20、曽祖母の〈鍵〉の謎
そんなこともあり、2人して夕食前には、ぐったりと疲れ切ってしまったが、まだ叔母には聞きたいこともあると、夕食が運ばれた後に仲居が下がったタイミングで絵梨は叔母に質問をした。
「〈鍵〉は白芭の紋に縛られる。この常識を昔から叩き込まれて来た者からすると、その呪縛から解き放たれた曽お祖父ちゃんの存在は異質よね。叔母さんには不快に聞こえるかもしれないけど、どうして曽お祖父ちゃんは愛人を作ったの?言い方を変えれば他の女性に愛情を向けることが出来たの?」
〈鍵〉は紋を持つ女性に心も体も支配される。
要を見ていると余計にそれを実感する。
相性の差はあれど、その時の術者にとっても〈鍵〉にとっても最高の相手であると認められた存在のはずなのに、浮気をする、出来るとはどういう了見なのか。
そこが解明されれば姉の婚約者が浮気したメカニズムも解明されるかもしれない。
叔母は美味しそうな料理を目の前に箸に手をかけずに俯き、少しして重たい口を開いた。
「先代の白芭幸恵様。姉さんのお母様は戦前時代の方だから結婚は16歳でするのが当たり前の時世でその時に1番良い〈鍵〉として父が選ばれた。父はもともと白芭の使用人の子で幼い頃から幸恵様とは見知った間柄だった。そしてあの当時の第一儀式が行われていた年齢は10歳と定められていたため、幸恵様も10歳で第一の能力解放を行った」
知っている。
祖母が当主になって最初にしたことは、その第一の儀式を10歳から20歳に変え、その後〈鍵〉選定を受けるように白芭の規定を改正させることだったと聞いる。
ただなぜそうしたのかまでは知らされていない。
本能的にこのことが原因のような気がして叔母の次の言葉を待った。
「その頃すでに白芭の屋敷に出入りしていた父を見て、幸恵様はすぐに自分の〈鍵〉であると宣言され幸恵様と父は結婚するそれから6年間は次期当主と婚約者として過ごし、幸恵様16歳、父が19歳の時に結婚した。翌年姉さんが生まれて、その頃が一番幸せの絶頂だったと父は言っていたわ」
ここまで話した叔母は料理が冷める前に食べましょうと、テーブルの上に並ぶ数々の豪華な食事を一つずつ手を出し始めた。
絵梨もお造りから手を出し、叔母の次の言葉を待った。
「そんな生活がずっと続くと信じて疑わなかった父は結婚して12年目で転機が訪れた。政府の仕事の関係で幸恵様が中央省庁に出向いた時のことよ。そこに、ある外国から来た使団がいたそうなの。そこで幸恵様は1人の男性と出会った」
ん?曽祖父の話かと思ったら曽祖母の話をし始めた叔母におかしな話になったと絵梨は驚いた。
「その男性は日系3世の方で日本語が堪能ということで通訳として日本に来た年の若い男性だった。運命の歯車が動いた瞬間だったと、その場で一緒に立ち会っていた姉さんは、後にそう言っていたわ」
食べていた手を止めて叔母を見入った絵梨の表情は固い。
「基本〈鍵〉の選定は日本国内の者に限られる。そこはまだ閉鎖的な日本だから白芭としてそれまでは成り立っていた。けれど、その〈鍵〉選定を世界に目を向けた場合、今以上のポテンシャルを持つものがいてもおかしくはない」
そこまで言われて、絵梨はハッとした。
「まさか、曽お祖父ちゃん以上の〈鍵〉がそこにいたの!?」
神妙な面持ちになった叔母はおずおずと頷いた。
「父はB寄りのA判定だったけれど、そのお相手はA判定。少しだけ父より高いものだったけれど、幸恵様にしたら父よりも惹かれてしまうその男性から離れることが出来なくなってしまった。相手の方もその後自国に戻らず白芭に入り浸るようになり、父の立場が無くなった。そんな時に幸恵様から言われたそうなの。あなたも良い人を見つけたら、と」
は!?
自分の妻からそんなことを言われた曽祖父を思うと、戸惑いが先に立った。
「父はそんなつもりは無かったけれど、目の前で自分の妻が自分ではない男と一緒にいるところを見るのは苦しかったと言っていたわ」
そうりゃそうでしょうよ。
紋に縛られたとはいえ、結婚した相手が浮気して良い気がするはずがない。いいや、紋に縛られているからこそ身を引き裂くような痛みだったはずだ。
「数年後父は当時白芭で教育係として雇われていた女性に、娘つまり姉さんを可愛がってくれる人にやり切れない思いを相談するようになり、その・・・段々とその女性のことが気になり始めたらしくて」
もしかして、それが叔母さんの母親?
顔に考えていたことが出ていたのか、叔母は頷いた。
「ただ一線を超えたのは他でもない姉さんの後押しがあったからだと父は言っていたわ」
なるほど。自分のお世話係だった人と父の仲を見て、後押ししたというなら、その後祖母がその愛人家族を見守っていたのにも頷ける。
「翌年母が私を孕ったことで姉さんが動いたの。幸恵様に〈鍵〉の解放と同時に、あの当時にしたら珍しい離縁を勧めたの」
そこで気になるフレーズが聞こえて、思わず口をついて出た。
「〈鍵〉の解放?」
「絵梨ちゃんは白芭の能力に陰と陽があることを知っている?」
陰と陽?
