47、新たな能力の開花
真っ暗な空間に1人立っていることに気がついた絵梨は、内心焦り冷たい汗を流した。
急に起こった現象に戸惑ったが、その空間の気に身に覚えがあった絵梨は徐々に冷静を取り戻した。
この気は知崎の廊下に飾ってあった絵画に描かれた貴婦人のものだ。
随分と悪意をぶつけられている。
肌にビリビリと刺す刺激に眉を一瞬顰めたが、少し前に姉らしき怨霊から出ていた気に比べれば可愛いものだと感じて来ると冷静になれた。
ゆっくりと見渡し、微量の光さえも見当たらないことにため息をついた。
空気を綺麗にするイメージをしながら呟いた。
《【浄化】》
すると周りの黒い空間が絵梨を中心に白い空間へと徐々にスーッと変わり始めた。
その空間を見渡し、この力の大本が頭上にあると感じ、見上げ再度冷や汗を流した。
例の貴婦人が小さな穴を通してこちらを見ているのだが、その穴から見えてる箇所が貴婦人の片目だけだった。
怖!この人、どんだけ大きいのよ!
《私に何か用?》
一応冷静を装い話しかけてみた。
まさか人の方から話しかけるとは思っていなかったようで、貴婦人の目が大きく見開かれた。
その上で向こうからコンタクトがあった。
《お前は何者だ?》
《強いて言えば、この家の嫁候補だ》
すると貴婦人から一気に悪意が噴出しまた真っ暗な空間になりかけたが、絵梨は無意識に手のひらを天井に伸ばした。
絵梨の周りだけその真っ暗な空間は避けた状態になり、貴婦人が怒鳴った。
《お前はなんだ!?なぜ思うように取り憑けない!》
・・・・取り憑く、だと?
もう一度《【浄化】》と呟くと今度は先ほどよりも早くバッと悪い気が霧散した。
そうしてもう一度、貴婦人の方を見て、目を凝らした。
小さな穴と思われたその形状には見覚えのあるフォルムをしていた。
先ほどまで要が持っていた母親の形見であるエターナルリングを横から見たような形だった。
指輪を通して私の意識をここに引き摺り込んだということはこの指輪を通して貴婦人の悪意が垂れ流されたということだ。
要の母が不慮の事故に遭ったのは、この指輪を通してこの貴婦人が悪意をぶつけたからか・・・。
ある意味、要の奇行のおかげで、絢音は命拾いしたかもしれないな。
この指輪をそのまま絢音が継承していたら、擦り傷程度では終わらなかったと気がつき、絵梨は違う意味で汗を流した。
その上でこの家の男性たちに拘るこの貴婦人は何者なのか?
《なぜこの家の男たちに拘る?本来ならあなたのお相手は別にいたと思うのだが、国を飛び出し国境を越えてまでここまで来たのはなぜだ?》
《そんなもの私が知りたい!気がついたらここに来ていた!》
絵画である以上、確かに決定権は彼女にはないか。
《戻りたいところがあるなら言え、そこに送り返してやる》
《戻れるところなどもう私にはない!私は、、、私はあの人に裏切られ、もう行けるところなどないのだ!》
ブワッと流れてくる黒い霧に紛れて、絵梨の頭の中に彼女の記憶がフラッシュバックする。
中世ヨーロッパ風な風景の中、彼女は満面の笑みで愛しい男と結婚する場面。
結婚生活の中で画家によって書かれた彼女の肖像画。
その幸せは末長く続くものと思われた数年後、夫の浮気と愛人の妊娠の知らせに悲しみに暮れる彼女を家から追い出した夫。
その後、馬車に轢かれ亡くなった彼女が拠り所として霊魂が結婚してから過ごした邸宅に行くと、すでに愛人はその家で我が物顔で生活し、彼女の肖像画を二束三文でよそに売り飛ばしている姿が見えた。
彼女の魂が怨霊と化した瞬間だった。
その上で絵画が転々とする中、彼女の波長と合った絵画の持ち主が現れた。
それが知崎家だったようだ。
