!」
その言葉を聞いて、絵梨は眼鏡を取りポケットにしまうと保健室の窓から上履きのまま飛び出し、最短距離で正門に向かった。
そこには生徒が何人かいて、子供を囲って話しかけているが相手は応答がないのか静かだった。
「はいちょっと、どいてね〜!先生通りまーす!」
そういうと生徒は一気に蜘蛛の子散らしたように離れて行った。
唯一その現場に残っていたのは、昨日仮病で睡眠を取ろうと保健室に来ていた生徒の葉山がいた。
蹲っている子と葉山の横にもう一人の小学生高学年くらいの男児が真っ青な顔をしてブルブルと震えていた。
「状況説明できる葉山さん」
ぐったりとした小学生の横にしゃがみこみながら聞けば、葉山は応えた。
「それがこの子達、2人さっきまで普通に話してたらしいんですけど、1人の子が急に苦しみ出して蹲って動けなくなったって。話しかけても返事はしないしパニックになってるんです」
「意識は?」
「あるみたいですけど、そこに立ってる子以上にパニックってるみたいで」
蹲っている子の顔を覗き込むと、少し意識が朦朧としているようで息がしにくそうな状況と嗅ぎ慣れた匂いが鼻につき、オロオロと立ち尽くしているもう1人の小学生に絵梨は話しかけた。
「君、ここまで歩いて来るまでに彼、何か口にしていなかった?例えば飴玉みたいなもの」
すると男の子は黙って何度も頷く仕草をしたので葉山から小学生を預かると、患者の後ろから左右の肩甲骨の間、真ん中を手のひらの基部で1回ドン!と強く叩いた。
すると彼の口からかなり大きな飴玉が歩道にポン!と飛び出て来て、その瞬間患者は一瞬呆然とした後に大泣きし始めた。
「え、治ったの?」
キョトンとした葉山を横目に、絵梨は盛大に安堵の息を吐いた。
「はあ、たいしたことなくて良かった」
心臓発作とかだったらAEDなどの機械の使用も必要になったし、救急車の手配など大惨事になるところだったと肩の力を抜いた。
「今の何だったの?」
「話している最中に飴玉が喉に詰まっちゃったのね」
「今のが治療法なの!?」
一瞬で対処した絵梨に、驚きと感動で目をキラキラさせて葉山が聞いてきた。
「老人なんかはよくあることだから覚えておいて損はないわよ。背部叩打法って言って餅とか喉に詰めた時には有効だから。葉山さん祖父母と同居でしょう」
「うん、え、どこ叩くの?」
興味津々に言う葉山の背中の中心部を触りながら「ここよ」と言い、泣きじゃくる小学生の顔を覗き込むように声をかけた。
「僕、驚いたよね。アーンて口開けてみて」
男の子は嗚咽を上げながらも、オズオズと口を開けてみせた。
「うん、もう大丈夫みたい。でも喉の痛みが引かないとか違和感が数日経っても続くようならご家族の人に病院に連れて行ってもらいなさい。いいね」
微笑んで優しく言えば男の子たちは頬を染めて頷いていた。
そういえば眼鏡外していたな、と思い出しポケットから眼鏡を取り出し顔にかけた。
2人は塾に行く途中だったようで、何度もお礼を言いながらその場を去って行った。
そんな2人に手を振っていた絵梨に、葉山は不満そうに口にした。
「先生さー、それ伊達(眼鏡)でしょう。いい加減辞めればいいのに〜」
「私の勝手です」
「ダサいんだって」
ほっとけ。こっちにはこっちの事情があるんだ。
「それに何〜、今のあの子達への態度。言い方も柔らかいし私の時と違いすぎない!?」
「当たり前でしょう。仮病で来る子と患者を一緒にしない」
サボりと本物の患者を一緒にする看護師がどこにいるんだ!
