53、真の2代目の〈鍵〉
忠犬と駄犬では意味合いが全く違って来るが、犬と表現していることから白芭朧と言う人物は琴子に付き従っていたと言うことか。
強い忠義心を持っていた。が、言うことを聞かないダメなところもあったと?
それより、あの時代に朧という真名は存在しない。
と、言うことはその名は忌み名(仮名)だ。
「朧は、忌み名。では2代目の〈鍵〉も陰陽師だった?」
「はい、野良ではありましたが」
野良。
朝廷に属さない民間の陰陽師だったと?
「いざなぎ流の流れを汲む方で、幼少期に太夫に着かれた方です」
こういう時、無理やりだったが母の要望で年に一度白芭に行かされたことは無駄ではなかったと思い知らされる。
昔陰陽師について勉強をした時にあった資料を思い浮かべる。
いざなぎ流は高知県の物部川流域に伝承された民間陰陽道の一形態で、太夫と呼ばれる神職が神楽や呪術を用いて病気平癒や除霊と行ったとされている。
「まぁ、最も朧様がそう言っているだけで確証はないのですが」
自称!?
「ですがその容姿、舞、除霊の有無など実際に身に付いていることから、白芭ではそう認識しております」
舞、か。
「舞手だったと?」
「はい、男性でありながら舞っている時の朧様は女性かと見紛うほど美しゅうございました」
舞手。
神楽での舞で祈りを捧げる存在。
1番わかりやすいのは、雨乞いだ。
「それだけの実力がありながら、よく白芭に来れわね」
実力があったなら、あの時代その地域には無くてはならない存在だったはずだ。
どんなにお金を積まれても手放すはずがない。
「朧様が駄犬を言われる所以の1つです。あの方は幼少期から地域に奉仕者として暮らすことに不満を持ち、その地域を抜け出しています。15歳の頃に京に行きつき、物乞いのようなことをしながら生活されておりましたので」
も、物乞い!?
「労働もせず人々の同情や哀れみに訴えて生活していたと言うこと?」
「と、言うよりも他者が放っておかなかったと言うのが正解でしょう。あの方は人懐っこく、老若男女に好かれる方でしたので」
開いた口が塞がらない絵梨を他所に伊代は言葉を続けた。
「そんな生活を3年ほど続けていた朧様は京の片隅で高彬様に拾われたのです。琴子様の〈鍵〉に相応しいと判断されて」
「その当時琴子の年齢は?」
「儀式を受ける少し前のことです」
「で、あるなら自分自身で〈鍵〉と認識していたわけではない。つまり高彬が陰陽師として占術を用いて導き出した相手だと?」
「その通りです。ですが、儀式を終わられた琴子様から見ても1番相性がいいことには気づいたようで、ものすごい嫌な顔をされておりました」
・・・・・・・・・嫌な顔?
「仲が悪かったの?」
「最初の出会いが最悪でしたので。琴子様が一方的に嫌っていらしたのです。なにぶん、朧様とは8歳差もあり口では敵わない上に父君であられた高彬様が後継人になっておられましたので、琴子様と唯一対等に話せる方でもありました」
「〈鍵〉方は納得していたの?」
「〈鍵〉は否応なしにその伴侶となる術者に気持ちを持って行かれるそうですので、悪い感情は持っていなかったと思います」
持って行かれる?
「白芭の呪いはどこまで有効範囲なのかわかるか」
「それは我々も、白芭の方々も知り得ないでしょう。ただ異常なまでに惹きつけるその感情は儀式を受ける前から発生する者とそうでない者がいたのは確かです」
初代と高彬が呪いを受ける前から恋人同士であったなら・・・。
「前者が初代の〈鍵〉で、後者が2代目の〈鍵〉?」
「はい、朧様は宮廷陰陽師であった高彬様に心酔しておりましたので、言われるがまま白芭で生活し、琴子様と婚礼、そして次代様まで作られましたので」
ん?
「その言い方からすると琴子より高彬に付き従っているように聞こえるが?」
「・・・・琴子様が駄犬呼ばわりする最大の理由です」
付き従っていたのは琴子にではなく高彬!?
初代を異常なまでに崇拝する琴子と、初代の〈鍵〉を崇拝する琴子の〈鍵〉?
