45、ご挨拶がてら小さな貢献
都内の高級住宅街の一角に、知崎の本邸はあった。
仲嶺もそれなりに大きな邸宅だったが、比じゃないな。
と自動門を抜け、聳え立つ建物を車内から見上げた。
日本を支える筆頭医薬品会社の創業者の家系なら当然っちゃ当然か。
ただ、家運が良かったため、ここまで発展していた知崎にも弱点があったのか。
知崎家の駐車場に向かう道中に、趣味の悪い置き物がいくつか目に入り、これだけの富を得ながら何故白芭に辿り着けなかったのか瞬時に理解した絵梨だった。
風水的に見ても、そこにそれは鬼門じゃない!
と思ったのは、車を所定の位置に停められるまでに3ヶ所は目にしている。
あれ、誰の趣味?
ってか、これだけの鬼門災を誘発する道具を飾っておきながら、よく家格を保ってるな。
それはそれで、この一族は生まれ持った本人達が幸運の持ち主なのかもしれない。
札をカバンに入れ、駐車場から庭を通って玄関まで徒歩で回ると、玄関先には知崎の家人4人がすでに立って待っていた。
1番先頭には白髪が少し目立つ60代の男性。
年齢的に要の父親でありこの知崎グループの会長、知崎芯之介だろう。
その後に、静波とその両親がいた。
要を少し濃くしたような顔立ちで渋みが増した男性が知崎製薬の社長、知崎一心。
年齢は40代手前だったはず。
その横にいるのは妻、知崎絢音。
一心とは大学の同級生で恋愛結婚だったと聞いている。(宇崎情報)
静波はお嬢様らしく、淡い黄色のベルベットワンピースを着て、笑顔で佇んでいた。
絵梨が「田中絵梨です。よろしくお願い致します」と挨拶すると、知崎家もそれぞれの挨拶が続いた。
その上で芯之介から一礼された。
「遠路はるばる来て頂きありがとうございます」
どこのVIP?と言いたくなるような歓迎の挨拶に、虚を突かれた。
それは要もそうだったようで、嫌そうな表情を自分の父親に向けた。
「ここには結婚の挨拶に来てもらったんだ。それに今は田中絵梨だから、そう言う言い方しないで下さい」
「しかしなぁ」
「要くんの言う通りです。あくまでここには田中として来ていますので、普通に対応して頂けると嬉しいです」
愛想笑いで絵梨が言えば、なぜか知崎一家には頬を染められた。どうした?
「先生、今日綺麗」
静波の言葉に、そういえば今日響子の化粧テクニックで4割増しのビジュになっていたなと気づき「ありがとう」と言っておいた。
「寒いですし中に入ってお話ししませんか?」
静波の母の言葉に皆が頷き、室内へ移動した。
玄関に入ってすぐに絵梨が着ていたコートを要が預かってくれたのでお任せしておいた。
皆でぞろぞろと目的地に向かっている最中にも、奥に行けば行くほど廊下に置かれた調度品を目にして絵梨は項垂れた。
「要くん、庭の置物もそうなんだけど、廊下に飾られた調度品は誰の趣味?」
「趣味悪いだろう。全部祖父様とその前当主がちまちま置いて行った集合体だよ。無くそうにも祖父様の遺言で処分も出来なくて結局そのままなんだよ」
「運気下がるから処分した方がいいよ」
思わず呟いた言葉は知崎の面々の耳にも届いたようで特に静波の母、絢音が飛び付いた。
「どの辺が運気を下げていますの?」
「庭にあった妖怪チックな置物三点ですがあの配置は不浄の者を呼び寄せるものなので、真っ先に処分した方がいいでしょう。下手に動かしても不浄の場所が移るだけなので、その場で叩き壊すことをお勧めします」
「何!?そのせいで静波にストーカーがまとわりついていたのか!?」
憤怒する要兄に、そうかもしれん。と絵梨の顔に出ていたのか、後で叩き割る!とご自分で処理する宣言をしていた。
「他には?」
絢音に言われ、ちょうど絵梨の横にあった絵画を指差した。
かなり大きな絵画だ。
