21、姉の事件の一端に触れる
回想夢は、年に1度だけ夏休み恒例になっていた白芭での見学風景で、祖母が白い袴姿で広いお堂の中、凛と正座をして座っている背中から始まった。
その目の前には小さな木製のローテーブルが置かれ、その向かい側にも固い床に同じく正座している若い女性が硬い表情で座っていた。
ローテーブルの上には祖母側右横にはガーゼがあり、その上に手芸用の小さな針が1本鎮座していた。ガーゼ手前には横向きに小さめのライターが置かれていた。
向かい側に座る若い女性の横には墨が入った硯と毛筆が置かれているようだ。
幼い頃から姉が亡くなるまで続いた年1の見慣れた、祖母の仕事中の風景だが、この時の雰囲気が今まで感じたことない程、ピリついていた。
その理由は祖母の次の言葉で判明する。
『本当にこの者と縁が切れてもいいのだな』
祖母が目の前にいる女性に確認すると、彼女は清々するといい、思い切ってやってください!と堅い表情だがはっきりと宣言した。
今まで陰の呪術を使った所を見たことがなかった絵梨は、周りを見渡しそれでほとんどの使用人を人払いさせ、瀧田1人だけ立ち会わせているのかと感じた。
普段はこの広いお堂の中、何人ものお手伝いをしてくれる使用人がいる。
そういう光景しか見たことがなかった絵梨は、祖母が絵梨達姉妹にあえて陽の呪術しか見せてこなかったことをこの時に知る。
『対価として何を差し出す?』
『彼にもらった物の全てを!後、思い出の写真が入ったデーターも!』
ズイッと女性の後ろにあったものを祖母に差し出した女性に、祖母は小さく1つ頷いた。
その品物の中にはジュエリーが入った箱や衣類、鞄などもあり、彼女の覚悟を嫌でも感じると絵梨は冷静に見ていた。
祖母は瀧田から渡された短冊状の紙を縦に二つ折りにし、それをローテーブル越しに女性の目の前に滑るように差し出した。
それに自分の名前と縁切りしたい人の名前を、降り線を境に縦書きで横並びに書かせた。
祖母はその紙を自身の目の前に真正面に置き直し、その後手芸用の小さな針の先端を、ガーゼ手前に置いてあったライターで炙った。
消毒を兼ねて燃えるような真っ赤になるまで針先の熱し、冷めて真っ黒になった針先で左の人差し指の腹を少しだけプスッと刺した。
プクリと血が出たのを確認した後に針をガーゼに戻し、逆の人差し指の腹に口付けした後に、恭しく腕を広げて人差し指の腹同士を重ね、擦り合わせた。
この時絵梨は頭上で浮いた状態でそれらを見ており、祖母が口付けした指がテカっているのを目視し(唾液をつけた!)と確認した。
その後左右の指の腹を下に向かって第一関節を重ねるように上下に並び開き、紙に折り目が入った2つ折り線の中心に2本の人差し指を当てた。
すると対価として差し出した品物達に、ボッと黒火が付いた。
絵梨はその現象に驚いたが祖母はそれを横目で確認し、目の前の紙に集中した。
中心に置いた指を、紙の上下 端にそれぞれ向かうように右指を上部に左指を下部に向かって、中心線に沿って血で境界を作るように、素早く線を描くように移動させた。
中心線の端から端まで薄い血の跡が確認されたその時、不思議なことに目の前の紙が折り目に沿って真っ2つに紙が切れ、そこには2人分のフルネームの名が書かれた細長い短冊が2枚になっていた。
そこで対価として差し出した全ての物が大きな黒い炎をあげて一気に燃え上がり、炎が消えた後には消し炭のように小さな灰の山があるだけになった。
そして不思議なことに若い女性の周りにまとわりついていた糸のような線が絵梨の視界に入ったかと思われた瞬間、その糸が途中でブツッと切れる音が聞こえ彼女の側に切れた糸の先が力なく床に横たわった。
『これにて縁切りの儀式を終了とする』
