35、真髄に迫って、、、
どどどどどどどういうこと!?
絵梨も瀧田も驚き響子を見るが、彼女はえへへと鼻の下を擦ってみせた。
「もう古文の解読なんて何年ぶりかしら。興が乗って読み進めてみたら、そう書いてあったのよ」
そこまで言った響子の肩を絵梨は掴むと笑顔になった。
しかし肩に置かれた指がぎりぎりと力が入ってきて響子は絵梨の顔を弱り顔で見てきたが絵梨は黒い笑みを浮かべて言った。
「あんた、あれだけ子育てに支障がない程度に解読してって言ったのにまた無茶してるわね!」
「花凛のお世話はちゃんとしてるよ!」
「徹夜しろってことじゃないって言ったよね!」
「でも」
「でもじゃない!母親ならちゃんとしなさい!」
「楽しくて、つい」
「ついじゃない。そこで倒れるようなことになったら、恭二に何て言われるか」
「ごめん」
「頼むから無理だけはしないで」
「うん、でも性分だから我慢して。それにあの冊子に書かれていることが絵梨ちゃんに繋がってるって思ったら辞められなくて、気がついたら朝に・・・」
ここに来て瀧田が口を挟んできた。
「その冊子とは何のことですか?」と聞かれたので、これまでの経緯を説明した。
その上で瀧田は響子を見据えた。
「あなたは、古文、しかも連綿体が読めるのですか?」
「え、あ、はい。大学の専攻が古典だったので好んで読んでるんです」
「それだけじゃないわよ。響子は古い美術品の鑑定も出来るから、本当なら古美術商とか向いてるんだけどね」
「ここに嫁いだ以上、それも夢のまた夢よ」
「宇崎に申請すれば認めてもらえるんじゃないの?」
「子育てしてる間にまた妊娠したらその話も頓挫するから、言えたとしても子供達が小学校卒業する頃かな。そういう意味でかなり先の話よ」
それもそうだな。
「あの」
瀧田が再度話を割って入ったことで話が脱線していることに2人気付き背を伸ばしたが、先ほどとは違い瀧田が下手に出てきた。
「ちなみにその冊子の解読はどれくらいでお済みになりますか?」
「えーっとそうですね。一ヶ月後には確実に解読してみせます!」
古文を現代語に変えることは容易く、響子ならそこはすでに文字起こしは終わっている段階だろう。
昔の手紙などが読めない最大の理由は候文という文体、古い書式や作法、省略と慣用表現、旧暦や地名・単位など、文章を支える“常識”のズレが同時に効いてくるからだ。
文字だけ読めても、ルールが分からなければ古文書としての意味がつながらない。
今響子がしていることは[どこが定型句で、どこが本当の用件か][誰から誰への書状か]といった骨組みを取れるようにしているのだろう。
だが1ヶ月もかかると言われて絵梨は苦言を申した。
「ざっくり内容が分かればいいのよ」
と、言ったが響子は目が血走った状態で「無理」と返されてしまった。
滝田はそんな2人を見て遠慮がちに口を開いた。
「その解読が終わりましたら、私にも見せて頂けませんか?」
「え、いいですよ。っというか、白芭関係の人だから絵梨ちゃんがその辺は共有すると思うので連絡先を教えて頂けるならデーター送りますよ」
「よろしくお願い致します」
そんなしおらしい瀧田に絵梨は半眼で見やった。
「瀧田さん、これ以上の隠し事はもうないんだよね」
とはいえ、これといった有力な情報が話の中にあったわけはなく、単純な人により悪意では説明がつかない悪縁が引き起こした事件であるとわかっただけなんだが。
分家の仕業かと思ったのに、事はさらにややこしくなったと内心気分が悪かった。
情報が大事、というのは捜査の基本だが。
白芭の教えである点と点を結ぶ作業に1つでも情報を見逃すと見当違いの結論に至るのだと、身をもって知った絵梨だった。
ここから先は更に慎重さが求められる。と聞き手の拳を強く握り込んだ。
「ありません。これより先は逆に絵梨様の方が情報が集中するでしょうから、今度は私が仲間はずれになるのでしょうか?」
どことなく棘のある言い方に絵梨も応戦した。
「その言い分からするとこれまで私は仲間はずれにされていたと言いたいのかしら?でも心配しなくていいわよ。あなたにはこれからお祖母ちゃんの代わりに私がこき使ってあげるから」