ある意味お似合いの2人ではあるが・・・。
「相性は、どのくらいだったの?」
「初代様と同じくらいと聞いています」
「あの当時にはランク付けはなされていなかったの?」
「その制度を設けたのは葵子様と伺っております」
白芭の改革に前世も今世も関わっている・・・か。
あの人はそういう星の元に生まれていたのだろうな。
「相性はどうかはわかりませんが、言い争いというほどでもなく、常に戯れていたお2人です。琴子様は最後まで認めませんでしたが、いろんな意味でピッタリ嵌まるお相手でした」
「いろんな意味とはどういうこと?」
「常に真逆。現代風に言うならプラスとマイナス、SとM、あの当時は光と影、剛と柔、表と裏と表現できるでしょうか」
正反対でありながら、対となる関係か。
「琴子は相当素直な性格で思い立ったらすぐ行動に移すタイプで、朧はその真逆で策士であり物事慎重に行動する男であったと?」
「あえてそう行動する琴子様を影で支えていた、と我々は認識しております」
「・・・・そうあるように高彬から言われていたと?」
「そこは我々は知り得ませんが、琴子様が駄犬と言われていただけで我々から見た朧様は間違いなく忠犬でした」
・・・・・・。
「伊代」
「はい」
「ここに私の姉、仲嶺真梨は来たことはあるか?」
「いいえ、残念ながら35代目様以降ここに来られた白芭の本家の血筋の方は絵梨様が初めてです」
本家?
「分家は来ていたと言うこと?」
「はい、ここには白芭の本家と分家に分かれて埋葬されておりますので」
伊代は向きを変え石畳の先を指差した。
「この真正面に本家様方の墓地。その周辺に分家様方の墓地が置かれています」
「分けた理由は?」
「当主様方のご遺体は呪術の媒体になり得るものですので厳重に管理され、その周辺を取り囲むように分家様方のご遺体を埋葬し結界を施しているのです」
呪いを受け巫女から落とされた白芭の体は呪物と同じ扱いなのか。
ああ、だからこんな所に埋葬され結界で守られているのか・・・。
結界。となると五芒星?
「周辺五か所に埋葬しているの?」
「その通りです。ここの土地は高彬様が厳選し選ばれた土地で、高彬様の死後、細かい規定に基づきご遺体を埋葬して行きました。結界の護符の効力がなくなる頃には分家様方の五か所の埋葬はお済みになられ、このような空間に変貌したのです」
見上げる伊代に釣られ、絵梨も上空を見上げれば透明な被膜のようなものが視界に入る。
やっぱり・・・高彬は相当の力を持った陰陽師だったのだな。
呪いにより誕生した白芭の血筋は、その血肉に呪いが宿る。
死してその骨身が呪物になり得ると知っていてここを結界で保護しながら遺体を守る術を施している。
極めた陰陽師だからこその配慮か。
そこには自身の子子孫孫の安寧を願ってのことでもあったのだろうか、思ったからと言ってできるかどうかは別問題だ。
だがそれが実行できる力を持っていた高彬は能力もそうだが、知力も相当高かったと見える。
そんな男を・・・初代は伴侶亡き後、切り捨てたのか?
自由を求めることは悪いとは思わないが、夫を切り捨てる心理には何があったのか。
感情の重さに着いていけなかった?
それなら恋人時代に別れていればよかったはずだ。
「伊代、初代夫婦は仲はよかった、んだよね」
「はい!それはもう鴛鴦夫婦で、まさに理想の夫婦像そのものでした。白芭は女性上位の家系でしたが、愛人がいてもおかしくない時代に高彬様は初代様一筋でおられましたから」
「モテなかったとかではなく?」
「モテ?高彬様は人気はございました。あの加茂家に認められ、陰陽師の最高峰にまで登りつめた方ですから」
あの当時、モテると言う単語は存在しなかったのか首を傾げた伊代だったが、その真意はきちんと理解しているようだ。
高彬は魅力的であったようだが、よそ見しない誠実な男であったと・・・。
この場合、性格的なことなのか、呪いによって盲目的で好いていたのか判断は難しいな。
「で、その高彬と真の2代目夫婦のお墓もここに埋葬されているの?」
「・・・・はい、少し離れた場所になりますが、この墓地に埋葬されています」
顔に影を落としながら言う伊代の心情は理解出来る絵梨はそこには触れずに向きを変えた。
「ではそこにも案内して。私は1度ここを出て〈鍵〉を連れて来るわ」
「畏まりました。私はここでお待ち申しております」
綺麗にお辞儀する伊代に「すぐ戻るわ」と返事をして門扉を出た。
結界内から抜け出て、寒空の中すぐに絵梨は異変に気がついた。
陽の傾きが入った時と全然変わっていないことに気がつき、腕時計の時間を確認して入った時間から1分と立っていないことに驚いた。