人探しや縁結び、吉報を占うことしか知らない絵梨は首を振った。
「陰陽師も陰陽道と言って光あれば影があるように白芭の能力にもその2つの力がある。ただほとんどの当主が陽8割、陰2割の能力を解放できないとされていて、陰の力には限界があるとされているそうなの。だから限定的に使っていると姉さんは言っていたわ。縁切りや〈鍵〉の解放もその陰の能力を使うのだとか。〈鍵〉解放も縁切りと思えば確かにそうなんだけど、その儀式には血の縛りが有効とされ、ほんの少しの血と体液を混ぜてするものらしいわ」
「お祖母ちゃんもその儀式をしたことがあるのね」
「人から依頼されて色んなものを縁切りを行ったと言ってたわ」
「体液?」
疑問を口すれば、叔母は神妙な面持ちになった。
「汗や唾液のことらしいけど、その・・・・〈鍵〉との契約も、結局は血と体液でしょう」
叔母の発言に、絵梨は大きく目を見開いた。
結婚すれば必ず行う行為。
破瓜。
〈鍵〉の受け取りが性行為を意味しているなら・・・・なるほど。
あの瞬間勝手に縛りが行われていたのか、と絵梨は憤慨した。
但し未経験でなければ成立しない縛りだ。
自分は家族の事があり恋愛を避けてきたから無事〈鍵〉を受け取れたが、周りにいた同級生や学園の生徒を見ても最近はその辺のハードルが低いのか簡単に1線を越える姿を見ているだけに、以後の白芭の存続はどうしたって無理があったと思わざる負えない。
自分の娘が生まれた際に、切々と処女性を重んじた発言を言い続けることは憚られる上に、言われる立場に立ったら重い重責だけでも抵抗があるのにその辺も強要されるとなると余計に反発したくなる。
やっぱ白芭を解体しといて良かったと冷や汗流しながら思った絵梨だった。
「縁切りに実際どういう工程を踏むのかは見たことがないけれど、その2つを必要とすることだけは聞いたことがあったの。それを用いて父は白芭から籍を抜き、自分の戸籍に母と私を入れたの」
曽祖父がどうやって白芭以外の者と関係を持ったのか分かったが、これは姉の問題とはかけ離れすぎて参考にならないなと絵梨は落胆した。
「父のことがあり、姉さんは早い時期に第一の儀式をする危うさを知り、その時期を20歳に変えたと言っていたわ」
なるほど。だから白芭の規定を変えたのか。
今のご時世を考えれば確かに〈鍵〉選定を日本国内に限定する事は危うさを秘めている。
インバウンドなどで他国から日本に来る時代の昨今、婚約者と決める相手も慎重にせざるおえない。
このタイミングで祖母が白芭を解体したのは間違いなく正解だった。と再確認する。
(そう言う意味で今後残される私に、要(SSS)を婚約者相手と定めた意図を考えると、これ以上の相手はいないと思えば曽祖母のような悲劇は起きないと思ったからなのかもしれない)
余計に祖母には文句が言えなくなったなと神妙な表情になった。
一歩間違えれば絵梨も、真梨や曽祖母のようになっていた可能性もあったと思えば、人ごとではないが祖母の采配でそれも無に返したと安堵した。
と、同時に曽祖母はその後どうしたのだろうかと疑問に思った。
なぜなら白芭の家系図に曽祖母の婚姻を結んだ相手が、曽祖父以外の名は確認していないからだ。
「曽お祖母ちゃんはその後どうなったの?」
「幸恵様は・・・・」
少しの間をおいて叔母は話し始めた。
「姉さんが20歳の時に結婚してすぐに美鈴ちゃんを孕った時点で当主を引き継ぎ、幸恵様を当主から外して好きにしたらいいと話し合ったそうよ」
つまり自由にしていいと、解放された?
「曽お祖母ちゃんはそれで白芭を出たの?」
「相手方も最初は喜んで、2人で逃避行!って誰もが思っていたのに、すぐに異変の知らせが入った。幸恵様は白芭を出て2週間後路上に1人でいる所を警察に保護されている」
「は?待って相手の男はどうしたの」
「その場にはいなかった。でも姉さんはあえてその男を追わなかった」
「なんでよ!」
「幸恵様が亡くなる直前に相手を呪ったから」
不穏な単語が出たが、その前に曽祖母が亡くなったと聞いて眉間に皺を寄せた。
「亡くなった?」
「ええ、姉さんが警察から連絡を受けてすぐに駆けつけた時にはすでに血だらけで意識も朦朧としていたそうよ」
「呪った・・・・て?」
誰を?いいや、この場合思い当たるのは1人だけだ。
「白芭の陰の術式は平たくいえば呪いなんだと姉さんは言っていた。縁切りも呪術の一種と思えばいいと。幸恵様は男に捨てられたと分かった時にその男に自分の血と唾液を使って呪い殺す儀式を行っていた。それに気がついた姉さんは相手の男を追わずとも苦しんでいると判断して放置した。事実数日後にその男の遺体が発見されている」
驚き黙った絵梨に美由紀はさらに言葉を吐いた。
「姉さんが憤っていたのは、その亡くなった男には妻がいてそのお腹には子供がいたと聞かされたことよ」
「え?」
冷や汗が絵梨は出てきた。
曽祖母にとって最上の〈鍵〉だったその男に妻と子供?