全長1.2mほどの豪華な額縁で飾られた、中世ヨーロッパ時代の貴族女性が椅子に座って描かれた豪華な物だった。
絵梨はチラリと横目でその絵画を見ると、その貴族女性の目がギョロリと動き視線が合った。
怨念すごいな・・・・。
「この絵のどこが悪いんだい?」
要の言葉に絵梨は、言いにくそうにモジモジしたが誰も引く気がないのか一身に見つめられ観念した。
「この絵、生きてるよ」
言われた言葉に皆、ピンと来ずポカンとする中、静波が質問してきた。
「生きてるってどう言う意味ですか?」
「意思とでも言うのかな、この女性の考え1つでその時の女主人の命を握られる」
そっと絵画に手を当てて見れば、思念が流れ込んで来る。
明治時代からここに飾られた絵。
ここに住む住人の代々男性に好意を持つようになったこの絵の女性は、当主の妻を事故に見せかけて手をかける姿。
「代々当主の妻は、溺死、ヒートショック、転落死、交通事故に合っていませんか?」
その言葉にその場が静まり返ったが、絵梨は言葉を続けた。
「交通事故に遭ったのは、、、絢音さんですね」
「はい、そうです」
顔を強張られせて頷いたのは絢音だ。
数ヶ月前、対向車線から飛び出して来たトラックと衝突し、知崎のベテラン運転手は現在入院中。
絢音は幸運にもかすり傷で済んだと聞かされた。
「原因はこれです」
要の母親も、彼が小さい頃に亡くなっている。
2階に続く螺旋階段の上から、見えない手に押され転落死している映像にブルっと震えた。
「この絵はどうすればいい?」
要の言葉に、これは下手に処分するのは危険だ。
「とりあえず・・・・家長には今現在、決まったお相手がいないのであれば家長の寝室に移動させれば、負の連鎖は治ります」
「よし!すぐに移動しよう!」
という長男に当主がびびる。
「私を生贄にする気か!」
と慌てているが、「生贄にはなりませんよ」と訂正しておいた。
「この絵の女性が嫉妬心を向けるのは彼女と同じ性別の女性だけです。今家長に決まったお相手がいないのであれば、これは逆に守り神になりますので、良い運気が巡って来ますよ」
「もう悪いことは起きないと言う意味ですか?」
絢音に言われ肯定する。
「誰もが移動するこの場所に置かれていることが、この女性の逆鱗に触れ無差別に行動を起こさせているのです。個室の狭い空間の中で1人の男性だけが出入りするのであれば、何の問題も起きません」
「そうなると掃除の手が入りにくいのでは?」
一心に言われ、絵梨は少しして口を開いた。
「絵画の置く場所に予め黒いカーテンなどを引けるようにしてください。掃除のたびに目隠しすれば逆鱗には触れません」
「なるほど」
「ただ夫婦の寝室はNGです。代替わりする時までにはこの絵を何処か譲られる方がいいでしょう」
「どこにでも譲っていいものかい?」
要の言葉に絵梨は顔を強張らせた。
「この絵の性質は変わらない。そう言う意味では本気で誰かを生贄にしないと他家に不幸を呼び込むことになるから慎重に検討しないといけない案件よ」
「うーん、つまり親父には長生きしてくれとしか言いようがないのか」
一心の言葉に芯之介が「お前らなぁ」と脱力した。
「先生でもすごい!何でも見えるのね!」
静波の言に絵梨は眉を下げた。
「私は新米だからね。どうしたって限界がある。見えることより見えないことの方が多いのよ」
「他におかしなものはありませんか?」
絢音の言葉に絵梨は否定も肯定もしなかった。
「今見た限りでは。全体を見ていないので何とも言えませんが」
「それなら後で邸宅を案内するよ」
にこやかに笑い言う要に絵梨は頷いたが、芯之介と一心はそんな要の顔を見て表情を固くした。
リビングには大きな応接セットが置かれており広々とした空間が広がっているが、絵梨たちはその横のダイニングテーブルの方へ移動して行った。