まったく持って相手にならない。
立ち上がり向きを変えて保健室に足を向けていると、先ほどは急いでいて気が付かなかったが、学校正門前に高級車が1台止まっていた。
後部座席の扉が開かれており、1人男性が立って絵梨をじっと見ていた。
誰だ?と、いうかここに車を停められたら困るのだが。
苦情を言うべきか。と思っていたその時、運転席の戸が開かれ、そこから出て来た人物に見覚えがあり立ち止まった。
いつも知崎静波を迎えに来ていた運転手だった。
ならば今目の前にいるこの男性の年齢から考えて、彼が彼女の叔父。姉の初恋の人である知崎要か、と結論付けた。
絵梨が幼稚園児、彼が11歳と20年近く前にチラッと姉から紹介された程度だったから、その面影は片鱗すらない。
目鼻立ちがはっきりしたシュッとした顔立ち。年齢よりも若く見えるが姉と同い年なら三十路前後だ。硬派っぽい印象を受けるが有名企業の一族出身者とあって上品な色気がある。
紺色のスリーピースの背広を着こなした大人の男性の登場に周囲にいた生徒達の視線を奪っていた。
「知崎さんのご家族の方ですね」
絵梨がそう言うと彼は頷いた。
「叔父の知崎要です。静波を迎えに来ました」
バリントンボイスの彼が自己紹介すれば少し離れたところにいた女学生たちから黄色い悲鳴が湧き上がった。
絵梨はそんな学生たちに顔を向け「はい、休憩終わり!グランドに戻った戻った!」と追い払いにかかった。
「えー、いいじゃん!先生抜け駆けする気でしょ!」
「私らもそこのお兄さんとお話したい!」
好き放題言う学生に、うるさいな。と半眼で見やった。
「この人は具合の悪い生徒の保護者です!お迎えに来られたの!あんたたちと話してる暇は無いの!分かったらクラブに戻りなさい!」
えー!!!と不満たらたらの生徒は放っておいて、保健室に案内した。
その間に運転手には車を駐車場に移動させてもらうようにお願いした。
上履きの砂をよく落とし校内を歩いている最中、周りが遠目でこちらを見ていることを確認して、知崎の内情を探ろうと生徒の叔父に声をかけた。
「あの、不躾で申し訳ないのですが、静波さんのご家庭は現在波風は起きていますでしょうか?」
その言葉に驚き、足を止めた叔父は顔に眉間に皺を寄せ絵梨を見てきた。
「どういう意味ですか?」
「・・・年が明ける少し前から静波さんは頻繁に保健室に来るようになりました。その原因がただ体調不良というよりも精神的ストレスから来るもののように感じているからです」
驚き廊下の床を凝視した叔父は逡巡後、視線を上げると困惑した表情で口を開いた。
「申し訳ありません、私は兄夫婦とは居を別にしていることもあり、兄の家庭の内情までは知り得ません。ですがもし静波が体調を崩しているほど深刻な問題があるなら早急に解決する必要がありますので、こちらの方で調べてみます」
会社の準トップを張るだけあって凛とした表情で言い切った相手に間違いなく実行するだけの説得力を感じ、絵梨は安堵して「よろしくお願いします」と頭を下げておいた。
学校建物校舎はヨの字構造で中央に入り口が存在し、保健室はヨの字で言うところの左一番上に存在していたため何げに建物奥まで移動する羽目になり沈黙の中、二人は歩を進めた。
その間叔父は兄夫婦のことを考えているのか心ここに在らずといった感じで歩いていた。
保健室まで後は一直線、と歩いていると保健室前で誰かが立って中を伺っている人物がいることに気がついた絵梨は、不審な動きに片目をすがめた。
誰だ。用があるなら入ればいいのになぜ入ろうとしない?
歩を進めていると足音で人が来たことに気がつき絵梨の存在を確認すると、その人物はその場を離れ、目の前までやって来た。
相手はこの学校の化学を担当している教師で楢崎と言う二十代後半の男性だった。
「ああ、田中先生戻られたのですね」
ほっとしたような焦ったようにも見える楢崎に首を傾げた。
「どうかされたんですか?」
何ようで?遠回しにそう言えば「すみません」と言葉が返ってきた。
「明日の授業の準備をしていて指を怪我をしてしまいまして。絆創膏が欲しくて保健室に行ったら先生がご不在だったものですから」
そこまで言うとゴニョゴニョと何を言っているのかわからなかったが、目的があって来たが私がいなかったので、どこに何があるかわからないために保健室前でうろうろしていた、と判断した絵梨はポケットをゴソゴソと探り、目的のものを取り出した。
「一枚で足ります?」
絆創膏を差し出せば、なぜか微妙な顔をされた。
「いつも持ち歩いてるんですか?」
