23、小さな光明
要ターンです。
1日、遡る。
要は絵梨を温泉宿に送り届けた後、少し時間を空けて彼女の要望通り、自身やエリンの姉マリン、そしてその婚約者であった榊原が通っていた大学に向かっていた。
お世話になった大学の教授にアポを取り急なお願いにも関わらず、昼からなら時間が取れると言われたので昼食後すぐに、母校に足を踏み入れた。
教授の研究室に向かえば、9年の月日を嫌でも感じさせるほど、恩師は白髪が増え顔にもいくつもの皺が出ていた。
「お久しぶりです。教授」
「知崎くんから連絡をもらって嬉しかったよ。君は実に優秀な生徒だったからね。よく覚えているよ」
固く握手する中、要は頬を緩ませたが、今日は世間話をしに来たわけはないと気を引き締めた。
「ありがとうございます。実はもう1人の優秀な生徒のことでお聞きしたいことがあってここまで来たのです」
「と、言うと?」
研究室の中にある応接セットの椅子を勧められ座りながら要は、目の前に座った教授を見据えた。
「あの時期にここに通っていたゼミ仲間の中に俺ともう1人、優秀な者がいましたよね」
大学時代、あいつは俺と同じゼミに通いこの教授に可愛がられていた。
要と榊原。
性格が全く違うもの同士だったがよくペアを組んで教授の仕事を手伝っていた。
表立って動く要と、裏方に徹する榊原を見て教授はよく表と裏、陽と隠などと形容して口にしていた。
いつも2人セットで行動していた事で、要のもう1人と言うワードにすぐ気付いたようだ。
教授はハッとした後、顔を強張らせた。
「彼のことでなんでもいいので、何か思い出したことはありませんか?」
榊原 雅俊。
お互い幼い頃から顔見知りで、マリンの影響もあり他の人よりは榊原と話をする機会が多かったが、当時あいつの異変には自分自身全く気がつかなった。
要から見た榊原は、大変大人しい男で口数もそう多い性格ではなかったが、要には幼い頃から見知っていたからか心を開いていたようでそれなりに話していたと思う。
その分、他の人相手には控えめな性格故に、人の後ろに立って黙って会話を聞いていたような人物だった。
ただ教授から見た榊原は違ったかもしれないし、可愛がっていた分、自分が知らない彼を知っているかもと思い聞いてみた。
だが教授は真っ青な顔になって黙ってしまった。
無理もない。
あんな事件があったんだ。
その後の大学に与えた混乱と損害を考えれば、誰だってそうなる。
自分も当事者でなければ触れられたくない話題だろう。
しかしだからこそ、忘れていない、いや忘れられていないはずだ。
この大学に通う生徒が、人を切り付け死傷した事件。
あの当時大学内は、加害者と被害者の情報を少しでも得ようと報道陣や記者が取材と称し1年以上もの間、校内を彷徨き落ち着かない状態になっていた。
大学の運営側だった教授なら、その辺の裏事情を知っているはず。
そう判断し当時同級生だった者とのコンタクトよりこちらを優先して来た。
エリンも大学優先で情報収集を望んでいたのも、同じ理由からだろう。
「そう言えば知崎くんは彼とは親しかったね」
「そうですね。少なくとも小学校からの腐れ縁でもありましたね」
「そうか・・・・彼は、なぜあんなことをしたんだろうね?」
「と、言うと?」
「彼の性格上、婚約者以外の女性に目を向けるような子ではなかったと思ってたんだがね」
大人しいが故に派手なことをしない者。教授もそう捉えていたのだと感じ、自分も同感ですと要も頷いた。
「しかし、彼と遊んだと証言した女性は数知れず。その話を聞いても私は信じられなかったよ」
「それは私も一緒です。教授、その遊んだと証言した女性に心当たりはないですか」
当時メディアは一方的とも言える報道がなされていた。噂の範疇を含めて、それがあたかも事実かのように報じたのだ。
警察は1度記者会見という場で『被害者が加害者に他の者との密会に足代わりに使っていた』という発言をした事以外、その後の報道に関して否定も肯定もしなかったために榊原は被害者でありながら遊び人と言うワードだけが拡散した。
大学側の人間である教授なら、その信憑性の程が否かどうか知っているだろう、と質問をしたが神妙な顔つきになった教授は戸惑いながら口にした。
「あるにはあるんだが・・・・どう言うわけか証言した後、彼女たちは皆口を揃えて、そんなことは言っていないと否定したんだよ」
「は?」
意味がわからず思わず声に出したが、教授も眉を下げて同じことを言った。
「テレビの前であれだけ証言しておいて"知らない"はないと思うだろう?メディアの前で遊んだと証言している映像も残されているのに、その後追及すると泣きながら何で自分はそんな事を言ったのかと半狂乱になったんだよ」
「そう発言しているなら、そんな事実は無かったと言うことですか?」
「それが・・・警察の調書でも同じ対応だったらしくそのことに触れた途端、『彼とは遊んだ』と発言したんだそうだよ」
???????