目には目を、の精神で言えば、響子は絵梨が反撃したことに溜飲を下げ、ニコニコと2人のやり取りを見ていた。
「当主様と私の関係を知っていて、こき使うという表現を使うとは、随分と生意気ですね」
「そうね。なにしろこの先私と〈鍵〉がいなければ事件解決にはならなそうだし、そこはお祖母ちゃんもわかっていたみたいよね。だったら今後は私に仕えろ。くらいは伝えられてるんじゃないの?」
グヌっと口どもった瀧田を見て、絵梨は退出しようと背中を向けて舌を出しながら扉に足を向けながら、疑問が浮かび足を止めた。
「ねえ、瀧田さん。外道は、やっぱり白芭と同等の力が使える。そう見ていいのよね?」
「恐らく。そうでなければ呪う行為は成立しませんから。そういう意味で今後はさらに慎重に行動した方がいいでしょう」
絵梨は再度瀧田に向き合った。
「そういうことなら、知崎との婚約発表は少し引き延ばしてほしいわ。そこから足がつくのは避けたい」
「そうですね。今日こちらに伺ったのも例の絵画が宇崎に搬送されたと聞き参った次第でしたので、こんなことになるとは梅雨とも思っておりませんでした」
この人嫌味を言わないと生きていけないの?
「そりゃ悪ーございましたね」
「そのことで一つ助言致します」
まだ何か言いたいことがあるのか?とゲンナリした時、肝心なことを聞くのを忘れていたことに気がついた。
「真梨様らしき亡霊を見たとおっしゃいましたが」
そうだった!?と瀧田の顔を見れば茶化す気はないらしく真剣な表情をしていた。
「あなたがどう感じたのか、今一度思い出して下さい。呪いとは恐ろしいものです。しかし見方を変えればそれは祝福にもなり得ます。例えるなら、家族の中に呪いを受けて死んだものがいるとします。その家族は裕福でその男ありきの生活をしていたために家族は嘆き苦しみますが、一方見方を変えれば呪い殺された人物の横暴さに耐え地獄を与えられていた者達からするとそれは地獄の解放を意味し、祝福とも捉えられるのです。こういった見る者によって呪いとも祝福とも捉えられる隠の呪術は、全てが後ろ暗いものとは限りません」
確かにそうだ。
白芭の紋も一族本人達からすると呪いと思いながらも、白芭を頼り施されて来た者達からするとこの能力は祝福と捉えられている。
その言い分を聞いて、姉もどきに会った時を思い出し思考する。
「最初、それが近くに寄って来たと感じた時は不穏な気配に身震いを覚えた。しかしいざ対面した時、懐かしさと悲しさ、不安と言った感情を受け取ったけど、そこに恐れはなかった。不穏なモノに私が必要以上に怖がったことで震えが止まらなかったけど、邪悪だったかと言われると違う」
「呪術で怨霊がその人物を呪っているならその顔は醜く歪んでいます。中には露骨に今にも殺してやりたいという態度が見て取れ、真正面から首に手をかけ絞め上げながら睨めつけるように見ているモノのいるほどです」
それなら答えはNOだ。
「姉らしきものはその女性に取り憑いている、、、、というより、寄り添っているように見えた。何かから守るように優しく背後から抱きつくように腕を回していた。顔も目から黒い血の涙を流してはいたけど、悲しそうにも見えた。私を認識して不気味ではあったけど笑っていた。間違っても醜く歪んではいなかった」
一瞬逡巡した瀧田はある一つの過程を言ってのけた。
「断言はできませんが、真梨様は誰かを呪ったのは間違い無いでしょう。しかしその対象は、憑いているその女性ではない。むしろ他の者を呪いつつその彼女を守っていると思っていいと思います」
「そんなことが可能なの?」
「隠の術者、呪詛師のポテンシャルは普通の術者が思いつかないようなことをするそうですから、真梨様ほどの術者なら可能だろうと推測されます」
そこまで話を聞いて、ある事実に絵梨は気付き冷や汗が溢れたが、それをここで言うのは憚られた。
もし、そうなら。
全てのことがひっくり返る可能性が出て来るからだ。
早いうちに姉の婚約者だった榊原に面会できるように要請を出した方がいいな。
もしかしたら瀧田もそのことには気付いているのかもしれないが、これ以上の話はないと言った以上、口止めされている可能性がある。
では誰に?