「生徒の小さな怪我は日常茶飯事ですから。十枚持っていても午前中には配り終わってるほどですよ。常備していて困るものではないですから」
淡々と答えれば「そうですか」と絆創膏を受け取り肩を落とされた。
その後もその場を動こうとしない楢崎に、絵梨はイラついていた。
こいつなんでここから離れない?目的のものを貰ったなら、明日の準備に戻れよ。
そう思ったがなぜかモジモジとして動かない楢崎に、ため息まじりに絵梨は言った。
「楢崎先生申し訳ないのですが、中にいる生徒の保護者の方が迎えに来られたので案内中です。席を外していただけますか」
そこまで言うと相手が動く前に、絵梨は静波の叔父を促し保健室に入った。
静波は中央に置かれたベットにいたはずだが、絵梨が少し席を外していた間にベットのカーテンをきっちり閉めていたようだ。
「知崎さん」
優しく声をかけるとカーテンの中から「先生?」と小さな彼女の声がした。
「カーテン開けて良い?」
「そこに!そこに誰かいるんですか?」
怯えたような声に違和感を覚えたが、保健室内を見回しても戸を閉めた関係で自分と彼女の叔父の二人だけだった。
「私ともう一人いるわね。あなたがずっと待っていた、お迎えに来られた叔父さんよ」
そう言うと勢いよくカーテンが開かれ、満面の笑みを浮かべた静波がいた。
「叔父さん!叔父さんが来てくれたの!?」
よほど嬉しかったのか、上履きも履かずにその叔父に飛びついていた。
「静波、端ないよ。上履きくらい履きなさい」
叔父に嗜められ上履きを履いている彼女の横で、絵梨は静波の友人が届けてくれた彼女の荷物を整理し、保健室入り口においた。
知崎一族は美形が多いのか。
叔父も大概だが、静波の満面の笑みを見て絵梨は驚いた。
いつもは憂いを帯び俯いた顔しか見ていなかったので気が付かなかったが、相当な美少女だった。
下手なアイドルより可愛いと女の絵梨が思うほどに目を引く存在だった。
その後、叔父がその荷物を全て持つと彼女は叔父に足取り軽く走り寄りこちらに顔を向けて来た。
「先生ありがとうございました」
保健室の入り口で彼女にお礼を言われたが「いいのよ、これが私の仕事だから気にしないで」と言ったら彼女ははにかんだ後、帰宅するため廊下に出て歩き始めた。
「そうだ、知崎さん。私、明日家庭の事情でお休みするの。もし体調悪いようなら無理して学校に来ないようにね」
一応伏線を貼ってそう言うと、彼女は叔父が歩を進めている横で立ち止まり向き直って絵梨に深々とお辞儀して叔父との距離が出来た分だけ早足で翔って行く姿を見て絵梨は意味もなく焦りを覚えた。
恭二のヤロウ。早く情報をよこしやがれと不貞腐れて、廊下に立ったままスマホで恭二に催促のメールを入れてから保健室の中に戻った。戸を閉めた瞬間、窓際から声がした。
「先生あの人と良い感じにお近づきになれた?」
揶揄うようなその声に聞き覚えがあり、呆れてゆっくりと窓辺に移動し立つと案の定、そこには2年生の葉山がいた。
「なんでお近づきにならないといけないのよ」
「え!先生って美的感覚ずれてんの!?あんなイケオジ逃す手はないじゃん」
「興味ないわ」
ポケットからタバコを取り出し持っていたライターで火を付けた。
フーッと吐き出したが同じ行動をとっても静波は苦言を言って来たが葉山は気にせず口を開いてきた。
「さっきの子って知崎製薬の子だよね」
「そのようね」
今現在校舎昇降口から出てくる知崎の叔父と彼女を見て言う葉山に、絵梨は肯定した。
学年の違う二人は面識はなくとも知崎はそれだけ有名な一族だ。
葉山が一方的に知っていてもおかしくはない。
そう思っていたが、どうも違ったらしい。
「私彼女知ってるっていうか、前に変な場面に遭遇しちゃったんだよね」
「変な場面?」
窓枠に肘をつけ、片手でタバコを持ったまま絵梨は、校舎壁に背をつけて地面の草を蹴りながら言う葉山の横顔を凝視した。
「うん」
言いにくそうにしている葉山の口を割らせようと、ポケットからチュッパチャップスを一つ取り出し彼女に渡した。
「ウッホ!これ新フレーバーじゃん!さすが先生のドラえもんポケット!」
普段からここに出入りしている生徒ならその言葉はよく出てくる。
なぜなら絵梨のその白衣のポケットから絆創膏に飴、タバコといろんなものが出てくるのでそう言っている生徒は多かったので絵梨も知っていた。
「で、変な場面って?」
ガサガサとチュッパチャップスの外カバーを外した葉山に手を差し出すと葉山は外袋を絵梨に預けた。
ゴミはポケット入れ、葉山が話すタイミングを見計らった。
チュッパチャップスを口に咥えひと舐めした後、ポンっと口から取り出すと生徒は意外な言葉を吐き出し始めた。




