33、初代の〈鍵〉
「まず紋についてですが、初代様の下向き紋から2代目様から上向き紋に変わっています。しかしそのことを初代様とその〈鍵〉方の高彬様はその事実を子にも秘密にしていたようです」
「なぜ初代夫婦は下向き紋を家族にも隠していたの?そもそも2代目からどうして上向き紋に変わったの?」
「まず何故親族にまで隠したのかですが、高彬様の手記を探し出し、その理由も判明しております。初代様は朝廷からの勅命もあり陰陽師の術を使ってすぐにでも貢献したかったようですが思うように使えないことに大変落胆されていたそうです」
そこまで説明した瀧田は持っていたカバンから一冊の冊子を取り出した。
紙の外側だけ色の褪せたその冊子は現代のものよりも髪質が荒いものだったが、綺麗な綴り字で書かれた書物だった。
付箋が貼られたページを開き、ある一文を指差した。
ただここでも綴り文字の連綿体かよ。と絵梨は顔を顰めたが、瀧田はスラスラと読み始めた。
【次代を、と勅命を受け実行した所で楽観はできない。生まれ出た子に陰陽師の才がある可能性がどれだけあるのか。私たち夫婦は大いに悩んだ。しかも彰子は結婚後、夢でのお告げもなくなり八方塞がりだと泣き暮らしていた】
指差して言う瀧田に「これ、読めるの?」と聞けば、「読んだのは3代目葵子様の記憶のある当主様です」と返事が返って来た。
ここでもその時代の記憶が役に立つとは。もうドーピングの域を超えてんじゃん、祖母ちゃん。
瀧田は祖母が読み上げた場所を細かくメモを取り頭に叩き込んだと言い切った。
どこまで忠け、ゲフゲフ忠臣なんだ・・・。
しかし、初代夫婦の不安も一理ある。
ここで出てきた名前、彰子とは白芭櫻の真名だ。
櫻という名は筆頭巫女になった時に主上に与えられた名であり、それまで彰子として姓を受け生きた娘だった。
激動の人生を歩んだ彼女はどんな人生を望んでいたのだろうか?
そんな中、呪いを受け筆頭巫女の地位を奪われ、挙げ句の果てには〈鍵〉との性急な子作り宣言を勅命されるとは・・・。
あの時代には羞恥の何者でもなく醜聞だっただろう。
ふと気になり話を遮るように瀧田に質問してしまった。
「白芭櫻、は急に〈鍵〉を受け取って戸惑わなかったんだろうか?」
「多少は戸惑われたでしょうが、他の男性でなかっただけ良かったと思われたと思いますよ」
「なんで?」
「お二人はもともとは恋人同士だったそうです」
・・・・・そうなの!?
「あの当時の交際は文通のやり取りが基本ですから、清い交際とは言え将来を約束されていたそうです。巫女も年の功を取ると引退し臣下に下賜されていたようですから、その下賜先を高彬様は名乗り出ていたそうです。ただ時の筆頭巫女ということでその候補先は他にもあったようですが」
恋人同士で結婚か。それならまだ溜飲は下がる。
好まぬ相手との強制的な行為など◯イプでしかないのだから。
それからするとあの夫婦がもっとも心配したのは、今後生まれて来る子供の心体と一族の基軸として全ての荷を負わせてしまう重積。
実際には以後、優秀な術師を輩出できており白芭の女帝の時代まで栄華を誇った。
しかしそれは結果論だ。
その辺の未来が当時の初代が夢で見られなかったのなら、打てる対策を打とうとしたはず。
「それなら尚更子供の行く末を案じたわよね」
そう考えた絵梨の判断は次の瀧田の言葉で肯定された。
