31、次代の天才説の真相
「話を戻しますが」
脱線した思考で言い訳を垂れ流していた絵梨は、瀧田の声にハッとして姿勢を正した。
「真梨様が陽の才能がなかったのは身近で見ておりましたので間違いありません。陽とは生、陰とは死を意味し真梨様はこれから生まれ出る者の性別を透視することが出来ませんでした。代わりに死相は驚くほど完璧に見られていました」
死相。死期が近づいた人の顔に表れる青白い顔色、濁った目、額や鼻の影などの特徴がある。
「特に病気の予兆を患者本人が気付いていない状態で、病院に行く事を勧めたりされておりました。白芭で働くスタッフの何人かは当主様が若い頃からお世話をしてくれている者も多く年配者が多かったのですが、真梨様の助言に耳を傾け病院を訪れたほとんどの者が病に侵されていると診断が下っていたのです。しかしそのほとんどが初期症状であったために通院で済んだとお礼を言われていることが多々ありました」
中にはかなり進行していた者もいたが、最悪のケースは免れたと家族が涙ながらにお礼を言いに来たこともあった、と言う瀧田の表情は誇らしそうだった。
「おばあちゃんでもそこまでのことはわからなかったよね?」
思い返してそう言えば、瀧田も肯定した。
「そう、ですね。実際当主様が初期症状の者を真梨様が見抜いた時には『何でわかった!?』と驚愕されておりましたから。あの才能だけは〈鍵〉を受け取ったばかりの自分でもなかったものだとも言われておりました」
だから姉さんは天才的な才能の持ち主と言われていたのか。
産まれて来る子の性別など間違った所で、産婦人科の医師ですら最近は滅多にはないが間違えることがあるほどだ。
生死に関わるような事例でもないためにほとんどの者が気にも留めない。
だが、大病の予知となれば別問題だ。
年齢にもよるが若ければ進行も早い故に、少しの放置が命取りになる事は世の中にたくさん転がっている話だ。
白芭内でそんな助言を受けた者がそれなりにいたのなら、後継者として姉に尊敬の念を抱き、天才と持ち上げられていたのも頷ける話だ。
姉っ子で彼女の事は妹の私には知らないことはないと思っていたが、ここに来て知らない事だらけの実情に悲壮感しかない。
「知らない事だらけだ」
ソファに背中を預け鼻を挟むように両手で顔前で手を合わせ、思っていたことが吐露したが絵梨は気が付いていない。
だが瀧田は反応が違った。
「無理もありません。あえて絵梨様には知らせず極秘に動かれておりましたし、もしかしたら異端発言もワザと放置した可能性があります」
「・・・・・・・誰が?」
呆然と呟く絵梨に瀧田は弱り顔になり、間を置いて口を開いた。
「当主様と真梨様です」
「何故?」
「当時の私は絵梨様に白芭を継がれる意思がないから、お二人で動かれているのだと思っておりましたが、噂の放置も含めて別の意図がお二人にはあったのではないかと今は考えております」
「その根拠は?」
「当主様が亡くなる前にどうしても調べておきたいことが出来たと、入院を遅らせてでも白芭の本邸の奥蔵に潜られたことがありました」
本邸の奥蔵?