明治時代の当主はいたくこの絵を気に入り、画廊から買い取ってから知崎は繁栄した。
彼にはすでに他界した妻がいたが、その後は独り身だったようだ。
仕事が順調に行き始め、再婚どころではなかったのだろう。
そんな中、娘が婿を迎え孫が生まれた頃、絵画に異変が起き始めた。
当主が亡くなり、そんな彼を気に入り助力していた絵画の貴婦人はその損失を補うように彼の血筋に拘り代々見守りながら、知崎家に近づく女性に悪意を向け続けた。
その結果が知崎夫人達の早生に繋がった。
しかも要に限っては、意図的に指輪に囚われるように貴婦人がそういう風に持っていったようだ。
幼子が母親を恋しがるように、要にこの指輪に拘るように仕向けた貴婦人の姿に嫌悪感が生まれた。
《一ついいか。一方的な感情を向け続けることに虚しさは感じないのか?》
《お前に何がわかる!?》
《一方的な感情を向けたことはないが、向けられている立場の気持ちならわかるぞ》
今がまさにそうだからな。
《報われたいとは思ったことはないのか?》
人知れず祝福を与え、気に入らぬ者を呪って来た彼女は、分別さえあればその能力は白芭のそれと変わらない。
怨霊は呪ってなんぼ。
呪うことしか出来ないのが落ちた者だが、彼女は気に入った者には祝福を与えている。
知崎がここまで発展したのは彼女のおかげでもあるのだ。
《私の存在を認識し愛情を向けてくれる人がいたならそう思えただろうが、私に気付いたのはお前だけだ。それに期待してまた落胆することはしたくない》
《それが本心ならな。しかし、長年知崎夫人を呪ってる時点でその言い分には矛盾が生じているぞ》
期待もしていないが、報われない苛立ちをその配偶者に向けていること自体が彼女の本心はそこにある。
《ではどうすればよかったというのだ!所有者を変えられない!自分の足がない私にどうすればよかったというのだ!》
《今までは無理だったとして、今は私がいる。ここに居続けたいならもう呪うことはするな。その代わりあなたがして欲しいことがあるなら私が彼らに伝えよう。あなたが彼らにして欲しいこと、心が満たされることがあるなら言って欲しい》
《・・・なんでもいいのか?》
態度が軟化した彼女に、絵梨も無理なことはある。
《そこから出してほしいとか、物理的に無理なことはあるが、あなたの心が暖かくなることを要望でとして教えて欲しい。何をしたらあなたは満たされるのだろうか?》
《私は・・・私の存在を尊重し大事にされたい。そこにある物ではなくそこに居る者として接してほしい》
《1人の人として接して欲しいということだな?》
《そうだ》
《そうした行動を取ったなら、以後呪うことはないのだな?》
《約束しよう》
《ちなみにそれは男性に限ってか?この邸宅内の人間全てか?》
《意地が悪いな。・・・孤独を感じたくないと言っているのだ》
《了解した。では盟約を結ぶ》
【貴婦人を敬い、人と同じ扱いを行い孤独を感じなくなった場合、あなたはこの家の繁栄を願い続けること】
《それに相違なければ、私を解放し誠意を見せてみよ!》
貴婦人とのやり取りは外界の時間にしたら一瞬だったのかも知れない。
貴婦人と絵梨とのやりとりが完結した時、絵梨は持ってた指輪がバチっと火花を散らし、宙に浮いた。
その衝撃で現実に戻った絵梨はハッとして指輪を見上げた。
周りにいた知崎の面々は急に指輪が火花を散らし宙に浮いたことに驚き、驚愕な表情を向けて指輪を凝視した。
絵梨はフーッと息を吐いて、聞き手を突き出し呟いた。
《盟約は成された。貴婦人よ。その指輪から離れよ!》
絵梨の口から何語かわからない言葉が放たれたと皆が指輪から絵梨に視線を向けた瞬間、指輪は絵梨の上まで移動すると、効力を失ったように指輪はストンと絵梨の手のひらの上に落ちて来た。