「はい。子供が初代様同様に陰陽師とはほど遠い者と判明した日には白芭の存続も危ぶまれます。そこで御夫婦で話し合い、自分達に出来ることを画策されたそうです。白芭の能力の根源であり呪いの媒体でもある紋を陰陽師であった高彬様が、お腹にいる赤子の体に紋が出現する前にその術式を書き加える形で能力の解放がしやすい、女性でも技を扱いやすいようにと紋(呪い)を書き換えた。と記述が残っています」
次のページをめくると、絵梨と同じ紋と姉や祖母にあった紋のイラストが書かれていた。
「高彬様は第1子の妊娠発覚したその日から毎日少しづつ子供に負担をかけないように紋の位置を変えながら呪術を発動させていき、初代様はその力の流れを子供を通して学ばれ、術の発動条件を知って行ったのだそうです。生まれた赤子の紋が上下逆さになったことで初代様よりも扱いやすいものに変わった瞬間に経絡への気の流れが陰陽師のそれと同じだと確認したお2人は当分の間涙が止まらなかったそうです」
「とてつもない根気のいる作業よね。それを5人の子供全てに行ったの?」
「そのようです。ただし途中男児であるとわかった時は中断したようですが、下の2人の女児には琴子様の時と同じように書き換えたようです」
「その後はそのまま今世まで上向き紋が残ったってことよね。初代はそこまで苦労したのに、下向き紋をなぜ親族にも知らせていなかったの?」
「今後は必要のない古式の紋を覚えておく必要はない。初代様は扱いにくい下向き紋を忌み嫌っていたそうです」
夫〈鍵〉により正しく能力を扱いやすいものに書き換え、自分の紋を恥と捉えていたと言うこと?
しかし・・・・。
そこまでのことをやり遂げる白芭高彬とはどんな人物なのか。
巫女を陰陽師に書き換えた術者も相当なものだが、その同じ時代に安倍晴明並の術者がそんなにもポンポン存在するものなのだろうか?
「ねえ、疑問なんだけど。高彬って信用出来るの?他人が施した呪術を呪術で書き換える陰陽師ってすごい人だよね。そんな人物が沢山いるとも思えないんだけど、まさか初代を呪ったのは高彬じゃないよね?」
「そう思われても仕方ないほど高彬様は優秀だったそうですが、葵子様に言わせればその質問には『あり得ない』だそうです。なぜなら高彬様が宿願としてお願いしたことの一つが」
【初代に呪いをかけた外道は必ず白芭にまた接近してくる。その時は葵子、其方が私に変わり成敗しておくれ】
「と、言うものだったそうです」
成敗?いつどのタイミングでその外道が接触するかわからないのに、どうやって成敗すると言うのだ。
・・・・・いや、だから輪廻転生なのか?
「まさか、このタイミングで白芭葵子が生まれ変わったのは、その外道が今この時代に近くにいるからなの?」
「当主様はそうでなければ、自分の存在意義の説明がつかないと言っておられました」
「今、ここに、もう、お祖母ちゃんがいないのに!?」
言いたいことはもっと他にもあるが、この際そっちは天才的な陰陽師なら輪廻転生の宿縁をその外道に合わせて生まれ変わるように出来たとしよう!どうやって、と質問したところで瀧田にも答えを持ち合わせてはいないのだろうから。
だが、その外道が近くにいながら白芭葵子の生まれ変わりである白芭の女帝が亡くなっている以上、その討伐を誰がするのよ!
私しか残ってないんだが!?
それこそ、どうやってよ!!!
「残念なことにその宿願のことを思い出したのが当主様が余命宣告を受けた直後なのです」
なんだって!?