「あそこは封鎖して何十年と開かずの扉と言われてなかった?」
手前の蔵には呪術に使う鏡や儀式に必要な絵巻など多種多様な道具が保管されており、年代物も多く取り扱いが厳重な場所だ。
だが、奥にある蔵は〈鍵〉である者だけが出入り出来る場所として、使用人や補佐役の瀧田、そして分家方ですら出入りが禁じられていた所だ。
祖母の〈鍵〉であった祖父が亡くなってからは、次代がいなかったことでその扉は何十年と閉まったままだったと記憶している。
「奥蔵から出て来た当主様は、一冊の冊子を持って出て来られました。そして深刻な表情で言われたのです」
『白芭に言い伝えられていた一代に一人の正当な後継者。このタイミングで二人の後継者が生まれたことに違和感を持つべきだった。疑問を放置した結果が、結局隠しておきたかったもう一つの存在を公にせねばならなくなるなど、愚の骨頂だ』
また情報量が多いな!!と絵梨は頭を抱えそうになった。
だが確かにそうだ。
白芭には平安の時代。初代の頃から正当な完全紋を持つ者はただ一人だけ誕生していた。
千年近くその伝統は続いて来たのだ。
その均衡が崩れたのは白芭の女帝の娘が無紋であった事をきっかけにその次の代で完全紋を持つ者が二人誕生した。
正紋の真梨と逆さ紋の絵梨だ。
しかしそのことより気になったフレーズがあった。
「隠して、おきたかった?」
やっぱり祖母にとって私は隠しておきたいほど恥ずかしい存在だったのだろうか・・・・。
逆さ紋だから?
「実際にそう望まれたのは、美鈴様だったそうです」
母、さん?
「どういうこと?」
無紋であったことで白芭を離れ、好き勝手して来た人がなぜ?
「私もそれまで知り得ませんでしたが、当主様が言うには美鈴様は絵梨様が生まれた時、白芭つまり当主様と取引をされていたようです。『次女には白芭を継がせない』『この子もそれを望まないだろう』と。そして完全紋の長女がいれば事足りるだろう。とも言われたそうです」
「ここでも逆さ紋が問題だったってこと?」
「いいえ、そもそもその逆さ紋と正紋の解釈自体が全くの逆であったと奥蔵で探し当てた冊子を持って出て来た当主様はそう言われております」
「逆?」
頭が追いつかない。瀧田は何を言っているんだ?
「当主様が奥蔵に潜られた話をする前に、白芭の女帝の秘密をお伝えする方が話は早いでしょう」
その言い分には・・・・・嫌な予感しかしない。
「それって話長くなる?」
「疑問に思うことがあればあるほど当然長くなります」
ドヤ顔で言われ、ほら見ろ!嫌な予感的中だよ!!!
けれど瀧田の顔を見たら逃げられそうにない。
ましてや彼女は会いたいと思ってすぐに会える人ではないだけにこの機会を逃すと一生この手の話は聞けないような気がする。
盛大なため息の後、一度瀧田を手で制しスマホでメールを打った。
相手は響子だ。
1時間で部屋を出る予定だったが思いの外、時間がかかりそうだ。
要が痺れを切らしてまたドアに突撃される前に予防線を張っておこう。とメールを送っておいた。
生前の姉の貴重な話を聞けるのは、今しかない。
何より絵梨と要の婚約に必要な絵画を瀧田に預けなければ成立しないことも伝えて欲しいと頼んでおいた。
ここまで言えば流石の要も大人しくなるだろう。
響子にメールすればすぐに了承のメールが届いた。
「待たせたわね」
「いいえ、構いません。要様に牽制球を投げられたのですね」
「そうよ。恐ろしいことにアウトゾーン大幅に外れて投げても、振り返って場外に向かって投げても、あの人のミットにきっちり収まっていることよ!」
恐ろしい!と震えていると瀧田は冷静にとんでもないことを言ってのけた。
「諦めてください。〈鍵〉とはそういうものです」
はあ!?顎が外れるほど大口を開くしかなくなった絵梨は魂が抜けかけた。
『諦めてください』
この言葉をここ数日で何度聞いたことか・・・・。
ぐったりとソファにもたれ掛かり恨み節全開で瀧田を睨んだ。
「〈鍵〉とは誰もがあんななの?GPSでも取り付けてるのかって程、私の位置は把握するしマジで怖いんだけど」
