30、逃げ癖の代償と本音
誤字脱字、修正しました。
呆然と床に手を置いて肩で息をしている絵梨の前に回り込み、瀧田は声をかけた。
「絵梨様、私がわかりますか?」
声のする方に力無く顔を向けた絵梨は「瀧、田、さん?」と掠れる声でまだ霞がかかった思考の中で呟いた。
「はい、瀧田でございます。一体何があったのです?」
その言葉に言い表せない不安が込み上げてきた絵梨は目の前の瀧田の肩を掴んで震える声で訴えた。
「姉さんが、、、マリン姉さんがいたの」
言われたことにピンと来なかった瀧田が答えあぐねていると絵梨は彼女の肩を揺さぶった。
「女の人に姉さんが取り憑いてた!怨霊のような格好で!黒い涙を流しながら!私に向かって《エリン》って言ったのよ!」
そうあの時、要の部屋から女性が出ようとした時、黒い涙を流している者は嫌な笑みを浮かべた後、確かに呟いたのだ。
《エリン》と。
顔が姉に似ていても他人のそら似と言うこともある。
そこに姉のトレードマークだった口元の黒子があっても本能では認めたくないのか頭では違うと否定していた。
なのにあの者は姉が付けたあだ名を、最も親しい人しか知らない絵梨のあだ名を平然と言ってのけたのだ。
否定したくても否定出来なくなった瞬間、何かの歯車が逆に回るような嫌な感覚がして、混乱と共に思考がついていかず頭を抱えた。
瀧田は絵梨が何に困惑したのか瞬時に理解するとまずは冷たい床から絵梨を立たせソファに移動させた。
「絵梨様は真梨様の呪術の一端を見た。それに間違いありませんか?」
「一端かどうかわからない。私は白芭のことを知ろうとしてこなかったからあれが呪術の成れの果てなのかすら理解していない」
「・・・・自覚はあったのですね」
言われたことの真意を理解している絵梨は眉を下げて「わざとだからね」と力無く言った。
「その結果がいざ家族を守ろうと思った時には非力ゆえに足踏みせざる終えなくなっているのです」
「説教なら聞きたくない。それに一族がこんなことになるなんて誰1人として言わなかったじゃない」
予言師ならそれを予知し夢に見た者は1人くらい居てもおかしくはないのに、家族がバラバラになるなどと誰もそんな話を言及して来なかった。
「それは・・・」
「私が自由に生きられることを誰もが望んでくれたからなんでしょう。あなたの立場からすると歯痒かったのかもしれないけど」
『あの子には自分の思い描く人生を歩んでほしい』
『できるだけ自分のやりたいことを続けてほしい』
夢で見た祖母の言葉を借りるなら、そういうことなのだろう。
そこは瀧田もわかっているはずだった。
「申し訳ありません。出過ぎたことを申しました」
瀧田が憤っていたのは、絵梨が表立って認められなくても白芭の後継者の一人でありながら預言者としてその能力を毛嫌いし遠ざけ、勤勉に学ぼうとして来なかったからだろう。
そのせいで基本中の基本もわからず、混乱し取り乱したことへの苦言を呈したのだ。
予言師達がいくら絵梨の自由を容認したとしても、これまで一族が築き上げて来た物が水の泡となって消えて行く様を見ていることは、真剣に白芭を支えていたからこそ、瀧田は割り切れない思いがあったのだろう。
ただ絵梨にも言い分はある。
何もわがままで白芭を知ろうとしなかったわけではない。
【逆さ紋】は過去の予言師の中に一人もいないとされていた。
それを異端と捉え、陰口を言う者が一定数いたことを絵梨は知っていた。
絵梨は額に手を置き天井を見つめた。
「逆さ紋は異端。そんな風に言われる私が白芭を継ぐ姉さんの隣にいたら評判を落とすかもって思ったら身を引く方がいいんじゃないか思ったのよ。どうせ仲嶺を継ぐ者もいるなら私はそっちに注力しようと決めた。ただ天才的な予言師の卵だった姉さんが亡くなり、その結果どちらの一族も衰退するなんて思いもしなかったけどさ」
「異端!?誰がそんなことを言ったんです!」
憤る瀧田に油を注ぐのはどうかと思ったが、姿勢を正しそこは素直に言っておいた。
「んーまあ、分家方だけど」
「また白芭郁三ですか!本家を勝手に敵対視した挙句、邪魔ばかりする老害が!」
瀧田は・・・・郁三爺さんに恨みでもあるんだろうか?