頭の中が混乱する。
「遊んでたんですね?」
「そう思って、いつどこでどんなふうに遊んだのかと聞くと、自分はそんなこと言っていないと返事が返ってくるんだよ」
どう言うことだ?
困惑顔の要に教授も弱り顔になった。
「訳がわからないだろう?結局遊んだことがあるのかないのかはっきりしないんだよ」
エリンが言っていた途中情報が霧散すると言っていたのは、こういう事か。
「教授自身は、、、彼は遊んでいないと考えていると思っていいんですか?」
その質問に答える前に教授は、研究室の棚に置いてあるコーヒーメーカーの場所まで移動し、2つの紙コップにコーヒーを注ぐと戻ってきた。
「私は自分の教え子のことだから信じたいんだと思う。でも現実として彼の子を孕った女性がいたことを考えると世間の評判通り彼は遊んでいた。と思うしか・・・ね」
それもそうかと要は渡されたコーヒーを口にしながら、自分の方が居た堪れなくなったが、その警察の発表自体の信憑性も怪しくなって来たし、この後どう対処すべきか判断が鈍る。
重い沈黙の中、教授も持っていたコーヒを飲んでいたが、ふと思い出したように口を開いた。
「そうだ!この前久しぶりに元准教授の子に会ってね」
急に話を変えてきた。
だがこの教授は昔からそういうことが多々あったし、この先の会話に質問の答えが待っている事を学生時代に幾度となく経験している要は黙って聞いていた。
そして会話に出て来た准教授に心当たりがあり、記憶を掘り起こし思い出した。
要が大学4年の途中で、家庭の事情で大学を辞めて田舎に帰った人がいた。
確か名前は設楽明人。
「明人さんですか?」
明るい人と名付けられた准教授は名前の通り明るい人で、親しみやすい人だったので皆が下の名前で呼んでいた年若い人だった。
「そう明人くん。彼、老老介護で大変な母親を支えるために田舎に帰って行ったんだけど、昨年その方が亡くなったとかでこっちに帰って来ててね。今は印刷会社に勤めてるそうなんだよ」
「大学には帰って来られなかったのですね」
「この9年の間に結婚して今は子供もいるそうでね。給料が安定した民間企業に決めたんだと言っていたよ」
昨今は印刷業界もインターネット台頭や不景気の煽りで依頼が減って来ていると聞くが、生き残りをかけて新規事業に着手し利益を出しているところもあるというし、そういう賢い会社に彼も入社したのだろうと要は思った。
「それでその明人さんがどうしたのです?」
「彼がここを辞めた後すぐにあんな事件が起きただろう。気にしていてね。しかも彼が勤めている印刷会社というのがここの卒業アルバムを委託していた会社だったそうで、9年前のデーターをひっくり返していてある写真に目が入って思わずデーターを自分のスマホに取り込んでしまったと言っていたよ」
教授は自分のスマホを取り出し、1枚の写真を見せてきた。
一応会社には報告済みで1枚写真を分けてもらったらしいので、窃盗にはならないよ。と捕捉された。
「私も気になってそのデーターを失敬してね。この大学の風景写真の内の1枚なんだが、その写真の端の方に映る2人のシルエット。これ、1人は榊原くんじゃないかっていうんだ」
中心の風景にピントが合っていてその外にいる人物たちはボケているが確かに2人の男女のシルエットが写っている。
画像を拡大して見ても、余計に人物の判定がしにくいほどピンボケだ。それ故に男性が榊原と言われても要は否定も肯定も出来ない状態だった。
ただ1つ言えることはその隣にいるのがマリンではないということ。
小さい頃から何かと見てきたマリンを見間違うことはないと要は絶対自信があった。
まずマリンではあり得ない服装だ。
あいつは顔に似合わずパンツスタイルを好みスカートを履かない。だが写真に映る女性はワンピース姿だった。
雰囲気だけしか掴めない状況にも関わらず要は別人だと確信した。
だがその横の男性が榊原とは断言できない状態に黙った要に教授は言いにくそうに言った。
「実は明人くん、榊原くんのことはよく知っているそうでね」
よく知っているとは、どう言うことだ、と怪訝顔になった。
「どういう意味です?」
「あんな事件が起きて名乗り出るのは気が引けるとは言っていたが、明人くん榊原くんの従兄らしくてね」
・・・・・・・・はい!?