「精度、によると思います。絵梨様のお相手は当主様の〈鍵〉より高いランクですから当然だと思います。当主様の若い頃にはよく俊明様に『ストーカーか!』と言っておられましたから」
じいちゃん、、、あんたもか・・・。
「ただ悪いことだらけでもありません。痒いところに手が届くように当主様の手足になって献身的でいらしたので、他の女性たちからは羨望の眼差しを向けられておられました」
まあ、度を越せば煙たがれるが、側から見れば激愛と言われる部類に入ると思えば確かにそうだ。
ただ当事者としては・・・・。
ばあちゃんの発言の重みの方が正しいように思うが、、、、、、そうか。あれレベルの〈鍵〉は皆そうなのか。
ガックリ・・・・。
今更替えが効くものでもないし、受け入れる他には選択肢は・・・・。
「ちなみに返品は「効きません。諦めてください」」
被せ気味に瀧田に言われた絵梨は、悪あがきをしてみた。
「なんでさぁ!白芭を継がないなら〈鍵〉を必要としなくなったタイミングで縁切りする方法だってあるじゃない!」
「利用するだけ利用して最後は捨てるのですか?」
グヌっと押し黙った絵梨に瀧田は盛大にため息を吐いた。
「あえて悪女になる必要はないのでは?」
「でも〈鍵〉として縛られる人生が何も幸せとは限らないじゃない」
絵梨の言い分に驚いたように目を見張った瀧田はすぐに目を細めた。
その表情はこれまで見たことがないほど優しく生温かかった。
「自分の気持ちよりも相手を思っての発言なのですね」
「私は白芭の血を引き継いでいる以上仕方ないところはある。けど彼は違うでしょう。解放できるなら解放してあげる方が彼のためでしょう」
「そうですね。しかしそれはこちらの言い分に過ぎません。彼は彼で思うところもあるでしょうからここでその結論を出すことは避けられた方がいいでしょう」
この一件が全て片付いたら、二人で話し合って決めろ。瀧田は真剣な表情でそう言っているようだった。
黙るしかなくなった絵梨に瀧田は意を決して、いや迷っていたものを薙ぎ捨てて伝えるべきだと絵梨を見つめた。
「〈鍵〉の解放が正しいことなのかも含めて、やはり白芭の女帝の隠された事実を絵梨様は聞く必要があります。これはあなたにも関係していることですから」
「私を隠した理由に繋がるってこと?」
「それも含めてです。これまで当主様が真梨様の事件の全容の一端を摘めたことの全てをお話し致します」
隠し事はもうたくさんだ。
この際洗いざらい話をしてもらって、今後の捜査の糧にさせてもらう!
絵梨にも関係すると言われた以上、拒否も出来ず姿勢をさらに正した。
「ですが、まずは事件の一端の話をする前に宿縁について詳しくお話しせねばならないでしょう」
「さっき話に出た古からの縁というやつのこと?」
「そうです。世の中には前世の記憶を持って生まれる者や、何かのきっかけで思い出す者が存在します」
「・・・白芭にそういった相談が舞い込んでいたってこと?」
瀧田は肯定するように大きく頷いた。
「その様な相談もありました。前世からの縁が必ずしも幸せであるとは限りませんから。不幸に見舞われ無念に死んでしまった記憶がある者ほど、縁切りを求めて来ますので」
確かに良い記憶でないなら縁を切りたい心理は理解できるな。
「そういった生まれ変わりはまだいいのです。縁を切ろうと思えば切れますから。問題は輪廻転生です」
輪廻、転生?
「なん度も生死を繰り返す思想のこと?」
「思想ではありません。白芭の女帝と言われた真実にも繋がりますが、当主様は白芭葵子様の記憶を持っておられましたから」
・・・・・・は?
白芭葵子。
白芭家系図の最初頃に書かれている名前だ。
初代、白芭櫻。本名、彰子。
巫女でありながら、世襲制による能力を受け継ぐ呪いを掛けられた悲劇の人。
白芭葵子は初代の娘、2代目として家系図に記載されている人物だ。
その人の記憶をおばあちゃんが、持っていた!?
明日1話UPします。
よろしくお長いします。