祖母がそういうと、女性は静かに涙を流しながら『残っていた未練が嘘のように無くなり安堵致しました』と、ローテーブルに白い封筒を置き、少しずり下がると深々とお辞儀をし『ありがとうございました』と言うとその場を出て行った。
外に控えていたらしい使用人が彼女に寄り添い廊下の先に消えていく彼女の後ろ姿を見送った祖母は、ここでようやく足を崩した。
『お疲れ様でございます』
瀧田が近づけば、祖母は表情を固くした。
『まさか白芭の最後の仕事が縁切りとは冴えないな』
嘆息しながら言う祖母に、瀧田は弱り顔をなった。
『陰の力はできるだけ使いたくないと昔から言われておりましたものね』
『そうだ、母様の最後の姿を思い出すし、何より・・・最近は真梨の最後の様子が思い出されて心が苦しい』
苦虫潰したような表情をする祖母に瀧田は神妙な面持ちで口を開いた。
『やはり先代様と真梨様は同じ死因ですか?』
その言葉に祖母は否定も肯定もせず口を閉ざしたが、ローテーブルに肘をつき顎を乗せ思案顔になると徐に口を開き始めた。
『断言は出来ないが、使用人の話を聞く限り似ている。二人は口から大量の血を吐いていた。母様は自分で舌を噛みちぎり自分の唾液と血を使って相手を呪った。媒体はアホ太郎の髪の毛だったが、真梨の場合、口に紙があったことから呪いたい相手の名がその紙に書いてあったとすれば、口元が血だらけだったという話にも説明がつく』
そこまで聞いて絵梨は震え上がった。
なぜならそんな話は祖母からは聞いていなかったからだ。
そんな話初めて聞いたんだが!なんで教えてくれなかったんだよ!ばあちゃん!!
大声で文句を言うが、夢で過去を見ているに過ぎず相手にはその言葉は伝わらない。
『しかし、その呪いたい相手は誰だったのか?』
瀧田の言葉に、怪訝顔になった絵梨は閉口し2人を凝視した。
『そうだ。真梨の婚約者だった男が生きている以上、その相手は別にいる』
え?
絵梨は戸惑い、祖母の顔を情けない顔で見つめるしかなかった。
『不発・・・と言うことはないのですか?』
『それはあり得ん。真梨は・・・陰専用の術師だった。そのあの子が自分を対価に術を発動させておいて不発はあり得ない』
おいおい!情報が多すぎて、ついて行くのが精一杯なんだが!?
姉さんが陰専用の術師ってなんだ!?
そこまで言ってハッと気づいた。
ちょっと待て!では自分はどんな術師!?と絵梨は頭が混乱した。
『不発ではないなら・・・?』
『術の発動条件を真梨自身が時限爆弾のように施したとしか思えない』
『何のためにです?』
『わからない。もしかしたら絵梨に何かのメッセージを伝えるためか?』
思案顔の祖母も真相はわからず、戸惑っているようだった。
私!?私に何かメッセージを残すために姉さんがあえて、まだ呪いを発動させてないってこと!?
って言うか!夢で私がこのことを見ていなかったら知り得ない情報を、なんで皆黙っていたのよ!!
「ふざけんな!どいつもこいつも!!」
まさか自分の口から言葉が出るとは思わずその声に驚きガバッと起き上がった絵梨は、大量の汗をかいていた。
部屋の空調が効いていても1月の寒さにブルっと体が震える。
絵梨の寝言に驚き、隣で寝ていた叔母も飛び起きて「何!何があったの!?」と一文字目の状態で言っていた。
絵梨は夢で見た内容が内容だけに憤っていた。
前から思っていたが、この一族は個人プレーが過ぎる!
なまじ個々の能力が高く大抵のことは1人で解決出来るからなのか連携することをしない。
そのせいで、個々が掴んだ情報を共有することをしなかったために姉の事件にしても両親の事故にしても何1つ状況が掴めていないのが実情だ。
姉も身に何かが振りかかり、人1人呪ったのなら、誰も知り得ない何かを感知し、そのような行動を起こしたといことなのだろうか?