恐らく祖母じゃない。
あの2人の内どちらかだな。
仲の良かった家族だと思っていたんだが、どうも秘密が多い家族だったようだ。
「絵梨ちゃん?」
考え込んだ絵梨を心配したのか響子が顔を覗き込んで来たが、なんでもないと思考を止めた。
その上であの時の感覚。
「鍵が閉まる感覚と歯車の逆回転はどう見る?」
「その感覚に間違いありませんか?」
「うーん、、、鍵が閉まるというより、蓋をするイメージの方がしっくりくるかな」
「蓋?臭いものに蓋をするイメージってこと?」
響子の言葉に絵梨は素直に頷いた。
「表現は合ってる」
「そこへ向けて逆回転ですか?」
瀧田の質問に絵梨はもう一度頷いた。
「正常ではなかった。まるでジェットコースターに乗って真正面から受けていた風が蓋されたことで止まり、その後バックし背中から風を受ける感覚に似ていて、とにかく気持ちが悪かった」
元々そういう乗り物は好きじゃないもんね。と響子に言われ眉を下げた絵梨は頷いた。
この時、瀧田はいつだったか真梨と話をした時のことを思い出した。
『瀧田さん、もしエリンに術を教えることがあったら理路整然と1から順番に教えるのはやめた方がいいですよ』
『何故です?』
『あの子はせっかちなんです。それに加えてド正論ぶつけられると機嫌が悪くなる。例えそれが正しいことであっても。本人が悪いことした訳でもないのに不機嫌になるんですよ。困った子でしょう。だからあの子に教える時は感覚で教えた方が飲み込みが早いと思います』
これまで白芭に興味を持たず片手間でしか学んでこなかった絵梨のことを、瀧田は好きになれなかった。
亡くなった主が残される孫に仕えろと言われるなら最後の仕事として力は貸すが、無駄に当主に似た雰囲気を纏い言葉を放つ姿に苛立っていた。
ここまで似ていながら白芭を終わらせると主に決断させた原因のお孫様を見ると残念で仕方なかった。
主の娘である美鈴が自由を求めた時と同様に、その影響を受けて育った絵梨の行動に自分が異を唱えるのは臣下としてはおかしなことだ。
しかし感覚とはいえ、これほど的確に話せる力量と能力が垣間見れる状態があるとわかった今、尚更無念でならないと息を大きく吐いた。
「で、あるなら何らかの力が働いていたものが遮断“され、回っていた運命の歯車が逆に動き始めた“と憶測されます」
「それを良しと捉えるか悪化と捉えるかは、今後の動きを見るしかわからないってことよね」
「1つ言えることはその術を発動したのが真梨様であるなら、白芭にとっては好転と見るのが定石でしょう」
確かにそうだが、慎重に越したことはない。
「楽観は命取りだな。慎重に考えて行こう」
「御意。では絵画を受け取り知崎家には公表は後回しにする旨はお伝えしますが、次の週末は〈鍵〉方様のご家族への挨拶には必ず行ってください」
ちっ!事件の詳細がわかって解決するまで保留にしたかったのに、釘を刺された!とそっぽを向いた。
「絵梨様往生際が悪いことばかりしていると白芭の門を再度開かせ再興させますよ」
脅すなよ!を憤慨するが瀧田が念を押して来た。
「〈鍵〉に関しては、諦めてくださいと何度も申し上げました。あなたと彼の宿縁は不幸にも2度行われております。これほど強固な呪いは他には存在しないでしょう」
は?