まるで姉と婚約者のようではないか。
「妻と子供ってどこからそんな情報が・・・」
「姉さんはその男性のことをアホ太郎って呼んでたからそう呼ぶわね」
アホ太郎・・・確かに縛りがありながら他の女性に手を出していたなら確かにアホ太郎だな。
じゃあ姉さんの婚約者もアホ太郎2号か?
などと考えていると叔母はさらに話し始めた。
「アホ太郎は海外に逃げ帰る途中だったようで、空港で妻を気遣うような発言をCAに言っていたそうなの。『妻は妊娠しているので飛行中、気遣ってやってほしい』と。でもその発言の約1時間後、急に吐血してその男は絶命した」
そこまで聞いて絵梨はある言葉を思い出していた。
夏休みの間、白芭の仕事を見て姉が言っていた。
『仕事の依頼を行うのに、必ず対価が必要なのですね』
『その通りです。無からは何も発生しませんから。特に後ろ暗い依頼の場合はその対価は必ず発生します』
瀧田のあの言葉が陰の仕事を意味するなら、曽祖母が呪うために対価を支払ったはず。
「待って。白芭の能力も有限じゃない。陽の仕事でも対価は必要でしょう。曽祖母が呪ったならその対価は・・・・」
「ご自分の命」
息を呑んだ絵梨に叔母は眉を下げた。
「そのことに気がついて姉さんは自分は良かれと思ってお母様を解放したつもりだったけれど、早まったことをしたと後悔されたわ」
そりゃそうだ。
だが、時系列がおかしい。
「曽祖母と一緒になれると聞いてそのアホ太郎は喜んだんだよね。なのにその数週間後には曽祖母を捨てて逃げたなら、その一緒に同乗していた女の子供は本当にアホ太郎の子なの?」
「少なくともアホ太郎が息を引き取った時その妻は半狂乱だったらしいわ。この子の顔も見ずに亡くなるなんて嘘よね!って言っていたことをCAが目撃している」
どっちにしろ修羅場だ。
その子供がアホ太郎の子供なら少なくとも数ヶ月前から裏切りは行われていた。
違ったとしても子供を宿した女性を受け入れ行動を共にしていたなら、曽祖母より大事にしたということだ。
〈鍵〉ではあり得ない行動を取っている。
それにその出来事が姉の事件と似通り過ぎて気持ちが悪い。
「大丈夫?絵梨ちゃん」
「〈鍵〉とは何か。余計にわからなくなったわ。〈鍵〉の範疇を越える存在がこの半世紀の間に2回もあったということでしょう」
「確かにそうね。そこに姉さんも気づいていたはずだけど、捜査に進展は見られなかった」
そう宇崎と合流して自分で調べても同じ結果だった。
まるで煙に撒かれたように途中で痕跡が消える。
「まるで他の能力で事件を覆い隠しているみたいだわ」
思ったことが口に出て、非科学的だったかと一瞬怯んだが白芭自体がそう言う能力を持っている以上、他にそういう能力があってもおかしくはないかと開き直ったが、叔母は違ったらしく驚いた表情をした。
「・・・・他の能力?」
「うん、この4年間宇崎と色々調べてみても途中で情報が霧散するようにかき消されていくの。そこに別の能力が関わってなければ説明がつかないほどに」
そこまで言うと叔母は黙り込んでしまった。
様子がおかしいと叔母に顔を向けてみたが目が左右に揺れて焦点が合っていない。
「叔母さん?」
「姉さんはどうしてあんな話をしたのかしら?」
「・・何が?」
「亡くなる前に姉さん言ってたの。陰陽師の時代、白芭が誕生した前後で活躍していた巫女の話を」
「巫女?」
「ええ、巫女の中には人の意識を自在に操る事ができる巫女がいたらしい・・・・と」
飛躍しすぎだ。
そう思うと同時に、そうでなければ姉の事件の全容は掴めないのは説明がつかないと思う自分もいた。
ただこの話は参考程度にとどめておいた方がいいだろうとも思った。
何かに囚われて捜査したことがこの4年間進展がなかったのなら、小さな点と捉えて他のことを調べて行った方がいいだろうと思った絵梨だった。
暗い話をしたせいでその後の食事の味はほとんど覚えていなかった。
その夜、叔母と隣同士で横になっている時に要から連絡が入り、大学で情報収集したおかげで姉の婚約者に関する情報が入ったかもしれないとメールで知らされた。
そしてその翌日の早朝に祖母の回想夢を見た。