指輪を持ち上げ横から穴を覗き込みめば、もう貴婦人の気配は一切消えていた。
はーっと盛大に息を吐いた絵梨に、おずおずと聞いて来たのは静波だった。
「先生、今の何?」
「例の絵画の貴婦人の仕業よ。この家の今後に関わることだから1から説明するわ。座って話をしましょうか」
先ほど起きた現象を説明していけば、芯之介と一心の顔色が悪くなった。
「つまり妻の転落死の原因は、やはりあの絵画の影響であったと」
「しかもその指輪を要が持っていなければ、順当にいけば絢音が次に呪われる対象であったと?」
「まあ、意図せず呪いの連鎖を回避出来たからと言って要くんの行動を正当化されるのはおかしな話ですが、そういうことです。以後貴婦人の前を通るたびに挨拶やご機嫌伺い、相談や愚痴など言ってあげてください。そうすれば幸運を彼女は運んで来てくれるでしょう」
「それはあそこから動かさずに済むという話ですか?」
「そうです。より玄関先に近い光が降り注ぐ場所に移動しても喜ぶでしょう。彼女は物としてでなく同じ人として扱って欲しいと望んでいるので。そうしていただけるなら以後は呪う行為はしないと約束してくれました」
「来た時に先生が言ってた、守り神になってくれるってこと?」
「そう、貴婦人に声をかけるだけその分彼女が応えてくれるわ」
人も同じだ。
無視され続けれた人は心が病んでいく。
話す相手がいなくなった老人が認知症になったりするのと同じで、脳が正常に機能しなくなる。
絵画が生きているなど誰も思いもしないけれど、知ったからには正しく対処すれば呪いも祝福に変わる。
この2つの性質が、表裏一体とはそういうことだ。
「彼女の方から声をかけてくることはないけれど、いろんな意味で守ってくれるから同じ家族と思って挨拶や声掛けをしてあげて」
「わかりました!」
若い分順応力のある静波がそう言えば、皆が頷き了承してくれた。
「しかしやはり白芭の力は侮れませんな」
芯之介の言葉に一心も頷いた。
「拝み屋のようなこともしていると聞いていたが、ここまで不可思議なことが起きると驚くやら感心するやら」
「逆を言えばそれだけの人物が知崎に嫁いでくれることは良いことではないですか」
安泰安泰とニコニコの絢音に、絵梨は自分の思いを口に出した途端、その場が静まり返った。
ただ思いの外、要は大興奮で絵梨の考えに賛同してくれたので、今度の課題だな。
実行するかどうかは結婚するその時までに話し合えばいい、とその話はその場で終わった。
昼食を食べ、その後邸宅内を案内されたが、貴婦人以上のものは見当たらなかった。
処分するのは庭の置物のみでいいと助言すると、ハンマーを持った一心がすっ飛んで行きガシャン!ガシャン!と割って行く姿に苦笑いしながら静波と眺めていた。
邸宅内の貴婦人の澄んだ気と不要な置物がなくなったことで、知崎邸の周りの空気が一気に浄化され息がしやすくなった。
それは知崎の人々も感じたようで狐に摘まれたようにキョトンとしたが、静波が「ありがとう!」と絵梨の手を握ってきた。
絵梨も自身の能力の可能性を垣間見ることが出来て、知崎に感謝した。
ある意味貴重な経験が出来たと笑顔を返しておいた。
イメージの具現化。
陰陽師のそれとは違うが、絵梨にとっては思い通りに能力を使えていることに安堵した。
呪術のノウハウがない以上、少しでも武器になり得るものが手に入ったことは行幸だ、と雲1つない天を仰いだ。
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明日1話UP予定です。
楽しみにしていて下さいね〜。




