39、思わぬ所から姉の宿題
今朝屋上付近の階段踊り場で見たことの状況が掴めない中、絵梨は昼休憩を利用して姉マリンが宇崎邸で使っていた部屋に来ていた。
正直この部屋に入るのは田中絵梨になって初めて足を踏み入れたのは4年ぶり、2度目のことだった。
厳重に保管されている部屋の鍵を差し込み入室した。
4年前宇崎邸に来てもう一度姉の事件に向き合おうと思えた時に、この部屋の存在を初めて聞かされた。
それまで宇崎邸に姉専用の部屋が用意されている事など知らなかった。
この部屋に関してはそれまでに事件の手がかりを探そうとすでに宇崎の面々が色々と調べ尽くしており絵梨が合流するまでに“事件に繋がるものはない“と結論付けられ、ある意味放置された場所でもあった。
初めてこの部屋に踏み入れた時には、部屋の中を見て姉の存在を至る所に感じただけで胸が苦しくなり、それ以降絵梨が近寄ることを避けていた場所でもあった。
あの時とは違う面持ちで室内をゆっくりと見回し、ある物が視界に入って顎が外れた。
何あれ?
以前は気が付かなかったが、壁に備え付けられた1.5m高のキャビネットの上に鎮座した、馬の被り物が目に入り呆然とした。
何あれ?
もう一度そう思いながらキャビネットに近づき見上げた。
あのマスクは何?
姉は時々突拍子もないことをして度肝を抜かれることは多かったが、あんな物何に使ったんだ?
用途が掴めず、1回視界と思考回路から頭を振って排除した。
もう一度部屋を見回し、棚の中にある分厚いフォトアルバム10冊以上が目に入り一番左上にあったアルバムを手に取った。
姉が生まれた時からの写真達がそこには納められていた。
乳幼児の頃の写真の横には母の字でその写真を撮った時の出来事や感想などが手記されていたが、育児が忙しくなって来たのか徐々にその記入する頻度が減って行き、3歳頃からは写真だけが収められたものに変わって行った。
あの母の事だ。途中から面倒くさくなって放置していた写真を姉1人がまとめここに置いていたのだろう。
逆に絵梨は、それらの写真を放置したままお座なりにひとまとめにしておいたままだったため、仲嶺を急に離れた時にそのまま置いて来てしまい現在手元には1枚もない状態だ。
それに、2番号の性なのだろう。
姉よりも明らかに少ない写真の数々に拗ねたことを幼い頃に感じたことを思い出し、眉を下げた。
意地を張らずにまとめておけばよかったな。
時系列的に納められた写真を目にし、幼稚園時代の頃に突入して思い出した。
姉の婚約者である榊原も、知崎要も幼稚園時代からの付き合いであったことを。
姉の婚約者の顔でも拝んでやろうかと1冊、2冊と見ていくが、それらしい人物の写真が1枚もなく違和感を覚えた。
以後何冊とアルバムを手に取って見てみるが、目新しいのもはない。
当たり障りのない写真の中には両親と絵梨、知崎要や宇崎真一など身近な者達がさりげなく写っているが、婚約者らしき者が1人もいないのだ。
違和感がどんどんと濃くなっていく中、徐々に現像写真が減って来た。
スマホの台頭で写真に残す必要性が減ったためだろう。
最後のアルバムを手にし高校入学時代の写真に没頭していた絵梨は部屋の入り口付近から物音が聞こえ、顔を上げて扉の方を見た。
すると扉裏にいる小さな存在に気がつきアルバムをパタリと閉じ、顔を綻ばせしゃがみ込んだ。
「扉の後ろに隠れてる可愛い子は誰かしら?」
廊下から押し戸の扉が少し開かれており、その後ろでヒョコッと見慣れた顔が遠慮がちに中を覗いていた。
肩下までのクリクリの毛先と顔半分が扉の隙間から見え、絵梨はそこにいるのが親友の愛娘であると確信してそっと腕を開いて「おいで」と優しく問いかけた。
するとゆっくりと扉から姿を現した子供はモジモジと指を交差させながらえりを上目遣いで見てきた。
絵梨はふわりと笑い「花凛ちゃん」と優しく声をかけるともう一度腕を開いて「おいで」と言えば、ようやく走って絵梨の腕に飛び込んで来た。
「えりちゃん!」
首にしがみつく形で抱きついてきた幼子を抱き上げ、立ち上がった。
少し会わなかっただけで随分重たくなっていた。
「また大きくなったわね」