「従兄弟!?」
そんな素振りも会話も聞いたことがない要は驚き教授を見た。
「ここに出入りしている以上、公私混合は良くないと2人黙っていたらしいんだ。ここを辞めてからは世間からのバッシングに親族とわかると自分達にも被害が出るかもと今まで黙っていたんだと、彼泣いていたよ」
それで元准教授はここに映る人物が榊原雅俊であると断言できたのか。
少しでも手掛かりが欲しい要は身を乗り出した。
「教授、このデーター私にも頂けませんか」
「いいけど、卒業アルバムにも映ってる可能性はあるよ」
「すいません、そのアルバム自体どこにやったか覚えていないのでこのデーターください!」
実家のどこかに置いてあるだろうが、正直どこにあるか記憶にない。
窃盗物ではないならデーターを貰って行っても問題ないだろう。今は何かしらの情報が手元に欲しい。
このデーターを宇崎に渡して解析してもらおう。
教授に時間を割いてもらったことにお礼を言い、その後大学内の古くからいる事務員や通りかかった他の教授達から話を聞いて回ったが、要領を得ない話ばかりで恩師の時のような収穫はなかった。
大学の駐車場に戻った時には思ったよりも時間が経っていたようで、外は夕暮れ時になっていた。
茜の空にカラスの群れが一斉に飛んで行く光景を遠くに見ながら、要は宇崎真一に電話をかけた。
絵梨に期待されて大学に向かったものの、思ったより収穫がなかったと素直に告白すると、控えめな笑いが帰って来た。
『私達の捜査で判明しなかった事を、知崎が聞いて回っただけで、そうポンポンと真実が出てこられてもこちらが困る』
宇崎の情報収集能力の高さは業界内ではトップだ。
その現在の代表にそう言われたら、確かにそうだと肩の荷が下りた。
「あまり鮮明な写真ではないんだが、榊原とマリン以外の女性が写った写真が手に入ったんだ。映像解析も宇崎はお手の物だろう。そっちにデーターを送るよ」
『分かった。エリンがこのタイミングで知崎をそこに送った理由が必ずあるはずだから、そのデーターにはきっと意味があるはずだ。事件の真相に一歩近づくきっかけをくれるだろう。こちらでも解析を急がせるよ』
「ああ、任せるよ」
『それと君の姪御さんの事だが最初の不届き者の教師から弁護士を通して正式に誓約書が届いたんだが、取りに来てくれないか。彼女の話では知崎社長より君の方に渡して欲しいと聞いているんだが』
「ああ、うん。俺もその方がいいと思う」
兄の娘愛は尋常じゃない。
あの仕事完璧人間の兄が娘の事となるとポンコツになる程だ。
弁護士通して誓約書が届いても、直通で兄に渡った日にはその場で警察に殴り込み状態で被害届を出す程、引っ掻き回すのは目に見えている。
昨日の女教師の事も半ギレの兄を律し、冷静に処理させたのは義姉だった。
そういう意味でも確実にその書類を宇崎から受け取り義姉に直接渡すしか穏便に事を終わらせる術がない。
すぐにでも宇崎邸に向かおう。
『私はこれから出払うが、来るなら家の者に伝えて渡しておくよ』
「ああ、それなら」
今から宇崎に行くと言おうとした時、自身のスマホが振動し来たメールを確認した後「悪い、今予定が入ったんで、夜にそっちに行くようにするよ」と返答した。
『そうか。それまでに私が戻れればいいんだが、難しいかもしれん。家人には伝えておくので都合がいい時に取りに来てくれ』
「ああ、悪いな。今日中には取りに行くよ」
『ああ、ご苦労様。今後も頼りにしているよ』
「お互い様だ。こちらからも今後ともよろしく」
幼馴染同然の旧友と親交を再度深め電話を切った後、要はメールの相手に返信すると車に乗り込み指定された店に向おうと大学を後にした。
明日1話UP予定です。
よろしくお願いします。