大理石で出来た大きなテーブルに革張りの椅子が8脚置かれた豪華なダイニングテーブルだ。
奥には広々とした厨房があり、お手伝いさんがお茶の準備をしていた。
上座に会長である芯之介。部屋奥側に静波とその両親が年功序列に座った。
その向かい側に要と絵梨が座った。
「まず、絵梨さん。要がご迷惑をおかけしているようで申し訳ない」
芯之介に頭を下げられ、どうしていいか分からず絵梨は固まった。
「要は昔から一度惚れ込んだら少々度を越した執着を見せて来ました。今日見る限りその現象が見られる」
前に電話で要兄の一心にも言われていたので、やっぱりそうなのか。と隣の男を見た。
するとその視線に気がついた要は絵梨ににっこり笑って見せたが、知崎の面々はため息を吐いた。
「まずこれほど機嫌のいい要くんは初めて見ますわ」
そう言ったのは絢音だった。
そうなの?と絢音に視線を向ける間も、要は嬉しそうに絵梨の手を取り恋人繋ぎで握って来た。←もう慣れたと無視
「ここまでとは。おいこら、TPOは弁えろ」
兄の言葉に要は無視だ。
ここでお手伝いさんが緑茶の入った茶器を一人一人に配っていった。
その間も要は聞く耳がないのか握った手を離さなかった。
「この通り、一度執着すると耳も貸さない始末でしてね」
芯之介の言葉に知崎家もこの人には苦労してるんだな。とほろりと涙が出かかった。
「普段はこんなことはないんですよ。社会人として常識や責任感、周囲との円滑な人間関係など難なくこなすのです」
孤高の紳士と言われるだけの模範的な行動の数々だ。
「ですが、一度何かに執着し始めるとその辺が崩壊するため、手がつけられなくなるのです」
ため息混じりの芯之介に絵梨は質問した。
「今までにもこんなことがあったと言うことですか?」
「小学校時代に一度。それまで絵に描いたような優等生が、一気に不登校になりましてね」
「あの時は本気で困った」
父親に続き兄にも言われるが、本人は気にする素振りもない。
「何にハマったの?」
絵梨が隣の男に顔を向け聞けば「シャム猫」と短く答えた。
シャム猫?
呆然と要を見れば機嫌悪く、プイッと顔を背けて来た。
それを見た一心がため息混じりに呟いた。
「いまだに根に持ってるな。お前」
「当たり前でしょう!可愛がっていた猫を勝手に人に譲って!あの時の俺の絶望がわかりますか!」
「それ以前にお前がやることきちんとやってれば譲らずに済んだんだよ!猫可愛さに学校は登校拒否になるわ!ご飯さえお前食べずに一緒にいたがったから仕方なかったんだよ!」
わーぉ。
それは家族の言い分の方が正しいな。
で、その執着心が今は私に全振りしていると・・・・・まじか。
「と、まぁこんな感じでして苦労お察ししたします」
芯之介と一心に頭を下げられ、静波には「ね、言ったでしょう」と小声で言われた。
ズーンと虚無顔になるしかない絵梨に、隣の要は無法状態で椅子を絵梨の横にピッタリくっつけて絵梨の手をサワサワを触っている。
これを止まられる人がいないのか?
義理のお姉さんは!?
バッと絢音を見るが、なぜか笑顔でシャットアウトされた。
なぜ!?
「普段の要くんは良い子なんですけど。そうなった彼は私でも制御不能で」
弱り顔で頬に手を置いて顔を傾ける絢音に絵梨がガーンを口を開ける。
これを自分でどうにかしないといけないのか・・・。
そうか、そうなのか・・・。
家族も匙投げるほどとは本当に困った人だ。
世間の評判など当てにならない・・・・。
とガックリする絵梨だった。
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本日正午にもう1話UP予定です。
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