憶測に過ぎないがそうであるなら、事件を起こす前に誰かに相談していれば回避出来たのではないのか。
何故誰も彼も情報共有しなかったのか。
個人プレーが過ぎる。
そう思いながら、それは私も同じかと肩を落とした。
布団を握りしめながら絵梨は俯いた。
自分の意思を押し通し、祖母とも次代と言われた姉とも親族としての距離や関係に拘り、個の感情を優先し白芭を遠ざけていた絵梨と、彼らは何ら変わらない。
そう感じると、私に彼らを責める権利はないなと落ち込んだ。
隣りにいる叔母から、「絵梨ちゃん?」と心配そうに声をかけられた。
絵梨は「起こしてごめんなさい」と素直に謝った。
「夢見が悪くて」
と誤魔化しながら身を叔母の方へ捻った時に、汗をかいたせいで、ブラの横内側に入れてあるものが体に張り付き嫌でも存在を誇示する。
こんな時でもあの男を嫌でも思い出させ、とんでもない人だと絵梨は脱力した。
紋のある脇横には昨日、要から預かった彼の髪の毛1本が入った手の平よりも小さなジッパー付きビニール袋がブラとの中にあった。
それを受け取るまでに要とは一悶着あったのだが、その話は今は割愛する。
ただ朝を迎えて思ったことは、案外髪の毛を貰って良かったのかもしれない。
夢を見れたと言うことはそう言うことなのだろう、と顔を強張らせた。
「大丈夫?」
まだ心配する叔母に絵梨は苦笑いを向けた。
「おばあちゃんの夢を見たの」
「どんな?」
「陰の呪術を使ってた」
ハッとして黙った叔母に絵梨はさらに聞いてみた。
「叔母さんはマリン姉さんが何に特化した術師だったか、お祖母ちゃんから聞いてる?」
「いいえ。ただ絵梨ちゃんがどんな術者になるかは聞いたことがあるわ」
・・・・・私が、どんな・・・?
「どんな?」
震える声で聞けば、叔母は俯きがちに言った。
「絵梨ちゃんの紋って姉さんとも真梨ちゃんのとも少し違うんでしょう。その紋のことを姉さん、絵梨ちゃんが生まれてからずっと調べてて、亡くなる少し前になってやっとわかったことがあるって言ってたわ」
確かに絵梨の紋は、他の歴代の予言師達のものとは違う。そのせいで劣等感を抱き、絵梨は白芭を避けてきた。
それは【逆さ紋】と言われる上下逆さにした形をした紋だった。
誰もが上向きに花を咲かせたような紋を持っているのに対し、絵梨は鈴蘭のように下向きに花が向いた小ぶりな紋を持って生まれた。
しかも柱頭から雫が溢れるような痣まであり、恥ずかしくて大衆浴場や温泉など人目のつくところでは紋を隠していたほどだ。
そんな紋の何がわかったと言うのか。
恐ろしくて次の言葉が出ない絵梨にお構いなしで美由紀は言った。
「それと同じ紋を持っていた人が昔1人だけいたことがわかったの。その人は白芭の紋に縛られた最初の人。つまり白芭の初代が持っていた紋と同じものらしいの」
え?
戸惑い絵梨は叔母を見るが、叔母は弱り顔になり「それ以上のことは教えてもらえなかったからわからないの」と申し訳なさそうに言い、詳しいことを聞きたかったら瀧田に聞いた方がいいと助言して来た。
「瀧田さんとは連絡は取れるの?」
「常にではないけれど、連絡は取れるわ」
確かに昨日も遺言の件で叔母は瀧田に連絡して、絵梨の書いた紙を早速取りに来ていたな。と思い出し叔母を見れば意図は理解してくれたのだろう。
「瀧田さんに絵梨ちゃんのところに行くように言っておけばいい?」
「うん、できれば宇崎を訪ねて欲しいと言っておいて欲しいの」
姉さんの事件に関わることだから宇崎陣営も情報を共有しておく方がいいだろうと、そう言えば叔母は頷いてくれた。
その後朝食を食べてチェックアウトの後で温泉街でお土産を見て購入し、お昼過ぎに叔母とは別れた。
帰路に着くため新幹線に飛び乗った絵梨だった。
今回は少し短めなので、本日もう1話投稿することにしました。
正午に投稿予定です。
よろしくお願いします。




