40、過去に囚われた者
保健室に戻るとすでに授業時間になっていることもあり、室内には誰もいなかった。
重たいため息を吐いた次の瞬間保健室の外に続く窓から足音と共に声をかけられた。
「俺をご所望と聞いて、馳せ参じましたよ」
おちゃらけた年若い男性の声が聞こえ、もう一度ため息を吐きながら窓に近ずいた絵梨は外にいる人物に呆れ顔を向けた。
「捜索部隊の責任者、恭二を呼んだつもりだったんだけど、なんで蘭丸くんが来てんのよ」
姉の部屋にいた時に響子に人を寄越すように頼んだが、思っていた人物と違う人が来て拍子抜けした。
保健室の窓近くに佇む人物は、近くの中学校の制服を着崩し片耳にフープピアスをした少年だった。
中学生の割に長身で細身でありながら野生みがある可愛い顔立ちの人物だった。
長髪を無造作にゴムで束ねた姿は少年でありながら得体の知れない色気を含んでおり、ここに女学生がいたら黄色い悲鳴ものだろう。
「恭兄は今日1日謹慎中。その理由は今朝の俺と恭兄の会話を盗み聞きしてたエリン姉ちゃんはわかってるでしょう」
そう、そしてこの少年は今朝あの踊り場で恭二を嗾けていた者だった。
宇崎蘭丸、15歳。
その身軽な身のこなしと機転の速さを買われ、2年前宇崎に引き取られた孤児だ。
裏にある児童養護施設出身者で宇崎に引き取られた今でも宇崎邸ではなく、児童養護施設で寝泊まりしながら宇崎の仕事をこなしている将来有望視されている子だ。
彼は今、恭二の下で仕事を教わっている人物でもある。
正義感は強く良いものを持っている子なのに、恭二に似て粗暴が悪く、不良少年達と連むような子でもあった。
今も本来なら学校にいる時間にも関わらずここにいるのが、良い証拠だろう。
「その前に学校を抜け出して来たの?用事は急ぎじゃないから学校終わって夕方にまた来なさい」
「そりゃないよ〜。昼食ったついでに真兄から依頼受けたからここに立ち寄ったのに、追い返すなんてさぁ」
「宇崎にも言われてるでしょう。仕事は二の次。勉学優先って」
「どうせ将来宇崎で一生仕事請け負う人生なら、勉学なんて必要ないだろう」
「バカ言わないの。無知は罪よ。帰ったらスマホで検索しなさい。それら全て生きていく上で必要なことだから皆一生懸命勉強しているの」
窓枠に膝を着き、少年を見下ろしながらその可愛らしい鼻先にちょんと指で突きながら言えば、眉を下げられた。
「どうせならそんなメイクしてない、素のエリン姉ちゃんに言われたかったわ」
「生意気言わないの」
「俺、何も響子姉ちゃんだけがドストライクじゃないぜ。エリン姉ちゃんと一緒にいる響子姉ちゃんが好きなんだ」
どう言う意味だ?
「相変わらずそっち方面、鈍チンかよ」
「意味がわからん!いいから学校に戻りなさい」
「どうせもう午後イチの授業は始まってるよ。聞きたいことがあって恭兄呼んだんでしょう。俺でわかることなら答えるぜ」
ここで押し問答しても退きそうにない若人にため息を吐きながらポケットを漁った。
「私が姉さんのお墓参りの際、その前後で周辺を監視しているって聞いたんだけど」
「うん、やってるよ。その上で今年はそのお墓参りに来るもう1人の見知らぬ女性を監視対象にして情報収集してほしいって指示は受けてるぜ」
「蘭丸くんはそこに通う女性の顔を見てるのね」
ポケットから取り出したスマホから、先ほど取り込んだばかりの写真を画面に映し出した。
「この仕事を請け負い始めた2年前から確認してるよ」
「じゃあ、この中にその人物はいるかしら?」
スマホの画面を見せながら問えば、蘭丸は目を眇めながら画面を見入った。
「ああ、多分この人だよ」
そう言って画面の一部を指差した蘭丸に「どっち!」と問い詰めるように言えば、笑って答えてくれた。
「写真の左側に写ってるメガネの人。実物はもう少し大人になってるよ」
スマホ画面を蘭丸方向に向けていたものを自身の前に戻して、まじまじともう一度写真を見入った。
「その写真の彼女はおかっぱ頭に細いフレームのメガネ姿だけど、去年、一昨年見たその人は髪は腰近くまである長い髪だったよ。派手な感じは全くない落ち着いた感じの女性で、どちらかといえば知的美人系の人。赤い存在感のある細身のフレームメガネを今はかけてるよ」
姉のアルバムの中には存在しない人が、毎年姉のお墓にお参りに来てくれている。
そうであるなら、それなりに親しかった人と推察されるが、なぜ他の写真が一枚も存在していないのか。
「姉さんが持っていたスマホの解析は済んでるんだよね」