「さっきも言ったはずです。ある人物に邂逅した瞬間にそれらを思い出したのだ、と」
ここに話がつながって来るのか・・・・。
「高彬の生まれ変わりって人ね」
「そうです。私もその場に居合わせ呆然とする当主様がその姿を追って振り返り確かに呟かれたのです」
『お祖父様?』
そう言った朋恵はその後狼狽したことを。
「その後当主様は入院を遅らせ」
「それはもう聞いた。奥蔵に潜ったんだよね」
「はい」
「外道はともかく、その高彬の生まれ変わりは誰なの?その人も前世の記憶を持ってるの?」
「いいえ、持っておられないと思います。持っていたなら当主様と邂逅した時にお孫様であると気づいたはずですから」
天才的な陰陽師だったなら記憶があれば姿形が変わっていても判別出来るか。
確かにそうかもしれないな。
「記憶を持っていたなら話が早かったのに。そもそも何で孫にそんな宿願を補えなんて言ったの?自分も生まれ変わってるなら自分で復讐すればよかったじゃない」
「白芭は女系家系です。男性の高彬様は白芭に転生は無理です」
「郁三爺さんのような存在もいるじゃない」
「あれは論外です!」
さっきまで普通に話していた瀧田が急に般若の面を被ったような表情で反論されて気圧された絵梨は心臓がバクバクした。
怖!瀧田は郁三爺さんに何かされたの確定だな・・・・。
もう瀧田の前で郁三爺さんの話をするのはやめておこう。
「そ、そうか。無理なのか」
「ええ、無理なのです。ですが宿縁は有効打になります。そこを見越して高彬様はもう1つの宿願を葵子様に前世で"あること"をしてもらうように初代様が亡くなった後に施すように頼まれております」
宿縁、前世、初代が亡くなった後に?
全くなんのことやら、さっぱりわからん!まどろっこしいのは好かん!
「何を頼んだの?」
「高彬様は初代様の性格を正しく理解されていたようです」
【葵子、私が亡くなった後。彰子、お祖母様は間違いなく埋葬の前に私との縁切りを行うだろう。だが私はそれを望まないし、受け入れられないのだ。どんな形であれ葵子とも縁が切れるのは祖父は寂しい。だからお祖母様が亡くなった後でいい。反転術式で縁切りを反故にしてほしいのだ】
初代に対する〈鍵〉の執着は相当なものだな・・・。
それ以前に初代はなぜ〈鍵〉が亡くなった後に離縁する?
そもそも本当に離縁しているのか?
「初代は・・・」
「はい、実際に離縁の儀を行なっているそうです」
「なぜ?我が子のために献身的に力になってくれた夫でしょう?彼がいなければ白芭は取り潰されていた可能性すらあったのに・・・」
「お2人はもともと恋人同士だったとはいえ、呪いにより〈鍵〉に選ばれ、陰陽師の最高峰に登り詰めることも出来た高彬様を白芭に自分に縛ることになりずっと苦しい思いを初代様は持っていたそうです。死して尚、白芭に縛られる必要はない。来世は自分のやりたいことを邁進してほしい。そんな思いから縁切りを行ったそうです」
「だが〈鍵〉である高彬はそれを望まず、反故にするように孫に頼んだと?そこは術者として玄人である娘の琴子に頼む方が良かったんじゃないの?」
「いいえ、先ほどもお伝えしましたが、琴子様はどこまで行っても初代様至上主義ですから父に言われたところで母が望まないならNOを突きつけた思います」
!!た、確かに!?
高彬って相当頭が切れる人だったのかしら。
それとも客観的に人をよく見ていたのかどちらかだな。
「術のことに関しては素人だから聞くけど、一方は縁を切りたい。もう一方は切りたくない。この場合反故の術って成立するの?」
「完全に復縁することは難しいです。ですからお互いの妥協できるラインを見極めて反転術式を施した。当主様は当時を思い出しそう言われておりました」
「妥協出来るライン?」
「この術には双方の意見がぶつかっている状態です。ですからどこまでなら受け入れられるか、この時琴子様も含めて相談し決めたそうです」
「・・・・さっきの話では2代目は初代至上主義で話にならないようなこと言ってなかった?」
「ここで2代目様が登場するには理由があります。琴子様は隠専用の術師で霊体との会話が出来る方だったそうです」
霊体!?