ぽかんとする絵梨は瀧田は、あ!と何かに気がつき目を逸らした。
「失礼しました。呪いは前世で2回、現世ですでに血の縛りが行われておりますので計3回でしたね」
術者と〈鍵〉の血の縛りを前世で1回、そこへ向けて初代が余計なことに1回縁を切って〈鍵〉の嘆願でもう1度繋ぎ合わせたことで一本の糸が絡んで歪に繋がったところに、今世で再度血の縛りが行われたことで糸程度の縛りが子指の太さ並みにぶっとくなってるってこと?
要が異常なほど絵梨に執着を見せるのはそのせい!?
「紋を消せ!」
頼む消してくれ!?
「無理です。その紋は死んでも残ります」
瀧田の容赦ない言葉にシクシクシクと泣く絵梨に誰も声をかけられなくなった時、要が痺れを切らしてドアを蹴り破って入室してきてからは大騒ぎになった。
真梨のことも含めて色々聞きたい宇崎と要の攻防は、響子の腕の中で泣いていた絵梨には他人事のように見つめていた。
もう何も考えたくはない。
今日1日はもう何も考えずに家に帰ってぐっすり眠りたい。
瀧田はそんな惨状を横目に絵画だけを受け取り一礼して去って行った。
響子が二、三話をしていたから連絡先の交換は済んでいるだろう。
「帰りたい」
思わず出た言葉に一早く動いたのは要だった。
すぐに抱き上げられたが、混乱を収拾させる為に一旦静止させた。
今日はもう考えがまとまらないから明日詳しい話はする。と真一達に伝えて要の家に2人で帰って行った。
先ほど瀧田が帰り際に絵梨に預けて行った札と共に。
要の車に乗って帰る際に眠気に勝てず揺れに身を預け目を閉じ、部屋を出た後、玄関先でタクシーを待っていた瀧田を鉢合わせし呼び止められたことを思い出していた。
『絵梨様、今後はこの札をお持ちください』
和紙の紙に特殊な文字や記号が記された、まじない札を1枚渡された。
『これは?』
『視覚妨害の札です。今後は目立って動くのは自殺行為ですのでこれを持って行動下さい』
『持ち歩くだけでいいの?』
『はい。そうすれば人によって絵梨様の姿が老婆や子供の姿に見えるはずですから。目眩しには有効です。それからこれまで通り真名で呼び合わないようにして下さい。相手が術者とわかった以上、敵に真名を知られるのは命取りですから』
それ以上の説明は不要だ。
真名を知られれば相手の思う壺。身動きできなくなり意識を奪われ、呪われ殺される。
だから陰陽師達は皆、真名を隠して偽名で動いていた。
初代彰子が櫻と名乗っていたように、高彬も陰陽師時代には別の名が与えられていたはずだ。
大妖怪でさえ真名を知られれば、陰陽師達にその身を拘束され退治されたと言われるほど真名は大事なものだった。
そういう意味で姉の真梨がマリン、絵梨をエリンと呼んでいたのはある意味、先見の目があったのかもしれない。
それに何より仲嶺絵梨は、祖母の采配で現在田中絵梨となっており二重の意味で真名が隠されている。
1人残される絵梨に皆が考慮した結果なのだろうな。
そんなことを思いながら深い眠り就き、絵梨はマンションに到着するまで身を横たえた。