あの結界内では時間が完全に止まっているようだ。
だからこそ伊代自身に施された呪術がいまだ正常に発動していたのだと気が付く。
石垣を背に寄りかかり、スマホを見ていた要が変装している親友①に近づき、横に立った。
スマホを立ち上げ画面を見始めた要は驚き、絵梨を凝視した。
「え、もういいの?」
「やっぱり入ってすぐに私出て来た?」
「うん。姿が消えてここで待機し始めて1分と経ってないよ」
「時間を確認した時からそうだろうとは思ってたけど、中は異空間になってると思っていいのかもね」
「異空間?」
「風も陽の光もシャットアウト、と言うより時間が止まっているから何も肌で感じないのかもしれない」
「・・・白芭関係だから、もう何が起きても不思議ではないね」
絵梨が消えた門扉あたりに視線を向けて言う要に絵梨は頷いた。
「そうね。入り口入ってすぐに道案内人がいるから彼女に着いて行くわ。要くんには見えないかもしれないから、私が扇動するわ」
「ずっと手を握ってくれるの?役得で申し訳ないね」
親友①の姿で言われても響かないな・・・。
「どうせなら要くんの姿で言ってもらいたかったわね」
絵梨の言葉に要もそうだったと思い出し、渋い顔付きなった。
あいつの顔で思いの丈を言うなんて、一生の不覚とぶつぶつと言う要をよそに絵梨は腕を引っ張って門扉の中に入った。
公園周辺の騒音が一気に無くなり、驚く要から札を預かり伊代の元まで移動する。
ただ、結界内だからだろうか。
伊代の姿を要が捉えたようで、歩みが止まった。
要の顔を見てその視線の先に伊代がいることから、肉眼で捉えていることに絵梨も気がついた。
「ここは完全に異空間ね。〈鍵〉にもあなたの姿が捉えられるなんて」
伊代に向かって話せば、彼女は微笑んだ。
「ここは白芭全ての人のための空間です。その中には〈鍵〉方様も含まれます故、当然のことでございます」
「どこまで許容できるのか?〈鍵〉だけでもここに出入り出来るものなの?」
「門扉が確認出来るのであれば充分可能ですが、見えなければ元々ここには繋がりませんので門扉も開きません」
それもそうか。
先ほども絵梨が引っ張ったから来れただけで、要1人では門扉すら見えないのであれば入ることも儘ならないか。
「どうすれば見えるようになる?」
「簡単な話です。術者と〈鍵〉はその熟練度によって信号が通る道の数が変わってきます」
信号が通る道・・・・。
まさかチャンネルのことか?
「つまり意思疎通が成されれば成される程、術の効果範囲や種類が増えるということ?」
「その通りです。先ほど絵梨様の言われた相性のランク?含めて高ければ高いほど双方の意思疎通がしやすいようになっているはずです。相性とは常に一方方向ではありますが〈鍵〉から術者に対する感情の表れを意味し、要望に応えられるだけの意思の強さを表す指数でもあるのです」
さっき〈鍵〉とは何かと質問した時に、正しい答えを持ち合わせていないと言っていたのに、持ってんじゃない!
その前に気になるフレーズに思わず声に出した。
「要望に応えられる意志の強さ?」
「はい。どんな無茶な要望にも無条件で引き受ける者であれば術者はその幅を効かすことが出来ますが、対価を要求し常に対等であろうとする者、同じだけ要求を求め横に並ぼうとする者などが〈鍵〉に選ばれた場合、術者は制限が掛けられる話になります」
つまり〈鍵〉と呼ばれる意味があったと言うこと。
術者の能力のチャンネルを増やし、より強固にさせる媒体が〈鍵〉なのか。
やはり肉体的にだけでなく、むしろ精神的に寄り添い合うことが〈鍵〉との正しい付き合い方と見た方がいいな。
「伊代」
「はい」
「それをさっき質問した時になんで答えなかった」
「〈鍵〉に関しては〈鍵〉にのみ答えること。そう制限を受けていたため、はぐらかしました。申し訳ありません」
悪びれる素振りも見せずに頭を下げる伊代に絵梨は苛立ち、こめかみに怒りマークが浮かぶ。
どっちだ!そんな制約設けたバカは!?高彬か!?琴子か!?
憤慨する絵梨をよそに、伊代は要を見て一礼した。
「道案内人となります、伊代と申します」
丁寧な挨拶に要も頭を下げた。
「知崎要です。よろしく」
伊代は下げていた頭を元に戻し、ジッと要を見た彼女は満面の笑みを向けた。
「挨拶も済みましたので、墓地までご案内致します」
後光がさすような笑顔で石畳の先を指差す伊代に、2人は頷くと彼女の後ろについて歩を進めた。
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次回は来週月曜から投稿予定です。