「それって、お化けってこと?お化けと話が出来る存在だったってこと!?」
「はい、現代の白芭当主もそうですが、故人との会話は可能です」
初耳なんだが!?
お化けは大の苦手な絵梨はブルっと震えた。が、聞き捨てならない言葉を思い出し瀧田を見た。
「隠専用?姉さんと同じ?」
「その通りです。そしてここでも宿縁が有効打となっています」
「どういう」
「宿縁は何も恋人や夫婦だけに留まりません。親、子子孫孫も有効と申し上げました」
「ちょっと待って!じゃあ姉さんがその2代目琴子の生まれ変わりだったと言いたいの?!」
「当主様は亡くなる前にそう結論づけました」
「これまでそんな風に見てなかったのに!?」
「そこも高彬様にしてやられたと悔やまれておりました。前世の記憶、それも親族や人間関係に関することには阻害の呪いがかかっていたようです」
「なぜ?自分の代わりに外道を成敗してほしいと頼んでおきながら一部の記憶を阻害するなんておかしいじゃない」
「いいえ、そうでもありません。先入観で捜査することは固定観念に縛られる原因になり大事なことを見逃しやすくなります」
今までの捜査で進展がなかった絵梨には、その言葉にグサ!とテクニカルヒットを受け、ゲフ!と見えない血を口から吐いた。
「客観的、中立的な視点で接するとこで事実に基づき柔軟な思考で物事を判断できることが出来るのです」
グサグサ!と槍が絵梨の上部に降り注ぎ、その場に倒れ込んだ。
「これまでも真梨様の事件の真相に辿り着けなかったことに当主様も憤っておりました」
『そこに白芭にとって根深い因縁が絡みついていたことに亡くなる直前になって分かった事は遅きに失するが、絵梨に取っても他人事ではないと思えば私の役目はその一端を絵梨に示し、あの子にこの因縁の決着をつけてもらうのが筋だろう』
「と言われておりました」
どこが筋だ。あのババア!
「前世、葵子様と琴子様は、故人となり霊体の初代夫婦の縁をどうするか検討した結果、初代櫻様は次の人生では自由に生きてみたいと申されたそうです。それは2度と白芭とは関わりたくないという意思表示だった。精神が体に執着を見せなかったことに着目した琴子様は質問したそうです」
『肉体と精神を離すので、肉体に関しては父上との宿縁を戻す。それなら妥協出来ますか?』と。
「そして当主、朋恵様との宿縁によりお孫様の1人に2代目様。そして初代様と同じ体で生まれた絵梨様が誕生した」
脳内で危険信号のように赤いランプがチカチカと点滅していたが、言葉が出なかった。
聞きたくない。聞けば後戻りは出来なくなる。
祖母ちゃんからこちらの意思を無視したようにバトンを投げつけられているのにそれをまだ気付きたくないと本能が叫んでいた。
が、瀧田は逃さなかった。
「絵梨様、あなたのその体は初代様の生まれ変わりを意味しています」
グッと顔を顰めた絵梨は現実を突きつける。
「私に前世の記憶なんてない」
要と密通した日に蘇ってもいない。
「なくて当たり前です。精神を肉体を切り離しているということは初代様の記憶の部分を無くした“器“ということですから」
「器に何が出来るっていうのよ」
「当主様も記憶は無くとも体は覚えておいででした。だから白芭の女帝とまで言われたのです」
強い口調で言われ、それでも反論しようとした絵梨はその後、あることに気が付き閉口した。
高彬は初代の器とだけ宿縁を戻した。
そして祖母が亡くなる直前に邂逅した高彬の生まれ変わり・・・・。
まさか。
「まさか・・・要、くん、がその高彬の?」
瀧田が黙って大きく頷いたのを目視で確認した絵梨は信じたくない!と思った瞬間、意識がブツリと切れその場でソファに倒れ込む形で意識を失った。
その直後、夢を見た。