「昔のものはね。亡くなる前に持っていたスマホは警察が押収していて帰って来ていない。それどころか所持品のほとんどが紛失していてて警察の担当刑事も真っ青になってたって話じゃなかった?」
「最新のスマホは大学に入ってから買ったものだと思うわ。私がほしいのはその前に使っていたスマホのデーターよ」
「事件前後の情報の解析しかしてないから高校時代のものは調査してないんじゃない?」
確かに。
その辺の情報精査を真一に頼もうかと思った時、持っていたスマホが振動した。
電話をかけて来た主の名前が宇崎真一と表示され、渡りに船!とすぐにその電話に出た。
「はい、絵梨です」
『真一です。今大丈夫ですか?』
「問題ないわ。こちらからも頼みたいことがあったからちょうどよかったわ」
『それより大変です。響子さん伝いに依頼された件ですが、やられました』
「・・・どう言う意味?」
『マリンの高校時代のいろんな情報を掘り出してほしいとのことでしたが、全て消えているのです』
「は?」
言われた意味がわからず呆然と立ち尽くした絵梨の耳に届いた真一の言葉は無情にもその場に垂れ流された。
『マリンの高校時代の卒業アルバム、それに基づく同級生含めた個人情報、修学旅行や学校行事の写真データー全てが消し去られています』
真一の電話の声は蘭丸にも聞こえたようで、表情を固くしていた。
「消し去られたって、誰に?」
『学校のデーターに侵入して意図的に消し去った人物のIDは、【宇崎隆二】となっています』
絵梨は足元がぐらついたように立っていられなくなり、その場に崩れ落ちそうになり窓枠にしがみついた。
それを見た蘭丸が絵梨のスマホを取り上げ、代わりに電話に出た。
「真兄、蘭丸です。今の会話聞かせてもらった上で、そのデーターが消された時期はいつです?」
『・・・・今から約9年前。正確には9年半前だ』
「ここにデーターがないなら、卒業アルバムを作成した業者に問い合わせることはできないのかよ」
『気持ちはわかるが、それは無理だ。業者もいつまでもデーターを持つには膨大な量だからな。ましてや請け負っているのは何もうちだけではない。10年以上前のデーターが残っている可能性はほぼゼロだ』
1世代前の卒業アルバムであるなら卒業生の住所なども記載されていたが、近年ではそんな情報も載せているところはない。
学園にそのデーターが消された以上、卒業生の個人情報を探す術はないだろう。
電話の向こうで真一がそんなことを言えば蘭丸は思いっきり舌打ちをした。
そんなことを2人が電話でやり取りをしていても、絵梨はデーターの有無よりも気にしていることは別にあった。
「真兄」
上の空で呟いた絵梨の言葉は蘭丸にしか聞こえていなかっただろう。
おずおずとスマホを絵梨に返してきた蘭丸に立ち上がりお礼を言った後、電話に出た。
「真兄」
『はい』
「真兄・・・」
悲痛なほどの絵梨の呼びかけに、真一は絵梨が何を気にしてるのか察し一言呟いた。
『このことは他の上層部には黙っておきます』
「ごめん」
『わかっています。前のようなことを繰り返すのは私も気が進みませんので』
「うん」
『今日は早めに退勤して頂いて構いませんので、こちらのことは私に任せてください』
「うん、わかった。後はよろしく」
『それでは失礼します』
そう言って電話を切った真一とは別に絵梨は心ここに在らずの状態で、無意識にスマホを白衣のポケットに戻すと蘭丸にも解散命令を出して保健室の自身の机の椅子に座り込んだ。
データーを消した【宇崎隆二】は恭二の父親だ。
そして仲嶺の両親の死にも関与した疑いのある人物で、現在その姿を1人眩まし逃亡している。
絵梨が気にしたのは、その事実が仲嶺の両親の死後、宇崎一族の中で起きた論争が元だった。
仲嶺の家族が亡くなり人生を狂わされたのは何も絵梨だけではなかった。
9年前の事件後、宇崎隆二が事件に関与しているかもしれないという事実が発覚した時、宇崎一族は裏切り者本人だけでなくその家族にも白羽の矢を向けた。
仲嶺に起きた事件を人知れず捜査するにあたり、その不穏分子を少しでも減らしたい、これ以上身内の中で疑惑を、不信感を持ち続けることに不安を抱いた宇崎一族は、絵梨と同じ歳の恭二を宇崎から追放処分を下した。
20歳の時に大学で再会した恭二が粗暴が悪くなっていたのは、追放処分を受けた後、壮絶な人生を歩んでいたからだった。