鬼の形相で滅多刺しにしたい勢いで恨み節を囁いている瀧田は、感情を持たぬアンドロイドなのかと思っていたがこの人も人だったのだな。
いつも起伏がなく凪のような人が、時化のように荒れ狂っているのはある意味新鮮だった。
眉を下げながら、絵梨はこれまで一人で抱えていた胸の内を吐き出した。
「これまでの予言師と白芭の女帝が更に発展させ築き上げた城を私が壊すわけにはいかないし敵に付けいる隙を与えるのは致命傷でしょう。そう思ったら学ぼうとは思えなかったんだよね。今となっては年一回母さんの言いつけで白芭で過ごした数少ない時間が今の私の糧になってるのは皮肉だけどさ」
「真梨様が一つ一つ実況されていたことだけが使える呪術ということですか」
「まあ後は夢で見るくらいかな」
「見られたのですね」
「見たかったこと見たくなかったこと。知りたかったこと知らなかったこと。この能力の前では己の意思など無意味。解決に必要なものだけを強制的に見させられる。例えば姉さんが死ぬ間際に人を呪って死んだとかね」
ギクっと顔を強張らせた瀧田に絵梨は形成逆転の立場で瀧田を見た。
「なんで黙ってたの?お祖母ちゃんはどこまで姉さんの事件の真相を暴いてた?」
「それは」
瀧田が口を開いた瞬間、部屋のドアをドンドン!と叩く音が響き、話が中断してしまった。
絵梨はその理由がなんとなくわかり、扉の前へ行くと「要くん」と呟いた。
すると扉を壊す勢いで叩いて音は止み、扉向こうから「エリン」という安堵の声が聞こえた。
泣き止んだ絵梨がその後どうなったのか。瀧田の許可が降りていない以上入室は出来ないが待てずにノックしたのだろう。
ノックというには遠慮の欠片もないけどな。と絵梨も扉向こうの新一や恭二は半眼だったが、本人は真剣なんだろう。
「要くん心配かけてごめんなさい。まだ困惑はしているけどなんとか落ち着いたから」
「それならもう入ってもいいんだよね」
しかしその後に響いたのは扉の内側から鍵が閉まる音だった。
カチリッと音が鳴り、要とその場にいる宇崎達も困惑した。
「ごめん。今込み入った話をしてるから1時間後に会いましょう」
「エリン!」
「すべてが終わったら一緒に要くんのマンションに戻るから。今は落ち着いて瀧田さんと話がしたいの。少しの間でいいから2人だけにして」
そこまで言われると誰も口を挟めず、皆がその場から離れる気配がしてホッと息を吐いた。
が、絵梨は今の鍵が閉まる感覚に何か引っ掛かるものがあり、廊下に誰もいなくなったのを見計らって何度も鍵の開け閉めをなん度も繰り返した。
その奇行に瀧田がソファから立ち上がり、見守っていたが等々心配になり絵梨に声をかけてきた。
「絵梨様?」
何度も扉の鍵の開け閉めをカチン、カチリと繰り返した絵梨はこの感覚と音をどこで聞き、感じたのか。
考えて、記憶が混濁する中、姉と思しき者が絵梨を認識し笑った瞬間、この音と近い音と何かが逆流する感覚を思い出した。
「瀧田さん、呪術が発動した瞬間にはどんなことが起きます?」
質問の意図と奇行の繋がりが見えず戸惑っていたが、瀧田は応えた。
「呪術、には千差万別ありその都度違う現象が起きます。その度合いが深ければ深いほど顕著に現れます。ですがどの呪術でも成功した場合、歯車の一つに新しい歯車が用意され組み込まれそれがきちんと作用した場合、正常に歯車が回る感覚が致します」
その説明を聞いて、何かが違うと絵梨は感じた。
あの時の感覚はまるで“鍵が閉まるような感覚“とその“歯車が逆に回るような“異質なものだった。
それを瀧田の伝えると彼女は一瞬閉口した。
「・・・鍵が閉まるような感覚と歯車が逆に回転する感覚。ですか?」
症例のない事例を前にさすがの瀧田も困惑顔を向けていた。
「姉さんが隠専用の術師だから出来た芸当なの?」
目を見開いた瀧田に、絵梨は冷静に「夢で祖母ちゃんが言ってた」というと彼女は観念したように肩を落とし瞼を閉じた。
「隠専用ってなんでそう判断したの?」
絵梨の言葉に瀧田はフーッと息を吐くと目を合わせて口を開いた。
「絵梨様はご存知ないでしょうが、真梨様は高校に上がられてからは勉学に支障がない程度に年の大半は白芭に来て、調べものをしておられました」
年1だけでなく週末も白芭に?