「ほんとう!かりんおおきくなってる?」
「なってるなってる。しかもさらに可愛くなってわ」
へへへッと笑う幼子と額同士当てて笑った。
だが、絵梨は幼子が遠慮がちに部屋の中を覗いていたことが気になった。
普段の花凛なら絵梨の顔を見ただけで名前を呼びながら飛びついて来るほど、彼女は絵梨に懐いていた。
なのにこの部屋に入ることを躊躇っているようにも見えて、もしかしたら恭二の夜な夜なの行動が関係しているのかと心配になった。
「いつもならまっすぐに抱き着いて来てくれるのに、どうして扉の後ろに隠れてたの?」
「いつもはこのおへや、カギかかってるしひとりでははいっちゃダメって、じいじがいってた」
宇崎の年配者たちと接することが多い花凛は、同年代の子と比べても弁が立つ。
舌足らずではあるが幼子は、意思をしっかりと口にした。
そしてここでのじいじは族長、つまり真一の父のことだ。
「そうね。“一人“ではダメでも、私がいたでしょう」
「それは・・・」
「誰かに“入るな“と言われたの?」
「えっと、、、パパに」
腕の中にいる幼子が顔を曇らせ、小さな体を震わせて応える姿に、やはりここで何かあったな。と感じぎゅっと抱きしめて背中を撫でた。
絵梨の胸に頭をつけて震えて何かに耐えている姿は心が痛んだ。
「パパは、いつもここで何をしてるの?」
「わかんない。ここでみるパパはいつものパパじゃないから。はなしかけても、へんじをかえしてくれないし、こわいの」
「・・・・どう怖いの?」
「あのしゃしんのひとにむかって、いつもなにかブツブツいってるの」
花凛は部屋の隅に置かれたテーブル上に置かれた姉マリンのひまわりのような笑顔で写る写真が飾られたフレームを、指差して言った。
「かりんがはなしかけてもへんじをかえしてくれないし、かりんにきがついてほしくて、ふくをひっぱったらすごくこわいかおして、どなったの」
ブルブル震える花凛を落ち着かせようと頭を撫でた。
「パパはなんて言ったの?」
「なんていったのか、かりんにはどういういみか、わかんなかったの。ただ、いままで、みたことないくらい、こわいかおで、おおごえでいわれて、ただただこわかったの」
言い終えた花梨は震える手で絵梨の白衣の襟部分をぎゅっと握りしめた。
何やってんだ、あのバカは。
こんな小さな子にトラウマを植え付けるなど、親としてあるまじき行為だろうに!
ただ、、、、ここで絵梨は朝見た恭二の心臓に巻き付いた棘の鎖を思い出し、嫌な予感がした。
まさか恭二がいまだに姉マリンに拘っているのはあの鎖が関係しているのか?
そもそもあの鎖は何のために恭二を縛っているのだ?
この状況だけで見れば、姉マリンが恭二を何らかの意図を持って“縛った“と見えるが、ではあの時感じた少女は何者なのか?
姉とはどういう繋がりがあるのか?
くそ!また疑問が増えた!
内心焦っていると部屋の前の廊下でもう1人の気配を感じ顔を上げると、そこには息を切らした響子がいた。
「あ、よかった。ここにいたのね、花凛」
絵梨の腕の中で縮こまっていた花凛は、母親の声を聞いて勢いよく顔を上げて振り返った。
「ママ!」
絵梨が花凛を床に下ろすと、母親の元へ走って行った。
「花凛が邪魔しちゃってごめんね、絵梨ちゃん。調べ物してるのに」
「私は別にいいわよ。こんなかわいい子が会いに来てくれるなら、いつでも大歓迎よ」
そう言うと花梨は絵梨に向かって、へへへっと笑った。
それを見て響子もホッとした顔をしたが、親子揃ってこの部屋にはトラウマがあるのかもしれないと感じ、思わず両手を握り込んだ。
響子は娘を抱き上げ、絵梨の顔に翳りがあることに気がつき弱り顔になると見つめて来た。
「ごめんね、心配かけて」
先に響子から謝られ、絵梨は慌てた。
「逆に気づいて上げられなくてこっちこそごめん」
「そんな事!?私があえて言わなかったからで、絵梨ちゃんは悪くないわ」
遠慮した背景には、自分の夫が未だに囚われている人物が、絵梨の姉だから。
絵梨が能力開花して少しずつ捜査が好転して来た今が一番の正念場と誰もが感じているからこそ、宇崎全体でこの事を黙っていたのか?