一族の中で唯一追放処分に反対していた真一が、知り合いが運営している児童養護施設に恭二を預かってもらえるように声をかけてくれたおかげで、路上生活にならずに済んだと言っていた時の恭二の顔を今でも覚えている。
しかしそれまで一族の恩恵を受けてぬくぬく育っていた恭二にしたら、宇崎の息がかかっていない児童養護施設での生活は決して平坦なものではなかったらしい。
小さい子ならいざ知らず15歳の目つきの悪い男に、古参である入所者、特に男子達から因縁をつけられ、喧嘩をふっかけられる生活を高校を卒業するまで受け続けた恭二はどんどんとやさぐれていったらしい。
小さな怪我は日常茶飯事。
物を壊されたり隠されたり、警察沙汰になるほどの大きな怪我を含めても数多くの悪意に晒され疲弊していったそうだ。
そんなところに長居はしたくないと早々に決めた恭二は、高校時代に何個ものバイトを掛け持ちして自立資金を貯めていた。
そんな話をしてくれたのは、同じ児童養護施設出身者の響子だった。
彼女は小学校時代に起きた地震の影響で両親を亡くし、同じ被災者であった祖父母と長い間仮住まいの中で、一緒に生活していた。
被災生活に疲れた祖父母は徐々に体を壊し1人2人と他界。
15歳の時に児童養護施設に入所した。
2人は、同じ時期に同じ養護施設に入所した同期でもあったそうだ。
同い年ということもあり何かと一緒に行動することが多かった関係で、唯一普通に接してくれる響子に好感を持ち早く独り立ちしたかった恭二から大学に行ったら一緒に住まないかと提案され、2人は付き合うことになったと聞いている。
経緯はどうであれ天涯孤独な者同士、自分の家族を早く持ちたいと思っていた2人は同棲後すぐに体の関係を持つ間柄になった。
『愛情よりも信頼が先に芽生えた変わったカップルなの』
そう言って笑った響子のお腹には、すでにその結晶がいた。
それでも2人は強い絆で結ばれているのだと思っていたのに、今回恭二のあの体たらくだ。
あいつが幼少期からマリン姉さんに淡い恋心を持っていることは知っていた。
周りに隠すこともせずに一途に真っ直ぐにその感情を向けているのを間近で見ていたからこそ、20歳の時に再会し一緒に住んでいる恋人だと響子を紹介された時は本気で驚いた。
ましてや子供まで出来て妊娠中だと聞いた時には、事実を受け止めるには衝撃すぎて冗談かと思ったくらいだ。
初恋の呪縛から解き放たれたのかと安堵したのに、そうではないと知ったのも響子の口から聞いていた。
『絵梨ちゃん、マリンって人。知ってる?』
響子と知り合い、意気投合してなんでも相談できる仲になった頃、遠慮がちに質問された。
なぜ急にそんなことを聞いてくるのか聞けば、寝言で恭二はよく『マリン』という言葉を呟くのだと悲しそうに言っていた。
あのバカは響子が昔から、見えない女の陰に怯えていることも知らずに、、、、。
今回は響子が許したから、干渉はしないがまた同じようなことがあった時にはあの面を絶対ぶん殴ってやると絵梨は決心した。
その上で今回また恭二の父親が姉のことで暗躍していたと聞き、疑惑がより深まったと違う意味で頭を抱えた。
恭二は仲嶺に起きた事件や事故で自分が宇崎から追い出されたことには、仲嶺に対して遺恨は全くないと4年前の再会した時に言っていた。
だが、自分の父親には死んでも恨んでやると憎悪を滲ませていた。
今回また疑惑が深まったと聞けば、あのバカは暴走するかもしれない。
そして絵梨が最も恐れているのは、そのことを知った上層部が再度恭二やその家族を追い出す可能性に怯えているのだ。
4年前、ここに踏み入れた際、絵梨が苦言を呈したことで宇崎は追放処分を撤回し、恭二は晴れて新妻を連れて宇崎に戻ってくることが出来た。
新しい家族も増え幸せにしてた矢先に不安要素が次々と湧いてきて、不安になるなと言う方が無理な話だ。
唯一の救いは4年前のことも含めて、上層部にずっと1人で立ち向かってくれていた真一が現在は代表を務めていることから前のようなことはないと思いたいが・・・。
恭二が父親に向ける感情を知っている真一なら今後も穏便にことが済ませられるように上層部含め恭二にもこの事実を黙っていてくれると思うが、どこから情報が漏れるかわからない以上慎重に行動した方がいいな。
そう思った絵梨は深いため息をついた。
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よろしくお願いします。
次話は明日UP予定です。