その事実を知らなかった絵梨は困惑と寂しさを感じたが、白芭を遠ざけていた自分に、姉は遠慮して伝えることをしなかったのだろう。
自業自得だな、と眉を下げた。
「その際、時間がある時には当主様自らがお手本となり色んな事を教示されておりました。しかし、真梨様は陽の呪術に関しては的中率があまりにも、その、皆無で」
天才的と言われていた姉の不甲斐ない言われように絵梨は驚いた。
「本来であるなら私事も含めた全てのことが見えるのが白芭です。嫌でも夢で見るのが仕事ですから。ただ能力を全開放していない後継者はまだそのお告げを聞くことはできません」
そこは自分が経験しているからわかる。
〈鍵〉を受け取っていない以上、感が鋭い人か、絵梨のようになんの変化もないただの人だ。
「ただ素養の有無に関しては簡単に調べられる方法があり、真梨様は何度かその方法を試されました。対象者を目視で確認すればわかることがあるのです。例えば妊婦のお腹にいる赤子の性別などです。しかし真梨様はそれらをほとんど外されておりました」
(!?)
『真梨。赤子の性別判定など当たる確率は1/2だろう。なんでそんなに悩む必要がある?』
白芭関係の妊婦を前に少し大きくなった彼女のお腹に手を当てながら、難しい顔をした真梨が顔に冷や汗を流していたがようやく口を開いた。
『わかった!男の子よ!』
『ほう、その根拠は?』
腕組みした女帝の前で、高校生の真梨はドヤ顔で言い切った。
『的中率が低過ぎて性別判定すら外すから、感じたことの反対側を言ってみた!』
『そんな診断あるか!』
「と、こんな感じで・・・」
瀧田から聞いた話は意外で、姉にも不得意があったのかと本気で驚いた。
「その時の赤子の性別はどっちだったの?」
「・・・女の子です」
・・・・姉さん。山当ても外してんじゃない。と眉を下げ項垂れた。
「姉さんは天才と言われてたから、現実味がないわね。それに私が〈鍵〉を受け取ってから聞く昔の姉さんの話は預言師として完璧だったから、どう受け止めたらいいのかわからないわ」
「預言師として完璧、ですか。それは〈鍵〉に関することではありませんか?」
「そうよ。姉さんの初恋の人が〈鍵〉に選ばれていたり、私の〈鍵〉にも行き着いてた」
「それは預言師にとって〈鍵〉が特別だからです」
「特別?どう特別なの?」
「〈鍵〉とは古からの宿縁だと言われております」
「古?・・・前世ってこと?」
「はい。魂で結ばれた縁は消えることはありません。今世で母だと思ってた者が前世では自身の子供であったり、今世で孫だと思っていた者が前世では母であった。など前世からの縁で今世も家族として生まれることはよくあることなのです。〈鍵〉に関しては前世では恋人や夫であった者の中から選ばれてると解釈すればいいそうです」
仏門やスピリチュアルではよく聞く話だが、白芭の〈鍵〉もそうだと?