いらん気遣いだ。
ため息をを吐いた後、響子親子を見た。
「いつから?」
絵梨の言葉に親子揃って首を傾げる姿に、そっくりだなと感じながら口を開く。
「あのバカがここでおかしな行動を取り始めたのは?」
響子は一瞬目を見開いた後、娘をゆっくりと降ろすと肩に手を置いた。
「花梨、じいじの所に行っててくれる?」
「どうして?」
「大事なお話があるから、花梨はじいじの所に行っていて。直ぐにママも行くから」
えーっと不満そうに唇を尖らせる幼子に絵梨はそっと頭を撫でた。
「じいじの所に行って、『ママが私とお話してるからじいじの所に来たの。ここに来ればお菓子を沢山もらえるから行ってごらんって言われた』と言えばいいわ」
絵梨の言葉に幼子はピクリと反応して絵梨の方へ顔を向けた。
「おかし!たくさん!?」
その歓喜に満ちた表情を向ける花梨に、絵梨が笑って頷けば「いくー」っと叫ぶと走り去って行った。
「もう!食べ過ぎないでよ!」
廊下を走る娘の姿を追いかけて響子がその背中に向かって声をかけるが、そりゃ族長次第だな。と無責任な事を思い絵梨は族長に、後は任せますと完全に丸投げした。
響子は直ぐに絵梨に向き直ると弱々しい顔になったがすぐには口を開かなかった。
それを見た絵梨も弱り顔になった。
「辛い時に翻訳の仕事を頼んでごめん」
「そんな事ないよ!逆に気を使わせてごめんね。正直言って他に没頭出来るものが出来て私的にはよかったから」
「逃げても問題解決にはならないでしょう。根本から取り除かなきゃずっと引きずるようになる」
「うん、わかってる。でも大丈夫よ。理由は分からないけど今朝絵梨ちゃんが理事長室に呼ばれた後、恭二くんここの鍵を族長に返還したらしくて。もうここには立ち入らないと宣言してくれたとさっき聞いたの」
え?
「そうなの?」
じゃあ、あの鎖のことはそう深刻に考えなくていいのかな?
「うん、だからこの問題はここでおしまい」
その言い分からすると、響子は恭二を許したということなのだろう。
もう少し詳しく知りたかったが、夫婦の喧嘩は犬も食わないというし、絵梨も了解と両手を上げておいた。
それを見た響子もありがとうと顔を綻ばせた。
「それより絵梨ちゃん、手を出して」
ん?急にどうした?
「何?」
「いいから」
にっこり笑う恭子に、絵梨は首を傾げながら手の平をを差し出せば、その手の中になにかを隠しながら握らされた。
手の中の感触に眉間の皺を寄せた絵梨は、恭子の顔を凝視した。
「これは?」
「昨日の夜、ここで問題が起きた時、花凛が一時姿を隠したの。よっぽど怖い思いをしたのか狭いところに逃げ込んだようで」
両手で自身の体を巻き付けるように話す恭子の顔は憂い顔だったが、一度瞼を閉じ一呼吸置くとスッと絵梨を見据えた。
「私が花凛を探していた時に時間にして小1時間くらいかしら、ひょっこり出て来た時にそれを持っていたの。今朝になってようやく渡してくれたわ」
そう言われて手を開き、手の中の物を見つめた絵梨はその品の一部に見た事のあるサインを見つけて眉間に皺が寄った。
「これって・・・」
「隠れている間に花凛は不思議な体験をしたようなの」
「・・・・不思議、な体験?」
「そう、狭くて暗いところに入った時に、絵梨ちゃんによく似た女性にこれを『お姉ちゃん』に渡してほしいと言われて、気がついたら自分の手の中にこれがあった、と」
眉を眇めながら「私によく似た女性?」と質問をすれば、恭子の瞳が部屋の隅にある机の上にある、この部屋の主の写真を見つめた。
「絵梨ちゃんの顔でありながら、口元に黒子がある人。その人がそれを絵梨ちゃんに渡してほしいと言って姿を消した。花凛はそう言っていたわ」
私の顔に似た口元に黒子のある人物など、姉以外にはいない。
それに花凛が家族として『お姉ちゃん』と認識しているのは、絵梨だけだと少し前に花凛自身が言ってくれた言葉だ。
しかし姿を消えたということは、霊体?
思わず口から出たのだろう。響子が否定してきた。
「多分霊体というより、夢に出て来たんじゃないかしら?実際花凛は隠れていた時にうたた寝したのか、口元に涎の跡があったから」
「でも姉さんの姿を見たと言ったのよね」
「ええ、どちらにしても白芭が関係している以上、どちらも起きて不思議ではないことだから。それからするとその中に事件に関して何か重要なメッセージが入っているのかもしれないわ」
絵梨の手の中には、姉マリンのサインが入ったUSBが1つ握られていた。
この中に何のデーターが入っているのか?
その部屋のテーブル上にあったパソコンを立ち上げUSBを差し込みデーターを読み込んだ。
そこにはホルダーが1つだけあり、クリックして中を確認すれば1枚の写真データーが残されていた。
その写真をクリックして出てきた映像は、姉を中心に親しそうに2人の女性が寄り添いみんな同じ方向を向いて笑顔で写った写真だった。
「これってこの学園にいた頃の写真?」
一緒に見ていた響子が呟いたが、絵梨も肯定するように頷いた。
今から約12年前にこの学園は制服を大幅にリニューアルしている。
特に夏服に関しては現在はワイシャツ型だが、以前はセーラー服だった。
姉が着ている制服は旧型の制服ではあるが、姉の高校時代に何度となく見ていた制服姿だ。
セーラー服で見覚えのない風景の中で撮られた写真が映し出されていた。
「修学旅行の写真か?」
そう感じて先ほどまで見ていたアルバムの中身を思い出し、もう一度最後のアルバムを引っ張り出して中を確認した。
入学式や教室内で誰が撮ったかわからないいくつかの写真の中で、USBに入っていた人物達が映る写真が一つもない。
姉の婚約者だった男を含め、なぜか意図的に映されていない人物たち。
違和感が大きくなる中、このUSBに入っている写真は何かを暗示していると感じた絵梨は、響子にいくつかの要望を出しておいた。
指示を受けた響子は了承すると理事長の真一のところに向かって行った。
絵梨はパソコン画面に映る3人の少女たちを自分のスマホに取り込むと、そっとパソコンの電源を落とした。
そしてテーブル上に置かれた姉マリンの写真に目を向けると口をついて出た。
「謎解きは私が苦手なの知ってて難問ふっかけてくる姉さんは相変わらずね。右往左往してる私を見て満足?」
『困ってるエリンを見ると構いたくなるのよね〜。どうしてあなたはこんなに可愛いのかしら!』
そう言って生前悪戯や難問をふっかけては困らせていた姉が、絵梨を構い倒す姿を思い出し眉を下げた。
「それが許されたのは姉さんが近くにいて助けてくれてたから。そんな時間も楽しいと思えてたからよ。でも今はここにいないじゃない。なのに、今になってこんな事を起こして何がしたいの?」
取り憑くなら私にして欲しかった。
そうしたならこれから起こる未知の出来事にも真っ向から正々堂々と立ち向かえるのに、どうして知らない人に取り憑いたのよ。
問いかけたところで答えてくれる者はおらず、遠くで学園のチャイムを耳で拾うと肩を落として学園に、自分の職場に戻って行った絵梨だった。
面白な、良かった、続きが気になる!と思われたらブックマーク登録、作品の「評価」⭐︎アイコンボタン押して頂けると励みになりますので、よろしくお願いします。
次話投稿は明日UP予定です。