「そう言う意味で予言師の中には他の予言師の〈鍵〉に間違って惹かれるケースも多かったと文献には残っており、明治時代に予言師の数を統制し分家方の能力解放を厳しくした経緯もあるくらいです」
「、、、間違って、惹かれるって何?」
「前世の縁とはどう関わっているのかは知りようがありません。その理論でいけば〈鍵〉の存在も必ずしも前世、恋人や夫に限らず親兄弟、子子孫孫であった可能性はありますからその縁をどう捉えるかで見え方も変わるわけです。可愛がっていた子供や孫、あるいは尊敬していた親だった可能性の場合、その時の縁に引き釣られるといった感じです。仲の良い親子は一定数存在しますから」
そりゃあれか。マザコン、ファザコンと言った類の話か。
確かにそういう人は結婚相手より親を優先するもんな・・・。と、やけに納得してしまった。
「実際〈鍵〉候補は二、三人に絞られますが、その全てが前世、前前世の夫や恋人であったわけではないでしょうから」
そうか。何も生まれ変わった回数が一回とは限らないのか。
「実例を挙げるとするなら、真梨様の婚約者候補の中には実は要様も含まれていたのです」
(はい!?)
驚く絵梨に瀧田は事実を淡々と話した。
「しかし真梨様は例のお方を選んだ」
「それは、榊原の方がランクが上だったからではないの?」
「いいえ、当主様曰くあの当時はその意図には全く気付いていなかったので困惑しかなかったと言われておりました。何故なら真梨様にとって3本ある内の要様はAA判定、例の方はA判定だったため何故2番手を選んだのかとお2人が口論になりかけたほどです」
そもそもランク付けもどういう基準なのか曖昧な中、判断に困る案件だ。と絵梨は表情を固くした。
「私も気になって婚約が決まった直後に聞いたことがあるのです。〈鍵〉の身辺調査をする前に真梨様がすぐさま決定したことは歴代の当主様をみても何も珍しいことではないにしろ、何故1番手ではなく2番手を選んだのか、と」
「姉、さんはなんて言ったの?」
「真梨様曰く、文献をひっくり返して気付いたことがあるのだと。婚約者候補の中にはどんなに相性が良くても予言師(自分)に全く興味を示さない者が存在する。その場合、大抵がそういう者は他の予言師の〈鍵〉方である可能性があるのだと言われたのです」
姉は、要が絵梨の〈鍵〉と知っていた。
つまり自分との相性よりも絵梨との相性の方が強かったから身を引いたのか。
いいや、要は元々真梨には淡い感情は無かったと言っていた。
『婚約者候補の中にはどんなに相性が良くても予言師(自分)に全く興味を示さないものが存在する』
と、すれば要はこれに該当する。
故に姉は榊原を〈鍵〉に定めたということか。
「ただそれは一般論であり真梨様は自分の気持ちを正直に行動した結果だと言っておりました」
・・・つまり姉も要には一切の感情はなかったと?
榊原はそんなに魅力的な人だったのだろうか?
・・・・・・・要より?
強引ではあるけれど、外見は一般紙や経済誌にそのビジュアルの影響で引っ張り蛸のイケメンだ。
硬派なことで有名で孤高の紳士とまで言わしめた、高嶺の花。
本格的に鍛えているわけではないらしいが、運動不足解消にと行っている筋トレのおかげで無駄のない引き締まった体。
絵梨にだけ向ける甘い言葉や態度は、恋愛初心者の自分には真正面から受けるには、恥ずかしく受け流し気味だが嬉しくないわけではない。
そこまで考えて、絵梨はハッとした。
彼に完全に毒されてないか!私!?
苦悩する絵梨を横目に、当主だった女帝を見て側で支えていた関係でその思考を読み、無駄な事を考えているなとため息を盛大に吐いた。
要沼にハマりかけている絵梨は今後も悪あがきをして抜け出そうともがくのだろうな。
当主様がそうだったように。
と、冷静に分析する瀧田だった。
明日1話UP予定です。
よろしくお願いします。




